57 いびつな世界 ②
――例えるなら……
手でぐしゃりとつぶした卵。握りしめた指の間から、白い殻が落ちていく。
黄色と、透明な白身。
くちゃぐちゃだ。べとつく感覚に、沸き上がる不快感。
汚れた手は洗い流してしまおう。念入りに。
そうだ。私の思いを踏みにじった、裏切った世界のことなど、忘れてしまおう。
過去の輝かしかった日々の記憶など、一つの不快な出来事に上書きされて消えてしまった。
もう、いらない。
壊れてしまうなら、先に、壊してやろう。
―――そんなふうにして、世界を壊した。
思考の片隅にあることさえ煩わしくて、そのまま、放置した。
まさか、その壊された世界を苗床にして、新しく世界を創造し始める、馬鹿がいるなんて思わなかった。
未熟で愚かな、まだ若い、理想だけは高い、創造する術を得たばかりの、輩。
思いつきを実行して、失敗し、ならばと、うまくいっている他の世界を模倣して、また、失敗する。
どうしようもないくらい世界創造の、センスがない。
その歪な世界の住民は、召喚術を乱発しだし、しかも、自分より上位の世界の者ばかりを召喚し使い潰す。召喚を乱発するから、世界に害を及ぼすものまで、よんでしまう。
あまりに混沌とし、収拾がつかなくなったら、引き取ってくれと、召喚元の、上位神に頼みに行き、自分でどうにかしろと、自分の造った世界におとされたという。
自業自得だということで、あまたいる神々たちも、異を唱えることはない。
仮にも、創造の術を使えるまでに力を得た神だというのなら、自力で、天上まで這い上がって、戻れ。
戻れないなら、神たる資格なし。
ただ、悪心を得て、魔神にならぬように監視をしなければならない。
魔に落ちるなら、その前に、完全に消滅させねばならない。
そうなったときは、ついでとばかりに、あの世界も、今度こそ完全に滅ぼすのがいいかもしれないと、思った。
だから、久遠の時がすぎても、顧みることのなかった、壊したあれを苗床にした、いびつな世界を、みた。
そして、知る。
失ったと思っていたものが、まだ、あったこと。
無事に逃がしたと思っていたものが、形を変え、戻ってきていること。
滅びのきっかけをつくったものたちが、しぶとくも、そこにあること。
古きもの、新しきもの。愛しいもの、憎いもの、混沌として、その、歪な世界に、存在していた。
喜び、嘆き、怒り。
感情が乱れる。
どうすればいい?
もう一度、壊す?
それとも、今までみなかったように、また、みないようにするか?
監視など、他がすればいい。もともと、私がするような仕事ではない。
だが、目がはなせない。
失ったと思っていた、愛しいものたちから、目がはなせない。
この世界は、私が造った世界とは違う。
干渉してはならないと、わかっている。
いびつで、もろくなった世界に、私の力は強すぎる。
それなら、どうすればいい?
とりあえず……。
おとされた神を探しておくか……。
目を凝らし、世界に視線を巡らせ、新たな発見をしながらも、みつけた。
「………………」
言葉もない。
あれは、神じゃなかったか?
いくら、時を戻され赤ん坊になったとしても、あれはひどい。
頭の中身まで、退化している。
「…………まんま、赤ん坊ではないか……」
獣に取り囲まれ、泣きわめいてる。
赤ん坊からやり直せというつもりで、おとしたのか?
神力どこいった? 抗え!
……このままじゃ、喰われるぞ。……創造神、不在の世界になるな……。
それも、私が、あの世界に関わる理由になるから、いいかもしれない。
「助けるか、ほっとくか。……ふむ」
少しだけ、葛藤しながら、私はかつての、私の世界の、成れの果て……いびつな世界を見下ろしていた。
「う?」
のぞき込むちいさな顔。
ぺちぺちぺち……、もみじみたいな手で、私のほっぺをたたいている。
痛くはないけど、叩き続けるのはやめてほしい。涙も、ひっこんだよ。
同類? 同じ赤ん坊だ。
けど、なぜ、ひとり? 僕が言えたことではないが、保護者どこいった?
「め! め、なの、め!」
ぐるぐると唸りながら、大きく口を開いていたケモノたちに、その赤ん坊は怒った。
めって、可愛く言っても、ケモノには通じないんじゃないかなと思った。
ふたりそろって、ごはんになっちゃうのかな、ヤダな。
ヤダヤダヤダヤーダと、それしか考えられなくて、でも、赤ん坊の身体ではどうしようもできないから、泣いちゃう? それしかないよね? 手足をバタバタして、泣くために大きく息を吸い込んでいたら、ピシャーンと音がした。
「め!」
「ギャン!」
雷の魔法だ。
弱めに、わざと調節したような、それがケモノに直撃した。
ちいさな手のひらが、バチバチと音をたててる。ヤバい魔力を感じる。
ケモノが、威嚇の雷でひかなけれぱ、それをぶちかます予定なんだろう。
……で、ケモノはケモノだった。
威嚇ではひかず、唸り声をさらに大きくして、飛びかかってこようとした。
ドン、ガッシャーン!!
容赦なく、本気の雷の魔法が、ものすごい轟音をたてながら、ケモノたちに落ちた。
ケモノたちは、ドン引きするほど、丸焦げになった。
オーバーキル、だよね……。
………。
赤ちゃんなのに、僕とは違い、お強いですね……。
「う? あうう、あう?」
横たわったままの、僕の顔を、再び、のぞき込む。
ぺちぺちぺちと、また、ほっぺをたたきだす。
にこにこと、笑ってる。かわいいけど、やる魔法はエグいよね?
もちもちとして、触り心地いいだろうし、でも、おもちでも、太鼓でもないんだよ?
でも、僕は無抵抗。
世の中、弱肉強食。ケモノより強い赤ちゃんには、逆らいません。
でも、お願いだから、この子の保護者さん?
早くとめてください。お願いします。ちょっと痛くなってきました……。
僕は、元創造神。現在、赤ちゃん。
誰か、僕を拾って欲しいなぁ、くれないかなぁと思う今日この頃です。




