70 そばにいる
「また、転んだ。……しかも、前方に一回転した」
上空に浮かびながら、森の中の道を、歩いていく小さな三人を見下ろす。
男の子二人に、女の子一人。
三人とも汗でびっしょりだ。
着ている服が長袖のせいかもしれない。
今、この場の気温にそぐわない服装だ。
逃げ出した村とは、真逆の季節のところに飛ばされているとは、気がついていないだろう。
夜が近いというのにまだ明るく、そして、暑かった。風も吹いていない。
薄暗い森の中、なんとか道だとわかるそれをたどっていっている。
手をつないでいるが、時々、女の子と男の子が交互に転ぶ。石にひっかけたり、足をもつれさせたりして。先頭を歩く男の子は二人より少し年上のようだ。転びそうになっても、バランスをとって、持ちこたえている。
子供にこの悪路は厳しいと思う。
草は背丈ほどに生い茂っているし、倒木や、石もゴロゴロ転がっている。
子供の背丈では見通せないだろうけど、上空にいるおれにはみえてる。
子供たちの前に道らしきものは続いているけど、その先に町や村はみえない。
子供たちは道を見て前方にむかって歩き出したけど、くるりと後ろ振り返って歩き出したほうが、だんだんと道が整備されてきて、森をぬけることができ、その先に小さな村があるなんて――森の上、上空にいる、おれにしか、みえないんだよな。
「……おれが、教えるのも、変な話だよな……。そもそも、この子たちを」
もれなく、殺してやろうと思って、ついてきたわけだし……。
森に隠れ潜んでいた子供は、最初、七人いた。
ほっとけといっているのは聞こえていたけど、おれは、子どもたちの方にむかった。
親兄弟を、俺たちに殺されて、子供だけで生きていくのは無理だろうと思った。
一人になる、苦しさはわかる。
おれと違って、この子達は死ぬことができる。なら、親兄弟のところに、送ってやるのがいいと思ったんだ。勝手な考えだ。
もちろん殺戮の場の血に酔っていたことも間違いない。
こんな身になってから、なぜだろう? 血の赤にとても抗いがたい魅力を感じるようになった。
倒れ伏した村人の、光をなくした瞳に、引き込まれたというのもある。
おれは剣とか使えないから、村の奥に魔法をぶっ放すことしかしていない。
その魔法で、村に火がついたのも事実だ。
誰かが魔法の直撃を受けたかもしれない。
燃え広がった火で、焼け死んだ村人もいただろう。
おれは、ヒトゴロシになった。
それなら、どこまでも堕ちてやろうと思った。
子供に手をかけたら、堕ちるところまで堕ちたということになる。
それでいいと思った。
もう守りたいものも、失いたくないものもない、地獄の底よりももっと下へ、堕ちてしまえば……このしめつけられるような胸の痛みを忘れられるかと思った。
光里、幼なじみで、恋人。
首だけしか残らず、よみがえることもできなかった彼女の、生前の姿を思い出すことができない。
一緒に召喚されて、どんなときでも一緒にいようと誓ったのに、おれだけが、よみがえった。
どうして、おれだけが。
笑顔が好きだった。でも、上書きされたみたいに、きつく瞳を閉じた苦悶に満ちた表情をした……頭部だけしか思い出せない。
堕ちて、堕ちて、狂ってしまえばいいと思った。
そうしたら、忘れられる。
この狂おしいほどの喪失感を、忘れられると思った。
狂いたい。ともに逝けないなら、堕ちて、狂って、忘れたい。
だから、子供達のあとを追った。
どうやって殺してやろうかと想像しながら、燃える村からはなれ、どんどん森の深くに入っていく7人の子供のあとを、上空に浮かびながら、追った。
ふと気がつくと、白い霧に取り囲まれていた。
子供たちが、それに接触したのも、みた。
おれも避ける隙もなく、それに触れてしまった。
痺れるような痛みが走って、なぜか、拒否されたのだとわかった。
弾き飛ばされ、一瞬、意識が飛んだ。
気がつくと、先ほどまでと同じような森の上空にいた。
辺りを見回して、森の中に、三人の子供をみつけた。
七人いたのに、三人になっている。
他の四人はどこへ行ったのだろう?
……とりあえず、三人はいる。ほかは、またあとで探せばいい。
どんなふうに、残酷に、子供たちに、血を流させてやろうと思っていた……。
だけど、そんなことせずとも、子供たちは血を流している。
まずは、膝小僧からだ。すっ転んで、流血。
転んで、手を前について、手のひらから流血。
下を向いて歩いて、木にぶつかって、後ろ向きにたおれて、たんこぶと、流血。
……きりがない。
だけど、泣くことはせず、子供たちは目尻に涙をにじませながらも、短い手足を動かして、懸命に歩いている。
そのボロボロの道を歩いていっても、何もないというのに。
やがて、道さえなくなるというのに……何も知らず、ただ、歩き続けている。
何が、この子たちを動かすんだろう?
生きたいと思っているから?
それとも、なにも考えてない?
