48 追放者と冒険者①
額から汗がポタポタと地面に落ちて、手は手汗でベタベタだ。
おかげで、クワをしっかりと握りしめて、ふるっていたはずなのに、すっぽぬけて、後方にとんで行った。
「危ないですよ、ぼっちゃん」
なんなくそれを片手でとらえたレオが言う。
「……ぼっちゃん、言うな」
レオは、僕の侍女の末の弟で、護衛兼従者見習いだった。
ある時、オレは冒険者になる!と宣言して、家を出奔した。
いろんな国を巡り、冒険者として暮らしていたそうだが、追放された僕を助けるために、僕のそばに戻ってくれた。
侍女は姉で、レオは兄。僕にとっては家族のようなもの。
そういえば、姉も兄も、血縁でいえば、いたなと思い出す。
僕とは腹違いで双子だ。
二人とも、僕のことを嫌っていたから、顔をあわせることはほとんどなかった。
一族郎党、平民落ちになって、帝都から追放された集団の中にいるのだとしたら、僕はものすごく恨まれてるだろうなと思う。
ただ、帝都から遠く遠く離れた辺境の関所から国外追放された僕を追いかけてきて、おまえのせいだと復讐されるほどの、執念は無いだろうなと思う。
二人は僕に無関心だった。嫌われていても嫌がらせなどは受けたことはない。
皇女様の婚約者だった僕に危害を加えるほど愚かではなかったというより、関心がなかったに尽きると思う。
両親や一族が行ったという悪事にも関わっていないのではないのかと思う。
僕にも、両親にも、無関心だった。
僕たち家族は、ばらばら。父は三番?四番?目の若い妻と一緒。兄と姉は二人で一緒。僕は一人。
とくに兄と姉は、二人の世界で、自分たちしかみていないような感じだった。
「ぼーっとしてどうしたんです? はい、クワです」
「ありがとう。……兄と姉がどうしたかなと思っただけだよ。うわっと!」
レオから差し出されたクワを片手で受け取る。
が、重さに取り落としそうになって、あわててもう片方の手も添えた。
レオは片手で持てるのに、僕はまだまだだな。
筋肉は1日にしてならずとか、レオはいってたけど、先は長そうだ。
「あぁ……聞いてないですか? カイルぼっちゃん」
「だから、ぼっちゃん、いうなってば」
僕はあの婚約破棄騒動のあと、追放されるまで、愛する彼女と会うことも許されず、部屋に閉じ込められて、誰とも面会することもなかったので、本当になにも知らない。
「お二人とも、婚約破棄になったそうですよ」
「え」
「こちらは正式にだそうです。今流行りのぼっちゃんがやらかしたような、おまえとの婚約を破棄する!とかいうやつではなくて」
「……」
「兄君である王城で働いてらしたヒスイ様は、上司の御息女と破談」
「………」
「姉であるエメラルド様は、公爵家の、次男様と破談となったと聞いてます」
「…………」
「僕のせいだとか思ってます?」
うつむいてしまった僕の顔を、しゃがんで見上げながらきく。
「だって、僕が皇女様と婚約破棄したくて、……彼女を選びたくて、考えなしにやっちゃったから」
そのせいで、ほかの人……兄と姉にまで、影響が出るなんて、考えてもいなかったんだ。
行動を起こせば、その結果はどうなるのかとか、まるで考えていなかったんだ。
僕は、僕と彼女のことしか考えてなかった。
兄と姉、接触が皆無で顔すらおぼろげだけど、二人は今どうしているのだろう。
「たしかに、今回のことはぼっちゃんは考えなしでした」
容赦なく、レオが言う。
「もう少し、考えて、行動にうつせばよかったと思います。ちゃんと皇女様と話して、自分の気持ちを言うべきだったと思います。もともと、前皇帝陛下がなくなれば解消だと言われていましたし。時間が解決してくれたのに、何がどうして、あんなことをやらかしたんですかねぇ。なにか、悪いクスリでも、キメてました?」
「……」
「そうそう、ゴシップ誌の格好のネタにもされてますよ。ぼっちゃんも、相手の方も、皇女様まで」
「…………」
「……皇女様は暴君ではないでしょう?話せばわかるお方です。ちっちゃな頃は、リードするのは皇女様でしたが、仲良く遊んでらしたじゃないですか」
たしかに、仲良く遊んでいた。小さな頃の皇女様はとっても可愛いのにやんちゃで元気で、ぼくはふりまわされていたけど、楽しかった。
いつからだろう?
