4 ひとり
最初はどうしようって思ったんだ。
真っ白な霧の向こうに突き飛ばされて、惨めに倒れふして、悲しさよりも悔しさで涙がにじんだ。
「信じたのに。嘘つき、さいてーやろう」
ぐっと握りしめた手の爪には、むき出しの地面の土がはいったことだろう。
手のひらをすりむいたのか、ヒリヒリと痛みもする。
でも、そんなことは気にならない。
「……」
愛しい、大切だと言われた言葉を信じた。
だけど、その言葉をいった、数日後、
あなたはいらない。必要ない。
そういって、言葉でも行動でも、私を捨てた。
異世界の、さらにわけの分からない、真っ白な霧の向こうの、場所に。
「いらないなら、還せよ、くそやろう」
汚い言葉がでても、今の私を咎めるものは誰もいない。
「還せないからって、不燃物?みたいに、わけのわからない場所に捨てるってどういうこと? ありえない。ほんと、さいてーだよ」
なにかしゃべってないとおかしくなりそうだった。
わけのわからない異世界?に連れてこられて、わけのわからないことを願われて、なんだかんだで絆されて、信じて、その手を取って、だけど、舌の根も乾かないうちに、やっぱり、いらないと言われた。
「ばか、みたいだ」
身体を起こして、でも、立ち上がる気力はなくて、膝小僧に頭を乗せた。
どれだけの間そうしてただろう。
その場にとどまっていても、何も変わらないことはわかっているけど、立ち上がる気力が起きなかった。
本当は、泣きたい気持ちでいっぱいで、でも、そうすることだけは自分のみじめさに拍車をかけるようで、できなかった。
私にだって、譲れない自尊心くらいある。
だからといって、現実を受け入れて、動き出せるかといったら、そうでもなくて……。
「本当、どうしよう。こんなところで一人でどうしろと。異世界ボッチ………っていうのは、きつい、わ」
きついどころではない気がする。本当に一人。
人もいない、建物もない。動物もいない。
ほんとうになにもない。
あるのは、背後の白い霧。眼前の暗い森? なのだろうか?
音がしない。
この世界に来て、森には入ったことはない。
だが、そばまではつれていってもらったことがある。
そのときは、音はあった。鳥の鳴き声、風が木々を揺らす音、森のそばの集落の人々の声。生活音が聞こえた。
今は、ただ、静寂しかない。
後ろに戻れないなら、前に進むしかない。
何があるのか、それとも何もないのか、考え続けても、答えは出ない。
わかってはいるんだけど……
今の私の気力はほぼゼロで、一歩を踏み出すには、何かなければ、とても無理だという心境だった。
手を引いてくれる人も、背中を押してくれる人もいない。
それならば、自分で立ち上がるしかない。
わかってはいる。
「あぁ、もう」
自分に対するいらだちで、ほどいたままの髪に手を入れて、頭を振る。
「いつから、こんなに弱くなった、私、ほんと、騙されて、嘘の優しさにひたって、情けなくなった。しっかりしなきゃ。……私、一人だからって、こんなとこでぽっくりいく気なんてないんだからね」
……死という言葉を口に出せば、それが眼前に迫ってきそうで、口にはしない。
実際問題としては、異世界、さらにその中の、さらにわけのワカラン場所に捨てられて、限りなく危険な状況だということはわかってるけど、今は考えない。
「選択肢は、前に進むしかない、だよね」
パンっと土まみれの手で、両頬を叩いて、気合いをいれて、その勢いのまま立ち上がる。
「わからない、わからないけど、行くしかない」
一歩ふみだす。
「大丈夫なんとかなる。私は私の力で、生きてきたんだから」
ちょっと、ウソつき男に騙されてしまったけど……もう、二度とそんなことにはならない。
それでも───
いつか、また、会うことができたなら、
ぐぐっと拳を握りしめる。
「ぜったい、あの、おきれいな顔を、ぶん殴ってやる」




