42 生存者
こわい。
こわい。
ここはいや、こわいことがたくさん。
こわい、かえりたい、かえりたい。
「どう? まだ、正気を取り戻さない?」
「はい、皇女様」
部屋に入室して、開口一番に聞いた。
憂い顔で、担当女官が首をふった。
「よほど恐ろしい思いをしたのでしょう。ずっと身体を丸めて、怖い怖いとつぶやいております」
「……そう」
彼女を発見した時のことを思い出す。
転移魔法で、魔族に襲われた町に跳んだ。
様子を確認して、一時間ほどで、戻る予定だった。
魔族の報復を受け、その後、残った一人の魔族に襲撃され続けた。その町を大聖女様が救った。魔族を倒し、癒しの光を与えたという。
言葉で聞くのと、目で見るのでは大違いだ。
町は、防壁が破壊され、家も焼け、まだ、消えきれぬ熱がくすぶり、白い煙があがり、焦げ臭い匂いがしていた。
襲撃の後、雨もふらず、そこまで手がまわらないのか、血の跡はまだ残っていた。
さすがに遺体はそのままではなかった。
そのままにすると、悪しき穢れが入り魔物化する場合もあるので、埋葬はされていた。
ただし、穴を掘り、それを埋め、生き残っていた教会の神官が、鎮魂の祈りを捧げたそうだ。
二度の襲撃を受けた町の人々はそれでも復興しようと、動き出していた。
動けないものはいない。
襲撃の際負った怪我は、死にかけていたものでさえ、すべて癒されていた。
大聖女様の癒しの光によって。
襲撃の際の腕などの欠損や、もともとの病でさえ、大聖女さまの光に触れたものは、癒されたという。
人々は口々に、大聖女様に、その信じる神に、感謝を口にし、祈りをささげていた。
だが、怨嗟の声もあがる。
魔族に、領主一家に、いまだ何もしてくれない国に。そして、肉壁にすらなれなかった異世界人の一群に対し、役立たずだったと吐き捨てる。
いいように駒にされ、何の義理もないのに、文字通り、命がけで、前線にたち、戦った異世界人対して、その言い草かと、不快になった。
それは私が帝国の人間だからだろうか?
この国では、軽々しく簡単に、召喚を行うので、異世界人の価値は低い。
特別な、聖女や勇者と呼ばれるほど別格の力を得たものならまだしも、普通並みかそれを超えるくらいの力しか得られていない異世界人を、本当にこの国は使い捨てにする。
使い終わったら、また、補充すればいい、そんな感覚ではないのかと思う。
逃れてきて帝国で保護した異世界人や、力ある異世界人らを知っている私としては、この国の異世界人の扱いは、あまりに理不尽で不愉快だ。
この国は、いつか怒りや恨みを募らせた異世界人に、復讐されるかもしれないとも思った。
その前に、わが国に理由なく攻めてくることもあるので、そろそろ、こちらからも動くべきかもしれない。目に余る。
外套をまとい、わからぬように魔法をかけ、情報を集めた。異世界人たちは、防壁のかなり先、大森林へと続く、場所で、魔族たちと対峙したと聞いた。
まだ、召喚されてから日が浅く、ろくに戦闘の経験のない異世界人達が、魔族の集団にかなうはずはない。
町人の言葉そのまま、肉壁にすらなれず、一人の生き残りも、戻っては来なかったという。
私は、その戦闘のあった場所へ跳んだ。
日数がかなり過ぎ、その可能性はかなり低いが、異世界人の特異性を考えれば、生存者がいないとも限らない。いなくとも、そのままで放置して、野ざらしにするなどあり得ない。
もうすでに、魔物化しているものもいるかもしれない。動く死体などになっているのなら、倒して、解放してやらねば、哀れだ。
その場所は、まさしく、惨劇の地だった。
報復のため、怒りを募らせた魔族達が、最初に力を解放した場所。
大森林そばの、見張り台のある規模のちいさな砦は、石造りだったからか、かろうじて形はのこっているが、再び利用できないほどに破壊されている。
防壁に飛び散った血の跡。手首のついたままの抜き身の剣。
手足。身体はばらばらになっていたり、魔法の直撃を喰らったのか、黒く焼け焦げているものもある。
匂いがすさまじい。血と肉のくさった匂い。
放置された、殺戮の場の匂いだ。
「これは……ひどい」
そこまで手がまわらないのだろうが、自分たちのために戦った者に対して、この扱いはない。
