20 彼女
私が、ざまあ、したわけじゃないけど、あの子がいなくなってよかったと、あの時は思った。
彼女を含むニ十数人と一緒に、この世界に召喚された。
はじめは怖くて戸惑ったけど、だんだん、この展開はいいんじゃない? 異世界で、新しくチートもらって生きられるなんて、いいかもと思うようになってきた。
ただひとつ気にかかったのは、みんながよりかたまってるのに、一人離れた場所に、背筋を伸ばし、凛と立つ彼女だった。
誰もが、彼女がきれいなことを否定することができない。
そんな彼女が、姫として、この異世界でチヤホヤされて、私なんてモブあつかいされるんじゃないかと思った。
でも、そんな心配をする必要はなかった。
私たち一人一人に、指導役だという人が、ついた。
この世界のこと、魔法のこと、魔物魔族のこと、ひとつずつ、文字通り、手取り足とり教えてくれた。
そして、異世界人の力で、魔の者に、脅かされるこの国を救ってほしいと、ひざまずかれ、手を取られ、請われた。
ひざまずかれるなんてことをして、許されるのは、美形だけ。
あっちの世界の元彼がしたら、何してんの、はずかしい!っていって、その場から逃走したと思う。
私は、手を取られたまま、真っ赤な顔で、何度もうなずいた。
私が守ってあげる。あなたのために、頑張る。
わかってたよ。美人、美形を、一人一人にあてがえて、なんていうのハニートラップ?みたいにして、いうことをきかせようとしてるって。
でも、いいじゃん。
誰だって、チヤホヤされたいよね? 特別あつかいされたいよね?
だから、頑張った。魔法もおぼえたし、包丁すらまともに持ったことなかったのに剣を持って、小型の魔物を、やっつけたりもしたよ。
馴染んで、異世界いいよねって、みんな、思うようになっていた。
ただ、彼女だけは違った。
指導役も、彼女だけ、将軍の一人だという人がついた。
少し、冷たい雰囲気はあるけど、もれなく美形。
彼女と並ぶと、文字通り、美男美女だった。
騒いだり、妬むのは周りだけで、彼女自身は、ほだされることもなく、淡々と、しっかりと距離をとって、接していた。
彼女は、怪我人を治す癒しの魔法は誰よりも上手だったけど、攻撃魔法が全然だった。
ピンときた。できるのに、してないって。
全員で、この世界についての授業を受けているときも、彼女は、頬杖をついて、時々、窓の外をみていた。
不真面目な態度に気がつき、授業内容を問うと、何でもないことのように、正解を答える。
ある日、あなたに教えることはなさそうですねと、その時の授業担当だった彼女の指導係が皮肉げにいうと、自主学習したいから図書館に行きたいと返した。
召喚された時から、耳で聞く言葉だけはわかった。
なのに、文字はまったくわからなかった。
幼児の教本のようなものを渡され、そこから学習をはじめていた。
彼女は、行くことを許された図書館で、幼児の教本から基本の文字をおぼえ、辞書も読み、耳にする言葉と結びつけ、あっという間に、この世界、この国の文字をおぼえてしまった。
信じられないのひと言でしかない。
そのことを彼女が自慢したわけではない。
私の指導役の彼が、異世界の人はすごいですね、あなたもできますよね?と、聞いたからだ。
そんなマネできるか!と思ったけど、にっこり笑ってごまかした。
うん、チートがあるなら、もうちょっと何かしたら、できるようになるかもしれないし。
別に彼女のことをものすごく嫌いだったわけではない。
ただ、もう少し生きやすいように空気読んで、みんなのなかに入ってきたらいいのになぁと思ったりもした。
だから、満場一致で、彼女に出ていってほしいと、いうことになったんだ。
捕まえた、ヤバイ魔族を逃がしたとかで、彼女は、この国に敵対する人になってしまった。
だけど、誰も、彼女を捕まえることも、傷つけることもできなかった。
身体にそって、みえない結界を、起きてる時も寝ている時も、誰にも気がつかれることなく、はっていたらしい。すごすぎ。どうなってるんだろう。
魔法も、剣も、弓も弾かれる。絶対不可侵結界というようなもの。
異世界人の私たちの魔法も、全然効かない。
レベルが違う? 何が違う?
「ん、…えっとね」
彼女が何かを伝えようとしているのに、話を聞かず、かわるがわる攻撃を続ける私達に、さすがに苛立ったのかもしれない。
「うん、対物だったら、いいよね」
と、不穏な言葉をつぶやいたので、思わず、叫んでしまった。
出ていってって。
彼女は、私の方を見て、キョトンと、してた。
その表情は、場違いに、可愛かった。
私の言葉をきっかけに、みんな、次々に、自分の意見を言い、彼女を突き放した。
そうよ、出ていってよ。私たちといるのがイヤなら、でていってよ。
郷に行っては郷に従えっていうやんか、我が道をいき過ぎや。
何もあなたが最初ってわけじゃないんだから、出てけばいいと思う。何人か、先に出てってるし。いやいやいてもらっても、ここの人たちも迷惑だよ。
最後は出ていけコールにまでなって、彼女は、肩をすくめた。
「了解。ででいくよ。うん、それでいいと思う」
両手をあげる。
「でもね、あなたたちも、もう少し、いろいろと考えたほうがいいよ、余計なお世話だと思うけどね」
はじめて、私達に長文で話した彼女の口調は少しゆっくりとしていて、それでいて、耳に心地よい声音だった。
そして、しっかりと自分の荷物をもち、用意された馬車に乗り込んで、私たちの前から消えた。
どこにいったんだろう? よくある、国外追放ってやつかな?
彼女がいなくなっても、特にかわりなく続いた日々。
時々、誰かがいなくなって、ついてけなくなって逃げたんだよとか、追放よりいいよねと、笑いあったりして。
なんとか戦えるようになった人、本人曰く魔法に覚醒したとかいってた人、とにもかくにも、みんなが戦うことができるようになったとき……私たちは、
――戦場に、言葉通り、放り込まれたんだ。
血しぶきがあたたかくて、鉄くさく、生臭いことを、知ったんだ。
走馬灯っていうの? ここにきてからのこと、ぐるぐる考えてる。どうすればよかった?さっから思考回路ぐちゃぐちゃで、支離滅裂だったよね。
なにか考えていなきゃ、おかしくなりそう。
切れ味抜群だった剣は、何回か使ったら、血と肉片?で、ぬるっとしてすべるし、何かで刀身についてるものをぬぐったら、よくなるとおもうけど、今はできない。
少しでも動いたら、みつかりそう。
大きな木の下、根っこのところに、くぼみがあって、そこでじっとしてる。
こわい、こわいよ。
練習と、本番は違った。
いつも片時も離れず、指導役から彼氏になったあの人とも、はじめに離れてしまって、一人。
どうしよう。
どうしよう。
戦うってことの、現実を知らなかった。
もう少し、考えたほうがいいよ、と言っていた、彼女の言葉が思い出された。
こわいよ。たすけて。
みんなはどこに行ったの?
助けて。
人にしては、重い音を、ドシンドシンと響かせる足音がどんどん近づいてきてる気がする。
たすけて。
バキンって、すぐ近くで、なにかがへし折られた音がした。
そして、私は――……




