69 友達⑦
ここはとても居心地がいい。
一度は帰って、お父様と話をしないといけないと、思ってはいる。
魔族にしてはありえないほど過保護なお父様は、過剰に心配しているだろう。ごめんなさい。
この白い霧の中の世界からの脱出方法はわかる。
簡単だ。リンの結界に守られた領域から、一歩でも外に出ればいい。
そうすれば、異物と判断されて、外にはじき出されるだろう。
そうなったあとに、また、ここに来ることができるだろうか?と考えてしまう。
この白い霧の中の世界にいる、レイとリンに、もう二度と会えなくなったら、嫌だ。
「どうかした、エリス?」
私の腕に触れながら、レイが問いかけてきた。
今日のレイは、車椅子という椅子に大きな車輪がついた乗り物に座っている。
リンが持ってきた時、ケガ人や病人が乗るためのものだと説明してくれた。
レイは歩けないわけではないけど、まだ、具合が悪くなったり、めまいを起こすことがあるので、外に出るなら、これに乗らなきゃダメだと、リンは言う。
レイは、死にかけてたくさん血を失ったせいなのか、それとも長年封じられてきた魔力がまだ身体に馴染んでいないからか、すぐに体調をくずす。
やはり一度医者に見せたほうがいいのかもしれない。
魔族の医者は、霧の中にはいれないだろう。
人間の医者? 知り合いはいないから、攫ってくる? ……でも、そんなことしたら、リンに怒られそう。
この白い霧の世界には、異世界人の国や拠点があると聞いたことがある。
そこに、医者はいないだろうか? わからない。誰かに聞く? ん、……そういえば、この頃くる少年……。
「ねぇ、どうかしたの、エリス?」
レイが、車椅子の横に立つ私の顔をのぞき込んだ。
あわてて、私は首を振った。
『ごめんなさい。少し考え事していただけ。なんでもないよ』
「そう?」
『ほんと、なんでもない。それよりも見て』
私とリンが作った花壇の前で手を広げてみせた。片手は意思を伝えるために、レイと手をつないだままだけど。
『花の苗を植えたんだよ。土いじりしたのは、はじめてだけど、よくできたと思うの』
「へぇ、すごいねぇ。みたことない苗だね。異世界の花か。どんな花が咲くんだろう」
車椅子から身を乗り出すようにして、レイが苗をみている。
今日初めて車椅子に乗ったというのに、自分で車輪をまわして動かし、一つずつ、苗をみていっている。
リンといっしょに煉瓦を並べて、土を入れて作った花壇。
城の庭師が作ったものと違い、豪華さはないけど、素朴で、可愛らしいと思う。
煉瓦や土、苗はリンが用意したものだけど、二人で魔法を使わず、煉瓦を並べて、枠を作り、土を入れて、苗を植えた。
苗だから、まだ小さいけれど、大きくなって、花が咲いたら、とても、すてきな花壇になると思うの。
リンはDIYいいね。土いじり楽しい。次は野菜なんてつくるの、いいと思わない?と満面の笑みを浮かべていた。
リンはお昼ゴハンの材料、買ってくるねと、本拠点のほうへ転移していっている。
間に広めの森があって、本拠点の周囲は、巨木が連なって行き来が不便だから、何か方法を考えなきゃといっていた。
リンの本拠点には、リンの家、それに異世界の店がたくさんあるらしい。
興味が、ものすごくある。
拠点をつなげてひとつにしたら、エリスちゃんも、レイくんもこれるかなぁ?と腕組みして考え込んでいた。
このアパートと呼ばれる建物のある拠点も、森を隔てた場所にある本拠点も、住んでいるのはリン一人だと聞いた。驚いた。ここと本拠点を含めた周囲――リンの領域はとても広いから、他にも人がいるのかと思っていたから。
アパートのあるここも、未知の異世界のもの、自動販売機等が並び、それをガッチリと結界が守っている。
本拠点は、リンの結界の気配を私は覚えたので探知してみると、この拠点よりもはるかに大きい。その規模は街といっても過言ではなさそうだ。
この規模のものを創造し、周囲を結界で囲い、維持しつづけているリンはすごい。本人はどれだけありえないことしているのか、まったく分かっていない。
魔法は勉強中だから、癒しの魔法と結界と、思い願う魔法?みたいなのしかできないよ、と謙遜して笑うけど、――それだけでも、すごいことなんだとわかっていない。
本人が攻撃をすることを望んでいないからだろうけれど、攻撃魔法だって行使しようと思ったら、たぶん、いきなり最上級魔法を発動したりとか、未知の魔法を創造しそうな気がする……。
それからリンは結界の外には、魔物や獣がいるはずだから、ここと本拠点の間にある森まで開拓したら、住処を奪って、生態系を壊すことになるんじゃといい、悩んでいた。
本人が気がついてないだけで、おそらくリンが拠点をつくった時点で、リンに危害を加えそうな範囲には、そういったものはいなくなっている。
いたらイヤだなぁとリンが思ったということが作用していると思う。
なので、森にいるのは、無害な小動物くらいだ。
虫がいなくてよかった、都会生まれ都会育ちだから、虫ダメなんだよねとも言ってたけど、……蝶とかてんとう虫とか、リンが嫌だと思わないものしかこなくなっていると思う。
