63 夢にまで見た……③
まさか、こんなところで、迷子の女の子をみつけるなんて思わなかった。
しゃがみこんだおれを、泣きすぎて赤くなった瞳で、じいっとみている。
目尻には涙がたまっていて、うかつなことをいうと、また、泣き出すんじゃないかと思うと、……なんて声をかけるべきか、迷い、ためらってしまう。
「……っと、えっと」
「……お兄ちゃん、だれ? なんでこんなところにいるの?」
「へっ、いや、それ、おれのほうが聞きたいんだけどっ」
しっかりとした口調で質問されて、うろたえてしまった。
子供の、年齢わかんねぇ。背が低いし、泣いてるしで、おれ推定で、4、5歳くらいかなと思ったんだけど、もっと上なのか?
この世界の年齢わからん。種族によって、寿命も違うし、エルフや魔族なんて子供の姿してても、実は数百歳ってことはザラにある。
この子は、人間だよな? 服装をみる限り、同じ異世界人の子どもではなさそうだ。
白い霧の中にいる異世界人たちは、元の世界の流れをくむ服装をしているのが多い。
現代地球の服飾文化をそのまま再現して、手広く販売している人間もいるんだよな。
おれのシャツとジーンズも、そこで、物々交換で手に入れたものだ。貴重な魔物の糸と、植物素材で、交換してもらったんだよ。
甲冑とか盾とか一時期はまったことがあったけど、身体強化できるし、着慣れた服装のほうがいい。
女子の中には、ドレスや宝石にはまって、好き好んで、装飾過多な格好してるのもいる。
重そうだし、動きづらそうだし、何より、洗濯ってどうするんだろって、おれは思ってしまうけどなぁ。
目の前のこの子は、生成りのワンピース姿だ。素朴でシンプルな、なんていうか、村や町に普通にいる子供って感じだ。
茶色の髪と、緑の瞳。少し、鼻の頭にそばかすがある。ほっぺは、ぷっくりしてて、やわらかそうだ。
なんで、この世界の人間っぽいこの子が、一人で、こんなところにいるんだろう。
白い霧の中には、異世界人しかはいれない。誰かが連れてきた?
こんなところに?
言葉が通じるからといっても、それではわからない。
異世界人はもれなく言葉を自動翻訳する能力が与えられているから。だから、おれも、言葉では苦労したことがない。
この白い霧の中の、異世界人がつくった国々、それよりも多い点在する拠点。
その、どこからもかなり離れたこの森林のただ中に、この子はどうして一人でいるんだろう?
今は泣き止んでるけど、さっきまで泣いてたし。そういえば、聞こえた声は名前を、いくつか呼んでたな。はぐれたのか? 誰かにつれてこられた。
とにかく、子供が一人でいるべきじゃないぞ。今日は珍しく遭遇してないけど、普通に、魔物も獣もいるから。
拠点等の外では、戦うすべのない者、守ってくれる者がいないやつは、生きられないといっても過言ではないと思う。
「お兄ちゃん?」
女の子が何も答えないおれを不思議そうに見上げている。
「あぁ、ごめん。えっと、おれはアキラっていうんだ、18歳。おまえ、じゃなかった、……えっと、きみは?」
「私、サクヤっていうの。6歳だよ」
「サクヤか」
ふむ、6歳か。年齢、ほぼ当たりじゃん、おれ。さすが。
「おれは、家に帰る途中なんだけど、サクヤはどうしたんだ? なんでこんなとこに一人でいるんだ。誰と来た? 親は、それか仲間はどうした? 迷子になっ……て……わっ、うわ、うわ、泣くなって。うわ、泣かないでくれ、ほんと」
「うっ……、ふ、ふえ、ふええーん」
泣き始めるのは一瞬だ。あっという間にポロポロと緑の瞳から、どんどんどんどん涙があふれだす。
「ふぇ、おか、あ、さん。ふええーん。ちぃ、けが、ふええーん、にげ、て、ふえ、ふええーん。おかあさん。セ、…リアねーちゃん。手ぇ、ひくっ、つな、ふえ、……っ、いない、ふえぇ、どこ。おかあ、さん。っ。ひくっ。ひっ」
最後は、泣きすぎて、言葉になってない。
泣きながらだから、何が言いたいのかよくわからない。
けど、何度も、お母さんって呼んでいたのはわかる。
「……」
眉根を寄せてしまう。
何回もみた光景を思い出す。召喚された子が、お母さん、お父さんって泣いていた……。
帰りたい、帰れないと、壊れそうなくらい泣いていた姿……。
なんで、おれたちは、こんなどこよりも遠くに、連れてこられてしまったんだろう。
「……っ。ふえっ。おにいちゃ、ん」
トンって軽い音をたてて、サクヤがおれに泣きながらしがみついてきた。
泣く子供を落ち着かせるのはどうしたらいいんだ?
