7 生命をあつかうもの
頭の中、煮えてんのか?
腐ってんのか?
浮かんだのはそんな気持ちで、でも、口からでたのは、一言。
「は?」
言いたいことがありすぎると、逆に言葉がでなくなるらしい。
とりあえず、こほんと咳払いをして、一瞬にして、沸騰した気持ちを鎮めようと、無駄な努力をしてみる。
「……突然、予約なくあらわれて、予約というのはですね、この診療所は予約制なんですよ。自分で言うのなんですが、人気でしてね。以前は診療順のために、何時間どころか何日も前に並ぶ人もでて、非常に困ったことになりましたね。それで予約制としたんです。
身分? そんなものは関係ないですね、ここ、自由都市ですし、市長の許可も得てます。
──というわけで、受付に戻って、予約をとってから、出直してもらえます? 出口はあちらです」
立て板に水のように、サラサラと言葉を連ねて、扉を指し示す。
「そんな薄情なこといわないでちょうだい。
私は貴方の妹なのよ。会うなり帰れなんて。お願い、話を聞いて」
両手を組み合わせて祈るように訴えかけたあと、その手をこちらに差し伸ばした。
「……」
今日が初対面で、妹だといい、なおかつ、薄情だという、このお嬢様はどういうつもりだ。
妹なんて知らない。
家族などいた事などはない。
うまれおちたときから不要とされて処分されるところを、憐れんだ騎士に、せめてもと、教会の孤児院の軒下に、裸でシーツにくるまれたまま置かれた。
その時、降り出した雨に頬を打たれて、冷たさに驚いて、声をあげて泣いてしまったことを憶えている。
泣き声とはいえ弱々しい赤子の声に、就寝前の祈りを捧げていた修道女が不審に思い、扉を開けて外を確認し見つけてくれた。
でなければ、降り出した雨に、体温を奪われ、死んでいただろう。
命をつなげ、生きるすべを与えてくれたのは、その修道院の聖職者や孤児院の仲間たちだ。
当然、目の前にいる女などではない。
大袈裟な動作で、目の前に、訴えかけるように差し出された指先をちらりと見た。
傷一つない真っ白な指先、薄いピンク色のきれいに手入れされた爪。
くみあげる井戸の桶の重さも、その冷たさも知らない、労働を知らない手だ。
「お願い。あなたの力が必要なの。助けて。こうしている間にも、たくさんの命が失われていっているかもしれないわ。お父様と、お母様も、苦しんでるの。あなたの、母親なのよ。
お願い、一緒に来て、助けて。お願いよ」
自分に酔いしれて、感情が高ぶったのか、大きな瞳が潤み、涙がふっくらとした頬をすべり落ちた。
女の涙に絆されるような、阿呆ではないつもりだ。
隣国から、必死できたというわりには、髪の乱れもなく、旅装というより、シワひとつないドレスとしかいいようもないものをまとった女に、ほだされたわけではない。
が……
隣国の、それも自分が生まれたと記憶している領地に、新種の病が発生したことは、職業柄早いうちに耳にしていた。
既存の薬、ポーションの類も効かない、病。
最初は、感情が不安定になるという。喜怒哀楽が目まぐるしくかわり、落ち着きなく、動き回るという。
次に、痛覚が異常に鋭くなり、そよ風が身体に吹きかけただけでも、悲鳴をあげ、痛みにくるしみだす。
こらえきれないものは転がり回り、暴れる。
そして、その痛みが終わったあと、今度は高熱を発する。触れたものが、火傷をおったかと、感じるほどの、すさまじい熱だ。
その時点で、罹患者の意識はほぼ、ない。
熱に、昼夜問わず苦しめられたあと、今度は急激に体温が下がり始める。どこまでも体温はさがり、最後は意識を取り戻すことなく、心臓の動きをとめるという。
意識のあるうちは散々に苦しめ、最後は意識を戻すことなく、まるで眠るように、命を失う。
そして、この病は、うつるのだという。
患者に直接触れたものが、感染するという。
情報を集め、症状をまとめたとき、これは病なのか?と思った。
まるで、呪いのようだと思った。
直接、患者を診たわけではない。
だが……。
集めた情報を書き記し、熟考し、答えのでない問いに、いっそ患者をみにいってみるか、しかし、自分を不要とされた場所に赴くのに、抵抗感があるのは仕方ないことだと思う。
眉間にシワが寄っていたんだろう、指先でつんとつつかれて、はっとした。
『先生、どうしたの? すんごい顔してるよ
、悩み事?』
『あう?』
なぜ、その時、問われるままに話してしまったのだろう。
まるで、導かれているかのようだった。
『ふうん。そう。病なのかな? 呪い? なのかな? 直接殺すより、やばいもの、撒いちゃえ、みたいな』
『うー?』
『でもでもね、そんなものはなんとかなるよ。病気、呪い、ケガなんでもござれの、お薬? つくればいいよ』
『あーい』
よし、つくっちゃえといって、2人は、目を見合わせて、笑った。
そして、その、薬?というより、万能薬としかいいようのないとんでもないシロモノは、この引き出しの中にある。
どう使用すべきか、1本しかないし、再現できるかためしてみるか?と、忙しすぎる診療の合間に、頭を悩ませていた。
「ねぇ! きいているの! こんなにも私がお願いしてるのよ? 助けてといっているでしょう!」
ヒステリックな叫びが、思考を断ち切る。
「一緒に帰って。助けて、お兄様!」
「…」
不快感がこみ上げてくる。
帰る? どこに? 不要だとされた場所に戻る気はないと、女の言葉で、はっきりと自覚した。
だが、救えるすべがあるのに、見捨てることはできない。
非情になれない自分に、内心呆れつつも、迷いのない手つきで引き出しをあけて、それを取り出した。
「私は、行きませんよ。ですが、ここに、薬があります。これを一雫ずつ投与すれば─」
ごくりと生唾を飲み込む女の前に掲げた透明な瓶が、窓からの差し込んだ光を受けて、きらめいた。
これをどう使うかは、使用者次第だろう。
結果は、どうであれ、ここは潮時かもしれない。
生きづらいなら、私たちのところに来てくれたらいいのにといわれていた。
そうだな。…むこうに行くのもいいかもしれないな、まずは、見学からかな、と、思った。




