49 友達⑤
――眠っていても、痛みは追いかけてくるんだよ。
夢をみていても痛いなと……ずっと思っている。
そういう時は目が覚めても、やっぱり痛いんだ。
今、僕は痛みを感じていないけど、それは死んじゃったから?
ただ、身体が重くて重くて、まぶたすら、開くことができないんだ。
たくさんたくさん働いて、つかれはてたときみたいだ。
このまま、ずっと眠り続けていたい。
お父さんがいなくなったあとの毎日は、しんどくてつらくて、悲しかった。
僕は頑張ったと思うんだ。
だから、もう、いいよねとも思うんだ。
もう、眠って起きなくてもいいよね?
僕は嫌われて憎まれてるから、僕がいなくなっても誰も悲しまないと思うんだ。
あぁ、でも……。
天井から崩れ落ちて潰れていく穴蔵で、僕に向かって、泣きながら手を伸ばしていた赤い瞳の魔族の女の子を、たしかに見た気がする。
売り飛ばしたとおばさんは言っていたけど、逃げられたんだね。よかった。
僕のせいで捕まったんだから、逃げられてよかった。
僕は、きみを友達だと思っていた。
きみもそう思っていてくれたら、嬉しい。
言葉もかわしたことがなくて、僕が一方的にしゃべっていただけだったけど、自由のない僕にはあの夜の時間はとても大切だったんだよ。
名前くらい、聞いておけばよかった。
僕も名乗ってないけど。
名前を呼ばれない日々をずっと過ごしていたから、名乗るって思いつかなかった。
きみの名前を知りたかった。
そうしたら、僕にも友達ができたんだよって、自慢できるのに。
誰に? 自慢?
それは、お父さんに? それともお母さんに?
あれ? さっきまで、暗い暗い場所で、一緒にいてくれたのは誰だったろう?
記憶が曖昧だ。
自分が生きているのか、そうじゃないのか、夢を見ているのか、わからなくなってくる。
「!」
身体を震わせることはできないけど、少しひんやりとした指が、僕の額に触れたのがわかった。
誰?
「うーん。おでこ、熱い。熱がでてるね」
指が前髪をかきわけて、額にぺたりと当てられた。
僕よりは大きい、女の人の手だ。
ひんやりと冷たく感じるのは、熱があるからなのかな? 冷たくて気持ちがいい。
「いっぱいケガしてたから、熱くらいでるよね。うーん、起きてくれたら、ご飯食べてもらって、薬も飲んでもらうんだけど」
その声に、まぶたを開けようとするんだけど、開けない。
身体が重い。小さい頃、お父さんのマネをして、魔法を使って、魔力が枯渇したときみたいだ。あのときは卒倒してしまって、目が覚めたら、お父さんとお医者様がいて、ものすごく怒られて、お説教された。
「大丈夫。怪我は、ばっちり癒やしたから心配いらないよ。骨折も治した。ただ、血だけはどうにもならないから、食べて、戻す? 増やすしかないんだよね」
魔族の女の子が、自分は使えないと教えてくれた癒しの魔法。
その魔法を使って、女の人が、僕を癒してくれたのかな?
彼女と話しているのは、魔族の女の子かな?
それにしては、声が聞こえないけど、どうして?
疑問ばかりが浮かぶ。
「起きないのは、たぶん、寝ることで身体を回復させようとしてるからだと思う。私が癒した人たちも、重症の人は、何日も起きなかったから。……とりあえず」
「!?」
身体が動かせたら、思いっきり、ビクッとしていたと思う。
ぺたんと、額に、何か、貼られたみたいだ。冷たい。氷みたいだ。かすかに、爽やかな薬草に似た匂いがする。
とても、気持ちがいい。
「ん? これ、冷却シート。熱がある時に額に貼ったりするんだよ。触りたい? 2枚入りだから、これ」
ガサガサッと音がする。
「ね、冷たいでしょ? 暑い日、寝苦しい時とかもいいんだよ。え? スライムみたいって。うわぁ、いるんだ。お約束だねぇ。かわいい? ムニムニしてる? 棒で、ていってやったら、倒せるの?」
女の人が興奮したように、しゃべってる。
スライム?
かわいい?
いやいや、見た目は強そうにみえないし、無害にみえるけど、魔物だよ。
素早いし、粘液吐いたりするし。
棒で、なんて、棒が溶かされちゃうよ。
あいつらは、一見無害だけど、自分たちに危害を加えられたら、ものすごく凶暴になるんだよ。
教えてあげたい。
「私、魔物みたことないんだよね。外に連れられてでたことあるけど、なぜか、今日は魔物が出ませんねぇってなるんだよね。ここでも、まだ、魔物みたことないんだよね、本当にいるのかなぁ」
心底不思議そうにいってるけど、魔物はいるよ。
町を囲うように、防壁や、結界をはっていても、小さな魔物なんかはどこからか入り込んできたりするんだ。
だから、冒険者もいるし、町を守る兵士もいるんだよ。
女の人は、身分の高い貴族で魔物をみたことないのかな? 屋敷の中で守られているから?
でも、それなら貴族の女の人が僕を助けてくれるのもおかしいし、魔族の女の子といるのもおかしい。
疑問だらけだ。
身体が重くて、目が開けなくて、喋れないのが、もどかしい。
「ここに魔物がいないのは、私の領域だから? はいれない。 ふーん、そうなんだ。とすると、虫がいないのも、私がイヤだと思ってるから? ふむ、虫よけスプレーいらずだね」
虫よけスプレー? 虫を忌避するお香のことかな。
ガサガサッと音がして、脇に、すっと何か差し込まれた。ピッと、聞いたことのない音がした。
「体温計だよ。熱をはかるの。ピピピって音がしたら、教えて」
立ち上がる気配。遠ざかる足音。
冷却シート、体温計? 聞いたことのない道具の名前。女の人は、魔道具師なのかな?
小さな手が伸びて、僕の肩に置かれたのを感じた。
額にも指が触れた。
人より低い体温。
指が、さらに冷たくて気持ちがいい。
そうか。
きみが助けてくれたんだ。
そして、
そばにいてくれてるんだ。
声をあげて泣きたいくらい、嬉しい。
一人じゃなかった。
自分の居場所を乗っ取られて名前を奪われてずっと一人だった僕の、大事な友達。
なんだか、とてもとても安心して、また眠くなってきた。
動けるようになるまで、ねむっていいかな?
そして、目が覚めたら、僕の名前を教えて、きみの名前も教えてもらうんだ。
僕は、レイっていうんだよ。ほんとは、もう少し名前、長いんだけど、忘れちゃったよ。だから、レイでいいんだ。
ねぇ、きみの名前も教えてほしい。
『レイ? 私の名前は、エリスというの。私も長いけど、エリスって呼んでほしい』
安心して、心地よい眠りに落ちていく中、そう答えてくれたきみの声が、頭の中に響いた気がした。




