17 思うこと 願うこと①
白い霧を背景に、しばらく体育座りなんてして、空をみあげてた。
目の前は森だ。人が考えて植林したわけじゃない、自然のままの森。
遠足でよく行った自然公園と違い、道なりに歩いていくと、休憩のためのベンチとか、ちょっと値段お高めの自動販売機とかないんだよね。
当たり前のように買えた時には、ほとんど選ばなかったのに、今は、とっても炭酸飲みたい。
のどに刺激欲しい。ごくごく飲みたい。向こうじゃ、未成年だったけど、やけ酒のみたい!とか、思う気持ちは、こんなときにめばえるものなのかも。
ほんと、自分勝手の、誘拐犯?単独じゃないから、誘拐集団?のくせに、ふざけるな!
それでも、覚えた魔法で、癒しの魔法とか頑張って、もっとできるようになろうと努力してたのに、それなのに、なに? 魔物、魔族とたたかってほしいから攻撃魔法も覚えてほしい、なんて、望み多すぎ!
自分たちでなんとかしろ!
人、いや、異世界人に頼りすぎ。
――決定打は、あれだよね。
小さな小さなまだ幼児にしか見えない子供。
それでも綺麗な顔立ちをしていて、殴られたのか、頬が赤くなってた。肌が真っ白だからとてもそれは目立っていた。
その子の首根っこをつかんで、あろうことか訓練所の石畳に放り投げて、悪びれもせず、そいつはいった。
「まだ、幼く、覚醒前ですが、魔族です。親とはぐれたのかわかりませんが、子供の魔族は珍しい」
「ちょっと、なにいってるの? そんな小さい子、乱暴に扱って、虐待だよ。はやく、怪我なおしてあげなきゃ」
おろおろとその子のもとにかけよって、まだレベルが低いといわれる癒しの魔法をかけようとしたら、とめられた。
「おやめください」
「何で!」
私にしては、最大限の睨みをきかせて、やつをにらみつけた。
はじめから、こいつ、気に入らない。
私の指導係というが、本当は監視してるだけでしょ。
それに、言葉にはださないけど、態度でわかる。
異世界人を見下してる。
極端にうやうやしくされるのも腹立つけど、わざとらしくため息つかれたり、肩をすくめられたり、態度に出されるのも腹が立つ。
「それは、あなたのために、用意したのですよ」
「はぁ?」
「癒しの魔法などは簡単に覚えて、着実に習熟度をあげていらっしゃる。素晴らしい」
「……それは、どうも」
なにもしなかったら、これは使えないと処分されると思ってしまったから、がんばってみせた。
だって、一緒に召喚されたはずの子たちで見かけなくなった子が何人もいる。
簡単に、召喚できるからこそ、使えないものに対しては厳しく、また、喚べばいいと思っているのではないかと、私は考えていた。
「ですが、攻撃魔法に関しては駄目ですね。訓練所の的や人型に対して練習していらっしゃるが、全然ですね。火魔法なんて、オーブンの火種にすらならない」
「…」
本当のことだから、悔しいが反論できない。
だって、破壊する趣味とかないし、言葉で傷つけられたことはたくさんあったけど暴力をふるわれたことは、生まれてから一度もなくて――そんな自分が、何か壊す、倒すための、魔法なんてできそうにない。
恐ろしい魔物、魔族だというが、みたことないし、だから被害も受けていない。
何度も恐ろしいものだと教えられ、言い聞かされても、わからなかった。
今、目の前にいる魔族だという存在は、私には、かなり綺麗な、幼児にしかみえない。
いつも、必ず反論する私が黙り込んだのを見て、やつは、本当に嬉しそうに笑った。
「怪我人をみて、傷をみて、あなたは癒しの魔法をきわめていっている。
それならば、木製の的のかわりに、本物の魔族を使って、練習すれば、攻撃魔法もどんどん覚えていけるのではないですか?」
「な、なにいってるの?」
正気を疑う発言に、驚きの声をあげた。
「生きた的です。なに、壊しても、あなたの得意な癒しの魔法でなおせば、また元通りです」
素晴らしいでしょう?という、やつに対して、はじめて、攻撃魔法が使えるなら、ぶちかましたいと思った。
こんなやつが、この国の将軍の一人だなんて、終わってるよ、ほんと。
「あったま、おかしいんじゃないの!」
叫びながら、ぎゅっと至近距離にいる魔族だという子を抱きしめた。
体温は熱くも冷たくもなく、でも、確かに生きているという、命を感じた。
大丈夫。私が逃がしてあげる。
声に出さず、頭の中で決意しただけだったのに、身じろぎもせずじっとしていた小さな体がピクリと震えた気がした。
「頭がおかしい? よく言われますね。いつもなら、そんなことを口に出される前に、その口を二度と言えないようにふさぎますがね」
腰に下げた剣に触れながら、言う。
「さあ、それをはなしなさい。訓練を頑張るというなら、今の暴言を許してあげましょう。まずは、動かないように、それを人型のかわりに縛って、たたせましょう」
「ほんと、頭おかしい。最低すぎて、どうしようだよね? ――この子をあんたになんてわたさない!」
ここにきて思ったことがある。
願うこと、本当にそうしたいと思った時に、初めて魔法が発動した。
魔物に引っかかれたという、ダラダラと血を流す傷を見たときに、痛そう、こわい、みたくない、できるっていうならなおしたい。
それで、覚えたての初級の詠唱をし、いやした。けど、本当は、それで、魔法が発動したんじゃないってわかってた。
思うこと、願うこと、それが、私の魔法になる。
さっきの反応で、喋らずとも伝わってると思ったから、腕のなかの小さな子へ、頭の中で話しかける。
――ここから逃がしてあげる。きみを待っている人がいるなら、そこへ。いなくとも、安全なところへ、とぶの!