わかんねぇ。わかんねぇけど……。
おれはぎこちなく背中をとんとんとあやすようにたたいた。
ますます、サクヤが俺にしがみついた。
顔の触れてる部分のシャツがじんわりと濡れていく。
こんなに涙ってでるんだ。泣きすぎて、水分なくなって、脱水症状にならないか、心配にもなる。
「……一人なんだよな、サクヤ」
「……う、ん」
「そっか。すぐ夜になるし、おれんち、行くか」
この場所からじゃ、おれんちが一番近い。
どこの拠点も遠いし、それに、霧の外の子を連れて行って安全か、わからない。
この中で、定住する場所を作っても、いまだに、召喚され、元の世界から引き離されたことを恨み続けているやつもいる。こんな小さい子に危害を加えないとは思うが、絶対とはいえない。
「抱えるぞ」
声かけして、縦向きに抱える。たてだっこってやつだ。
おれんちは、近いといっても、徒歩では一日ではたどり着けない。
走って、登って、下って、跳んで、走って、跳んで、たどり着く。
「走るから、首に、しっかりつかまるんだ。あと、舌を噛むかもしれないから、口は閉じておくこと」
注意事項をサクヤに告げると、彼女は何度も首を縦にふる。
「じゃ、行くぞ」
首にサクヤがしがみついたのを、確認してから、おれは走り出した。
月が、夜に姿を現して、しばらくして、到着した。
朝でたときのまま。おれんちの周囲に配置している結界石、その他に、かわりなし。
「……ついたぞ」
ウトウトしてるサクヤに声をかける。
数度瞬きしたサクヤが、目の前の、大木を見上げて、声をあげた。
「ふわぁ、おっきい木だ」
「だろ、おれは、長老様と呼んでいる」
周囲三十数メートルはある巨大な、大木だ。
ものすごく大きくて、周囲の木々どれとも比べられないほど、立派だ。
緑の葉を一年中、茂らせている。ときおりなる実は、とっても美味だ。
高さも、あの防壁と化していた万能結界拠点の大木たちより、高い。
「もっかい、跳ぶから、つかまってろ、サクヤ。この上に、おれんちあるから」
「う、うん」
ヒョイっと、跳躍する。
下から登るための、階段、はしごは設置してないんだよな。
おれ、跳躍できるし、防犯、侵入防止のためにも作ってない。一人暮らしだし、それに訪問者もいないし……。……ぼっちでは、ないよ。
「到着」
とんっと、木の板で作ったデッキに降り立つ。
長老様の幹回りに、試行錯誤して、作った板で360°くるりと作った自慢のデッキだ。
ちゃんと転落防止に木の柵も作ってある。最初は作ってなかったんだけど、寝ぼけて、落下したことあるんだよな。長老様の密集している枝の、葉っぱたちが受け止めてくれなかったら、ヤバかったと思う。
「! ふわぁ、たかーい。ふわぁぁ、木の上なのに、おうちがある。すごい、すごい。うわぁ」
床におろしたサクヤがキョロキョロしながら、感嘆の声をあげた。
そうだろ、そうだろう? へへっ、もっと、褒めてくれ。
口元がニヤけてしまう。
時間だけはあるおれが作っては、作り直し、工夫をこらし、できた、おれんち。
最初は、風が吹いたら倒れそうな小屋から始まり、はじめのころの木の床は強度と固定が足らず、油断すると踏み抜いて、落下ということを何度も繰り返した。
しかし、おれは失敗から学び、試行錯誤し、作り上げた。
今じゃ、風雨をしのげるだけの掘っ立て小屋から、部屋数のあるログハウスにまで、レベルアップした。
「お兄ちゃん、なか、はいっていい?」
「いいぞ」
サクヤが一枚板の磨き上げた玄関扉をあけて、中にはいる。
おれも続く。
