27 推し
「却下だ。行く必要はない」
「なぜです? 父上」
さらりとそういわれて、思わず、反射的に問い返した。
何も知らぬまま、魔族との戦いに投入された異世界人たち。手遅れかもしれないが、助けに行きたいと願い出たら、目を通していた書類から顔を上げぬまま、父はこたえた。
「他国の、起こした問題だろう。許可なく、入国し、介入するわけにはいかない」
「ですが、このままでは」
「何より、彼の国から、助けなど求められてはいない。こちらが動けば、めんどくさいことになる」
父は、眉間にしわを寄せた。
異世界人を大量召喚し、兵力にする。
教義に反するという、この世界の神をまつる教会本部からの抗議も、知らぬ存ぜぬで通す。
わが帝国にも、不意に思いついたように、国境を超え、兵力を送り込んでくる。
返り討ちにしてはいるが、兵力にしているのは、異世界人で、もれなく、こちらを悪の帝国と決めつけて、教え込んでいるから、面倒なこと、この上ない。
捕らえた異世界人達の、思い込みを解くのは、かなり骨がおれる作業だ。
いっそ、大量召喚などできぬように、こちらから攻め入って、滅ぼそうかという意見が何度も会議の議案に上がっている。
「……内政干渉にならないように、転移魔法を使い、素早く生き残りがいれば、助けたいと」
状況は、刻一刻と変わっていく。急がなければ、間に合わない。
「いや、必要ない。先ほど、あらたな情報がもたらされた」
「え?」
「教会本部が動いたそうだ」
この世界の神をまつる教会。唯一神、唯一の宗教――その本部がある国はとても小さくはあるが、絶大な力をもっている。
各国に、必ず、大なり小なり、教会はある。
教会の本部に属する宣教師は、国境を自由に超え、教えを広げることができる。
信仰という大義の前に、絶大な力を持っている。
が、大きすぎる権力ゆえに、めったなことでは、数多ある国に、干渉したりはしない。
普段は、修道士、修道女、認定された聖女たちが、人々に、唯一神の教えを、平和に説いているだけだ。
「報復をすませた魔族たちが撤収したあと、どういうわけか、魔族が一人だけ残り、気まぐれに町を攻撃していたようだな。町と言うにはかなりの規模の都市なのだが、先の襲撃で壊滅状態。誰の助けも望めない。そのなか、命がけで、国境を越え、……時間を考えれば、おそらく転移魔法の持ち主だったんだろうが、教会本部まで、窮状を訴え出たそうだ。――それで、大聖女が動いた」
「! 大聖女様が!」
思わず、大きな声が出てしまう。
そこら辺に、公式、非公式問わず、他薦、自薦もありの、たくさんいすぎる聖女とは、まったく別格の存在。
尊く、強く、美しく、清らかだという、唯一神が認めたという、大聖女様。
「……相変わらず、大聖女の信奉者なのだな、我が娘は」
ため息交じりの父に、否定はしない。
書類から目を離し、あきれたように、私を見ている。
「会ったこともないというのに、なぁ」
「あの方は、普段は、教会本部の奥で、祈りの日々を過ごしていると聞きます。戦場で、お会いできるチャンスは何度かあったんですが、あっという間に解決して、あっという間に、転移で、教会本部に戻ってしまわれるので…」
会いたいけど、会えない。
その圧倒的な力と、素早い撤収、力を誇示しない潔い去り方に、憧れる。
「憧れは、憧れのままがいいというがなぁ。……とにかく、訴えを受けた教会本部から大聖女が転移で赴き、魔族魔物を倒し、町の人々を癒したそうだ。その間、1時間とかかってないらしい。相変わらず、仕事が早いな」
「さすがですね」
素早く去って、また、祈りの時間に戻られたんだろう。
ふむ、今月の、魔物討伐の成功報酬、教会に寄付しようかな。
「大聖女が、解決したので、そなたの出番はなしだ」
「そうですね、行く必要はなさそうです。ですが、異世界人たちは?」
捨て駒にされた異世界人たち。
魔族の精鋭部隊の前に、あまりにも無力だったという。
彼らは全員? それとも?
「現状、生死はわからないというところだ。何人、召喚されて、その全員が投入されたのかもわからないしな。……調べさせてはいるが」
「なぜ、そんなに軽々しく、何度も、大量に異世界人を召喚できるのでしょう?」
召喚には代償が必要というのが、この世界の常識だ。
だが、あの国にとっては、違うのだろうか?
「今回、異世界人たちを失い、また、あの国は、召喚をするかもしれぬな」
「ないとは、いえないですね。ですが、まずは」
「わかっている。しばらくの間、あの国に面した国境を注視しておくよう、伝達しておこう。異世界人の生き残りがたどり着くかもしれん。そのときは保護させよう」
「ありがとうございます、父上。――執務中、失礼いたしました」
私は、礼をして、父の執務室を辞した。
入ったときの焦燥感で急く気持ちとは、真逆の、安堵感にみちている。
大聖女様が動いたなら、大丈夫。
また、いつものように、新聞の一面飾るのかな。楽しみだ。
保存用も含め、二部、必要だなと思いつつ、自室方面へ、長い回廊を歩いていく。
大聖女様が動いたなら、もしかしたら、異世界人の生き残りもいるかもしれない。
気になる。
帝国内ならいいわよね、うん。
大聖女様に憧れ、練習に練習を重ねた転移魔法で、ちょっとだけ国境に行こうと決めた。
すぐに戻ればいいよね。例えば、1時間以内で。
自室に戻れば、侍女長に止められると思い、回廊を歩きつつ、転移魔法を唱えた。




