51 罪人
地下にある牢の前に集まった魔族達は、中をのぞき込み、次々と驚愕の声をあげた。
「やべぇな、あれ」
「斬られてるのに、嬉しそうだ。うっとりしてる」
「この牢にいれたのまちがいじゃないか?」
「陛下に進言するか? 罪人が罰を喜んで受け入れてます。このまま、万が一、闇堕ちでもされたら、とんでもなく醜悪な魔物が誕生しそうです。嫌なので、始末してくださいって」
「今はいらっしゃらない。また、姫様の気配が消えた地点に行っているそうだ」
「姫様、あれにズタボロにされた人の子と一緒に、白い霧の中に消えたらしい」
「あの中に、魔族も人もはいれないだろ?」
「例外はある。招かれる時、導かれた時だ」
「姫様がそうだと?」
「わからんが……」
「愛してるの! 愛してるの! あなただけをあいしているの! だから!」
牢の中から、罪人の女の叫び声が響き渡った。
薄暗い中、胸を押さえ、その押さえた指の間から血を流しながらも、もう片方の腕をすがるように伸ばしている。
「愛してるなら、なぜ、殺したんだよ」
誰かがボソリとつぶやいた。
この牢には、殺した相手が現れるという、古の魔法が施されている。
もちろん、幻だ。本物を、死の国から呼び寄せるわけではない。
殺した相手から、何度も何度も、復讐のように襲われる。罵られ、罪をつきつけられる。
大体のものは、何度も繰り返すうちに、心が壊れ、狂う。
王は、愛娘を売り飛ばした一因になった女とその一族を、国に連れ戻った。
本来なら罪人として苛烈な報復を考えていたのかもしれないが、めんどくさいといわんばかりに、この牢にまとめて罪人たちを放り込んだ。
それから、再び消えた愛娘を取り戻すために、動いているという。
投げ込まれた罪人たちは、はじめは自分しかみえない幻に罵り返したりしていたが、繰り返し、襲われ殺されかけるうちに狂い始めている。
人は幻でも、受ける傷は本物で、瀕死の状態になると、床に仕込まれた癒しの魔法陣により、傷はほどほどに癒される。そして、また、同じことが繰り返される。
人を何人も殺していれば、狂うのも早い。報復の傷も、殺した人数分だからだ。
ただ、殺人を犯したことのないものは別だ。牢の魔法は発動しない。
一緒に投げ込まれた、出自身分を奪っていた少年は、耳をふさぎ、牢屋の隅にうずくまっている。
狂っていく周囲の様をみているのは、耐え難い恐怖だろう。
小さな声でブツブツつぶやいている。
他の罪人たちは、繰り返される責め苦に、倒れ伏し、動かなくなったものもいる。それでも、切られ、刺され、癒やされるを蹴り返される。何度も、何度も。
牢の外から見張る牢番には、罪人たちがみえているものはみえない。
牢の魔法がみせる幻は、罪を犯した当人しかみえない。
わめき逃げ惑う者、うずくまって謝り続ける者。
……女のように傷つけられながらも、恍惚として嬉しげにしている者など普通はいない。
「はぁ、とにかく、陛下に判断を仰ぐしかないな」
「……見張りは気分がいいものではないだろうが、我慢しろ」
「……仕事ですからね。だけどね、俺ら、魔族をドン引きさせるって、すごいっすよ」
「……たしかに」
女は虚空に向かって手を伸ばす。長い爪は手入れされることがなくなって、欠けたり、割れている。
「愛してる。誰よりも愛しているのよ。ああ、やっと私のところに、来て、私を見てくれるのね」
女の、紅の落ちた唇が弧を描く。
腕から血が噴き出す。
切られた指が、石造りの床に落ちた。
癒しの魔法陣が発動すれば、もとに戻る。だが今、受けている傷は本物で、痛みも当然、感じているはずだ。
だが、女は痛みに顔を歪めることなく、むしろ、ますます嬉しそうに笑みを深めた。
「嬉しい。嬉しいわ。私のところに帰ってきてくれた貴方を私は許すわ」
そう、あなたを許すわ。
私を裏切り、あの女を、一度は選んだあなたを許してあげる。
誰にでも、間違いはあるもの。
『きみを愛したことはない。特別に思ったことは一度もない』
嘘で、私の気を引こうなんて無駄よ。
貴方が私を愛していること、わかっているもの。
それに、嘘をついた罰は、与えたでしょう? それで許してあげる。
『……なぜ、こんなことを』
口の端から血を流しながら、貴方が言う。
腕のなかには、気を失ったあの子供。あなたにそっくりな、でも、あの女が産んだ、貴方の色とあの女の色を持つ、憎らしい子供。
……なぜ? 貴方が私を愛さなかったから。裏切ったから。私以外と子を成したから。
だから、あの女がいなくなっても、私を愛さないなら、目障りな子供ごと、殺してやろうと思ったの。
まさか、子供を庇ったまま、馬ごと崖から落ちて、生きていると思わなかった。
もっとも瀕死で助かりそうな怪我ではなかった。
だから、愛している貴方の生命ごと、私のものにしてあげたの。
あなたのすべては私のもの。
生命さえも、私のもの。
だから、あなたはこうして、私の前に戻ってきてくれたのでしょう?