私の腕の中で、力がうずまいた。
ここから、遠くへ。
腕の中で、力があふれた。
ぶっつけ本番の転移魔法。
発動できたのは、私だけの力じゃない。
腕のなかの子を、探し、そして、見つけ、引き寄せる力を、確かに感じた。
あとにのこったのは、いつの間にか抜いた剣を私の喉元につきつけた男と、逃がすことに成功したことに安堵して、ほっと息を吐いた私だけ。
「逃げた? 逃した? どういうことです?」
「答える義理なんてないよね」
下からやつを、睨みつけながら、言ってやった。
剣先が私の喉に触れるが、切れ味抜群のそれは私を傷つけることができない。
自己申告なんてしなかった。私の得意なのは、癒しの魔法と思ってるだろうけど、実は結界はもっと得意だ。
こんな、ろくでもない異世界に勝手に召喚されて、自分を守れるのは自分しかいない。
だから、私は、できると知ってから、ずっと自分の身体に沿うように、結界を張り続けていた。
強度も確認済み。握りしめた拳を窓硝子に突き入れるときは怖かったけど、こぶしには傷ひとつつかなかった。
割れた硝子は、元通りに再生した。
思うこと、願うことが、私の魔法になるなら、私は無敵かもしれない。
自分に何ができるかなんて、素直に、話すわけがない。
「本当に、今までになく反抗的な異世界人ですね」
忌々しげに吐き捨て、それから流れるような動作で、剣を鞘に戻した。
「あなたは還ることができない。それはわかっているでしょう? 生きていくためには、私たちのいうことを聞かなければならないと、ご理解いただいていると思いましたが?」
生殺与奪の権を持つ自分たちに、無条件で従えといいたいのだろう?
だけど、譲れないものがある。
気に入らないやつには従わない。イヤなものはいや!
「なぜ、私が、拉致、誘拐、他力本願の、現地人の、言うことを聞かなきゃならないわけ? 従順なのを探しなおしたらいい!」
「本当に、困った人ですね。そういう者の心をへし折るのは好物ですが――、しかし、残念ながら、せっかくとらえた魔族を逃した罰は、私が与えるわけにはいかないようだ」
心底残念そうにいう、そいつの、冷酷が標準装備のお綺麗な顔に、蹴りをいれたいと思った。
ばらばらと足音がして、訓練所に兵や将校たちが集まってくる。
やつの指示に従い、私を取り囲む。
何人もが手を伸ばし、捕まえようとするが、その手ははじかれる。
自分を守るための力なら、寝落ちするまで、毎晩、自主練してきた。
魔法でも、剣、弓でも、常時張り続けてる結界ではじき飛ばす自信はある。
なんなら、対人でなければ大丈夫だから、対物で、この訓練所、ぶち壊してもいいよねと思った。
「……」
それなのに、なぜ、こんな森の中に、一人ぽつんと体育座りしてるかって、それは……。
みんながみんな、この召喚された異世界を拒否してるわけではなくて、むしろ、積極的に受け入れている人もいるわけで、その集団からでていってほしいと、いわれた。
私たちはここにいたいの。この人といたいの。
迷惑。同類と思われたくない。和を乱さないでくれる。嫌なら出ていけば。
僕達は必要とされてここに来たんだ。この世界を、僕のチートで救うんだ。
きみ、すごくきれいだから、前なら観賞用でよかったけど、今は、僕の姫たちがいるし、いなくていいかな。
――なんか、ほかにも色々、ボロクソ言われたなと思う。
空気読んで、楽して、生きてみたら?と、幼なじみにしては関係の浅い、腐れ縁な同級生が、ため息交じりに、言っていた言葉が思い出された。
結果、満場一致で、召喚された国から、追い出されることが決まった。
殺したりはできないらしい。殺される気ないけど。
ずうっと昔、そうしたら、異世界人のなかの魔力が、死とともに解放されて、壊滅的な被害が出たらしい。
それ以降、不要とされた異世界人の捨て場は、万国共通で決まっているんだそうだ。
白い霧の向こうの、はてしなくつづく森林地帯。そこは異世界人しかはいることができず、そこに捨てられた者が戻ってきたこともないという。
護送のためと用意された檻付きの馬車に、素直に乗りこむ私に、やつはいった。
「どうしてでしょう? あなたにはまた会えるような気がします」
こっちは二度と会いたくない。
「うーっ、炭酸飲みたい。冷えてるやつ。喉乾いた。でも、レモンはいった天然水もいいかもしれない」
思うこと、願うことが、私の魔法になる。
「ん? ええっ!?」
森の中、唐突に出現したのは、むこうでは探さずとも、いたるところにある自動販売機だった。
木々に遮られ薄暗い、その森を照らす、人工的な灯り。そういえば、街灯がないところでも、自販機あれば明るかったな。
「え、ええっ、自販? 私が種類、まよったから?」
電源はどこ?と思いつつ、追放のときもしっかりもちだしたカバンのなかから、小銭入れをとりだして、硬貨をいれてみた。
まずは、炭酸から飲みたいよ、やっぱり。
ガコンっと、お決まりの音がして、取り出し口にペットボトルがでてきた。
やっぱり、私、無敵かもしれないと思いながら、フタをあけた。
うん、美味しい。




