30 村
貧乏な私の家でも、森へ行き、薬草や果実、きのこなど、それを集めて売りに行けば、飢えるという心配だけはなかった。
手作りの籠を持って、大雨など、ひどい天気の時以外は、毎日、出かけていく。
同じ年の子たちは、午前中は教会学校へ出かけていくけど、私は通えない。ひまがない。勉強は、夜、母さんに教えてもらっている。
男親のいない我が家、母さんと二人、まだ小さい弟達を育てなくちゃいけないからだ。
母さんは村の食堂で働き、時々、臨時で冒険者をし、私はその間、弟達の世話をしている。
二人ともようやく大きくなってきたので、一緒に森の浅いところに行って、森の恵みを集めている。
獣がでることもあるし、危ないこともわかってる。
だけど、そうしないと食べていけない。
森の入り口なら、他にも出入りしている人は多い。
冒険者や狩人。私たちと同じように、薬草などを集めに来ている村人もいる。
小さな村だから、皆顔見知りで、私たちの家族の事情を知ってるから、気にかけてくれる。
奥まで行くなよとか、獣がでたり、なにかあったら大声で叫べと、声をかけてくれる。時々、小さな獣の肉や果物をわけてくれたりもする。
ただ、いつも、母にも、他の人にも、いわれることがある。
白い霧の近くに行ってはいけない。
私たちは白い霧の中にはいることはできないけれど、あれのそばに行ってはいけない。
近くで白い霧は見たことはない。
村の見張り台が、少し小高い丘の上にある。
そこに、この村の子供は、森に行けるような年齢になったら連れて行かれる。
順番に見張り台の上に登らされて、大人に教えられるのだ。
『ほら、ごらん。ずうっと、ずうっと奥まで,果ての見えない森が広がっているだろう?
私たちに恵みをくださる、ありがたい場所だ。
獣もいるし、冒険者たちが入っていくダンジョンもある。この村に面しているものは、規模が小さいがね。
それはともかく、森にところどころ白いものが見えるだろう。
ずっと、連なっているものもあれば、ポツンポツンとまばらに散ってるものがあるだろう?
あれが、白い霧だよ。
あれを通り抜けることも触ることも、私たちにはできない。
ただ、そばに行ってはいけない。
あの中は、恐ろしいところへ通じているといわれている。
魔族や魔物の住処がある。災厄をもたらすものが封じられている、とも言われている。
だから、決して、近づいてはいけない。
自分ではいることはできなくても、むこうから、引きずり込まれることがあるからね。
村でも、言い伝え、禁じているのに、白い霧のところへ行き、引きずり込まれて、二度と戻ってこないものもいるんだ。
これは、村の決まりごとだ。
みんな、この話を必ず聞かされるんだ。この場所でね』
白い霧は遠くに確かに見えていて、はいることはできないけど、引きずり込まれることはあると言われれば、こわいと、まだ幼い子供たちは、素直に、首を縦にふっていた。
もちろん、その時の、私もだ。まだ、弟達は生まれていなくて、父さんもいた頃の私。
今は、やんちゃな弟達をチラチラみつつ、せっせと、木の実を拾っている。
これは中身を潰し、絞ると油になるんだ。だけど、1個から絞れる量は少ない。
なので、せっせせっせと拾い、籠に入れていく。
弟達も拾っているが、少し飽きてきたのか、ペースが遅くなってきた。
「ねぇ、きり、見えないねぇ」
「なんで、なんで?」
「高いところ、からじゃないとみえないし、ずっとずっと奥にいかなきゃ、だめなんだよ」
私が持ってる籠に、小さな手で木の実をいれながら弟達がはなしかけてくる。
「ふーん。冒険者の兄ちゃんたちがいってるとこってこと?」
「おじさん達がでっかいクマとか、とってくる、ずっと奥?」
「そうだよ」
「じゃあ、僕も大きくなったらいけるかな。冒険者になる」
「僕は、弓やりたいから、狩人がいいな」
だいたい、この村の男の子たちの、将来の職業は、それだ。
だけど、いけるかなと言った言葉にしっかりと釘を差す。
「冒険者も狩人もいいと思う。だけど、白い霧のとこにはいっちゃだめって教わったでしょ? だめよ」
「……」
下を向く二人。
「どうしたの?」
「……僕たち、大きくなったら、白い霧のところにいって、そこに引きずり込まれたという父さんを、助け出すんだ」
「! ……ぇ」
これは母さんのせいだなと思った。
父親の顔も知らない二人。会ったことのない父親に会いたいと思うのも、幼いから当然のことで……。
二人はいつも母さんに言っていた。
ねぇ、父さんはどこに行ったの? 会いたい。教えて。
まだ今より小さい時は、遠くにいったんだよと言えば、ごまかせた。
でも、弟達も、森へ行けるほどには、大きくなった。
遠くへいったんだよ、では、通用しなくなった。
善良な村人たちは、母親が教えてないなら、当然、教えない。
数日前、少し酔って帰ってきた母さんに、弟達は、また、教えて教えてとまとわりついていった。
幼児の教えて攻撃に疲れていた母さん。
酒の酔いも手伝ったんだろう。普段は飲まないのに、客に勧められたりしたら断れない。
母は、白い霧のことを、息子たちが教えられたことを、思い出したんだろう。いい考えだと思ったのか?
