64 いびつな世界③
満天の星空を見上げながら、たき火をして、その前でくつろいで座り、食後の珈琲を飲んでいたら――目の前に、突然、現れた二人に、
「っ。……ぐっ」
驚いて、口に含んでいた珈琲を吹き出すところだった。
「あう!」
挨拶代わりなのか、元気な声が響く。
「…………」
「…………」
おれの目の前に、プカプカと浮かんでる赤ん坊の方は、あおむけで、両手をまっすぐ伸ばして、じっとしている。
その後ろで、おすわり姿で、ぷっくらとした指で指し示しながら、同じく、空中に浮かんでいる赤ん坊は、知り合いだ。
「あう、あう」
手を振り、おれと、じっとしている赤ん坊を交互に指さす。
「突然、現れて……これを、どうしろと?」
「う」
受け取れといわんばかりに、おれの前にずいっと、赤ん坊を近づける。浮遊魔法だ。
差し出された方の、赤ん坊は、観念したかのように、ぎゅっと目を閉じている。
「う、じゃない、ハル。もう一度、聞く。これを、おれにどうしろと?」
赤ん坊を受け取らぬまま、指を指してるほうの赤ん坊、ハルにきく。
「う。……うう、うにゃ、め、う、なの」
「わからん」
「ぶ、う」
一生懸命、しゃべっているが、わかるはずはない。
頬をふくらましても、わからないものは、わからない。
「いつもみたいに、むこうに連れて行けばいいだろう?」
切り株の上に、カップを置く。
この世界の中心に、果てしなく広がる大森林。そこには、白い霧の広がる場所が、点在している。
その、白い霧の中には、異世界人しか行けない場所があるといわれている。
その白い霧の中の、住人が、ハルだ。
赤ん坊だけど、魔法が自由自在に使える。数年前にしりあったが、その時から、赤ん坊だ。かけらも、成長していない。
「今日は、サクラと一緒じゃないのか?」
「あう」
「なるほど。そういえば、何でもかんでも拾いすぎと、怒られていたと、聞いたぞ」
「……う」
サクラとは、異世界人で、白い霧の中へ、召喚国から不要とされ捨てられていたところを、ハルが助けた、少女だ。
何度か、ハルに連れられて、むこうに行ったときに会った。
めったにないが、こちらの、おれの診療所にも、来たことがある。
平和な世界から来たんだろうなって雰囲気の、ちょっととろくさい、でも、なぜか運動神経だけはものすごくある少女だ。
ハルとは気が合うのか、出会ってから、二人で行動していることが多い。
ハルは、サクラと出会い、一人行動より誰かとのほうが楽しいと覚えたのか、サクラと出会って以降、いろいろと拾ってくるらしい。
捨てられた異世界人はもとより、魔獣の子供、エルフ、ドワーフ、いろんな種族の半端者、無計画にどんどん、拾ってくるので、さすがに、サクラが、待てと言ったらしい。
無計画に拾っちゃダメ、ふえすぎて住居も整ってない、ましてや、魔獣を通り越して、ドラゴンも拾ってくるなんて、いけません。元のとこで、もう一回、眠りについてもらってきなさいと、そういって、めったに怒らないサクラが怒っていたそうだ。
おれの診療所に、薬を仕入れに来た、ハルたちの拠点の仲間――こいつもハルに拾われた――が、おもしろおかしく、教えてくれた。
「赤ん坊一人ふえたところで、たいして変わらんだろう? サクラに怒られることが、怖いのか? 赤ん坊を連れて行ったところで、怒ったりしないと思うぞ。むしろ、その子の境遇を心配するんじゃないのか?」
「うう」
ハルがプルプルと首を振った。
短い腕をクロスさせた。
そして、何度も、森の方というか、遠く見える白い霧のほうに、目線をながしている。
「バツ?」
「う!」
「森? いや、霧? バツなのが、霧?」
「あう」
「……。この赤ん坊は、白い霧の中に行けないってことか?」
「あう!」
正解というように、パチパチとハルが手を叩いた。
じいっと動かず硬直して、目をつぶってる赤ん坊に目を向ける。
ぷくぷくして、まるまるとした栄養状態のとても良さそうな赤ん坊だ。
プルプルと小刻みに震えているが、これから何されても覚悟してますってあきらめた表情をしているようにみえるのは、おれの気のせいではない。
こちらも、まったく赤ん坊らしくない。
だが、ハルのような膨大な魔力は感じない。
態度以外は、ただの赤ん坊にみえるが? なのに、白い霧の中に行けない?
