40 婚約者(元)あらため、追放者
「愛には試練が必要なのだ。待っていてほしい。必ず、きみのもとに、たどり着くから」
毎夜、空に浮かぶ月をみて、きみのことを思っている。
この世界におちてきて、不安でいっぱいなきみを慰めることしかできなかった僕は、きみの支えに、少しはなることができていただろうか?
僕には婚約者がいたけど、僕たちの惹かれ合う心を誰もとめることができなかった。
真実の愛は誰にも邪魔することはできないのだ。
今、試練が二人を引き裂いていても、いつか、僕たちは、また、巡り合う。
再び会えたなら、もう、ずっと一緒だ。二度と離れない。
「でも、きみに会えないのはつらないな。面影だけを思い浮かべるだけの日々はつらい。
……あぁ、くらくらする。……君を求めて、のどが渇く」
「……そりゃ、そうでしょう」
あきれた声が耳に届いて、それからポスっと頭に、あんまり具合のよくない帽子がかぶせられた。藁でできてるそうだ。絹じゃないなんて、ありえない。麦わら帽子とか言っていた。
「はい、しっかり帽子かぶってください。今は月ではなくて、太陽がギンギラ出てます。くらくらするのは、こまめに水分、とらないからです。飲んでください、ぼっちゃん」
「……ぼっちゃん、言うな」
言いながらも、差し出された木の腕に注がれた水を飲む。
……のどが渇いてたのは間違いないらしい。
おかわり、ほしい。
木の腕を無言で差し出すと、無言で、井戸を指さして、かえされた。
「……」
「はい、不満そうな顔しない。井戸での水のくみかた、教えたでしょう?」
「……重いんだよ、あれ」
「ですね。ぼっちゃん、非力ですし。ですが、そこで諦めたら、筋肉つきません。頑張りましょう」
「……わかった。やる」
こいつには、逆らうというか、わがままや反抗する気にはなれない。
僕の侍女の、末の弟だ。
とはいえ、僕より10歳は年上だ。
小さい頃から僕の侍女といっしょにきて、遊び相手、護衛兼従者見習いとして、そばにいてくれた。家族仲が悪いので、僕にとっては、侍女が母で、彼が兄だった。
ずっと一緒に、……婚約破棄してしまったけど、皇女様と結婚しても、護衛や従者として、そばにいてくれると思っていた。
僕が七歳くらいの時に、おれは冒険者にもなりたかったんてす。ちょっと、なってきますと言って、その日のうちに出奔した。貴族ではあったから、誘拐かと大騒ぎになった。
僕の証言と、――おれは冒険者になる!と宣言していた書き置きで、それは騒動はおさまったけど、侍女は怒り心頭だった。帰ったら、棒で百叩きですといっていた。
彼がいなくなったあとの僕は孤独だった。
侍女は結婚していなくなり、彼もいない。
婚約者の皇女様はなにもかも優秀で僕の敵うことなんてなにもなくて、話も合わず、交流も月1ほどだった。
それでも、僕は、皇女様につりあうように頑張った。努力したと思う。だけど、追いついたと思ったら、ぜんぜんで、ずっと先にいる彼女の背中をみているのは辛かった。
それに、僕と彼女の婚約は政略どころか、前王の預言者が託宣したもの。これまでの預言の内容とは異なり、なんで急に婚約に口を出すと疑問に思われるものだった。前王が逝去したら、即破棄だと、皆に言われていたことも知っている。
皇女様の婚約者だからねたまれた。だけど、取り入ろうとする者たちもいて、それから取り巻きもできた。
チヤホヤされるのはたしかに気分が良かったけど、どこか、むなしさも感じてたのも事実だった。
兄と慕っている彼がものすごい冒険者になって、僕も冒険につれて行ってくれないかと、思ったりもした。
そんないろいろぐちゃぐちゃな思いを抱えた日々に出会ったのは、きみだった。
異世界から落ちてきた、彼女は、自分を聖女だといって、ものすごい明るさと親しみやすさでまわりを魅了していった。
僕もその一人だった。
時々、笑顔からすっと真顔になったり、一人でいるときに泣きそうな、不安そうな顔をしているのを、ずっとみていたから、僕は気がついた。
だから、声をかけた。
「大丈夫。無理しなくていいんだ。笑いたいときは笑えばいいし、泣きたいときは泣いていい。
不安なこと怖いことがあるなら、僕に言ってほしい。
僕は、皇女様の婚約者だから、身分的にも力になれるはずだよ」
