62 夢にまで見た……②
ちょうど一ヶ月たったから、そろそろいいかな? 警戒解いてくれてるかな? 大丈夫だよな?と思いつつ、行ってみたら、絶句した。
「……」
記憶を頼りに、木々の間をすり抜け、川を三段跳びで飛び越え、山をよじ登り、転げるように急斜面を駆け下りて、太さを増した木々の間を走り抜けつつ、数時間、たどり着いた場所は……、
一ヶ月で、景色がかわっていた。
「……ひえぇ、なんだこれ……」
まず100メートルはあろうかという大木がそびえ立つ壁のように、ぐるりと周囲を囲い、中に何があるのか隠すかのように、視界を阻んでいた。
枝を上へむかって飛び移りつつ、大木の頂点にたどり着いて、下を見下ろす。
一ヶ月前よりも範囲を広げた結界が展開されていた。面積は2倍以上になっているだろう。
そして何より、透明だった結界が半透明になり、中の様子をうかがい知ることができなくなっていた。
巨大なドーム型の結界、それを隠すようにそびえ立つ大木。
前はここまで大きいものは何本もなかった。
なのに今は同じ高さになった巨木の壁ができあがってる。
「うわ……、要塞化してる……。一ヶ月の間に、何があって、こんなふうになるんだ。樹齢100年どころか、千年超えみたいな巨木が、城壁みたいになってるし。結界もバカでかかったのに、さらに、バカバカバカでかくなってるし、おまけに、透明じゃなくなって、中が見えなくなってる。おれの、コンビニ……」
ぐぐっと、手に握りしめてきたがまぐち財布を握りしめる。
これは、おれが異世界に召喚されたときに持っていた持ち物の中で、唯一、奪われず、手放さず、なくさなかったもの。
おかんに、これで、帰りに、卵と食パン買ってきてと、小銭入りでわたされたんだ。結局、買いに行けなかったけどな。
お札は入ってないが、小銭はちゃんとある。小銭じゃらじゃらだ。
これで支払って買うんです、無銭飲食なんてしませんよ、お金持ってます、一応、客です、だから攻撃しないでね、と、アピールするために持ってきた。
なにに? そりゃ、結界に。雷連発したり、風で威嚇してきた、まだ隠し玉をたくさんもってそうな、やばい結界。
前回敵認定された気がするから、宝のごとく、このがまぐち財布をかかげて、不審者じゃないよ、客ですよ、ってする予定だった。
「これじゃ、どうしたらいいんだ」
あきらめきれず、ぐぐっとがまぐちを握りしめる。
からあげ、ポテチ食べたい。つのる思いは、あきらめ、撤退することを、許さない。
結界にむけ、飛び降りたら、パッカーンと左右に開いて、中に入れてくれないかな?
それはないなぁと、おれでもわかる。飛び降りたら、風できり刻まれたり、竜巻みたく吹き上げられてどこかに飛ばされそう。……当たらずとも遠からずな、気がする。
規模の大きな、商店街どころか、ショッピングタウン、モール? アウトレットパーク? 違う? そんな規模の大きなところだ。
この前は人影がなかったけど、かなりの人数が、この中で暮らしてるはず。
こんな規模の異世界人の拠点ができてるって話は聞いたことがなかったから、最近、召喚された奴らが作ったのか?
