13 婚約破棄⑤
バンっと、高く積み上げられた新聞の紙面を、思わず、手のひらでたたいてしまった。
「……忘れていた」
夜会参加者に口止め、箝口令をだすのを忘れていた。
少しくらい、噂として出回るのは仕方がない。
だが、おもしろおかしく、ゴシップ紙にまでリークしたのはだれだ。
皇女様と近しい関係者によると――って、誰だよ!
「皇女殿下、落ち着いてください」
「……」
先ほど、涼しい顔でいつもよりも数倍多めに積み上がった新聞を、
「今日の分は、号外付きです」
と、カートに乗せて運んできた侍女長が言った。
日々何が起きているのか、人々が何に関心をもっているのかを知るため、一般紙、貴族向け、市民向け、地方紙、ゴシップ紙まで、帝国で発刊されている新聞をとりよせ、目を通すようにしているが、今日は見出しをみただけで、取りやめに決まりだ。
なんだ、この、真実の愛、それは隠れ蓑、お姉様とよぶ皇女殿下との禁断の恋って。本人独占インタビュー付きって。
インタビューされたのは、私か? それとも、隣国の聖女にくれてやった、聖女(一応)か?
どちらも、されてない! 聖女(一応)も、されてないよな?
「そんな記事に動揺なさってはいけません。そんなゴシップ記事。少しの間だけ、人々の関心をひき、面白がらせ、売り上げを伸ばすことでしょう。――ですが、ご安心ください。度を超えた記事を書いた新聞は、すべて赤インクで印や注釈をつけ、皇帝陛下のもとにお届けしております」
「え? 全部読んだうえに、赤でチェックいれて、父上に届けたと?」
「もちろんです。私の大事な皇女殿下のことが、書かれているとなれば、読まない理由はありません」
当然ですと言いながら、力強くうなずく侍女長に、私は額をおさえた。
「それで、父上に、届けたということは?」
「今頃、廃業命令を出してるおられるか、御自ら、遠隔魔法で、社屋ごとつぶそうとなさるかもしれませんね」
そういえば、さきほど、晴れているのに、雷鳴の音が聞こえたが、あれは。まさか。
父ならやる。
殺ろうとした一人を、隣国の聖女に、くださいといわれて持っていかれ、不満が満足に解消されていない父ならやっている。
あの夜会のあとも、隣国の聖女の気持ちは変わらなかった。
婚約者の反対にも耳を貸さず――ください、かわりに――話し合いのために用意された別室のテラス窓から中庭にでていったと思ったら、祈りをささげるように、指をくみあわせた。
月明かりだけが照らす中庭に、恐れを抱くほど、まばゆい光が溢れ、それが隣国の聖女を中心に広がっていったのがわかった。
光が消え、しばらくして、何でもないことのように隣国の聖女が告げた。
「結界をはりました。帝都を囲むように」
「は?」
「この結界は、魔物、魔族を通しません。継続期間は、そうですね、1年くらいでしょうか?」
「は?」
「持続を希望の場合は、私に連絡をしてくださるか、自国の聖属性、光属性の方々に、都度、解けたところを補強していただくのが有効かもしれません」
「は?」
は? しか言えなくなってる父にかわり、私が聞く。
「なんのために、隣国の聖女であるあなたが、帝国に結界をはってくださったのでしょう?」
「くださいといいましたが、ただで、というのもあれですし、彼女は、国外追放を言い渡されるようなこともしてしまってますし。そうですわ」
隣国の聖女は、ぽんっと手を叩いた。
「かわりに、彼女ができなかったことをして、罪をかわりに償ったわけです。ですので」
私に、にっこりと微笑む。
「彼女のことは許してあげてください」
「許してって。……なんのために、そこまで、欲しがるのです?」
「あら」
隣国の聖女が目を瞬かせる。
「最初から、異世界のお話を聞きたいから、彼女に会いに来たと言ったでしょう?