家の中も、ちゃんと俺の手作り。テーブルもあるし、椅子もある。ごろ寝用のソファもあるよ。クッションも手作りだ。
サクヤが室内ドアを開け閉めして、家の中を探検している。
掃除もちゃんとしているから、どこを開けても大丈夫。
掃除、洗濯、基本的な家事は、おかんに、幼少期に仕込まれている。はたき使いは、プロといっても、いいだろう。
「ん? あれぇ、このおうち、台所ないよ」
「! ……」
サクヤがツッコまれたくないところに気がついたようだ。
台所は、ない。長老様の上で、火おこしするのはなぁと思ったのが、理由の一つ。
おかんに基本的な家事を仕込まれてはいるが、普通の料理だけはダメなんだよな。火は危ないからって、電子レンジを駆使した調理しかならってないんだよ。
それから、サクヤはまだ、気がついてないが、トイレもない。だって、流せないじゃん。 だから、木からおりて、離れた場所に行って、掘っ立て小屋たてた場所で、穴ほってる……。葉っぱ……。
風呂は、走ること、10分の場所に、温泉わいてるし、夏は川とか泉とかですませてる。
いちおう、台所予定、トイレ予定、風呂予定の部屋は作ってはいる。だけど魔道具って高いんだよな。霧の外から仕入れてきたもの、こっちの魔道具師達がつくったもの、どちらもびっくりするほど高いんだよ。支払いは金貨のみ。物々交換お断りだし。
………とりあえず、サクヤのトイレは、この世界の一般庶民と同じく、ツボを……トイレ予定部屋に置くことにする。
デリケートな問題だから、サクヤが言い出す前に、ササッとトイレの準備はしておこう。
お風呂は、疲れてなければ、温泉に連れて行くか。
背中向けて、おれが見張りしてれば大丈夫だろう。
そういえば、コンビニばかりに気を取られていたけど、あそこで、温泉マークのついた看板も見た気がする。
「ふわぁ、おっきい剣」
サクヤがおれの部屋の、紅蓮の黄昏(命名、おれ)を発見したようだ。
結界に攻撃されないように、毎回、部屋に残していってる。スマン。
空間収納とか習得できればいいけど、できないんだよな、おれ。
「木の上なのに、すごいねぇ。ひろいねぇ、お部屋いっぱい。サクヤんちより、ひろいよ」
「そっか。開いてる部屋に、今日、サクヤの寝る場所つくろう。一人で寝れるか?」
「むぅ。ちっちゃい子じゃないから、ひとりでねてるもん」
心外だというように、サクヤがほっぺをふくらました。
自分の家のこと口に出したから、また泣くか?とヒヤヒヤしたが、大丈夫だったようだ。
「一人で寝れるなんて、えらいな。んじゃ、寝る前に、果物でも食べるか? そのまんまのもあるし、蜜づけにしてるのもある」
「うん。食べる。どっちも」
サクヤを椅子に座らせて、果物の準備と、飲み物も用意する。
飲み物は、長老様の朝露を、毎日ためている水瓶が、外にあるから、それをコップに注いでくるか。
「とりあえず、今日は、早めに休ませたほうがいいよなぁ。夜泣きもするかもしれないから、ドア外で待機だな」
しっかりと休ませてから、サクヤの事情を聞き出さないといけない。
なぜ、一人で、異世界人しかはいれない、白い霧の中の、森にいたのか?
「それが一番知りたいことだよな」
場合によっては、サクヤを連れて、白い霧の外に行かなきゃいけないかもしれない。
「……しばらく、あの、コンビニのある拠点にはいけないなぁ」
からあげ、ポテチが、ますます遠ざかる。
けど、おれの欲求より、サクヤを保護者のもとにかえしてやるほうが優先だ。
――帰れる場所があるなら、必ず、帰してやる。




