10 婚約破棄②
本当にめんどくさいことになった。
さて、幕引きはどうするか。引き際がわからなくなってきた。
卒業式後の夜会ははじまったばかり。
卒業生が主役ということで、保護者や来賓は、時間をずらし、ホールに来ることになっている。
この隣国の二人は、ちょっと、いや、かなり来るのがはやすぎではないか?
遅れるのも良くないが、はやすぎるのも良くないと思う。
おかげで、証拠隠滅ができなくなったではないか。
古代魔法も試したかったのにと、舌打ちしたくなる。
「なるほど、婚約破棄ですか? 皇帝の唯一の姫君であるあなたに? あなたからではなく?」
心底驚いたというように、第一王子は言った。
そばに寄り添う婚約者である隣国の聖女も、えっとつぶやき、長いまつげにいろどられた瞳を瞬かせている。
「私からではないですね。どうでもいいと思っていたので、こんな場所で、そんなめんどくさいことはいたしません」
つい本音をポロリとまじえてしまったが、それぐらいいいだろう。
「政略というか、本人の意思に関わらず、決められた婚約であるので、真実の愛という2人の前では、私が婚約破棄を受けいれるのがいいのでしょうね」
……受け入れたとしても、こんなところでやらかしてくれた報いはうけさせるが。
ところで、元婚約者と聖女(一応)がさきほどから、不気味なほど静かだがと思い、目を向けると、あろうことか、二人はそれぞれ別の人物を食い入るように、見つめていた。
それはもちろん、隣国の第一王子と聖女だ。
わからなくはない。
遠巻きに見守る人々も、二人にくぎづけだ。
同じ空間にいるのが、嫌になるほどの見目麗しい第一王子と聖女だ。
だか、婚約破棄だ、真実の愛だとのたまったやつらが、それぞれ異性に見惚れちゃいけないのではないかと、私は思う。
そして、予想に違わず、おバカ二人はやってくれるのである。
「あ、あの、すごくかっこよすぎる貴方は」
「う、えっ、神々しいまでに美しい貴方は」
「「――誰ですか!」」
はもったうえに、同時に、手まで差し伸べている。
頭が痛い。
礼儀作法はどこに行った。
元婚約者、おまえ、貴族だろう。
異世界から呼ばれもしないのにやってきた聖女(一応)も、礼儀作法の教師はつけてやったはずだ。
本当に頭が痛い。
これは収拾がつかない。
固まったままどうしていいか分からずでいる警備の兵たちを呼びつけて、強制的に排除するしかないのかもしれない。
「申し訳ありません。卒業と、婚約破棄の余韻で、この二人は少々、おかしく」
なっているようです。
続けようとした言葉を、耳に残る心地よい声がそっと遮った。
「はじめまして、私は、あなたと同じように隣国で、いちおう、聖女と呼ばれているものです」
にっこりと微笑み、その美しい顔を向けたのは、元婚約者の方ではなく、わが国の聖女(一応)の方だった。
「私、あなたとはお話をしてみたかったのです。異世界から降臨なされた聖女様」
「え! 私とですかぁ」
どうやら男女問わず、美しいものが好物らしいわが国の聖女(一応)がうわずった声を上げた。
「ええ、あなたとです。異世界のお話とか、異世界からの特別な聖女であるあなたのお力のお話とか。
とても興味深くて、知りたくて、貴方にお会いするために、私はきたのです」
「ええっ、そうなんですか、私に会いたくてですか?」
「ええ。お会いできて光栄です、異世界の聖女様」
確実に、本物の、隣国の聖女が、嬉しげに微笑んだ。
完全に相手にされていない元婚約者が、僕も話したい、僕もとわめいている。卒業後の今日から成人あつかいだが、……そのさまは、幼児のようだ。
そんなことより、隣国の聖女は、異世界の聖女様とか何とか言っているが、それは、一応だ。
一応であり、非公式であり、もう一つ付け加えれば、自称だ。
異世界からきたとしか思えないとはいえ、女だからといって、誰でも聖女認定はわが国はしない。
召喚されたわけでもなく、こちらにどういうわけかやってくる異世界転移者は多くはなくとも、ゼロではないのだ。
聖女(一応)も、その類だ。
わが国は、公式に、それを聖女とは認めてはいないと、今のうちに宣言しておくほうがいいのではないかと、思う。
やがてくる保護者、来賓の前で、これ以上やらかす前に、うちとは関係ありませんと宣言しておくほうがいい気がする。
それにしても、婚約破棄どこいった。それが始まりだったはず。
だが、婚約破棄は、文官に記録文書として経緯からきっちりと記させねばならないな。
有耶無耶にされてはたまらないし、落とし前はきっちりつけさせる。
とりあえず、このまま、ここで、三文芝居を繰り広げさせるわけにはいかない。
「――お話ならまたあとで場を設けさせましょう。始まりに余計な余興がつきましたが、今日は新しい門出を祝う夜会です。楽しみましょう。……音楽を」
私が手を挙げると、ハッとしたように楽団が音色を奏で始める。
少しずつ、ざわめきが戻りはじめる。
最初のダンスは、ここで一番身分の高い私と元婚約者の予定だったが、婚約破棄したからには、他に踊ってもらうしかないだろう。
「お二方、始まりのダンスをお願いできますか?」
促すと、隣国の第一王子と聖女がゆっくりとホールの中央にむかいはじめた。
麗しい二人のことだ。さぞ美しく舞ってくれることだろう。
頼まれもしないのに、引き立て役となるしかない婚約者と聖女(一応)がついていった。ともに踊る気か? …想定外ではあるが、それもいいだろう。
格の違いを知り、恥と罪の上塗りをすればいい。