冒険者だった、父さんは、白い霧のむこうの魔物に引きずり込まれてしまったの。
だから、もう、戻ってこないの。
その言葉を聞いた二人の、大きく見開いた目をおぼえてる。
……私は、そんなこと言って、面倒なことにならなきゃいいなと思った。
案の定、白い霧のむこうの父さんを助けるんだとか言ってる。
お願いだから、村の人の前ではいわないでほしい。
幼児に、真実を教えていいのだろうか?
父さんは確かに冒険者で、ちょっと腕が良くて、顔だけはとても良かった。明るく、誰からも好かれる性格で、お調子者という人もいた。
元魔法使いで、美人でしっかり者の母さんがしっかりと父さんの手綱を握ってるはずだった。
私を産んでから、7年目で、双子の弟達を妊娠した母さん。双子なので、できるだけ安静が必要だった。
元気で、気の強い母さんが、ぐったりして寝台に横たわっているのをみるのは、とても心配だった。
父さんもそうだと思っていた。
が!
母さんのかわりに、村の食堂に、臨時で雇われた若い冒険者の女に、父さんは簡単に堕ちた。堕ちたのは、真実の愛らしい。なんだ、それ。
二人は手を取り合って、この村から出ていった。
出ていく前に、正式に離縁もしている。
『おれは、彼女を愛してる。
きみのこともかつては愛していた。
でも、おれが欲しかったのは、妻で、母親じゃないんだ。
何もかもに口出されるのは、うんざりだ。
おれは、自由に生きたい。
彼女とともに』
あまりにも勝手、あまりにも、自分たちによいしれてる台詞に、母さんがブチ切れて、掃除用のバケツの水を二人にぶちまけたのをおぼえてる。
あの水は使用後なので、汚かったな…。
二人は、悲鳴を上げ、母さんをののしった。
怒りを爆発させている母さんが、次に詠唱を始めたことで、あわてて二人は逃げていった。母さんは、結婚前も今も、優秀な魔法使いだった。あのままいたら、丸焦げにしてたかもしれない。
それ以来、父さんには会っていない。会いたくないけど。
森の入り口。木のそばで、決意に満ちた顔で、私を見上げる、幼い弟達……。
私が、本当のこと教える?
……でも、まだ、5歳を過ぎたばかりの2人に……?
父さんは、妊娠中の母さんと、子供の私を捨てて、若い女と逃げて、行方知れずの、クソ野郎です。離縁してるから、他人です。だから父親はいません。
なんて、いえない。
顔がひきつらないように気をつけて、弟達に諭す。
「……そうね。立派な冒険者や、狩人になって、父さんを助け出すのね。
強くなるためには、好き嫌い駄目だし、身体も鍛えたり、勉強もしなくちゃ。お手伝いも、毎日、しなくちゃね。――はい、もう少し、木の実を集めるよ」
「「はーい」」
素直に返事をして、弟達は、また、木の実を拾い出す。単純だ。
さっきより、よほど、はりきっている。
逆に、私の木の実を拾う手が、重くなった。
……本当のこと、いつはなすべきかなぁ。
でも、それって、母さんの役目だよね?
ため息がこぼれ、手に握りしめた木の実を、ここにはいない、顔だけはよかった、最低な父さんに投げつけたかった。




