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欠片たち   作者: siki


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29/73

29 友達①

 

 ……悲鳴が聞こえる。


 逃げ惑う足音。

 どーんとものすごい音を響かせて、がらがらとなにかが崩れ落ちていく音がする。

 焦げ臭いような匂いもする。

 燃えているのかな?

 僕が投げ込まれているここにも届くくらいだから、ひどく燃えているのだろうな。

 ここにも、火がくるかな?


 地下とはいえ、穴をほって、崩れないように木材で補強しているだけの、簡素な穴蔵だ。

 まわりには、雑多に、不要な物、季節ごとしか使われない道具が放り込まれている。


 火が燃え移るというより、先ほどから響く衝撃音。魔法だろう――それによって、入り口が塞がれてしまう方が、先のような気がした。


 僕は、縛られたりして、逃げられないわけじゃない。

 ただ、いつもより、もっと、何度も何度も殴られて、たぶん、骨も折れていて、動けないだけ。

 片手だけがおれたときは、なんとか動けたのにな。

 さすがに、両足だと、動けない。ずきずきと、お腹も痛い。

 めずらしく、おばさんが、やりすぎだ、死んだら面倒だと、止めてくれないのに、うろたえていたなと、思う。

 

 おばさんは、僕が悪い。おまえのせいでと、いつもいう。


 お父さんの、腕の中で、僕だけが生き残ったから?

 だから、ずっと、たたかれたり、蹴られたり、されてきたのかな?


 顔も覚えていないお母さん、肖像画がかざられているから、顔を忘れていないお父さん。

 

 僕の、なにが悪かったの? 僕が、一緒に死ななかったから? 


 あのおばさんは、お父さんが死んで、なぜ、おまえが死ななかったと、ものすごい怖い顔をして、泣きながら、僕をひっかき、たたいた。

 今でも、その赤い爪でひっかかれた跡は残ってる。

 でも、傷が増えて、僕も考えなきゃ、どの傷跡だったか、わからなくなっていた。


 僕はお父さんが生きていたときはしあわせだったと思う。

 おばさんも、優しかった。あんな怖い人になるなんて思わなかった。


 僕は、殴られて、悪いこといっぱいいわれた。

 僕は僕じゃなくなったといわれて、それからは、この地下が僕の部屋だった。


 勉強しなさいではなく、働けといわれるようになった。


 誰にも、名前を呼ばれなくなった。

 僕の名前で、ほかの子が呼ばれるようになった。


 優しくしてくれていた使用人たちはいなくなって、怖い人が増えていった。


 僕は屋敷の外に出ることを許されず、ただひたすら働かされて、気まぐれに、ののしられて、叩かれるようになった。

 

 僕が、僕じゃなくなったというのなら、ここから追い出してくれたら、よかったのに。


 絵本で読んだ冒険者みたいに、自分で、頑張って、生きていけたかもしれないのに。



 僕はさみしくて、ひとりぼっちで、時々、真夜中にこっそりと塀の隙間からぬけだしていた。

 ここは、お父さんが、修繕しなきゃいけないんだと、いいながら教えてくれた場所。


 お父さんの子供の頃からあって、――実は、お父さんもここから、でていってたんだよ。おまえは、するなよって、片目をつむって、いたずらっぽく笑いながら教えてくれたんだ。


 だから、僕はそこから夜に抜け出しては、戻ってきていた。

 本当は、どこかへ逃げ出してしまいたかったけど、まだ子どもで、お金もない僕にはそうすることができなかった。


 そこで、僕は小さなきみに出会ったんだ。


 僕がひとりぼっちになった頃と、同じくらいの背丈の女の子。


 にぎやかな町中に行けず、町を囲う防壁に背中を預けて、ぼんやりとしていたら、ふわりと壁の上の方に、女の子は浮かんでいたんだ。

 じいっとにぎやかな町中の方を見ている。

 珍しいものでもみるように、飽きもせず、見ている。


 あんなに小さいのに、浮遊魔法なんてすごいなぁと、単純にそう思った。

 自分がそうだからなのか、女の子が一人でいることに、不思議と疑問はうかばなかった。

 

