11 婚約破棄③
隣国の二人が華麗に踊り、その脇でわが国の聖女(一応)と元婚約者が初心者よりはちょっぴりマシな踊りを披露したあと――なんとかこれで夜会を続けていけるかと思ったが、駄目だった。
近衛を引き連れた皇帝である父が現れたからだ。
保護者、来賓が登場する時間よりは早い。
再び、楽団は音楽を奏でるのをやめ、踊り出そうとしていた卒業生たちは、蜘蛛の子を散らすように、ホールの隅にさがった。
中央に取り残されてるのは、二組。
隣国の二人と、わが国のあほ二人だ。
「さて、なにがあったかはきいている。どういうつもりなのか、説明してもらおうか?」
怒り心頭なのだろう。隣国の賓客がそばにいようがかまわず、バカ二人に詰問する。
「…」
「黙っていてはわからん! 余の、可愛く愛らしい娘にあろうことか、婚約破棄をつきつけたと聞いたが?」
可愛い、愛らしい?というところは、自分で思いっきり否定したいところであるが、男兄弟続いたあとの末っ子で唯一の女子ということで、父に、何をしても許されるくらいには溺愛されている自覚はある。
「在位末期に、まともに判断できなくなって、予言者なんかに頼るジジイの、最後のたわごとだった娘の婚約は、下の身分のお前の親から、恐れ多いと辞退するべきものを、欲をかいたか、はい、喜んで、などどいいおって!
ジジイがぽくっといったら、こちらから撤回、何事もなかったようにする。それまでは数多からの婚約申し込みを断るのがだるいからと、壁がわりにつかってやるかと我慢してやっていたというのに。調子に乗りおって! 破棄などせずとも、お前にも、誰にも娘はやらんわ」
……溺愛父というものは、なんでこんなに残念になるのか。
普段は、冷徹、絶対君主、逆らうべからずと恐れられる父だけに、本当に残念すぎる……。
ちなみに、前の皇帝は、離宮で、自らの側室たちに介護されながら、穏やかに、過ごしてる。
手厚く世話をされてるので、まだまだ、長生きしそうだ。
「……恐れながら、も、うしあげます」
「なんだ! まさか、余にも、真実の愛とかなんだとかいうつもりではなかろうな!」
「え!」
元婚約者絶句。
うん、真実の愛と言おうとしていたようだ。
ギロリと皇帝に睨みながら言われて黙り込む。
しかし、その泣く子も黙る眼光をそばでみていたはずの、聖女(一応)は、すごかった。
父の威圧で膝をついた元婚約者の前に、ずいっとでで、高らかに言った。
「そうなのです。真実の愛なのです!」
「…」
「異世界の聖女である私と、婚約者がいても惹かれ合ってしまうのは、それは運命。真実の愛の前には、誰も抗うことができないのです」
「……」
「でも、ご安心ください。真実の愛で結ばれたこの方の国ですもの。変わらず、この帝国を聖女の力で守ります」
「………ほう」
「ええ。皇女さまが彼の元婚約者とはいえ、何もわだかまりはありません。むしろ、以前からお願いしているように、男装姿で、私の護衛に」
カキンっ!
甲高い金属音が響く。
それは、皇帝である父が、剣を抜き、振りかざし、それが聖女(一応)のまわりを覆う透明な結界に止められたため生じた音だ。
「ふぅっ、皇帝陛下。急に剣をむけてくるなんて、びっくりします。でも、私の優秀な結界のまえでは、ダメダメでしたね」
物理、魔法を防ぐ結界を自動で発動できる聖女(一応)。
それで魔物との乱戦の中、突如現れても、傷ひとつ負わず、兵たちに保護されて、城に連れられてきた。
「さて、どうかな?」
再度、振りかぶり、もう一度、金属音が鳴り響く。
が、先ほどよりも音は小さく、刃が触れた先から、亀裂が広がっていく。そして、結界がかき消えた。
剣技と魔力と、剣の持つ力の、合わさった力技だ。もちろん、誰にでもできるわけではない皇帝だからこそだ。
「え、うそっ。なんでぇ」
突きつけられている切っ先を見つめ、聖女(一応)があせったようにいう。
「なんで消えちゃうの!なんで」
「何でもいい。うるさい。おまえが消えろ」
「お待ちください」
確実に殺ろうとしている父をとめるべく、騒動の中心地へと歩いていく。
本当は、会場の外へまわれ右したいが、止められるのが、私しかいないのだから、仕方ない。常識人の自分がつらい。
「父上、おやめください。……あなたもおちつきなさい」
取り乱す聖女(一応)にいう。
「で、でも、お姉様」
……だれが、お姉様だ……。
顔が引きつりそうになるのをぐっとこらえて、聖女(一応)に諭すように告げた。
「さきほどからあなたは聖女だといっていますが、わが国で公式に認めてはいません。教会もです」
「え、でも、だって」
「たしかに、詠唱もなく、自動で、攻撃を防ぐ結界は素晴らしい」
「えへ。お姉様に褒められてる」
いや、ほめてない。
「しかし、あなたのそれは一人用ですよね」
「はい。大事な聖女である私を守るためのものです」
「あなたは先ほど、この国を守ると言いましたね。ほかはどうやって守るのですか?」
「え? それは、決まってます。戦うのは、私を崇拝する聖騎士たちです。それに婚約者である彼も」
「え! 僕も、無理ぃ」
聖騎士。いつ、そんなもんが組織された? されてない!
