32 友達②
どうしよう。
どうしよう。
傷がふさがらない。血が止まらない。
目を開けてくれない。
私は、癒しの魔法は使えない。癒すよりも、壊すための力を持っている。
だから、部屋を抜け出す時に、傷薬とポーションを持ってでた。
最後に見たとき、後ろから頭を殴られて、血が出てたから、必要になるだろうと思った。
だけど、こんなにひどいことになってるなんて思わなかった。
大森林のずうっと奥、魔界と呼ばれる、最初の地にある、一番古い魔族の国で、私はうまれた。
数百年ぶりの、子供の誕生だった。
まわりは、おとなの魔族ばかり、子供は私だけ。
魔族の中でも、争いを好まず、時の流れに逆らわず、ただ、存在しているだけのような――そんな国はとても退屈だった。
同じように思った魔族が、たくさんいたのだろう。
国を捨て、大森林からも出て、人と争い、新しく魔族の国をおこした者も、たくさんいる。
単独で居城をたて、暮らしている魔族もいる。
私は変わらない退屈な日々に飽き飽きしていた。
国で一番小さな私を、皆、溺愛し、可愛がって、遊んでくれる。
でも、つまらなかった。
時の流れが止まったような日々に慣れている皆のように過ごせなかった。
それは、私が子供だから? 覚醒前だから? 長い年月を生き、見た目が変わらない皆のなかで、私だけに成長という変化があるから?
私の憂いに、父が気がつかないわけがなかった。
『いいね、まだ、子供のうちは外に出てはいけないよ。覚醒すれば、少しはでてもいい。でも、今はだめだ。
国の外には、他の魔族がいる。あれらの中には、魔物を使役し、戦いを好む者が多い。この始祖の国も、下剋上だなんだと幾度か襲撃を受けている。もっともすべて返り討ちにしているが。
――それに、人間だ。我らよりはるかに短い時間しか生きない、はかない生き物。そのなかで、生き足掻く。我らを恐ろしい魔性だといい、恐れ、刃をむけてくる。時に、勇者などといい単身むかってくることもあれば、集団で、そうだな、羽虫のように、群れてくることもある。わずらわしく、関わる価値はないが……。人間は我らを、悪の象徴のようにいい、憎悪をむけてくる。それは、この国の外に出ていった魔族のせいかもしれぬがな。……とにかく、でてはいけない、いいね』
お父様の長い話なんて、聞き流していた。
ただ、その中の、人間というものには興味を持った。
短い一生の中で、いろんな生き方をみせる。
勇者になったり、魔法使いなったり、冒険者にもなれば、悪人にもなる。
同じ人間の国同士で戦争をする。なぜ、わざわざ、短い一生を縮めるのか、わからない。
波乱万丈に生きる者もいれば、平凡に、大人になって、家族を作り、年老いて、死んでいく。それが、人間の一生として大多数だそうだ。
見てみたいと思った。
私は子供だけど、魔族で、ゆるやかに成長し、時間だけはある。
だから、観察したいと思った。
少しずつ、少しずつ、転移をした。毎日、転移しては戻るを繰り返す。
はじめは部屋の外。庭園。図書館。城壁。国境。魔界の外。大森林。
どんどん遠くへと飛んだ。
お父様は気づいているはずなのに、何も言わない。ただ、しっかりと監視の目を向けていることはわかってた。
自分の監視下なら、いいと思ってくれたのか?