ただ、わかるのは、死にたいとか、これっぽっちも思ってない。
おれとは違う。おれは、光里とともに、逝きたかった。自分だけが、よみがえりたいなんて、思っていなかった。
おれは、こんなになってまで、なにを思い悩んでいるんだろう。
血に染まって、闇に染まって、狂ってしまえば、楽になれると思ったんだ。だから、子供たちの後を追ったんだ。
「……だったら!」
燃やしてしまえばいい。
そう思って、火魔法を放とうとした――
『だめだよ、要くん』
はっきりと、制止する声が聞こえた。
目を瞬かせる。
仄白い光に包まれて、目の前に、光里がいた。
とうとう、幻覚か? ごしごしと目をこする。
それでも、消えない。
おれの目の前に浮かんで、子どもたちの方をかばうように、両手を広げている。
首だけになったあの姿じゃない。
全身きちんとある、光里だ。
火魔法を放とうとしていた腕を、だらんと下ろした。
「……ど、どうして……」
『わからないよ』
あっさりと光里は答えた。
『でもね、一緒にいると誓ったよね? だから、私は、要くんのそばにいることを選んだの』
「……」
手を伸ばす。仄白い光に包まれた、彼女に。
でも、触れることはできなかった。
おれの手は彼女をすり抜けた。
「どうして」
『ごめんね。身体ないから。幽霊、おばけに、なっちゃったのかな?』
悲しげに、それでも、光里は微笑んだ。
『ずっとね、声はかけてたんだよ。スプラッタな姿の私を抱きしめて、泣いてくれてるときも』
「……」
『私を、ちゃんと、土の中に埋めてくれている時も、そばにいたんだよ。ありがとう』
「……っ」
おれは激しく首を振った。
「ごめん。光里、守れなくて、ごめん。ごめん……。おれだけよみがえって、ごめん……」
何度も何度も、ごめんとつぶやく。
ふふっと、光里が笑った。
『いいの。だって、魔族、強すぎだもん。容赦なかったよね、ほんと。あんなのと戦えなんて、むちゃぶりがすぎるよね』
「……でも、ごめん」
『ごめん、いいすぎ。なんていうか、魔族と対峙して、とても怖かったことはおぼえてる。その後のことは、一瞬の出来事みたいな感じで、記憶にのこってないんだ』
あっさりと光里がいった。
『でも、あの顔はないわ。あの、私の死に顔。ホラーだよね。……記憶から消してね』
苦悶に満ちた光里の顔が、今目の前の、笑顔の顔に、上書きされていく。
『私、ずっと、要くんのそばにいたの。声もかけてたけど、聞こえてないみたいで。なんか、やばい目で、血をみてたから、殺人鬼みたくなったら、どうしようって思ってた』
「そうなったら、アタマおかしくなって、楽になれるかなって……どうせ、ヒトゴロシだし」
『ううん』
フルフルと光里が首を振った。
『要くん、確かに魔法を放って、火災起こしたけど、それだけだね。火を大きくしたのは、他にヒャッハーってしてた人たちだね。そば離れてみてきたから間違いない』
「え……」
『みんな、どうしちゃったんだろう。血を流させて、それにつれて、どんどんおかしくなってきてる人がいるよ。……要くんが変わらなくてよかった』
ほっと息を吐く光里の言葉を、おれは否定した。
「かわったよ! 死んだのに、なんでか、よみがえってる。心臓を貫かれたのに、生きてるなんて、おれは化け物になったんだよ! それとも、ゾンビか!?」
『なにいってんの! それなら、私なんて、おばけだよ。昼間なんて話しかけようとしても全然ダメで、夜になってきたら、姿を現せて、声も届くなんて、正真正銘、おばけだよ? 幽霊でもいいけど!』
腰に手を当てて、ドヤ顔をして、光里が言い切った。
「……」
唖然として、絶句して、しばらくして、笑いがこみ上げてきた。
「ハハッ、いいよね。それ。バケモノとおばけ、全然いいと思う」
『でしょ?』
「ああ。どんな姿になっても、今度こそ、ずっとそばにいる」
『うん。私たち、お似合いだよね』
「ああ」
『それにしても』
「うん」
くるりと振り返って、二人で話していた間も歩き続けていたはずなのに、たいして距離の稼げてない子供たちを見下ろす。
今は、森の中の少し開けた場所で、歩みを止めている。
転びまくった二人は、へたり込んでいて、年上の少年が小枝を拾い集めている。
本格的に夜になる前に、火を起こすつもりなんだろう。
子供に火起こしなんてできるのか? 村の子だからできる?
『うーん。このまま、すすんでも、なにもないよって教えてあげたいけど……』
「村を襲った仲間だって、この服装をみれば、わかるだろうし……」
召喚されたときに着ていたシャツとジーンズ姿だ。
しかも、胸の部分は穴が空いてるし、血で、汚れてるし……、目の前に現れたら、恐ろしいだろうな……。
ぽんっと、光里が手を叩いた。
『私が、うらめしや~とか言いながら、こっちに行くな、戻れ、戻れ〜ってささやいてくるなんてどうかな?』
……それこそ、大恐慌間違いなしだよ。
おれと、光里は、ああでもないこうでもないと話し合いながら、月が照らす夜空に浮かんでいた。




