59 行く先
みんなでしっかりと手をつないで、森の奥へと逃げていた。
どこへ行こうとか、行き先が決まっていたわけではない。
逃げなさいと、いわれたから。
森にはいるしかなかったから。
私たちは、昼でも陽のささない薄暗い森の中、手をつなぎあって、歩いていた。
風で葉が触れ合う音、腐葉土が重なった地面の小枝を踏み折った音――ささやかで、普段は気にもとめない、一つ一つの小さな音にさえ、ビクッと身体を震わせていた。
木の後ろ、丈高く茂った草花、倒れた倒木から、今にも、獣や魔物が飛び出してくるかもしれない。
何より、村を襲ったあの集団が、追いかけてくるかもしれない。
武器はない。あったとしても、幼い子供たちの集団ではなすすべもなかっただろう。
皆、足を止めない。つなぎあった手を離さない。
逃げなければ、一人にはなりたくない、置いていかれたくない。
そんな思いで、息が上がって苦しくても、のどが渇いて倒れそうでも、歩きつづけた。
森の奥、ずうっと奥には白い霧があって、とても恐ろしいものだから近づいてはいけない。
万が一、見つけることがあっても触れてはいけない。
引き返して、白い霧に触れる前に、森の外に逃げなければいけない。
それは森に立ち入る狩人や、冒険者たちも必ず守る、村の決まり事だった。
白い霧に触れればどうなるのか?
遠く全く見知らぬ場所にとばされるというものもいれば、触れた瞬間雷が落ちたような衝撃を受けて命を失うというものもいた。
とにかく、白い霧はよくないもの。
触れてはいけないものと、教えられていた。
だけど、私たちは体力のない子供で、地面をみながら、歩みを邪魔する障害物を避け、必死に歩き続けることしかできなくて、気がつかなかった。
いつの間にか、その白い霧が周囲に現れていたこと。
増えていく、それに気づかず、触れてしまうまで――七人で数珠つなぎにつないでいた手が離れてしまうまで、気がつかなかった。
・
みんなで手をつないで歩いていたのに、バチンって音がして、手がしびれたと思ったら、知らない場所にいた。
片方の手はつないだままだったから、そのままだ。
今は、三人だ。ほかの四人はどこに行ってしまったんだろう?
今も、森の中だということは変わらないけど、さっきまでのように暗くはない。
明るいし、目の前にはちゃんと道があった。
道があるということは、人がいるということだ。
「行こう、ほら、立って行こう」
「どこにいっちゃったの、セリアねーちゃんたち」
「わからないよ」
だけど、僕がしっかりとしないといけない。
さっきまで、先頭で、みんなを率いていた一番上のセリアがいなくなったんだから。
「この道を歩いていったら、どこかで大人に会えるよ。そしたら、村のことを教えて助けてもらうんだ」
「う、うん」
「あと少しがんばろう」
ずっと歩き続けていたから、息が上がって、額に汗がにじむ。
僕は知らなかった。暑いのは森を逃げて歩いていたからだと思っていた。
晩秋の村から、春から夏へ変わろうとしている場所へ、遠く遠く飛ばされているなんて、知らなかったんだ。
・
「ふええーん」
がまんしてたのに、どうしても泣くことをとめることができなかった。
だって、みんなといっしょに手をつないでいたはずだったのに、ひとりぼっちになっていたから。
大きな声でみんなの名前をよんであるいていたけど、だれも答えてくれない。
こわくて、さみしくて、どうしていいかわからなくて、たちつくして、大声で泣いてしまう。
いつもは、こうして泣いてたら、お母さんが見つけてくれる。
お勉強を教えてもらえる年になったのに、泣き虫ねぇ、サクヤはっていって、頭をなでてくれるの。
ねぇ、早くみつけて、お母さん。
「ふ、ふええっ」
お母さんはみつけてくれる。最後にみたお母さんは血がいっぱいでケガをしていたけど、みんなと行きなさい、あとで行くからっていってくれた。
「ふええっ」
「へっ? 幼女? へ、なんで、こんなとこに? なんで、カレーの匂いだけ堪能した帰り道、こんな森の中で、ちびっこに出会うんだ。おれは、サルといわれたことはあるが、森のクマさんじゃないぞ」
