55 憎しみの連鎖
つないだ手を、強く、ひっぱる。
私は今すぐにも走り出したいのに、座り込んだまま、立ち上がろうともしない。おもりがついているみたいだ。
「立って! 逃げろといわれたでしょう」
「うん。うん、わかってる。わかってるよぉ。でも」
「行くよ!」
血まみれでたおれてるのは、だれ?
真っ赤で顔がわからない。
でも、あの花の刺繍が裾にほどこされたワンピースは、覚えがある。
あれは、隣の、お姉ちゃんの。
上手にできたんだよって、見せてくれた。
「逃げなきゃ」
「お母さん。やだよぉ」
「死にたいの!」
ピシャリというと、黙り込む。
死にたいわけない。
あそこにも、あそこにも、倒れている人達。
たった今、逃げ惑い、後からきられたのは、鍛冶屋のおじさんだ。
みんな、死にたいなんて思ってない。
朝が来て、いつもと同じように日々を過ごそうとしただけ。
家事、畑仕事、狩り、井戸端でのおしゃべり、駆け回る小さな子供たち。
みな、普通に、いつもと同じ、平和な時間をすごしてた。
小さな小さな村。人口は50人足らず。
住民は皆、顔見知り。結界石で周囲を囲ってはいるが、魔物の襲来もめったになくて、ほとんどの住人は特産の果物を育て、それを加工し、暮らしていた。
それを買い取る商人が訪れることはあっても、盗賊が来たこともない。
退屈なくらい、平和な村だった。
それなのに、どうして――。
はじまりは、いつも村の入り口で、門番代わりに、日中を過ごしている老人からだった。
村の結界の外、森から突如としてあらわれた十人前後の集団に、声をかけようとして、口を開く前に、斬られた。
黒い色の髪の、少女だった。彼女が剣をふるったら、老人の身体がふたつに分かれ、地面に倒れた。
じんわりと赤い、液体が広がっていく。
何が起こったのか、みな、理解できなかった。
私たちは、村の入り口がよく見える村の広場にいた。
そこには小さな教会があって、週4回午前中に学校が開かれていた。
先生は、教会の神父様。優しいおじいちゃん先生だ。
私たちは今日は天気がいいから、外で授業をしましょうという先生の言葉にしたがって、屋外にでたばかりだった。
秋の、柔らかな日差し、村の入り口の向こうには、森が広がっていて、まだ紅葉していない木々がみえる。
「え? あそこ……」
誰かが、指を指した。
村の門は開け放たれていた。
いつもベンチに座っている老人は、地面にあり得ない姿で転がり、そのそばに剣を握った少女がいて、周りにも同じ年頃の男女がいた。
声もあげられず、立ち尽くす私たち。
はじめに、口を開いたのは、神父様だった。
「逃げなさい。早く。家へ、いや、どこでもいい。逃げて、隠れていなさい」
「神父さま?」
「セリア、きみが一番年上だ。みんなを頼むよ」
「わ、わかりました」
みたことのない厳しい顔をして神父様が言い、それから前を向いて、詠唱をはじめた。
「みんな、手をつないで」
「う、うん」
学校にいた子供は7人。上は13歳の私。一番下は六歳だ。
神父様の背中を一度見て、それから村の奥へと走り出す。
村の奥には畑があり、果樹園がある。
そこから、森へぬけられる。
それに、農作業をしている大人たちに出会えるはずだ。
「!」
ドーンっと、すさまじい音がした。
熱風が前方から吹いてきて、身体が後ろ向きに飛ばされそうになる。
細かな礫が身体に当たる。
「燃えてる!」
果樹園に、巨大な炎がみえる。
宙に、浮かんでいる人がいた。その人が手をあげると、そこから、炎が放たれ、また轟音がし、今度は家が崩れた。
立ち尽くしてしまう。
私達はどこへ行けばいい?