 女の子は町中をみていて、僕はそんな女の子をみあげていた。

 やがて、ほんとうに真夜中になって寝静まった時間、僕が戻ろうと立ち上がった時、初めて、女の子と目があった。


 可愛いというより、綺麗な顔立ち。

 真っ赤な目が、とても大きくて、宝石みたいだった。

 真っ赤な目は魔族の目だなと思ったけど、僕にとっては、まわりの大人の方が怖かったので、魔族の女の子に対して、怖いとは思わなかった。


 僕は、無表情で、こちらをみている女の子に手をあげて、またねと、唇を動かした。

 

 それからだ。

 空と地。離れていた距離をだんだん女の子が縮めて近づいてきたのは。

 警戒心いっぱいの、飼いはじめの動物みたいな様子で、僕の近くに、だんだんと近づいてくる女の子。


 声が届くだろう位置に来た時、僕は、一方的に話しだした。


 この町のこと。食べ物のこと。読んだことのある本の中の話。楽しかった頃に出かけた王都の話。とりとめなく話した。

 女の子は、なんにも答えてはくれなかったけど、ちゃんと話を聞いているというのはわかった。


 そんな日々を過ごし、さらに距離が近づいて、気がつくと隣に座ってくれていた。

 綺麗なドレスが汚れるだろうに、僕と同じように、壁に背を預け、地べたにぺたりと座っていた。


「汚れちゃうよ。洗濯って大変なんだよ」

 

 洗濯って本当に大変なんだ。冬は水は冷たいし、汚れは落ちにくいし。

 あかぎれになると、ぱっくりと切れて、指を曲げるたびに痛いんだ。


 女の子は首を傾げて、立ち上がった。

 案の定、ドレスの裾に土汚れがついてる。

 小さな手のひらで、ぽんぽんとそこをたたくから汚れをはらったのかと思ったら、違った。

 土汚れが消えた。これって、昔、異世界人がつくったという、クリーンの魔法?


「きみって、小さいのにすごいねぇ」

 

