14 願い事はひとつ 上
道なんてない。
獣道すらない。
長袖を着て、虫除けスプレー全身にかけまくって、道なき道を行く。
舗装された道でしか履いたことのないスニーカーはすでに泥と踏んづけた草から出た緑の汁?みたいなので、茶色と緑色。洗ってもおちるのか?というありさまだ。
目の前に立ち塞がる蜘蛛の巣は、拾った枝ではらう。
おとぎ話とか、眉唾ものとか、そんなの知らない。
私にとっては、それが真実でも、そうでなくても、それでいい。
だって、何もないから、――それ以外に、私を動かせるものはなかった。
現実逃避? そうだろうね。
時々、思い出したように、冷静になると、バカなことやってるなって思う。
だって、現実にいたくない。
あの人がもういないなら、私もいたくない。
どうして、私をおいて逝ってしまったのと、思う。
私も一緒に。少し遅くなっても追いつくから、一緒にと、何度も思った。
でも……
「だめだよ。……生きて」
そう、あなたが最後に私にくれた言葉が、あなたを追うことを許さない。
どうしたらこの痛みが消えるのか、あなたの思い出ばかりが残る部屋で考えた。
そして、ふいに思い出した。
去年の夏――夏といえば、お決まりの心霊番組をみながら、あなたが教えてくれたことを。
「きいたことある? 神隠しの樹海の話。そこは大きな都市があったらしいんだけど、不定期に、人が、一人消えたり、数人ごと、学校ごとあげく地区単位で消えたりしたそうだよ。
どこを探しても、いなくなった人々はみつからない。
何度もそういうことが続くものだから、みんな、恐れをなして、その都市から出ていってしまって、人が住まなくなり、朽ち果てて、森にのまれてしまって、今じゃ、樹海とよばれるようになったんだって」
「なにそれ。ウソっぽい」
「いや、嘘じゃないって。100年以上前の記録にも残ってるんだよ」
「そうなんだ」
「そう、興味もった?」
「あんまり」
「そのいなくなった人たちはどこに行ったんだろうね。神隠しなら、どこか別の世界かな?
でもね、みな、恐れをなして、そこから逃げ出してしまったけど、あえて、その場所に行こうとする人もいるんだよ」
「どうして?」
「そこにいけば、別の世界に行ける。今の自分からかわれるかもしれない、そう思って、その樹海の中の都市に行くらしい」
「だめ」
その時、私はとっさに、そのやせてしまった腕をつかんだ。
「行かせないから」
「行かないよ。きみが、ここにいるから行かない」
そう言ってあなたは静かに笑ったけど、本当は行きたかったのかな?と今になって思う。それなら、一緒に行ったのに。
病気でやせてしまった身体。苦しい治療を乗り越えたのに、結局、治らなかった身体から、かわりたかったのかもしれない。
やり取りを思い出して、情報を集め、場所を調べた。
やっとやるべき事ができたと、思った。
あなたが行きたかった場所に行く。
異世界なんてありえない。きっと、おとぎ話。
だけど、あなたが行きたかった場所だから、その神隠しの樹海へ行く。
かつて都市があったことだけは間違いないのは、文献を調べてわかってる。
それなら、その場所にいってみる。
そして、何もなかったよ、廃墟だけ。異世界なんて行けなかったよと、確認して、教えてあげる。
もし、万が一、いけたなら、あなたはなんというだろう?
「わっ!」
飛んできた虫を頭を振ることで、追いはらう。
「虫よけスプレー、効いてる? また追加でかけたら、いいのかな?」
追加しても、意味ないと思うよ。さっき、かけ直したばかりだよね?
今はもう、どこにもいない、あなたの声が聞こえた気がした。
虫嫌いなくせに、それなのに、きみは本当に行動力だけはあるねと、目を細めて笑う、―姿は見えないけど―あなたがそばにいるような気がして、こんな山のなかだというのに、うずくまって、泣きたくなった。
「……」
長袖の袖で、にじみ出た涙をぬぐう。
「生きるよ、あなたの言葉だから。
でもね、私の好きなように生きる。手紙には、忘れて、新しい生活をおくってほしい、なんて書いてあったけど、それは知らない。
叶えてあげる願い事はひとつだけなんだからね。
生きるよ。でも、あなたのことを忘れてなんてやらない」
頬を伝うのは、涙なのか、暑さによる汗なのか。顔は化粧も落ちて、ひどいありさまだろうな。
こんな森のなかじゃ、誰も見てないからいいかと、また、袖でぬぐって、歩き出した。