「うわーん!」
大声をあげて、誰かが泣き出した。
その声に重なるように、悲鳴がたくさん聞こえた。
皆が、異常に気がついて、家の外に飛び出してきたのだろう。
日中、村の中にいるのは、老人、女子供、商店主たち。
抗うすべがない。そんな彼らを、魔法が、斬撃が、躊躇なく、襲う。
この村には冒険者ギルドはない。近くにダンジョンがなく、強い魔物が森から出てくることもない、のどかで平和すぎる村だからだ。
子供たちは成長すると、町へと出ていってしまう、そんな村だ。
唯一、戦えそうな、狩りを生業にしている村人は早朝から森へ出ていて、不在だ。
「貴方たちは、異世界人ですね。どうしてこのようなことを」
神父様の声に振り向く。
神父様の前には、結界が展開されていた。
掲げた手の平が、腕が、震えている。
結界は、黒い炎を受け止めていた。
「この村を襲うのはなぜです? 私たちは、あなたたちを知りません。どうしてですか?」
神父様は少しだけ私たちの方を見て、行きなさいというように、うなずいた。
神父さまの、結界には細かな亀裂がはしっていた。黒い炎に押されている。
「どうして?」
口々に答えるのは、みたことのない服を着た、少年少女。
その中には、門の老人を斬った少女もいた。
「私たちの何もかもを奪ったのに、こんなにも、平和に過ごしてるなんて、許せないからかな?」
「この世界は、魔物が跋扈して、魔族がいて、みんな怯えて、日々を過ごしている。私たち、異世界人の救いを求めている? ――なにそれ? ウソだったよね? さっきまで、平和だったよね、ここ」
「すべてをひとくくりに考えてはだめだとわかってる。おれたちが、されたことに関係ないって、わかってるよ。……でもさ」
パリーンと音がして、結界が割れた。
神父様に炎が襲いかかる。
炎ごと神父様が飛ばされ、ぶつかったステンドグラスが割れ、木造の教会が燃え上がる。
「関係ない人達への、やつあたりだとわかっていても……そうすることを、なんとも思わなくなってしまった」
「この世界が嫌い。この世界を許せない。何もかも、すべてが許せない」
吐き捨てて、地面に落ちてきた神父様に剣を突き刺した少女が、立ち尽くす私たちを見た。
冷たい、冷たい、氷のようなまなざしに、私はとまっていた足を動かした。
つないだ手をひっぱる。
神父さまが言ったように、逃げて、隠れなきゃ、見つかっちゃいけない。
村の外、森の中にどうやって、たどり着いたのだろう。
必死だった。手をつなぎ、ひっぱり、止まりそうになる足を無理やり動かした。
「……」
みんなで、燃えていく、破壊されていく、村を呆然とみつめる。
ここにいたら、誰かが来てくれる?迎えに来てくれる?
お父さん? お母さん?
手をつないで逃げ惑っているときに、焼けている我が家を、確かに見た気がする。
ドアの前に、小さな身体に覆いかぶさるように、倒れていたのは、お母さん? その下は、やっとしゃべれるようになった、私の弟?
叫びたい。
どうして、どうして、どうしてと。
どうして、私たちの村を襲ったの?
私たちが、あなたたちに何をした?
何もしていないじゃないか!
あなたはこの世界が嫌いだ、許せないと言った。
私は、嫌いより、もっとだ。――憎い。許せない。許せるはずがない。
燃えている。
私たちの村が、破壊され、焼け落ちていく。
この森に潜んでいたら、誰かが助けに来てくれるだろうか?
ううん、ここにいたら、きっと、みつかってしまうだろう。
神父様が逃がしてくれた私たちは、ここで死ぬわけにはいかない。
生きて生き抜いて、私の腹の底からどんどん湧いてくる、憎しみ、怒りを忘れず、いつか必ず、おまえたちが、理不尽に奪ったものがどんなものだったのか教えてやる。
燃えさかる村の方には行けない。
それなら、森の奥へと行くだけ。
森の奥には、怖い白い霧があって、それに触れては駄目だよといったのは、誰だったろう?
もう、怖いものなんてない。
たくさんたくさん大切な人達を失って、これ以上、恐ろしい、苦しいことがあるだろうか?
「行こう、ここにいてはだめ」
「うん」
涙でぬれた赤い目、泣きすぎて声が出なくてしゃくりあげながらでも、みんな、迷うことなく、歩き出す。
私たちは、一人もかけることなく7人いる。
だけど、村の中では、誰か生きていてくれる人はいるのだろうか?
たぶん、いない。
朝、村から出ていった狩人たちは、村の惨状をどこからかみているだろうか?
殺されるから、村に戻ってはだめ。
神様? 私たちを見守ってくれていると、神父様が教えてくださった神様は、どうして?
どうして神父様を、助けてくれなかったのですか?
どうして、私のお母さんと弟は、あんなふうに死ななければならなかったのですか?
「……」
ぬれた頬が、風に吹かれて、冷たい。涙だけはとめどなく流れ落ちていく。
苦しい。でも、歩くことはやめない。
逃げのびて、そして、そこで、ようやく私はこの気持ちに、むきあうことができるのだろう。
哀しみよりも、許せない、憎いと、叫びたくなるような、気持ちに――。




