35 友達③
助けて、このままじゃ、死んでしまう。
お願い、誰か、助けて!
私が口が聞けたなら、のどが枯れても叫び続けただろう。
私は無力だ。
この子を救うことができない。
壊すことはできても、癒すことができない。
「あきらめなさい。おまえに、その子は救えない」
不意に、肩に触れられて、ビクッと身体が震えた。
お父様だ。
ベッタリと血のついた剣を持っているが、身体には一滴たりとも返り血は浴びていない。
今日、お父様はどれだけの人を殺したのだろう。
私のために。それに対して、思うところはない。報復は当然のこと。私自身で行おうとすら思っていたから。
ただ、お父様のように、町全てを報復対象にしようとは思っていなかった。
この子を傷つけ、私を売り払ったあの女と仲間、私を侮辱し大したダメージはなかったにしても暴力を振るってきた者たち、そして、あの将軍に、必ず報復すると決めていた。
だが、お父様は違う。
私を溺愛しているお父様は、私が捕まった原因となった、この子も、報復対象としているはず。
私は、お父様に手を伸ばして、その手に触れた。
『違うの。この子は違うの』
口がきけない私は、相手に触れることで、意思を伝えることができる。
『この子のせいじゃない。この子は私にいろいろ教えてくれて、私の友達なの。何も悪くないの。いっぱい殴られたら、弱い人間はすぐに傷つくのに……血が出てたのに、私に逃げてっていった。わ、私は、刃物を首に当てられたこの子を、それ以上、傷だらけにしたくなかったから、わざとつかまったの。私なら、大丈夫だから、逃げられるってわかってたから』
「友達、か……。わかってるよ。いつも退屈だと言っていたおまえが、楽しそうで…。だから、ぬけだすのを、見逃していた」
お父様は、私の頬を流れる涙を優しくぬぐった。
『だったら、お願い、お父様。この子を助けて』
傷薬もたくさん塗ったし、ポーションも飲ませようとしたけど、飲み込めないの。
目も閉じたまま、開かないの。
血も止まらない。
すがるように私は、お父様の大きな手を握りしめた。
お父様は目を伏せ、首を振った。
「私にも癒しの魔法は使えない。魔族だからね。ポーションも飲めなければ、作用しない。子供の身体なのにあまりに傷が多い。どれだけの暴力を受けたのか。血が流れすぎている……あきらめなさい」
『いやだ!』
心の中で叫ぶ。
あきらめたくない。あきらめない!
お願い、助けて! 誰か!
あの時、私を逃がしてくれた異世界人の少女。
あの人なら、助けられる。
癒しの魔法がつかえると、あの将軍が言っていた。
どこにいるの? 王都? 違う? どこ、どこにいるの!
無我夢中で求める。願う。
どうか、助けてと!
ふいに、頭に声が聞こえた。
あの時、抱きしめられた時に、聞こえたのと同じ声。
――私に危害を加えない人、簡単に言うと、私に敵対しない人なら、このアパート近辺は受け入れオッケーかな。
危害なんて加えない。敵対なんてしない。
この子を助けてくれたら、私、なんでもする。
お願い。あなたのところへ行かせて。
私の、友達を助けて!
お父様の手を離して、血まみれのこの子にギュッとしがみつく。
お願い! 私をあなたのところへ――
「!」
あせったように、お父様が私に手を伸ばしたのがみえた。
せまい地下の崩れかけの穴蔵にまばゆい白い光があふれた。
眩しくて、ギュッと目を閉じてしまう。
ぐにゃりと周囲がゆがんだ気がした。
反射的に、この子をかばうように、その身体にふせた。
だけど……、なにも起こらなかった。
だけど、自分が、どこかへ転移したということだけはわかった。とばされた?
伏せた身体を起こし、目を開ける。
「……」
目の前には、建物があった。
みたことのない建物。家? 2階へ続く外階段がある。古くなくて、新しい。木?でも、白っぽい色がついてる。窓ガラスがゆがみなく透き通り、透明なことに驚く。
そばには薄暗い中光っている長方形の箱形。
これはなに? 何か音もしてる。
家よりも小さな、両側に入り口のある建物もある。何の用途なのか、わからない。
場所は森の中だ。背の高い大小の木々。こんなうっそうとした森の中なのに、不自然なほど、生き物の声がしない。
前にぶつかったことのある白い霧がぐるりと周囲を途切れ途切れに囲っている。
ここはどこ?
あの異世界の少女はいない。
お父様もいない。
ここには、私と、この子、――人間の少年だけ。
たえまなく流れていた血が止まってる。
胸は、上下しているから、生きてる。呼吸が苦しそうでなくなった気がする。
ここはどこ?
目の前の建物の階段の下、紙がはられていて、なぜか、みたことのない字だが読むことができた。
ご自由にお住みください。家賃はいりません。
『………』
呆然としている私の前で、1階の部屋の扉が、音もなくひらいた。
まるで、中へと、招いているかのようだった。




