71 思うこと 願うこと⑫
「うん、今日のパスタは洋風かな? やっぱりまだ和風は二人はなれない味かもしれないし。大根おろしたっぷり乗せた和風パスタも美味しいんだけどね。今日は、カルボナーラにしよう」
のんびりとそんなことをつぶやきつつ、レイくんの部屋に転移した。
「ただいま。……ん?」
部屋の中にふたりはいなかった。
ベッドはきれいに整えられてある。
外にでたのかな?
レイくんが外に出てみたいと言うから、車椅子を用意したんだ。
時々、めまいをおこしたり、ふらついたりするから、危ないと思ったんだよね。
ベッドを購入したのは家具屋さん。車椅子は大型スーパーのドラッグコーナーにあったんだ。
ベッドはどうやって持って帰ろうって思ったんだけど、なんと……配送できたんだよね。
レジそばに、配送伝票があったから、思いついて、書いてみた。伝票に住所はアパートって書いたよ。設置配送希望。
記入後、配達予定日とか伝票に浮かび上がってきたから驚いた。三日後になってた。
どうなるかな?と思っていたら――配達予定日に、洗面所からでてきたら、寝台があったから驚きましたってレイくんが言ってた。誰がどう配送して設置したんだろう? こびとさん? 魔法? 謎。
でも、それ以上にレイくんはベッドのマットレスに驚いてた。手で押したらしずみこむのに、離すとゆっくりと戻る低反発マットレス。
何度も手で押して感触を確かめていた。あまりにレイくんが繰り返すから、エリスちゃんもいっしょになって、ふにふにと押していた。
膝をフローリングの床について、ならんで、ふにふにしてるふたりは可愛かった。
レイくんのベッドを用意した時に、エリスちゃんの部屋の分も用意してたから、あとからみつけたエリスちゃんは寝心地がいいと、とても喜んでいた。
私の部屋にするかな?と思っている部屋にも同じ日に、ベッドとか家具は一通り用意している。まだ、本拠点(エリスちゃん命名)の方の、家で寝てるけどね。
車椅子は、レイくんが外にでてみたいと言った昨日、買ってきた。
転移魔法で持って帰ってきて、使い方を教えたんだけど、これなら、足の不自由な人も自分で動けますよね。異世界には便利でよく考えられたものがたくさんありますねと、しきりと感心していた。
「外だよね。エリスちゃん、花壇をみせたいって言ってたし。レイくんは、自動販売機もみたいとも言ってたよね。……?」
買い物袋の中身を冷蔵庫に入れてから、私も外に行こうと思っていたら、外がざわめいた気がした。
なにか、違和感、を感じた。結界になにかふれた。不快とか、危ない感じはしないんだけど、違和感を感じたんだ。
続いて、レイくんの声が耳に届いた。私の名前が、聞こえたと、思う。
「?」
買い物袋を持ったまま、玄関のドアを開けて、顔をだした。
「エリス、リンさんを呼んで」
「え? 私がどうしたの?」
ドアから外に出ながら、レイくんの声のした方に、顔をむけた。
「今日のお昼はね、って!」
自動販売機の前に、車椅子に乗ったレイくん。そばにはエリスちゃん。
そして、車椅子の前に膝をついた見知らぬ少年がいた。黒い髪に、黒い瞳をしている。両腕には大きな布で包まれた、なにかを抱えている。
なにか、じゃなくて、女の子だ。目を閉じていて、顔は真っ赤だ。額に汗がにじんている。
買い物袋をその場に落とすように置いて、駆けよった。
女の子の、汗で髪が張り付いた額に触れる。
「熱い。高熱だね。とりあえず、寝かせなきゃ。ついてきて」
「は、はい!」
あとから、初対面の人に命令口調で話しかけるなんて何様なの、私……と思ったけど、その時は、女の子を早く寝かせようと気が急いていたんだ。反省。
私の部屋にするつもりで、一通りの家具を用意していた部屋のドアをすばやく開けた。
「シーツとか用意するので、少し待ってくださいね」
「はっ、はいっ」
パッケージを開けて、シーツをベッドにかける。
掛け布団にカバーもかけていく。
私がファブリックを整えているうちに、エリスちゃんが、女の子にクリーンの魔法をかけた。
あとで、女の子のパジャマとかも用意しないといけないね。
「ありがとう。すげぇ、汗びっしょりだったのに、サクヤの服がきれいになってる。ん? おれも? ……汗臭かった……もしかして……」
感謝しつつも、落ち込んでいるような声がした。
「リンさん、冷却シート、体温計とか、入れ物ごと、僕の部屋に置いてあったの、持ってきました」
救急箱を両手に抱えて、レイくんがそばに来た。車椅子には乗っていない。
「ありがとう、助かるよ。体調は?」
「これくらいは大丈夫です」
「無理しないでね」
「はい。――エリス、大丈夫だよ」
レイくんの横にエリスちゃんが立ち、心配そうに、顔を見上げている。
安心させるように笑顔を返す、レイくん。
ふたりはほんと、仲がいいよね。
枕カバーもかけて、ぽんぽんと形を整えた。
「これでよしっと。寝せてあげてください」
「わかりました」
毛布にくるんだ女の子をそっとベッドの上におろす様子を見守る。
女の子の目が少し開いて、小さな手が伸ばされて、少し下がろうとした少年の服の裾をつかんだ。
「……や、だよ。アキラお兄ちゃん、いっしょにいて。ひとりにしないで」
「サクヤ。大丈夫だから。絶対、ひとりにしないから。今は、きついだろ? 寝たほうがいいから。な?」
「……うん。すぐにおきるから、どこにもいかないで」
不安でいっぱいで、ひとりになるのを恐れている、そう思えた。
「サクヤを残して、どこにもいかない」
はっきりと力強く、アキラと呼ばれた少年は宣言した。
女の子、サクヤちゃんは安心したかのように、目を閉じた。
「とりあえず……魔法かけますね」
「え?」
反対側から手を伸ばし、サクヤちゃんに触れて、癒しの魔法をかけた。彼女の身体が仄かに白く光った。早く良くなりますように。
「すご……。癒しの魔法だ」
アキラくんは、目を見開いて、呆然としていた。
「あまり、魔法を乱発するのはよくないと思うので、最初だけ。症状をみつつ、ポーションとか薬で様子見にしましょう」
何でもかんでも、癒しの魔法を使って治すのはよくないと、召喚国で教わった。
「病気の時って、心細いから、そばについていて、あげてくださいね」
「ありがとうございます。……急に押しかけてきたのに、すみません」
アキラくんが勢いよく頭を下げた。
私は首を振った。
「……えっと、遅ればせながら、私は、リンっていいます。ここは私の領域になります」
「おれは、アキラで、この子はサクヤです。
朝起きたら、この子が熱を出してて、焦っちゃって、おれの家には薬とか必要なかったから備蓄してなくて、とっさに助けてもらえそうなところに来てしまいました。
結界にどつかれる覚悟はしてたんですが、とおしてくれました。状況判断のできる、すげぇ、いい結界だと思います」
ニカッと笑って、親指をたてるアキラくん。
「??? 結界に、どつかれる? え?」
え? どういうこと? 私の結界……?
