19 あなたのように、なりたい
この手のなかにあるものを、どうしよう。
瓶の中には、それ自体が光を発している液体が入っている。
ぎゅっと握りしめる。
あの人は、これを薬だといった。
夜の色を持ち、災いだといわれ、生まれてすぐ処分されたはずの、人。
私の父親違いの、兄。
兄の父が出ていったあと、次に、母が他領から受け入れたのが、私の父親。
父は深酒すると、いつも同じ事を言っていた。
俺は種馬だよ。古い血を、よその血で薄めるためだけのね。娘を一人手に入れて、役目が終れば、お呼びなどかからないのさ。
どこにでも、口が軽いやつ、悪意をばらまくのが好きなやつはいる。
おまえには兄がいるらしい。夜の色? 黒髪、黒目だといって、処分したそうだ。災いとかいって。自分の子を? 恐ろしい女、一族だよ。
そりゃ、前の夫は出ていくよ。
どちらかというと、他領、他国でも、黒髪黒目は、かつての勇者、聖女の色といわれ、もてはやされ、尊ばれることが多い。
――おまえは、よかったよ。その色でなくて、処分される心配だけはない。
母の金で、贅沢を享受し、酒を浴びるように飲み、愛人とともに別棟で暮らす、父は、昼は顔を使い分け、女領主の良い婿としてふるまっている。
母は、父が何をしようと興味がない。
領主としての政務や、古き地を守るために、日々忙しく働いている。
父が母の関心を引こうと、愛人をとっかえひっかえしようが、必要のないものを買おうが、どうでもいいというように無反応だ。
愛情をひとかけらもくれない妻が産んだ私を父はとてもとても愛してくれている。
酒に酔ってない父は、酔っているときに言ったことを忘れているようで、母を弁護する。
お母様は忙しいんだ。この地は古く歴史があり、いろいろな祭事を取り仕切らねばならないし、領地も広大だから、政務も忙しい。
私も手伝ってはいるんだがね、肩代わりできないことのほうが多いんだ。
だから、ほかの母親のように、子どもと遊んだり、お茶会とかしているひまがないんだよ。
だけどね、おまえは、お母様のたった一人の娘だ。
跡をつぎ、お母様のように、ならなきゃいけない。
お母様のすることを見て、おぼえなさい。
おまえが頑張っていることに気がついたら、きっと、頭をなでて、ほめてくれるよ。
「だけど、私は」
ぎゅっと瓶を握りしめる。
お母様のような、抜きん出た美しさも、魔力も、武力もない。
認められようと、魔法も、剣技も、勉強も、努力をした。結果は可もなく不可でもなく、平凡の枠を出ない。
どれだけ頑張っても、私は特別にはなれなくて、お母様にふりむいてはもらえない。
お父様のように、一時期、宝石やドレス、必要のないものまで買い漁り、怒られてもいいから、反応を引き出そうとした。
回廊で、装飾過多の派手なドレスを着た私に視線をくれることなく通り過ぎていった母。かわりに、母の側近に、あきれた、軽蔑まじりの視線を投げつけられただけだった。
お母様のようになりたい。なれない。
葛藤を抱え日々を過ごしていた時、寄せる波のように、自由都市から、お兄様の名声がどんどん、この領地にも届くようになってきた。
災いの子が生きていた?
でも、私は違う。災いだなんて思わない。
父が他領に訪問したときに、お土産だと渡してくれた勇者様の絵本と、同じ色彩をもつ、お兄様は、災いなんかじゃない。
新しい噂が届くたびに、憧れが募っていった。
会いたい。会いたいと思いが募った。会いに行きたい。
跡取りであり、一人娘の私が自由に旅をすることなどできるわけもなかった。
領地に、未知の病が発生し、最初の死者がでたあと、父が倒れ、それから、不眠不休で対処していた母までも倒れた。
薬もなく、唯一、効いたのは強力な睡眠の魔法くらいで、のたうち回る患者を、何度も魔法を重ねがけして眠らせることしかできていなかった。うつる病とわかったあと、魔法をかけていた魔法使いが罹患すると、何の対処もできなくなっていた。
誰でもいい。助けてほしい。
処分したはずの、災いの子かもしれない。でも……。
医師として、薬師として、癒しの魔法の使い手としての彼の名声は、未知の病が蔓延し、死に直面している人々にとって、恥も外聞もなく、すがり、助けを求めたいと、思わせるものだった。
たけど、長年信じてきた災いを恐れる気持ちも消えるわけではなくて、だから、私が言ってあげたの。
私が行くと。お兄様にあって、助けを求めてくると。
そう宣言した時、誰も止める人はいなかった。
寝台に横たわり、しゃべれることができなくなってきていたお母様も、そう望んでいるはず。
わが子なんだから会いたいはず。
すみやかに、安全に、快適に、私がお兄様のところへたどり着けるように、準備は整えられた。
何日も泊まりながら、ようやく、たどり着いた自由都市で、対面したお兄様は、冷たかった。
予約を取れとか順番を守れとか、言っていた。
命に関わるのだから、順番なんて守れない。ましてや、お兄様の生まれ故郷の危機で、お母様と、私のお父様も病にふせている。一刻を争う。
わかってる。自分を処分しようとした人たちに複雑な気持ちがあるってことは。
素直になれないお兄様に、もどかしくて、涙がにじんで、感情が高ぶって、わめいてしまったけど――お兄様は、ようやく素直になってくれたのか、引き出しから、この薬を取り出し、渡してくれた。
自分はいけないが、きみに頼むというかのように、渡してくれた。
病のことを聞き、あらかじめ、用意してくれていたのだろう。
一滴でいいと、言っていた。
まずは、お母様、お父様。
それから……?
病は少しずつ広がり、最初の感染者が確認される前に、他領から訪問していた人々の中にも症状がでて、帰れなくなっている人がいると聞いていた。
とても、身分の高い人だと。
その人を私が、治したら?
お兄様から、薬を受け取ったことを知るのは、誰もいない。
戻る馬車に、お兄様が乗らないことに、みな、落胆していた。
だけど、誰も騒がず、急ぎ戻ることを決める。はじめから断られる可能性の方が高いと思っていたのかもしれない。
手の中の、奇跡の薬を使えば……
私は、なれるかもしれない。
お母様のように。
お兄様のように。
特別な、私に。
自分がなることのできないものに、憧れ続けて生きてきた私は、その誘惑に抗うことはできそうにない。
私も、あなたたちのように、なりたい。
そう願うことは、悪いことではないはず。