「ねぇ、愛してるわ。貴方がいなかった間の話をしましょう。心配しないで。あの子はちゃんと、いるわ」
私の色、あなたの色を持った子供を、ちゃんと育てているわ。
小さな頃の貴方にそっくりな姿で、おばさん、お父さんはどこ?と無邪気に聞いてきた、生き残りにしてあげたあの子。
ひっぱたいて、お前が死ねばよかったのにと、あなたでなく、あの子の方を殺せばよかったと、あなたに会えない寂しさに、何度も叩きながら、思ったこともあったけど……こうして貴方が戻ってきてくれたのなら、そんなことどうでもいいわ。
『きみを愛することはない』
嘘つきな貴方を、私は許してあげる。
だって、愛しているから。
苦しいくらい、それしか考えられないほどに、貴方を愛しているから。
首から血が噴き出し、女の身体がぐらりと揺れた。
「おかあ、……おかあさま。こわいよ。みんな、どうしちゃったの。おかしいよ。なんで、なんで、ひとりでケガするの。血がたくさん。ねぇ、だれとはなしてるの? こわい、こわいよ」
震える声、声にならないほどにかすれた声が、牢の隅から聞こえる。恐怖で幼児のようなしゃべり方になっている。
可哀想に、両親の争いなんて、子供にみせてはいけない。
「だめよ、貴方。子供の前で、こんな激しい喧嘩を見せてはいけないわ。私たちの愛しい子供よ」
私のことを、おばさんなんて、よばない。
お母様と呼ぶ、子供。
『きみを、……おまえを愛すはずはない』
「嘘つきな貴方。それでも、貴方を愛しているわ」
ドレスの上から足を切られて、倒れ伏す。
豪華に着飾っていたドレスは、汚れ、切られ、なんとか身体に張り付いているだけの、ボロ布のようになっている。
美しさだけはあった女は、こんな状況でも、それだけは失っていなかった。
痛い。貴方も、私に刺された時、痛かった?
でも、私は大丈夫。
こんな痛みはすぐに消えるわ。
そして、貴方に、また、会えるから。
会いたくて、会いたくて、苦しいほど、会いたかった、愛しい貴方。
「愛してる、わ」
冷ややかに、私を見下ろす貴方に手を伸ばす。
手をとってくれるまで、何度だって、手を伸ばす。
床に施された魔法陣が、青白く光った。
女や、他の罪人たちの、傷を癒していく。
その光が消えたら、また、最初から始まるのだ。
嬉しそうに、再び、立ち上がるのは、女だけだ。
女の様子に、固唾を飲んで見守っていた魔族達が、自然とより固まり集まる。
「やばい。なんていうか、思考回路がヤバい」
「怖すぎ」
「この牢の魔力供給絶ったほうがいいんじゃないか?」
「陛下に断りもなく、そんなことは」
「いや、陛下は怒らないと思う。絶対。むしろ、普段の陛下なら、やばいの拾ってきたと、元の場所に返してくれるはず」
「殺したら、さらにやばいものに変化しそう」
「だよな」
恐れおののく魔族達の前で、女は何度も何度も虚空に向かって、叫ぶ。
「貴方を、愛しているわ」
何度も、何度も……何度も。




