66 女王
「ねぇ、どうして、だめだなんて、いうのかしら?
わたくしのすることを止めようとするのかしら?」
玉座から立ち上がり、階段を降りていく。
カツン、カツン……と、靴音が、静まり返った空間に響く。
誰もが固唾をのみ、息を潜めた。
「減ったのなら、また、喚べばいいじゃないの? いつもそうしているでしょう? なぜ、してはいけないなんていうのかしら?」
階段下に降り立った私の前に、文官は平伏した。まだ若い男だ。
顔だけは上げ、奏上する。
「恐れながら申し上げます。……異世界人の扱いに関して、各国から抗議がいくつもきております。帝国からもですが、教会本部からも」
「教会! また、あの女が何か言ってきたのね! いつもいつもわたくしのすることに、因縁をつけてくる、嫌な女!」
「陛下! 大聖女様のことをそのように」
「おだまりなさい!」
バシっと、王錫で打ち据える。
文官の、額から、一筋の血が流れ落ちた。
大理石の床を、ポタポタと、血が汚す。
「………」
「わたくしのすることを邪魔したうえに、あの女をかばうようなことをいう、おまえは――」
いらないわ。
力が渦巻く。ひざまずいた文官の周囲でぐるぐると渦巻き、めぐる。
いらないおまえを贄にして、喚びましょう。
何度も、何度も、喚べば、わたくしがなくしたものが、もう一度、時をめぐり、やってきてくれるかもしれないわ。
だから、だから、たくさん喚ぶのよ。
間違ったっていい。わたくしがいらないものは、皆が、処理してくれるわ。
だから、好きなだけ、喚ぶのよ。
わたくしには、容易く、そうできる力があるのだから。
「っ、陛下! お許しください。ですが、私は……。ぐっ」
ひざまずいた部分から、消えていくだろう。ぐるぐると周囲を渦巻く力に、やがて存在を奪われていくのだ。
贄などなくとも、わたくしは、召喚できる。
でも、わたくしの邪魔をしたんだからしかたないわよね?
今回は、この男を贄にして、喚ぶことにしましょう。いつもより、さらに多く来てしまうかもしれないわね。
呪文を言葉にしようと口を開きかけた、わたくしと、平伏し震える文官の間に、割り込むように、人影が入った。
すっと、わたくしの手を取る。
「オクタヴィア女王陛下。ご機嫌は麗しくは、なさそうですね?」
「麗しく見えるのなら、おまえの目は節穴よ、カインセル将軍。そこをどきなさい。
わたくしの邪魔をしないで」
「邪魔? しますよ」
平気な顔をして、わたくしに逆らうと宣言するこの男の、武人なのに、武骨さのない端正な顔を、打ち据えてやりたいそういう衝動に駆られる。
だが、やめておく。
生まれた時から互いを知っている、この男の性根を忘れることはない。
冷めていて、歪んでいて、それでいて、蛇のように執念深い性格でもある。
この男に執着された者は、逃げようとしても逃げられないだろう。
だが、この男の場合、手に入れてしまうと、やはり違ったと、関心を失う。
自分に興味のないものを手に入れる過程が愉しいのであって、相手が自分の手に堕ちると、あっさりと興味を、それまでの執着が嘘のように、無くす。
本当に嫌な男だ。
身分は公爵でもあり、将軍の一人でもある。父親は、わたくしの母の兄だった。
この国が女王即位を優先する国でなければ、この無駄に優秀な男が、わたくしの地位にいただろう。
この男、カインセルを、王配に、わたくしの夫にという話もあるが、嫌に決まっている。
わたくしはこの男が嫌いで、この男もわたくしが嫌いというより、わたくしに関心はない。
でも、この国にはこの男が必要だ。
この国はわたくしと、この男の力で、成り立っているのだから。
天と地、太陽と月のように、対だ。
だからといって、王配にという話はお断りだわ。
カインセルの方も、同じように思っているから、彼がわたくしの横に並び立つことはないわ。
「なぜ、邪魔をするのかしら? わたくしは今とても不愉快なのよ。その男を、贄にでもしてやらなければ、気がすまないのよ」
「贄ですか?」
形の良い眉をあげて、うっすらと笑う。
「贄などなくとも、陛下は召喚するでしょう? この文官は私の気に入りなんですよ。贄なんてやめてくださいね」
「お前の気に入り? そんなものあるのかしらね?」
何事にも興味なしの、この男に。
心外だというように、カインセルは肩をすくめた。
「この男は優秀なんですよ。考えなしの女王陛下を恐れながらも、きちんと言うべきことは言う。そこらにいる、肯定しかしない無能らとは大違いです。
それにデスクワークも得意でね。私の代わりにそれはよく働いてくれるんですよ。私はどうも書類仕事は、めんど、いえ、得意ではなくてね。とても重宝してるんですよ。だから、贄なんてやめて、返してくださいね。書類が現在進行系でたまっているんですよ」
「……どういう理由よ、それは」
「それにね、今は召喚はやめておいたほうがいいでしょう」
「なぜ?」
「陛下がこの頃喚ぶ異世界人の質が低下しています。兵士としての役目すら果たせないような、力ない雑魚ばかり召喚されても困るんですよね。
おかげで、教育係たちからは苦情殺到です。ろくに力も持たないのに、いきがって、何の役にもたたない。スキルを持たず、あっても上手く使用できない。
その割に、贅沢もてはやされるのは当然だと思っている。
何様のつもりだと。
先日の魔族襲撃の相手をさせた、三隊は全滅ですね。亡骸すら見つかってないものも何人もいます。
そのあと、継続している魔族単体の襲撃を放置。これがいけませんでしたね。
ほっておけと言ったのは誰でしたか? おかげで、教会本部から大聖女がでてくるという事態を招いたわけです。
さて、誰が責任を取るべきでしょう?」
ぐるりとカインセルが周囲を見回す。
皆、矛先が自分にむかないように、彫像のように固まり、じっとしている。
肩をすくめたカインセルが、わたくしに囁く。
「役にたたぬ配下ばかりですね、あなたの下は」
「……」
「お得意の召喚は、再度いいますが、今は、やめたほうがいいでしょう」
「なぜ?」
「今、召喚すれば、大聖女が来ますよ」
「!」
「この国で、誰も、大聖女はとめられませんよ。それはわかっているでしょう?」
「っ」
あの女が大嫌いだわ。
わたくしが欲しいものを持っている、あの女が大嫌いよ。
でも、この国は、あの女を受け入れるでしょう。
お帰りなさいと、受け入れるでしょう。
でも、今は、わたくしが女王だわ。
女王なのよ!
カインセルを睨みつけ、いつまでもわたくしの手にふれている、それを振り払った。
「……もう、いいわ。部屋に戻ります」
「この、文官はどうします?」
「好きにすればいいわ」
「御意に」
わざとらしく恭しくカインセルが礼をしたようだが、一瞥もしない。
背筋を伸ばし、歩き出す。
わらわらと護衛や、女官たちが私の周囲に集まる。
わたくしは、この国の女王。
カインセルの力を借りねば、この国を、今は維持できなくとも、女王なのよ。
いつか、必ず、取り戻すわ。
この国に、このわたくしに、真の力を――。