何でもできる優秀な皇女様に、コンプレックスを抱いて、距離をとるようになったのは……。
僕が離れれば、当然、皇女様も離れていって、婚約者とは名ばかりになっていったのは……。
僕に苦言をていしてくれた、侍女もレオもいなくて、僕の周りには、地位目当ての取り巻きしかいなかった。
だから、無邪気に僕に笑いかけ、気持ちを聞いてくれた彼女を好きになった。
今でも、大切に思っている。
「……姉や、おれがそばにいない間、ぼっちゃんのそばには、皇女様がいてくれると思っていたんですが…。反省です。寂しがりのぼっちゃんを一人にするべきではなかったです」
「……レオ」
「ですが」
ガバっとレオが立ち上がった。土ぼこりが舞い上がった。
「一族の皆様のことは、ぼっちゃんのせいではありませんよ。裏でいろいろとやらかしていたのは事実です。今回でなくとも、明るみに出ていたでしょう。
罪の発覚がはやすぎです。おそらく、皇帝陛下はご存じだったのでしょう。言い逃れができないほど、証拠があったいわれてます」
「……婚約破棄しなくても、皇家から、やがて、うちは断罪されただろうってこと?」
「そうです、間違いなく。皇女様の経歴に傷をつけることなく、相手を潰す。それが皇帝陛下のお考えだったと思います。が……」
「僕が、婚約破棄をやらかしちゃったから、皇女様も、ゴシップ誌の記事になっちゃたりしてる……んだよね?」
「そりゃもう。売り上げが良くて、この前、社屋に雷が落ちて全焼したそうですが、即建て直せるほどだそうです。
……ぼっちゃんは、帝国に戻らないほうがいいと思います。……陛下の、皇女様の溺愛ぶりは知ってますよね?」
「そりゃ、もう」
皇帝陛下の、皇女様と僕に向ける目は違いすぎる。
人を見る目と、ゴミを見る目だ。
……僕、よく消されなかったよね……。
「さて、しゃべりすぎましたね。けど、いい休憩になりました。続きをしましょうね、ぼっちゃん」
「ぼっちゃん、いうなってば」
僕たちは、元森番が住んでいた家を買い、修繕しているところだ。
家を囲っていた結界石は、魔力は抜けていたけど、壊れてはいなかった。
いちおう、人並み以上には魔力がある、僕が補充した。
結界は作動し、それの内側は守られているはずだ。
内側は、廃屋というしかない古い家と、井戸、畑だったと思われる荒地、家畜小屋があった。家畜小屋の中には、レオが乗ってきた馬がつないである。
レオが大工仕事をし、僕は畑をどうにかしようと、固くなった土にクワをいれているところだ。
草むしりはなんとか、すんだ。しかし、抜いて数日たつとまたはえてくるなんて、雑草の生命力はすごい。
寝台はレオがふたつ、なんとか直した。
今は屋根をなおしてるところだ。
雨がふったら雨漏り間違いなしの穴から、昨夜は夜空がみえた。
今聞いとかないと、忘れちゃいそうだから、聞いておくことにする。
「そうだ、レオ」
「?」
修繕のために片隅に置いておいた板を持ち上げ、歩き出していたレオに聞く。
「二人も帝都から追放されたの?」
「あぁ。答えは、いいえ、ですね」
「?」
「ヒスイ様もエメラルド様も、帝都にそのままいらっしゃるはずです」
「?」
「あの方たちは大丈夫です。心配するだけムダですよ」
なんだか、レオの言葉にトゲがある気がする。
気のせいかな?
「ほら、続きしますよ。午後からは、村に種、いや、苗が確実かな? 買いに行きましょう。目指せ自給自足ですよ」
「うん」
「うちのぼっちゃんは素直ですね。婚約破棄騒動なんて、ぶちかましたとは思えない。若気の至り? これも数年たてば、ぼっちゃんの黒歴史になるんですかねぇ」
にこにこしながら歩いていくレオの大きな背中をながめ、それから、クワをにぎりしめる。
僕もあんなふうにたくましくなれるかな?
筋肉がついたらいける?
適性は魔法使いだと学院の教師に言われたことがあるけど、剣士にもなれるかもしれない。
いつか、彼女を迎えに行く日までしっかり鍛えないと。
そういえば、彼女が好きだと言っていた苺の苗あるかな?
僕が作った苺、一緒に食べたら美味しいだろうな。
よし、頑張る。
汗を肩から下げた手ぬぐいでしっかりとぬぐった。
僕は、今度は飛ばさないように気をつけて、ぐっと握って、クワをふりかぶった。