こんな場所があること知ったら、どこに果てがあるんだと言いたくなる白い霧の中に点在して暮らしてる異世界人たちは、必ず、来る。
何十、何百日かかろうが、どれだけ遠くとも来るだろうな。
同じ異世界人だからと擁護する気はさらさらないが、中には、好戦的なやつ、自分たちだけよければいいやつ、排他的なやつ、なんでこんなん召喚したんだ、やべーだろってやつらも、いる。もちろん、まともな人間が集まって作ってる拠点もあると、付け加えておく。
どちらにしろ、コンビニとかこの世界にありえないものが、あるとしたら、必ず、くる。
もしかしたら、外見だけのハリボテで、中身はなく、幻を見せられてるだけかもしれないが、確かめるためにもくるだろうな。
やべぇやつ分類の奴らなんて、本物なら、奪い取る、乗っ取る、殺っちゃうくらい、平気でやるだろう。
けど、これだけの規模の拠点を作り上げてる集団が攻め落とされるさまは、想像できない。
迎撃機能付き万能結界、たくさんの商業施設を召喚、大木を急成長させる自然魔法、こんなことができるのが、少なくとも三人はいるわけだよな? それぞれのチート能力もすごいが、ほかにもやばい力を持ってるのが、いるはず。
この中の、勢力図がかわるレベルだよな。
内外にある異世界人の国々、乱世だ戦国時代だとかわけのわからんことをいってる襲撃が趣味の集団、異世界統一だ!とかいってるやつらも、何かしらの行動にでるだろうな。
「……」
珍しく真剣に脳みそを使って、考えたせいで、今晩は知恵熱でそう。こめかみを、ぐりぐりマッサージする。
ここまできて、何かに縛られるのはごめんだ、おれは自由に生きる、ぼっちでもいい(ちょっとさみしい)と思ってきたけど、この拠点の住民とは、交流を持ちたい。
だって、なにより、コンビニいきたい。ありのままの、大自然味の日々は辛い……。
おなかは空腹を満たせばいいだけじゃないんですよ! と、主張したい!
「どっか、入り口ないかなぁ。正面からきちんとごあいさつにいったら、やべーやつらじゃない限り、買い物させてくれないかなぁ」
キョロキョロと眼下に広がる半透明、巨大結界を、巨木の上から見下ろす。上からじゃ、結界の下部に入り口があるのかわからない。
木々は密集して立ち、枝は広がり、すき間がないくらいだ。
枝切りする? とも思わないでもないが、切ったりしたら、なにすんじゃ、ボケェっていって、トレント……木のモンスターだったってオチで、百メートル級のそれらに追いかけ回されたくはない。
本能のまま生きたいと思いつつ、考えすぎ取り越し苦労しちゃうおれは、A型だ。
「……ン? あれ」
目の前の大結界、防壁と化している大木の先――そこも森が少し広がっていて、そのむこうにも、なにかみえる。
今日は曇りだから薄暗い。なんだか、灯りがみえる。たき火などの煙付きの灯りではなくて、照明器具が照らす仄白い灯りだ。
「……行く一択だよな」
透明結界があるだろうと考えた、思慮深いおれは、手前の森の中で立ち止まる。
木の幹に手を当てて、ひょっこりと顔だけ出して様子をうかがう。
「うわぁ。あれは、自動販売機。コーラ飲みたい。街灯がある。あれは、アパート? 新しいな、新築っぽい。そして何より、トイレ。山とかにあるやつじゃなくて……町中にある、絶対、水洗のだ……」
穴掘り、葉っぱ……、そして、匂い……。
いつまでも慣れない、それらに思いを馳せ、公衆トイレの前で、ひざまずき、祈りを捧げたいという、わけのわからない気持ちがわきあがる。
「公衆トイレだよな? 誰でも使っていいんだよな。男子のほうも、あるし。やった」
衝動のまま駆け出そうとして、おれは自分に急ブレーキをかけた。
かちゃりと音がして、ドアが開いた。
中から、二人出てきた。
高校生くらいの女の子と、ちっちゃい子の年齢はわからないけど、女の子だ。
にこにこしながら話しかけている女の子、その服をちっちゃい手でにぎっている幼女。
会話内容は聞こえない。
かけだしかけた足が止まるのは、当然だ。
二人とも、ものすごく綺麗で、可愛い。
気後れしてしまうくらいだ。
長い黒髪がツヤツヤしてるし、紺色の目はまつ毛長いし、二重で大きい。リップ塗ってなさそうなのに、唇は桜色だ。ものすごく綺麗な整った顔だ。
幼女の方はふわふわした金色の髪を、レースのリボンでツインテールにしてる。
目が赤いのは、魔族の血でも入ってるのか? そっちも大きくて、パッチリしてる。
将来、確定、美少女間違いなし。
なんていうか、綺麗すぎて、遠くから眺めるのが、限界だ。