大森林の中で、転移中、間違えて、白い霧に触れたときは、バチンっと弾かれたのには、びっくりした。
何なんだろうか、あれは。
気がつくと、目測していた場所とはまったく違う場所にいた。
崖の上。不自然にその下におりる階段があった。その先は、白い霧。
私は得体のしれないものに対する恐ろしさを感じて、すぐにまた、転移した。
その転移の先にあったのが、あの町だった。
人間の町。
一度、転移できた場所はマーキングさえしておけば、一度で飛べる。
私は町を囲う城壁の積石に目立たないよう、魔力で印をつけて、その日は、短時間で帰った。
それから、時々、来ては、飽くことなくながめていた。
怒ったり、笑ったり、泣いたり、けんかしたり、それぞれ違う日々を過ごす人間を、観察するのは楽しかった。物語を、目で見ているかのようだった。
そして、私は、あの人間の少年と出会ったんだ。
お世辞にも綺麗とはいえない服を着て、時々、殴られた跡のある顔をして、でも、いつもにこにこしてた。
私のほうが、外壁の下から観察されていることに気がついて、むっとしつつも、なんだか興味を惹かれて、少しずつ、近づいていった。
たくさんの話をしてくれた。物語、人間の暮らしのこと、歴史のこと。
ぼろとしかいいようのない服を着ているのに、知識が豊富だった。聞いていて楽しかった。
痩せた足首に輪がつけられていて、指さして、何?と首を傾げると、困った顔をした。
だけど、教えてくれた。
『これは、魔封じの輪っていうんだ。つけた人の魔力を外に出せないようにするんだ。これがないときには、僕も魔法をつかえたんだよ。本当だよ』
嘘は言っていないとわかった。人間が作った魔道具なんて、私たち魔族のものに比べると、大したものではない。
子供だから封じられていても、彼の奥底に、人にしては大きな魔力を感じた。それと、守護の力も。この土地に由来するもの?
わからなくて、解明したくて、戻っていく彼に見つからないように、あとをつけたことがある。壊れかけた塀をぬけ、入っていったのは、この町の領主の家。しかし彼の部屋は、地下の穴をほった倉庫のようなところだった。穴蔵というべきかもしれない。
彼は、そこで、魔族の私でさえ、腹がたつほどの、ひどい目にあっていた。
きつい仕事させられ、気まぐれに殴られたり、ののしられていた。
私よりは背丈が高いけど、まだ、子供としかいえない、痩せっぽっちの彼を、虐げる……魔族より魔族らしい人間の女を、どうしてやろうかと何度も思った。
彼は私に、自分の生い立ちや、今の暮らしのことを話したり、助けてほしいとは、一度もいわなかった。
私が、赤い目をした魔族で、子供の姿でも人間より強い力をもっていることはわかっただろうに。
力を求めることも、助けを求めることもしなかった。
だから、私は、動かなかった。
気がつくと、離れた物陰から、あの胸糞悪いやつらが、のぞき見ていることに気がついていながらも。
後悔している。先手を打って、行動していれば、こんなことにならなかったのに。
口に当てた瓶の中身は、喉奥に流れることなく、口端から顎を伝い、落ちていく。
飲んで。一滴でもいいから、飲んで。
なんとか飲ませようとしても、無理で……。
怒りのまま、町を破壊しているお父様の隙をついて、彼を探した。
彼は、今にも崩れ落ちようとしている、あの穴蔵に力なく横たわっていた。
傷が多い。血がすごい。生きているの?
私が間一髪、結界を張り、穴蔵が天井から崩れ落ちるのを防いだ時、閉じていく目と視線があった。
だから、生きてる。
持ってきた傷薬をベタベタ塗りつけても、効果はなかった。
ポーションをのませようと、試行錯誤する。
でも、飲んでくれない。
どうしたらいい?
また、泣きそうだ。苦しい。
魔封じの輪をつけられ、王都に連れて行かれ、あの鬼畜としかいいようのない将軍に、暴力をふるわれても、絶望を抱いたことはなかった。
彼の無事が確認できたら、同じだけ、やり返してやると思っていた。
今は、生まれて初めて、怖いと思っている。
私のことを友達だと言った、彼を、失うのがこわい。
どうしたらいい。
お父様は助けてはくれない。
魔封じの輪をはめ、私を売り払った町に、報復している。
魔族なのに非暴力主義と揶揄される、お父様が、すさまじい力を放ち、町を、人を壊していっている。四つ足の魔物を放し、誰一人逃さないようにしている。
そんなお父様が助けてくれるはずはない。
助けて。
助けて。
心から願う。
……そう、だ。
私を、あの王都から、お父様のところへ、逃がしてくれた、異世界人の少女を思い出す。
抱きしめてくれた腕の中はあたたかくて、安心できた。
私の頬を瞬時に癒し、私を安全な、場所へ逃がしてくれた。
人にはあり得ないほどの大きな力が、彼女の中に感じられた。
彼女なら、助けてくれる。
口が聞けない私は、心の中で、届けとばかりに強く、願う。
助けて。お願い。私にとっても、友達なの、大事なの。
助けて、お願い。
目があつい。涙が止まらない。
心が苦しい。
――助けて、お願い。