異世界人や、ハルに連れられていけば、はいることができるはずだが?
ハルに連れられても、白い霧の中に行けないとは、どういうことだ。
「何回か、試したのか?」
「う」
ハルが頷く。
「なるほど」
あの世界にはいれないなんて……世界から拒絶されているのか、それとも……。
「実験してみたい気もするが、さすがに、赤ん坊相手は、駄目だな」
「めっ」
「わかってる。……しかたないな……」
息を吐いて、手を伸ばす。
「引き受けよう。ハルには借りがあるからな」
「う!」
赤ん坊を受け取ると、しっかりとした重さが腕にかかる。ハルが、かけていた浮遊魔法を解いたようだ。
それから、ハルが指をくるくるっと回すと、哺乳瓶が現れた。自動補充、自動洗浄、自動殺菌の、こちらにはない魔道具だ。
便利だが、目立つ。しかし、赤ん坊の食事をどう工面すべきかわからないので、受け取っておく。
布か、袋で覆うか、人気のないところで飲ませるしかないな。
診療所に、連日面倒な奴らが押しかけてくるから、休診にして、ハルたちの拠点に行く予定だったが、中にはいれないという腕の中の赤ん坊とじゃ無理だな。
予定変更だ。
「とりあえず、診療所に戻るか。……ハルも、もう、夜中だぞ。いないことに気がついた、サクラが寝ずにまってるんじゃないか? 探してるかもしれないぞ」
「! あう」
あせったような顔をして、すぐにでもハルが転移しそうな気配を見せたから、慌てて尋ねる。
「ハル、この子の名前は?」
ハルは瞬きして、それからプルプル首を振った。
どうやら、知らないらしい。
「わかった。ハル、呼び止めてすまん。早く、帰れ。またな」
「あう。う!」
ひらひらと手をふって、ハルの姿がかき消えた。
転移魔法で、あっという間に、白い霧の中の拠点に帰ったのだろう。
腕の中の赤ん坊は、目を開いておれを見上げてる。
青い、雲ひとつない空みたいな色の瞳だ。
「まずは、名前だな。ハルに拾われたわけだし……。今は夏だから、ナツでいいか? 決まりだな。
おれは、アレクセイ。医者をしている。これから、よろしくな」
声をかけても、キョトンとしているナツに、ハルから受け取った哺乳瓶を差し出すと、さらにキョトンとしていたが、急にはっとしたようにして吸い付いた。
ごくごく飲み出す。
たくさん飲むといい。
孤児院みたいに、食料をみなで分け合うとかしなくていいから、遠慮はいらない。
教会付属の孤児院で育ったおれは子供の扱いはわかるが、赤ん坊は詳しくない。シスターと女の子たちが、赤ん坊の面倒を見ていた。
「……相談に行くか……」
赤ん坊を縦抱きにし、背中をとんとんしつつ、行き先は、診療所から、生まれ育った教会のある都市に目的地をさらに変えることにした。
「今、診療所に戻ってもめんどくさいしな……」
結界石を周囲に配置し、魔道具のテントを取り出し、満腹で眠りかけている、赤ん坊、ナツを寝かせることにした。
切り株の上、冷え切った珈琲のことはすっかりわすれていた。
・
ナツ……?
私は……、……僕の名前はナツなんだって。夜色の髪と目をしたアレクセイがつけてくれた。
だけどね、他に名前があったはずなんだ。でも、なんだったかな?
しばらく忘れていていいと、誰かが言うから……忘れちゃったよ。
眠気に逆らうのは、無理。
抱っこされるのは、気持ちがいい。
寝ていよう。
ゆっくりとまどろんでいよう。
僕はナツだから。
赤ちゃんだから……それでいいんだよね?
ふわふわと、抱っこされて、眠るんだ。




