50 白い霧の中の、食事事情
他に人はやっぱりいなくて、赤ちゃんは一人暮らしだと、わかった。
……一人暮らしの、赤ちゃん? え、異世界ならあり得るの?
かきおきの手紙によると、赤ちゃんはハルという名前で、アキという姉がいたらしい。社会勉強の旅に出た? どういうこと?
……うーん、くわしい事情が知りたい。
「きみは、ハルちゃん?」
問いかけてみると、赤ちゃんはふわふわ浮きながら、にこってわらった。かわいい。ほっぺがぷにぷにだ。さわりたい。
「う」
「ハルちゃんなんだね。私は、咲良、さくらっていうんだよ。同じ、春だね」
「あう」
はるちゃんが嬉しそうに手をふりふりすると、テーブルの上に転がっていた哺乳瓶が、彼女の手のなかに現れた。
小さな手を両方そえて、抱えている。
飲むのかな? 飲みかけは衛生上、よくないよと止めようと思ったら、哺乳瓶がピカっとひかった。
光はすぐに消えたけど、その後が驚きだ。
飲みかけだった哺乳瓶は適量のミルクで満たされている。瓶は、なにか真新しくなっている気がする。
哺乳瓶……ピカっと光って、消毒して、適量のミルクが新しく満たされた?
魔道具? それとも、赤ちゃんの魔法?
どちらにしても、すごい。
ごはんの心配はいらないね。
そういえば……考えてみると、最後にご飯食べたのはいつだった?
間違いだったと言われて、驚く間もなく腕を掴まれて連れて行かれて、部屋の中の転移魔法陣に乗せられて、着いた先は目の前に白い霧があって、背中を押されて、白い霧の方に突き飛ばされたんだよね。
……ものすごくスピーディーな、ポイ捨てだよね。
そりゃ……魔法の覚えも悪く、特別に与えられたスキルも発現しない。
運動神経には自信があるけど、そんなの城の兵士や騎士たちとくらべると、特筆すべきものでもない。
なにか、特別な技術や知識があるかといえば、ない。ただの、女子高生だよ。現在進行形で学んでた人間が、教えられることなんてないよ。
……間違いだとマガイモノと、いわれても仕方ないかもしれない。
だけど、よんだのは、あの人達。
私がきたくてきたわけじゃない。
違ったら、速やかにポイ捨てって、ひどすぎない?
「う?」
心配そうな赤ちゃん、ハルちゃんの声にうつむいていた顔をあげた。
目の前に浮いているのは、お皿。
たまごボーロが乗っていた菓子皿? ボーロも新しくなったのか、個数が増えてる。
「うう?」
どうぞっていうように、ハルちゃんが皿に視線を流す。
「ありがとう」
手を伸ばして、ひとつつまんで、口にいれる。
サクッとしていて、口の中でさらりととけた。
美味しい。
いつぶりだろう? 記憶にないけど、たまごボーロは小さな子のおやつだと思ってるから、幼児ぶり?なのかもしれない。
しかし、食べ物を口にしたら、胃が食べていなかったことを思い出したかのように、くううっとおなかをならした。
う、恥ずかしい。でも、おなかは正直だ。
顔が熱いよ。真っ赤だろう。
「うう?」
お皿がぐいっと顔の近くに寄せられた。
おなかがすいてるなら、もっと食べてということなのかもしれない。
「ありがとう。いただくね」
「あう」
「おいしいよ」
たまごボーロはおいしい。
でも、お菓子でおなかはふくらまない。
さすがに、ハルちゃんのミルクを飲ませてもらうわけには……。
「ご飯どうしよう」
思わず、出てしまった言葉に、ハルちゃんが反応する。
両手で抱えていた哺乳瓶が、テーブルの上に直立して置かれる。たまごボーロのお皿もその横に。
小さな手のひらをおいでおいでするように上下に動かして、ふわふわと、部屋の外へでていく。
私も慌てて、あとをついていく。
階段をおりて、ホールに戻って、それから奥へと続く廊下を、ふわふわと進んでいく。
最初は、廊下に絵が飾られていたり、花瓶があったりしたんだけど、装飾の多い廊下を横にそれて細い通路を進んでいくと、両開きの扉があった。
装飾のない大きな扉がハルちゃんが小さな手をふると、音もなく、開いていった。
「わぁ」
部屋の中には、オーブン、シンク、調理台がある。きれいに磨かれた鍋やフライパン、調理器具がきちんと整理されて収納されている棚。
大きな食器棚もある。
「すごい。キッチンというより、厨房だね、ここ」
「あう」
ハルちゃんが水の満たされた洗い場を通り過ぎ、その奥の、扉を指さす。今度はハルちゃんが、魔法で開けないんだね? なんで?