「リンさんの魔法はすごいんですよ」
いいながら、レイくんがそばに来た。手をつないだエリスちゃんも一緒だ。
今日のエリスちゃんは、髪をポニーテールにしてあげた。ふわふわポンポンのついた髪ゴムで結んでいる。
「僕は、レイモンドといいます、レイと呼んでください」
「は、はい、アキラです。よろしくです」
まだ子どものふたりにも、同じように頭を下げた。
「この子はエリスといいます。僕の大事な友達です。口でしゃべれないけど、触れることで、会話してます」
「なるほど。そうなんですか」
『……』
「? エリス?」
ふいに、レイくんとつないだ手を離し、すたすたとアキラくんのそばにエリスちゃんが歩いていった。
アキラくんの手の甲に、ぱちんと音をたてて触れる。
エリスちゃんの口が弧を描き、なぜか、たらりと、アキラくんの額から汗がひとしずく流れ落ちた。
「え、えっと、はい。もちろん、エリス様。その件は、なにとぞ……。ああ、あの実は、長老様の……はい、ぜひ、貢がせて、いえ、持ってきます。取り放題なんで、いくらでも。エリス様。じゃない? エリスちゃん様? 違う。あ、あぁ、わかりました。エリスちゃん」
焦って、しどろもどろなアキラくんの前で、エリスちゃんが腕組みをしている。
……小さい女王様みたいだと、つい思ってしまった。
「知り合い?」
「じゃないと思うんですが……」
レイくんと顔を見合わせて、二人で首をかしげる。
少し満足げな表情をしてエリスちゃんがレイくんのそばに戻ってきた。
アキラくんの方は、ちょっと、顔色が悪くなっている。
床に両手をついて、うなだれている。
健康優良児っぽい、彼を青ざめさせるなんて、エリスちゃん、何を言ったんだろう?
気になる。
「エリス? アキラさんに何言ったの? 大したことじゃない? ほんとかなぁ」
「れ、レイくん、ほんと、大したことじゃないから、心配なく。エリスちゃん様を問いただすのは……」
あせったようにアキラくんが顔を上げ、否定する。
くうぅ。
その時、大きくお腹の音がした。
アキラくんの顔が、ゆでダコのように、赤くなった。
「す、すみません。うわ、おれ、恥ずっ……」
朝起きてすぐサクヤちゃんの熱に気がついたんだから、飲まず食わずで、ここまで来たんだよね。
そりゃ、おなかすくよ。
恥ずかしがる必要はないよ、うん。
「サクヤちゃんの熱を測ったら、ご飯にしましょう。アキラくん、嫌いなものは?」
「ナマコだけです!」
……さすがに、ナマコはださないかな?
「っ、コホン。……では、お昼ゴハンは、パスタです。カルボナーラ予定。たりない場合は、昨日のでよければカレーもあります。それでいいですか?」
「もちろんです!」
食い気味に、アキラくんが返事を返した。
サクヤちゃん、ぐっすり寝ているけど、病人が寝ているんだからか大声禁止だよね。ご飯の間は場所移動だ。
せっかく眠ったのに、起きちゃったらかわいそうだよ。
移動したレイくんの部屋で、パスタを食べたあと、アキラくんにはカレーもだしたんだけど……お皿を前にして、固まってしまって、それから両目から滂沱の涙を流し始めたんだよね。
「あっ、えっ、アキラくん、だ、大丈夫?」
「っ。っ……ひくっ、……うっ」
こらえようとしても、嗚咽があふれてとまらない。
私とレイくんはおろおろとしてどうしていいかわからなくなって、ふだん表情をあまり変えないエリスちゃんでさえ、ものすごくあせった顔をしてた。
「いない。おにい、ちゃん! ふええーん。ふぇ。ふええーん!」
そうこうするうちに、今度は、ドアを開け放っていたからか、アキラくんの嗚咽で目を覚ましたわけじゃないと思うけど、サクヤちゃんの大泣きの声が聞こえてきたんだ。
嗚咽を止められないアキラくんと、大泣きのサクヤちゃんで、その場は、混沌と化してしまって、再起動するのに、少し時間が必要だったよ、うん。