それに、近づいたら、結界に攻撃くらいそうな予感が、ひしひしとする。
不審者じゃないんですよ、ほんとです、信じてほしい、コンビニ行きたいだけなんですといいたい。
だけど……。
「女の子たちの前に、突然、森の中から、知らん男が突然……でてきたら、そりゃ、不審者確定。……攻撃待ったなしだよなぁ……」
結界から、ズタボロになるまで攻撃されそう。半殺し……、本殺し?、されそう。
走ってきたから、髪とか乱れてるし、汗かいてるし、……なんか、いい匂いがしそうな女の子たちの前に、出ていくには勇気がいる。
せめて、一人でも同性がいてくれたら、出ていきやすいのに……。
だーれか、他に出てこないかなぁと木の影から見守ること数十分。
楽しそうに、花壇に苗らしきものを植えている女の子たちの他に、人がでてくることはなかった。
「……木の影から、見守ってるなんて、不審者。誰が見ても、確定、不審者じゃん。……でなおすか」
おれは音をたてないように、踵を返す。
走る気力はなく、とぼとぼと歩き出す。
「今日もだめだった……、からあげ、ポテチ。
そして……不審者…。いや、不審者ではないよ、たぶん。……次は小綺麗にして、美味しい果物でも手土産持参することにする……」
哀れまれたのか、結界からの攻撃は今日はなかった。
・
それから、何度か、ここにやってきているが、でも、姿を現すタイミングがつかめなかった。
だいたい、外に出てくるのは、黒髪の美少女、極みの、女の子だ。なんていうか、綺麗すぎて、恐れ多くて、話しかけづらい。
時々でてくる赤い瞳の女の子は、もしかしたら、おれのこと気がついてるかもと思ったことがある。必ず、おれの方に視線を一度は向けるから。
最初は厳しい視線だったのに、この頃は、憐れみと呆れが混じってる気がするのは、なぜだろう?
気がついてるなら、そっちから話しかけてくれるか、お姉ちゃんに、おれのこと、教えてくれてもいいのになぁ。
ぼっちだからって、コミュ症ではないと、主張する! ちゃんと、交流のある異世界人の拠点に行って、取り引きしたりもするし、その時に日常会話もするから?
さみしいやつとか、不審者じゃないよ? 木の影からのぞいてるからって、ストーカーでもない!
誰に言い訳をしてるのか、一人自問自答していたら、ただよってきたこの香りは……。
「……カレーだ……」
涙が出そうになる。
おれの、望郷の味は、みそ汁ではない。カレーだ。
週一は食べてた。おかんが、冷蔵庫の大掃除とか言いながら、週末に色々ぶち込んで作っていたカレー。懐かしい。
「……カレー、食べたい」
女の子の手作りだよな。さっき、アパート前に、おそらく転移魔法で現れたとき、エコバッグもってたし。
「すっげーいい匂い……。食べたい。でも、森から出てきて、カレー食べさせてくださいなんて、いえない。美少女の尊い……手作り料理食わせてもらうなんて、死んでも早いんじゃって、結界からボコされそう……」
厚かましさとか図々しさとか、強メンタルほしいと思うが、おれは、常識人な日本人。匂いだけで、我慢するか……。
匂いを思い出しつつ、今日も家に帰って、渡せなかった異世界産フルーツで晩ごはんだなといいつつ、家に帰ろうと歩き出す。
「いつになったら、知り合えるかな、おれ。コンビニにたどり着くまでが遠い……。家でシュミレーションして、挨拶の練習をまた、するか」
何度も言うけど、不審者じゃないし、コミュ症でもないよと、誰に言うでもなく、心のなかで言い訳をし、駆け出す。
俺の家がある拠点までは、かなり距離があるのだ。それなのに、ほぼ日参してる。不審者通り越して、ストーカーじゃないからね?
けど、そろそろ、愛用の剣、紅蓮の黄昏(命名、おれ)とともに狩りに行かなきゃな。ストックしてる食料、少なくなってきてるし。
大剣は、攻撃する意思はありませんよということを示すために、家に置いてきてる。
留守番スマン。
そんなことを考えながら、木々の間を駆け抜けていたら、おれの耳に、泣き声が届いた。
耳を澄ますと、大きな声で名前を呼んでいたが、その後、泣き声だけになった。
泣き声にほっとくことができなかった。
ここは森の中、新手のモンスターの罠かもしれんと思いつつ、探していくと、……みつけた。
たった一人で泣いてる、小さな子供。
しゃくりあげるように泣いている。
「へっ? 幼女」
おれの間抜けな声が、泣き声とともに森の中に響いた。
この子をみつけたことによって、あれほど切望しつつも接触できなかった拠点の住人と交流を持つことになるとは、思ってもなかった。