あせったような声がして、泣いてる私のそばにだれかがしゃがみこんだ。
「迷子? うわ、泣かないでくれ。あやしいものじゃない、ほんと。ん? オレがあやしくてないてるわけじゃないか? 最初から泣いてたし。うわ、どうしよう。泣いてる子って、どうしたらいい? うわ、うわ、どうしよう」
たくさんたくさんいいながら、私の周りをぐるぐる回ってるお兄ちゃん。
涙越しに見ても、かっこいいのに、なんか、へんなお兄ちゃんだ。
「……っ」
私はびっくりして、涙が止まってしまった。
・
「……ここどこ?」
「みんなは?」
「何が起こったの?」
三人で途方にくれる。
一番上の私はセリア。ほかの二人は、アリシアと、リアンだ。
さっきまでみんなと森の中にいたのに、全く知らない場所に、三人でいる。
今いる場所は、森ですらない。
草原だ。ずうっと遠くに山がみえる。
ただ、道らしきものはある。往来は少ないのか、ところどころ、途切れていたりもしている。これをたどれば、人のいる場所にたどり着けるだろう。たぶん。
「……」
いろんなことが起こりすぎて、全部、夢だったんじゃないかと思いたくなる。
村が襲われたことも、森へ逃げたことも、全部、全部悪い夢だったら、と。
だけど、この胸の痛みが、忘れられない哀しみが、絶望が、そう思わせてくれない。
「……暗くなる前に、この道をたどって行かなきゃ」
何も持たないまま逃げた私達は、水も食べ物もない。
「行こう」
「うん。どっちに行く?」
「……そうだね。……ん?」
目を凝らすリアン。
ひさしのように手を目のうえに当て、遠くを見る。
「煙? みたいなもの、みえないか?」
「うーん、あたし、リアンみたいに目、よくないからわかんない」
「おれは将来狩人になる予定だから、目だけはいいぞ」
「じゃ、リアンのいう方へ行こう。どのみち、どこに向かうか、こんな何もない草原じゃ決めようがないし」
「そうだね。だれかが野営してるのかもしれないし、家があるのかもしれないよ」
リアンのいう煙のみえる方向へ、街道を歩き出す。
もう手は繋がない。
だけど、離れないように、なるべく近くに、寄りながら歩き出す。
逃げてから、どこにもたどり着けていない私達は、立ち止まることを、自分自身に、許さなかった。
・
高く、森よりも上。雲よりも下に浮かび、にやりと笑う。
「みーつけた」
ほっとけと言っていたけど、どうせなら、皆殺しがいいと思う。
そのほうが、中途半端じゃなくていい。
「あれ、三人になってる? ほかは? はぐれた? ま、いいや、これ終わったら、みつけるし」
一人でも手にかけたら、もう、何人でも一緒だと思えたんだ。
しょぼい火魔法しか使えなかったおれは、よみがえってから、何倍もの威力のある魔法を使えるようになった。
村の奥に思い切り魔法を放ったら、轟音とともにものすごい勢いで、燃え上がった。
魔法の直撃を受けて死んだ者も、その後の火事で死んだ者もいるだろう。
村の中は、剣や弓、攻撃魔法で生命をなくした村人の流す血で、真っ赤だった。
凄惨で酷い有様だった。
だが、おれは、むしろ、もっと、もっと、赤いものをみたいと、光が消えていく目をみたいと思ったんだ。
ホラーとかスプラッタ映画とか苦手だったのに。
「はは、化物になっちゃったかな。そりゃそうだよね、心臓ぶち抜かれたはずなのに、生きてる? 動いてる、からな」
魔族に、正面から心臓を貫かれて、惨めに地面に墜落して、首の骨も折れたはずだった。
おれは、なにになったんだろう?
「でもまぁ、どうでもいいかな。今は、血がみたいだけ。何かを壊したいだけ」
それが、人であれ、魔族であれ、いっそ、よみがえった仲間たちだっていいんだ。壊したい。
何もかも全てを、壊したい。
壊して、どこまでも堕ちて、狂ってしまいたい。
それが、今のおれのすべてだ。
――要くん。
そう、聞き慣れた声で呼ばれた気がした。
だけど、彼女はいない。
「…………さて、どうしようかな」
歩き出す三人を、上空から見下ろしながら、おれは過去の記憶を払うように、首を振った。




