第2話 モテスキル、俺が思ってたのと違う!
目を覚ますと、そこは見渡す限りの青い草原だった。
そよ風が草を揺らし、どこからか鳥のさえずりが聞こえてくる。
自分の両手を見つめ、ペタペタと体を触ってみた。
体つきは前世の十七歳くらいのままだが、着ている服は麻布のようなゴワゴワした素材の、いかにもファンタジー世界といった風合いのものに変わっている。
(本当に、異世界に転生したんだ……!)
感動で胸を震わせていると、不意に目の前の空間に、半透明の光るパネルのようなものが浮かび上がった。
そこには、俺のステータス情報らしき文字が並んでいる。
【固有スキル:万民魅了】
あなたに好意を抱いた者は、あなたの理想を実現するために協力したくなる。
「キタキタキタァーーッ!」
俺は思わず両手を突き上げ、青空に向かって歓喜の雄たけびを上げた。
『あなたに好意を抱いた者は』という一文。
これこそまさに、俺がティア様に懇願した究極のモテスキルに違いない。
「勝った! これで美少女ハーレム確定だ!」
前世での非モテ人生の鬱憤を晴らす時が来たのだ。
可愛い女の子たちに囲まれ、キャッキャウフフと甘やかされる夢の生活。
想像しただけでニヤニヤが止まらない。
「キャアアァァッ!」
突然、森の方から少女の悲鳴が聞こえた。
俺はビクッと肩を揺らし、声のした方向へ駆け出した。
木立を抜けた先にある小さな泉のほとりで、水汲みに来ていたらしい木綿のワンピース姿の少女が、尻もちをついて震えている。
年齢は俺と同じくらいだろうか。栗色の三つ編みお下げが似合う、素朴で可愛らしい女の子だ。
その少女の目の前には、赤い目をした巨大な野犬型のモンスターが、牙をむき出しにしてジリジリと距離を詰めている。
(いきなりピンチのお約束展開! でも、俺には戦う力なんてないぞ!?)
足がすくみそうになったが、ここで逃げたら男がすたる。
美少女の前でカッコ悪い姿は見せられない。
俺は近くに落ちていた手頃な石を拾い上げると、無我夢中でモンスターに向かって投げつけた。
「あっち行けえぇっ!」
勢い任せに放られた石は、見事な放物線を描き、ゴンッという鈍い音を立ててモンスターの鼻先にクリーンヒットした。
「ギャンッ!?」
痛覚の鋭い鼻を打たれたモンスターは、情けない悲鳴を上げると、尻尾を巻いて一目散に森の奥へと逃げ去っていった。
……完全にまぐれである。
「あ、あの……助けていただいて、ありがとうございます」
少女が立ち上がり、ホッとしたような表情でこちらを見た。
その頬は、ほんのりと赤く染まっている。
(来た! これ絶対、俺に惚れた顔だ!)
俺は心の中でガッツポーズを決めた。
さすがはモテスキルだ。初日からさっそく異世界一人目のヒロイン、ゲットである。
俺はできるだけ爽やかな笑顔を作り、彼女に声をかけた。
「怪我がなくてよかった。君、名前は?」
「ミリアと申します。旅のお方……お願いします! どうか、私たちの村を救ってください!」
ミリアは突然、俺の前にひざまずき、涙ぐんだ瞳で見上げてきた。
「え? そういう感じ?」
俺の脳内で甘い恋愛イベントのBGMが鳴り響いていたはずなのだが、どうも雲行きが怪しい。
◇◆◇
ミリアに連れられてやってきたのは、草原の先にある小さな辺境の村だった。
しかし、その光景を見て俺は絶句した。
家々はあちこち屋根が剥がれ落ち、畑はカラカラに干からびて荒れ果てている。
獣除けの柵は無残に壊されたままで、川に水はあるのに、畑まで引く水路がないらしい。
「領主様は魔物の脅威から逃げ出してしまい、男手も足りず、村はボロボロなのです。それなのに、税を取り立てる代官だけは定期的にやってきて……」
ミリアが悲痛な声で状況を説明する。
それを聞きつけて、広場に村人たちがゾロゾロと集まってきた。
痩せこけた爺さん、筋骨隆々だが疲れ切った鍛冶屋のおっさん、泥だらけの農夫、ボロボロの服を着た子どもや老婆たち。
彼らはミリアから事情を聞くと、俺の姿を見て、なぜか一斉にざわつき始めた。
「この若者なら……」
「なんだか、ついていけば助かる気がする」
「おお……神のお導きかもしれん!」
村人たちの目に、次々と熱い光が灯っていく。
これが固有スキル『万民魅了』の力だった。
しかし、その効果は俺が想像していたような恋愛感情ではなく、圧倒的な信頼や期待、協力意欲として発現していたのだ。
「若様、どうか我らにご指示を!」
「あんたになら、俺たちの命を預けられる!」
「惚れたぜ、兄ちゃん! 一生ついていくからな!」
村の男たちが、血走った目で俺に詰め寄ってくる。
(いや、男に惚れられても困るんだけど!?)