私は、大地の魔法を使い、肉片ひとつでも有ればそれを埋め、短い祈りの言葉を唱えていく。
異世界人がどれだけいたのかわからない。
しかし、大地魔法を使った回数は、少なくなかった。
帝城から跳んだときは、一時間ほどで、大聖女様の奇跡を確認したら、戻る予定だった。
すでにずいぶんと時間が経っている。もう侍女長には、抜け出したことはバレているだろう。
淡々と説教をされ、染み付いてしまった匂いに顔をしかめられ、湯殿に連れて行かれるさまがめにうかんだ。
「……説教は甘んじて受けるしかないわね……。さて、戻りますか。……?」
その時、目の端にとらえた、大木が気になった。
それだけはまわりの他の木々のように、枝が折れたり、燃えたり、血しぶきがかかった跡がない。
慎重に近づいていく。
立派な木の根だ。
人が隠れられるほどに、大きく根を張っている。
根の間を、確認していく。
根本で息絶えている者もいた。ここに逃げて息絶えたのか血まみれだった。大地の魔法を唱え、埋葬していく。
そして、みつけた。
少女だ。
身体を丸め、両手で頭をかえている。
魔法なのか? スキルなのか、うっすらと緑色に発光し、木々や草木がまわりを囲っている。
異世界人なのか? 何日もこの状態でいたのか?
できるだけ、怖がらせないように、努めて、そっと声をかけた。
「……大丈夫? 怪我はない? きみを保護したい」
「!」
ビクッと、少女が身体を震わせた。
草木もざわりと音をたてた。
「怖がらなくていい。安全な場所へ連れて行くから、一緒においで」
「……」
少女が顔をあげた。
大きな目が、私を映す。
「……い。こわい……」
「そうね。でも、大丈夫よ。こわくないところへ連れて行くから」
「……」
少女が身体を震わせた。
「ない。……こわくないところなんてない。無い。こわいよ」
少女の感情に共鳴するかのように、草が、木々がざわざわと音を立てる。
「こわい。こわい。ここはこわい、こわい」
少女が何度もつぶやく。
まずいな。恐怖で、心が正気でなくなってる。
この草木をざわつかせてる力も、何が起こるか、わからない。
それなら、
「少し、おやすみ」
眠りの魔法をかけた。少女の得体のしれない魔法に負けないように強く。
目を閉じ、少女の身体がゆっくりとかたむいていく。
あわてて、支える。
触れられないと思ったが、緑の光が消え、それはなかった。
魔法というよりスキルか? それを行使し続けていたのだろう。
意識をなくすことで、消えたのだろう。
少女を抱きかかえ、帝城へ、転移した。
転移した部屋には、侍女長が待ち構えていたが、私の抱えた少女に気づき、素早く動き出した。
部屋の用意、医師の手配等する。私の侍女長は優秀だ。
医師によると、怪我はなく、衰弱している。
恐怖で、混乱状態にあり、意思の疎通ができないとのこと。心の問題は難しく、様子をみましょうとの診断だった。
世話係の女官に断りをいれ、部屋に入室する。
少女はあのときと同じように、寝台の上でまるまり、頭を抱えている。ただ、緑色の光はでていない。
「……こわい。こわい…」
小さくつぶやいているのが、聞こえてくる。
異世界人のいた世界は、この世界と違い、血みどろな争いは、身近にはないと聞いたことがある。
平和な世界から召喚され、甘い言葉や、使命感、特別感を植えつけられ、駒にされ、戦場にだされる。
この世界でも、こんな少女を、本人が望まぬ限り、戦闘に出したりはしない。
「……許せない」
あの国は、本当に、どうにかしたほうがいい。
自分たちで戦える力があるというのに、なぜ、大量に召喚し、使い捨てにするのか。わけがわからない。
こわいとつぶやき続ける少女に手を伸ばしかけ、こわがらせてはいけないとふれるのはやめる。
「もう、怖くないから、安心していいわ。……また、くる」
静かにドアを閉め、部屋を後にした。
室外に待機していた女官に、よろしく頼むといって、歩き出す。
いつか安心して、少女は、心をとりもどすことができるだろうか?
……見える傷は癒せても、見えない傷はどうしていいのか、わからない。もどかしい。
信心深くはないが、なぜだろう、無性に今日は、祈りたいと思った。
彼女の心に平穏が訪れることを――祈りたい。