「本当? 嬉しい。私、不安でこわかったの」
泣きながら、抱きついてきたのには驚いた。異世界人は積極的なんだと、ドキドキしながら思った。
それから彼女と、時々、二人で会った。
話をしたり、学園から町に抜け出して、買い物をして、贈り物をしたりした。彼女は何をあげてもとても喜んでくれた。
皇女様には、装飾品? いらない。鍛錬の邪魔だから、普段はつけない。むだづかいはしなくていいと言われてからは贈ったことがない。
だんだんとひと目をはばからず会うようになっていたせいで、僕たちのことが、人の口にのぼるようになった。
だけど、一番気にするべき、皇女様は、涼し気な顔をして、何も言わない。
どうでもいいというかのようだ。
それに無性にいらついて、はじめて、皇女様に暴言を吐いたが、それすらどうでもいいというべき態度で、席をたたれた。そのあと、何度も同じことをしても、皇女様の態度はかわらない。
僕には、皇女様との未来はないなと思った。
想像できない。
でも、彼女との未来は想像できた。
僕の言葉にこたえ、笑い喜んでくれる彼女と生きたいと思った。
だから、婚約破棄をするしかないと思った。
最近、劇や本で流行りらしい。現実に実行した人もいるらしい。成否はしらない。
僕の愛する彼女は聖女だ。
皇女様の身分が高くとも、聖女だって負けてはいない。
僕は婚約破棄して、彼女と生きたいんだ。
真実の愛、なんて、素晴らしいんだろう。
彼女と計画を話し合い、卒業式の夜会で実行することにした。
……結果は、婚約破棄はできた。
……彼女は、隣国に連れて行かれた。
……僕は単身、魔の森のそばに追放。
……僕の一族は、帝都追放。平民落ち。
何かやってるだろうなと思っていたが、うちの親たちは、皇族にでもなったつもりで、いろいろとやらかしていたそうだ。家族の情は皆無なので、自業自得としか思わない。
僕は愛する彼女と引き裂かれ、辺境に追放になった。
何日も乗り続けた馬車から放り出されて、どうしていいか分からなくて、草原に膝を抱えて座り、ぼうっとしてたら、声をかけられた。
「ぼっちゃん。口を開けて、ボケっとしてたら、虫はいってきますよ」
「!?」
その、低くなっているけど、聞き覚えのある声、口調に、僕はふりむいた。
そこには体格がとても立派になって、背中に大きな剣を抱えた、彼がたっていた。かたわらに馬もいる。
びっくりして、硬直している僕の脇に手を入れて、たたせた。
すごい力だ。
「さて、時間は有限です。ボケーっとしてるひまはありません。近隣の村で情報をしいれて、魔の森のそばにくちてはいますが、森番の、元家があるそうです。壊れてなければ、結界石もあるそうです。いきますよ、ぼっちゃん。――わ!」
「……っ」
僕は体当たりするかのように、彼にぶつかっていった。
涙がにじむ。
あまりの急転直下の環境の変化に、自分のせいとはいえ、こわかったんだ。
「あいかわらず、泣き虫ですねぇ。成人したんじゃ、なかったですか?」
「……う、るさい」
後から聞いたら、姉である侍女に――今は結婚して我が家では働いていなかったが、僕のことを気にかけてくれていた――、大至急、ぼっちゃんを助けろと、冒険者ギルドに指名依頼をだされて、あわてて、この国を出ていたのに、駆けつけてくれたそうだ。
おれが助けなければ、ぼっちゃんの生命は、当日で終了でしたね、と、彼はいった。
……否定はできないなと、僕は井戸の水をなんとかくもうと、ロープをひっぱりながら思う。
水の入った桶は重すぎる。
でも、やっとの思いでくみあげた井戸の水は冷たくて、おいしいんだ。
彼女にも、飲ませてあげたいと思う。
まだ、草むしりも満足にできない僕だけど、いつか、彼女を迎えに行く。
真実の愛を誓ったきみなら、きっと、待っててくれる。
「ぼっちゃん、水飲みました? そしたら、今度は寝台直しましょう。床で寝るのは今日が最後です。金づちの使い方、おぼえてますか?」
「昨日、教えてもらったばかりだから、忘れてない、レオ」
「さすがですね、カイルぼっちゃん」
にこにこしながら、僕を待つレオのもとに歩いていく。
最初の一歩は小さいかもしれないけど、いつか、いつかは、走り出して、君を迎えに行く。
だから、信じて、待っていて、愛しい人。