俺は心の中で絶叫した。
俺は可愛い美少女にチヤホヤされたいだけなのだ。
むさ苦しいおっさんや爺さんから、キラキラした熱い視線を向けられたいわけではない。
しかし、ミリアをはじめとする村の少女たちも、祈るような、期待に満ちた目で俺を見つめている。
この状況で、逃げ出すことなどできるわけがなかった。
「あー……えっと、とりあえず」
俺は冷や汗をかきながら、前世の知識を引っ張り出した。
「川から水路を引けば、畑に水を回せるんじゃないか? 壊れた柵は、村の全員で手分けして直した方が早い。あと、手持ちの食料は一度一箇所に集めて、力仕事をする人に優先して配ろう」
本当に適当な思いつきの提案だった。
しかし、それを聞いた村人たちの反応は劇的だった。
「おお……!」
「すげえ! そんな手があったのか!」
「やっぱりこの方は本物だ! さあ、みんな若様の言う通りに動くぞ!」
村人たちは歓声を上げると、クワやハンマーを手に持ち、すさまじい勢いで作業に取り掛かった。
『万民魅了』の効果は絶大で、彼らは俺の言葉一つですぐに団結して動き始めたのだ。
◇◆◇
その日の夕方。
壊れていた柵の応急修理はあっという間に終わり、水路を引くための予定地には、見事な等間隔で杭が打たれていた。
広場では焚き火が焚かれ、村人たちが配給された食事をとっている。
「ユウタ様、本当にありがとうございます。あなたが来てくれて、私たちは救われました」
ミリアが満面の笑みを浮かべ、俺に温かいスープが入った木の器を差し出してくれた。
ただし、スープはまだ水っぽく、村の食料事情が悪い証拠だった。
(こ、これだよ……! 俺が求めてた異世界生活! でも、スープはもっと具がほしいな……)
美少女からの心からの感謝と尊敬の眼差し。
脳内に快楽物質があふれ出し、俺の顔は自然と緩んだ。
よし、この調子で少しずつ好感度を上げていけば、ミリアちゃんルートは確実に――。
ドンッ!
不意に、背中を思いきり叩かれた。
振り返ると、汗だくで満面の笑みを浮かべた鍛冶屋のおっさんが立っていた。
「兄ちゃん、最高の指揮だったぜ! 俺もすっかり惚れ込んじまった! ガハハハッ!」
おっさんは親友にでもするように、ガシッと俺の肩を組んできた。
むさ苦しい汗のにおいが鼻を突き、俺はスッと真顔になった。
さらに、村長らしき白ひげの老人が立ち上がり、村人たちを代表して高らかに宣言した。
「皆の衆! 本日より、この村はユウタ様を中心にまとまりますぞ!」
「おおーっ! 我ら一同、ユウタ様に従います!」
村人たちが一斉に立ち上がり、拳を天に突き上げる。
その光景に呆然としていると、再び目の前にステータス画面が勝手に開いた。
【あなたを慕う者:五十三人】
【共同体形成条件を満たしました】
【称号:小さな王の芽生え】を獲得しました。
「違う! 俺はハーレムを作りたいんだ! 国を作りたいんじゃない!」
俺がたまらず叫んだその時、どこからか聞き覚えのある透き通った声が、脳内に直接響いてきた。
『ユウタ。たくさんの人に慕われ、支えられる場所……それもまた、広い意味ではハーレムです』
俺は天を仰ぎ、声を振り絞ってツッコミを入れた。
「広すぎるだろ、その意味!」
焚火を囲みながら、村人たちの陽気な声が、夕暮れの村に響いていた。
「とても面白い」★四つか五つを押してね!
「普通かなぁ?」★三つを押してね!
「あまりかな?」★一つか二つを押してね!




