26 何のために
何のために戦うのか?
そこには大義名分があって、自分がいる場所に正義があると思ってた。
紙書籍でも、電子書籍でも、たくさんたくさんよんだ。
何も持たなかった少年が、チートを得て、その世界に蔓延る魔王や魔物、圧政をする帝国など、悪を倒す、そんな王道主人公ものが好きだった。
今はストーリーも多様で、そうじゃない復讐系とかもあるし、なかなかいいよと、勧められて読んだこともあるが、感情移入できなかった。
だから、物語の中だけとわかっていても憧れていた異世界召喚――本当にされたとき、思った。
おれは勇者になるって。バカみたいに単純に。
何のために戦うのか?
圧倒的力の前に、防御するすべもなく、濡れた地面にたたきつけられた。
バキっと音がした。骨が折れるときって、音がするんだと、思い浮かんだが、直後に襲った、痛みに、痛い、痛い、いたいとしか、思えなくなった。
怪我なんて、コケた、紙で切った、ぶつけて、すりむいたくらいしかない。
痛みに耐えられない。
転げ回りたい。何箇所も骨折してるんだろう。身体が動かせない。
顔も、ほぼ、うつ伏せのまま。べっとりと濡れた感触がする。
雨で濡れているわけではない。
体液だ。血だ。温かいのは、おれから流れている血だろう。
地面から感じるのは、冷たく、生臭い。
魔族の襲撃を受けたという町の住民のものか、それとも、同じように召喚された仲間のものか。
町が魔族に襲撃されていると聞いた。
救援に王都から急ぎ向かう中に、おれたち召喚者も共に行くことになった。
戦うすべをおぼえて、ようやく形になってきて、王都近辺の魔物なら楽に倒せるようになった頃だ。
実践回数も少なく、不安をおぼえるものもいなかったとは、いえない。
楽に倒せる魔物たちに、こんなものかと、つまらないと思って、余裕かましてた者のほうが、多くて……。
助けてください、あなたは達の力で、町を救ってください。もちろん、私たちも共に戦います。
と、すがられれば、行く選択しかない。
おれも、喜び勇んで了承した一人だ。
不安がっていた者たちも、召喚者の仲間という集団から弾き出され、還る術もないのに、国という後ろ盾を失い、追放されたくないという思いから、共に来ることをきめた。
追放されたり、先に出ていった者たちのように自分の力だけで生きていくということに自信がなかったんだろう。
おれは、誰よりも活躍して、抜きんでて、勇者と呼ばれるようになってやる。
拳を握りしめながら、何度も、そう思っていた。
何のために戦うのか?
あまり痛みが過ぎると、麻痺するのか、痛みを感じない。
もしくは、あの世にいきかけているからか?
倒れ伏したまま、耳だけは音を拾う。
「助けて? おまえたちは、最後だといったろう? 恐ろしいか? だが、わが子はもっと恐ろしかったろう?」
わが子? 低く、美麗な声が、響く。
阿鼻叫喚の声が響く、殺戮の現場に。
「あの子は、幼い好奇心で、人間の営みに興味を持ち、遠くからみていただけだ。あろうことか、同じ子供を使い、何日もかけ、警戒心を解き、町におびき寄せ、捕らえたと聞いた。あげく、王都に売り飛ばしたとはな」
捕まえた? もしかして、あの追放された女の子が、逃がしたという魔族のことか?
「聞くがいい。真実も知らず、投入された、愚かな者たちも」
それは、おれたちの、ことだよな。
「私達、魔族が悪だといい、町を襲っているとでも言われたのであろう? 子供を使い、手なずけ、売り飛ばした。この町の、どこに正義がある? まだ、覚醒前の、人と変わらぬ魔力しかない子供をさらい、売り飛ばす者共に」
知らない。子供? 売り飛ばし?
知らない。
善があれば、悪があって……それが定番で。
ここでは、悪が魔族で……。
だけど、本当は、現実は、善だ、悪だと、単純に割り切れることではないことも、わかってた。
じぶんの考え方は、相手から見るとまた違った考えになる。
そんなこと、生きて、成長していく間に、理解してきていたはずなのに。
おれは、この世界に来て、単純に、魔族は悪で、正義は自分たちにあると、思っていた。
思い込まされていた?
「安心するといい。とどめまではささない。生き残って、魔族に手を出す恐ろしさを語り継いでもらおうか。配下にも、そう厳命しよう。だが、生き延びれるかは、分からぬがな」
元凶であるこの国のものが、生き証人である、こやつらを、そのままにしておくかな。ないな。
後半の言葉は、独り言のように小さく、意味を理解し、聞き取るには、おれは死にかかっていて……。
おれにきこえたのは、安堵の吐息や、助かったと言う声だけ。
しかし、
「何をいっている? 最後だといった、お前たちは別だ。ふむ、そうだな。……魔界に招待してやろう」
パチンと指をならす音がした。
「喜ぶがいい。人間は数百年ぶりだ。さぞ、歓迎されることだろう。簡単には死なせない。生き地獄とはどういうものか、身を持って知るといい」
阿鼻叫喚の悲鳴。逃げ出す足音。
魔力というものを知ったばかりのおれでも感知できるほどの圧倒的力が周囲に満ちる。
そして、静寂。
聞こえてくるのは、まだ、生きてるものの、苦痛混じりのうめき声。
うつ伏せになり、顔を上げることのできないおれは、このまま死んでいくのだろうか?
正義を掲げ、大義名分があるはずだった。
実際は、何もなかった。
言葉巧みに踊らされ、捨て駒にされただけ。
召喚された時から、いつもそばにいた指導者もいない。ここに到着したときは、そばにいたはずなのに。
魔族の言葉から察するに、おれたちは、どうとでもできる捨て駒として、使い捨てられたということだろう。
使えないなと、どこか、安全を確保した場所で言ってるかもしれないなと、自虐めいた気持ちで思い浮かべた。
意識が落ちていく。
何のために戦うのか? 次は、次があるのだとしたら、……復讐なんてだいそれたことは、今は思い浮かばない。
次があるとしたら、おれは――……