生態系破壊が……と異世界の感覚で言っていたけど、リンの周りから居なくなっても、まだどこまでもどこまでも森は広く続いている。そっちに移動して行っただろうから、気にしなくていい。
それに、獣や魔物がいなくてもまったくリンは困らない。
狩りをする必要なんてない。自給自足の必要は全くない。
スーパー?とかいう、なんでも売っている、リンの元の世界と同じような店があるからだ。
食品トレイという白い入れ物に乗せられた、きれいに薄く切られた肉を取り出し、フライパンに並べながら、時々、異世界に来ていることを忘れそうになるんだよね。あまりにも、不便なく過ごせてるからとリンが言ってたけど――そうだろうなと、心底納得してしまった。
リンは、すごいことがたくさんできる。それにとても優しい。私やレイを、無条件で助けてくれた。見返りなんて求めてない。優しすぎて、時々、心配になる。
リンはこの世界のことを、ほとんど何も知らない。
これから、リンをだまして、利用しようとする、ろくでなしや、ゲス野郎がわいてでてくるかもしれない。
本人自覚なしだけど、とてもとても綺麗な容姿をしている。その点に関しても注意が必要だと思う。
だから、私は決めたの。
レイのことも守るけど、リンのことも守るって。
まだ覚醒前だし、幼女の姿だけど、私は魔族だから。
大切なものを守るためなら、ためらったりしないし、容赦もしない。残酷にもなれる。
私は、レイとリンを守りたい。この居心地のいい、場所を守りたい。
そういえば……さっき、思い浮かべかけた少年のことを思い出す。医者のこと知ってるかなって。
彼は間違いなく、リンと同じ、異世界人だと思う。
リンと同じような服装をしているから。
しばらく前から、ここ、アパートのある拠点の近くにやってきている。
拠点の結界から少し離れた場所の木から、ひょっこり顔を出して、こちらをじっと見ている。
しかも、毎日。
はじめは不審者だと思ったんだけど、……なんだか、この頃は、可哀想になってきた。
声をかけたそうに口を開きかけたり、足を踏み出しかけて、引っ込めたり、背中に手作りらしきカゴを背負っていて、それに瑞々しい果物が入っていたりして、それを一つ、両手に抱えて、来るかなと思ったら、眉を下げて、悲しそうに、森の奥に、とぼとぼと歩き去ったりしている。
私と目が合ったときは、すがるようにじいっとみつめてきたけど、無視しておいた。
やはりこちらとしりあいたい、接触したいなら、自分で動かなきゃいけないと思う。
少年とはいえ、リンより年は上のようだし、何より、強さを推測すると、決して弱くなく、この世界で一人で生き抜いてるんだから、強いと思う。
なのに、なぜ、人見知りの幼子のように、モジモジして、木の影から、出てこないのか、意味がわからない。
ちなみに、リンはまったく気がついていない。
かといって、リンに隙があるわけでもない。寝ているときも含めて、身体に常時結界をはり続けていると聞いたときは、驚いた。
おかげで魔法ぶつけられても、弓を放たれても、ぜんぜん大丈夫だったとリンは苦笑していた。……ここに白い霧の中の世界に来るまでに、リンに何があったのだろう……。珍しく暗い目をしてたのが気になる。
とにかく、強そうなのに、人見知りみたいな少年は、今日も来るだろう。
日参しているし。
今日は捕まえて、医者の知り合いがいないか、聞き出してもいいかもしれない。
「エリス! はやく来て!」
レイの叫びに、ハッとして、彼の方をみる。
いつの間にそこに行ったのか、自動販売機のそば、車椅子に座ったレイの前にうずくまる人がいる。
「大変だ。……大丈夫ですか! その子!」
私も急いで、レイのそばに駆け寄った。
彼の前にいたのは、さっきまで思い浮かべていた少年だった。
膝をつき、息を乱している。
両腕に抱えた布の中は、子供だ。人間の女の子。
目を閉じて、苦しそうに息をしている。
顔は真っ赤だ。
病気なのは間違いない。
「っ、はぁ…、た…、たのむ。この子を、サクヤを、助けてほしい」
乱れた息を整えつつ、頭を下げながら、少年が苦しげに言った。
「おれのところには、薬とかなくて、助けてやれないんだ」
「エリス、リンさんを呼んで」
私は首を縦に振って、リンに魔法で呼びかけようとした――
「え? 私がどうかしたの?」
のんびりとした口調で、リンが片手に買い物袋を持った姿で、アパートのドアを開けて出てきた。
部屋の中に、転移して、すぐなのだろう。
「今日のお昼はね、って!」
いいかけて、ドサッと買い物袋を下に落として、それを気にすることなく、少年のもとにかけよる。
布に包まれた女の子の額に手を当てる。
「熱い。高熱だね。とりあえず、寝かせなきゃ。ついてきて」
初対面とか自己紹介とかすっ飛ばして、リンは少年に言った。
「は、はい!」
なぜか、背筋を伸ばして少年が返事をして、リンのあとに続いた。
リンは手早く、まだ、未使用の部屋を開け、中にはいる。
「僕たちも何か手伝えることがあるかもしれない。行こう、エリス」
『うん』
車椅子を動かすレイのあとに続いた。