「う」
「ん? 開けてみろってこと?」
「あう」
そうというように大きくうなずいたハルちゃんにうながされて、ノブをもって、ぐいっと外側に開く。
ちょっとドアは重い。
開けたら、ひんやりとした空気が中から流れ出てくる。
「わぁ、パントリー? 食品庫? どちらにしろ、すごい」
棚にはズラッと食品が並んでいる。
野菜は、葉物、根菜、見たことのないものもある。
肉類は、塊のまま、たくさん。
スパイス瓶かな? ずらりと並んでいる。どんな味付けでもできそう。
床に並んでる樽類は、漬物とか、保存食がはいってるのかな? 味噌とかもあるかも。
粉類は大きな麻の袋に入れられて、それもきちんと並んでる。
ここまでくると、ちゃんと米もあるだろうなと思う。
カラフルに並べられている瓶は、ジャムかな?
フルーツの瓶詰めも並んでる。
部屋の中、かなり大きめの冷蔵庫くらいの収納があったから開けてみたら、……冷蔵庫だった。
うん、何言ってるのか、私もよくわからない。
上段は、瓶に入れられた飲み物、白いから牛乳? コルク栓がされてるものは、お酒? カットされたチーズはお酒のつまみ?
あとは同じくカットされたフルーツとかもはいってた。
あ、卵もある。サイズは大小様々だ。
まだ、色々入っているけど、とりあえず、閉じて、今度は下段へ。
さらにひんやりとした冷気が……って、これは冷凍庫だ。
中には、うん、これ、絶対、アイスだ。
味はバニラかな? 黒いつぶつぶは香辛料のバニラだよね。色鮮やかなものは、フルーツを使ったジェラートかもしれない。
「……すごい。異世界なのに、立派に、冷蔵庫だ。業務用サイズだけど」
魔道具? それに、この部屋の大量の食料品。何一つ痛んでいる様子がないから、時間停止の魔法でもかかってるのかな?
この家の持ち主、すごい。魔法の使い手。スキルや、チートの持ち主?
ハルちゃんの、ご両親なのかな? いないけど。留守?
「あうあう」
ハルちゃんが手をパタパタさせて、食材を指し、そして、厨房を指す。
その意思を読み取ると……
「この食材を使って、ご飯作ったらいいよってこと?」
「あう!」
正解というように、ハルちゃんが大きくうなずいた。
元気がよくて、可愛くて大変よろしい。
「……」
トースターで食パンをやくとか、炊飯器でご飯を炊く、くらいはできるよ。
え? あのキロ単位の、塊肉をどうしろと?
あのコンロってどうやって使うの? 火加減は?
フライパンってこげつかない? テフロン加工は?
「………あ、えっと、まずは生野菜のサラダから、で」
「う?」
首をかしげるはるちゃんの前を通り過ぎ、レタスらしきものを両手に抱える。
腹ペコなんとかって、絵本、好きだったなぁ……。
とりとめのないことを考えつつ、流しに向かう。
レタスは洗ってちぎって、水気をきればいいのかな?
ドレッシングないよね? マヨネーズって、調理実習でどうやって作ったかな?
……素材のままの味も、美味しいと思う。
この屋敷の中、図書室とかないかな?
初心者向けの料理の本、見たいかもしれない。
料理は、初心者以下。
これから、がんばる。