 ただただ、僕は関心してしまった。

 僕もお父さんが生きていた頃は魔法の授業を受けていたけど、いまは足首に魔封じの足輪をつけられていて、水滴ひとつ、出すことはできなかった。


 女の子の、小さな手が伸びて、僕にふれた。

 ふわっとなにかが身体を、そっとかけめぐった。

 僕の、ボロとしかいいようのない服の、昼間新たに加わった泥汚れがきえた。身体も、スッキリした気がする。


 もしかして……。井戸の水を頭からかぶることしかできなかった僕は……。


「ご、こめんね。石鹸とか使わせてもらえないから、汗臭かった?」


 僕の言葉に、女の子が慌てたように、ぶんぶんと首をふった。

 声に出せないかわりに、一生懸命、首をふることで、否定しているようだ。


「そんなにしたら、目が回っちゃうよ。わかってるよ。きれいにしてくれてありがとう」



 ――僕にとって、大切な、小さな小さな友達。友達だと、宣言したわけではないけど、勝手にそう思ってる。


 身体は小さいけれど、魔法がとても得意で、だけど、癒しの魔法はできないと悲しそうにしょんぼりとしていた。


 殴られてケガをしている僕に気がついて、ためそうとしたけど、できなかった。

 慣れてるから、大丈夫だよというと、さらに悲しそうな顔をした、優しい女の子。

 次にあったときは、小さなガラス瓶に入った軟膏をもってきてくれて、それをベッタリと頬に塗ってくれた。すぐに痛みが消えて、とっても驚いたんだ。


 優しい、優しい、赤い目をした魔族の小さな女の子。

 魔法が得意で、たぶん、とても強い女の子。



 僕のせいで捕まって、どこかへ売られてしまった。



 ――殴ったはずなのに傷がすぐに治っている。ボロだけど、汚れがない服。石鹸を使えず、パサパサで、ときにあぶらぎっていた僕の髪が、清潔につやつやしている。


 僕のことが大嫌いで憎んでるおばさんと、その仲間たちが、その変化に気がつかないわけないんだ。


 女の子と出会って、忘れていた楽しさとか喜びを思い出して、……僕は油断していたんだ。


 おばさんたちは、夜に会う、僕らの様子を、監視していたんだ。

 もしかしたら、女の子は気がついていたかもしれない。時々、目を細めて、視線を投げかけることがあったから。

 それでも、僕に会いに来てくれていた。

 僕が気がついていたら、もう、来なくていいよって、言ったのに。


 あの夜、出かけようとした僕は、おばさん達にさんざん殴られ、そのまま、引きずられ、防壁のところに連れて行かれた。

 おばさん達が、僕の首に、刃物を当てながら、言った。

 

 見ているんでしょう? こいつを、殺させたくなければでてきなさい、と。


 でてこないでいい、こないで、僕のせいで、きみまでもなぐられたらどうしようと思った。

 あんなに小さいのに、そんなの、ゆるせない。

 でてこないで。お願いだから。


 だけど、女の子は、出てきて、そして、つかまった。僕と同じように、魔封じの足輪を、大人しく足につけられる。


「やめろ! 逃げて、逃げて! 早く。こんなヤツらにつかまっちゃいけない!」


 ふりしぼるように、叫んだと思う。


 直後、後頭部にものすごい激痛が走った。

 殴られたんだ。

 意識が途切れる前、女の子が真っ赤な目を見開いて、僕に手を伸ばしているのがみえた。


 僕が目を覚ましたのは、地下の穴蔵で……。


 生死を確認しに来たおばさんたちに、あの子はどうしたと聞いた。

 

 おばさんが楽しそうに、魔族の女の子は、王都に、高い値段で売り飛ばしたといった。


 子供でも魔族だ。魔族研究にちょうどいいだろうし、かわいかったから、ほかの用途にも使えるだろう。


 その言葉に、怒りが込み上げて、どうしようもない気持ちになった。

 だから、思ってても、言わなかった言葉をさけんでやった。

 最後の力を振り絞った。これで死んでもいい。


「クソババア! ばけものより、はるかに醜い。きたない!

 おとうさんは、あんたなんて、好きじゃなかった。だって、オークよりみにくいよ!きたない、バケモノだ!

 そこの、僕に成り代わった子なんて、泥棒だ。やがて、血筋の簒奪者として、裁かれるよ。

 おとうさんは、この古い血を大事にしなさいといってた。

 ただの、ニセモノのおまえは――」


 黙れ! と、叫ばれて、それでも黙らないから、立ち上がれない僕を、さらにおばさん達は蹴り上げていく。

 途中、血を吐き続け、動かなくなった僕に、青ざめたおばさん達は後ず去って、立ち去っていった。


 

 それから、どれだけ時間がたったのか……感覚がなくて、わからない。



 ねぇ、僕は、もう、大丈夫だから。

 きみは逃げて。

 

 遠い王都に売られていったという、女の子にむけて、思う。


 僕は、もう、たてないし、もう、無理だと思うから。

 もう、我慢しなくていいよ。僕のためにつかまっている必要はないんだ。


 早く、逃げて。

 もう、人間のところになんて、きちゃだめだよ。

 

 目がかすむ。絶えることなかった痛みが、分からなくなっていく。


 ――やっと、お父さんに会えるのかな?


 外からの激しい音、パラパラと天井から石が落ちて、僕に当たったけど、何も感じない。



 眠い気がする。

 腫れて、閉じにくい瞼を閉じていく。


 ――幻かな?


 泣きそうというより、泣いている、赤い目がみえた気がした。

 

 

 

 








 


 

 


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