やはり、父の殺傷力倍増の攻撃をとめるべきではなかったか、ちらっと思った。
「詠唱ありとはいえ、結界もはれるものはいます。防がずとも、戦えるものもいます。わが国は建国以来、そうやって、国を守り、国土を広げてきました。
わが国では聖女は、どうしても必要な存在ではないのです。
ですから、あなたの力を必要とする国に行ってもらおうという話もありました。
だが、あなたのその力は伸びしろがあるかもしれない、他者も守れるようになるかもしれないと、わが国の聖職者たちがしつこくいうから滞在を許可したのです。なので、幾人も教師をつけたはずです。
希望するから、学園にも入学させました。それから半年あまり。年齢はともかく、下級生であるあなたが卒業の夜会にいるのはどういうわけでしょう? 今日は補習の予定だったはずですが?」
「それは婚約者のパートナーしなきゃいけないから、パーティ優先です。勉強は何時でもできるでしょ」
「…」
できてないから、補習なんだが…。
めんどくさい。話が通じない珍獣とは、長話は無理だ。
さっさと片付けて、退場してもらおうか。
「あなたが望むように、その男との婚約破棄は受けました。父上、よろしいでしょう?」
「もちろん」
「それならば」
にっこりと二人に向けて微笑む。目は笑ってないと思うが。
「お二人でお幸せに」
「私たちのこと認めてくれるんですね」
「当然だ。僕たちは運命の恋人たちなんだから」
ほぼ重なるように、言葉を続ける。
「ただし、この帝国以外で、です。国外追放です。父上、よろしいでしょう?」
「もちろん。いいが、そんな甘くてよいのか?」
「ええ」
婚約破棄。聖女。真実の愛。それならこちらもお約束の、国外追放で。
それに、この二人のために何かするのも、イヤだ。関わりたくない。
私の周囲から消えてくれとしか、言いようがない。
父の目配せで、近衛と、警備兵たちが動く。
「え? 私、聖女ですよ」
「え? 僕、皇族ですよ」
聖女ではなく、一応。
皇族ではなく、皇女の婚約者だったから、皇族に準じた扱いを受けていただけだ。
「私がいなくなったら、この国、困っちゃいますよ」
「いや、困らないな。先ほど、娘が説明したはずだが、繰り返そう。
わが国は聖女や、召喚に頼らず、やってきている。他国はどうか知らぬがな。もちろん、落ちてきたもの、保護を求める者たちに、手を差し伸べることはしてきたがな」
「だったら」
「いや、おまえはいらん。その男も。何事にも限度がある。許される範囲を超えた」
聖女様と、誰ぞにチヤホヤされて、贅沢と驕りをおぼえ、自分を見失ったのか、もとからそうだったのか。
「お前たちはいらん」
皇帝が、冷たく吐き捨てた言葉に、さすがの聖女(一応)も、青ざめて何もいえなくなる。
沈黙が支配する中、ようやく静かになった二人を排除し、夜会を再開させねばとおもったとき、美しい声が響いた。
「くださいませ。いらないとおっしゃるのであれば、異界の聖女様は私に」
すっかり忘れていた隣国の二人のうち、教会にも隣国にも認められた本物の聖女が動いた。
え? いるの、これ?
と思ったのは、私だけではなく、隣国の聖女の言葉に、珍しく表情を崩し、驚愕の表情を浮かべた隣国の第一王子も例外ではないと思う。