でも、国外追放とかいわれていたから、私と一緒に来てもらって、私のお話相手になってもらっても、いいかなと思ったのです。ふふ、聖女生活ってつまらないのです」
「…」
「きみは勝手に何をして、何を言っているんだ」
黙ったままだった婚約者の第一王子が、聖女の独断に口をはさむ。
「勝手に、帝国に結界をはったり、異世界人の罪人をもらい受けようとしたり、勝手なことはやめるんだ。きみはわが国の聖女であり。!」
ぴっと、指をしゃべり続ける王子の口に当てる。
「私、いちおう、聖女と呼ばれていますけど、それは勝手にまわりが言い出したことです。婚約もお願いされたから、しただけ。
いつでも、私にも、婚約破棄だ!ってやってくれて、いいんですのよ?」
「きみは!」
ぱしっと、口に当てられた細い指を払った第一王子と、聖女が無言のまま、対峙する。
仲睦まじい婚約者というわけではなさそうだ。
「はぁ、わかった」
そこに、は? で、固まったままだった父が、口を挟んだ。
「あれは、やろう、聖女殿」
「本当ですか?」
「嘘は言わない。それと、結界を張ってくれたことは感謝する。聖女の力に頼らないとはいえ、あなたが言ったような結界がはられているのなら、魔物たちとの戦いも、かなり楽になるだろう」
後日、確認したところ、たしかに魔物は通れなかった。
檻に入れた小型の魔物を帝都を囲う外壁に近づけたら、檻ごと弾かれたのだ。
「しかし、ひとつ忠告を」
「はい?」
「不用意に力をつかわぬほうがよい。その力を求め、自国にもと、数多の国のものが貴方に殺到するのが目に浮かぶ。あまりにあやうい」
「まあ、皇帝陛下、大丈夫ですわ。…ふふ、私、皇女殿下ほどでないとしても、戦えますのよ?」
私ほどではないという言葉が、謙遜だということがわかるのはまだ、先のこと。
こうして、聖女は、話し相手として、元わが国の聖女(一応)を手に入れた。
第一王子は、最後まで嫌そうに整った顔をゆがめていたが、とめることはできなかった。
ちなみに、元婚約者のほうもいるのかと聞いたが、聖女は首をふった。
いりません。
簡潔なひと言だった。
元婚約者も、婚約破棄だ!とやらかしたときは、まさか、こんな結末になるとは思わなかっただろう。
皇族に対する不敬罪、夜会の進行妨害など、ふたりで分かち合う罪を一人で、というか、一族郎党、その関係者で償うことになった。
元婚約者は、予定通り、国外追放。ただし、帰らずの森、魔の森などいろいろな呼び名で呼ばれる大樹海方面の国境から追放。
婚約者一族は、婚約者をまともに教育せず、王族の身内になるとおごりたかぶり、なにやら不正も発覚ということで、伯爵家という爵位を剥奪され、平民として、帝都から追放。
父曰く、一族郎党抹殺してやってもよかったが、今回は血を流さない方で我慢してやったとのこと。
しかし、直接手を下さなかっただけで、伯爵という身分にいた者たちが、帝都を追放され、平民としていきていけるのか、と、思う。
そう思うと、少し、苦いような気持ちになる。
「皇女殿下、そんなお顔はなさってはいけません。眉間にしわを寄せていたら、若いうちは戻るかもしれませんが、やがて、くっきりはっきりと戻らなくなりますよ。
さあ、お茶をおいれしましょう。今日は少し甘めに、お砂糖をおいれしましょうか?」
ティーポットを持ち上げながら、侍女長がいう。
彼女の淹れるお茶は美味しい。おすすめはまちがいない。
「いや、砂糖はいい。ストレートで」
「かしこまりました」
ここ数日の出来事に思いを馳せ、まだ、終わりじゃないなと、予感がする。
むしろ、始まり?
厄介事は拒否したいが、しかたがない。
だが、唯一、良かったことは、婚約破棄だな。
好かれてない相手との婚約は、無理だ。あちらもそうだったのだろう。
しかし、あの二人。真実の愛だというのなら、また、いつかめぐりあうのか?
あれだけやらかして、自滅するほどの愛だったんだから、つらぬきとおしてほしい。
カップをかたむけつつ、そう思った。




