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かってに源氏物語 第一巻 桐壺編 及び第七巻 紅葉の賀編

この度はこのコーナーへの訪問ありがとうございます。

 アマゾンより発売している 「かってに源氏物語 桐壺編」の一部を掲載します。

内容が良いので、買って下さる気持ちになって下されば幸いです。

価格は700円です。

 また夕顔編も同じアマゾンより販売されております。桐壺編同様、是非ともご期待下さい。お求めはアマゾンのホームページより「かってに源氏物語(ひらがなと漢字)」の題名で検索して下さい。


 また桐壺編の後 第七巻紅葉賀(完全版)もお楽しみ下さい。光源氏と頭の中将楠木の舞は素晴らしいですね。

何せ語学力に乏しい若輩者ですので、誤りが多数発生していると思われますが、そこは皆さんの暖かい力で補っていただけたらと思います。よろしくお願い申し上げます。

                         上鑪幸雄



かってに源氏物語 

     第一巻 桐壺編

 原作者 紫式部

           古語・現代語同時訳 上鑪幸雄


 あれはいずれの御ん時にか・・・私の記憶も定かではないのでございますが、確か今から千年も前の、桐壺帝がおわしましたころのお話だったと存じます。

そのころの帝王様におかれましては重臣どもが献上つかわしました女御の御方々、公卿が差し出しました更衣なる女人があまたお仕えしておりまして、

その中に大して際立つほど重要な女人でもない者の中に、優れて御心をときめかせるほど美しい女性がおったのでございます。

その方は桐壺御殿にお住まいの方で、名前を小桐と名乗っておりました。この頃の桐壺帝の御寵愛はこの小桐様のみ注がれておったのでございます。

初めから我こそ我こそはと、他の女人に負けてたまるかと思い上がりしあばたなる良家の御方々、

帝王様の御寵愛を独り占めに致そうと、目障りな者あればねたみ陥れようと、責めぎあいに明け暮れておりました。

同様なるほどにすざましきものありますれば、それより下郎となる身分の低い更衣なる小桐様は、心休まるときなど一時もありません。

朝夕の宮仕えにつけても、人の心のみ気遣い、帝王妃様や、側室の女御様に無礼な振る舞いがありはせぬかと、殺気立った取りまきに目を動かし、

恨みや反感を負うつもりはありけなんと、気配りを続けておったのでございます。

余りにも重苦しさに疲れはて、頭がいと熱くなるほどに病に侵され心細げになりますれば、いよいよ実家に帰りたいと里がちになるのを帝王様は名残惜しいと哀れに思われまして、

これでは冷たくあしらったら男としての体裁がが悪いと、世間の悪い噂も気になさり始めまして、この世で何回も繰り返されました例のごとく、

優しい御もてなしで、里心を引き留めようとなさるのでございます。

三位以上の身分の高い上達部や四位五位蔵人の上人などは、おせっかいにも白い眼をなさいまして、顔をそむけ、これはまばゆいほどはしたない御寵愛と、唐の国で起りました伝説に掛かる事の不吉な兆候に見立て、

世も乱れ悪しき状態に思えなくはないけれど、いよいよ帝王様がおわします天の下にも、無謀な振る舞いをなさる御人の醜い悩み仕草になりはしないかと、楊貴妃の例も引き出でて、

「きっとあのような不幸な成り行きになってしまうだろう」

と、不安を感じてはいましたが、とてもはしたなきこと多かれど、優しい御心映えのたぐいなき清らかな心に、

国の安泰を委ねるのも悪くはないのではないかと、様々な思いが入り混じらいたまうのでありました。

重臣どもが危惧致しておりました桐壺更衣におかれましては、父君大納言は亡くなっておりまして、母君の北の方なむ方におかれましては、

旧家の出身で教養に満ち溢れた親しき器量の持ち主であられましたので、その保護下で育てられました更衣におかれましても、差し当たり世の覚えなき華やかな御方々に比して、

痛み入りますほど少しも劣らず、何事の公けの儀式にも、何の障りなく立ち振る舞いできる知識を持ち給いしかれど、取り立てて経済的にはかばかしい後見人がおらぬとなれば、

事あるいざという時には、なお拠り所もなく心細げになってしまうのでありました。


桐壺の更衣が住んでおりました平安京の内裏の中では、中宮を務めます帝王妃の弘徽殿の女御様を中心に、それに劣らぬ身分の高い側室様が十人ほどおったのでございますが、

帝王様は女好きで何をやっても自由の御身分・・・

「ホホホ・・・いいえ、いいえ」

そうばかりとは申し上げられないのでございますが、宮中内で気に入った女官を見染めることがありますれば側女として迎え、内裏の奥の部屋に住まわせておったのでございます。

その頃の帝王様のお名前は、桐壺帝と呼ばれておりました。桐壺のお名前は、宮中・内裏にある桐壺御殿の名前からとったものでございますが、

住まいの正式名は淑景舎、そのお住まいの中庭に桐が植えられておったので、桐壺御澱と俗的に呼ばれておりました。

桐壺帝はその建物で生まれ養育されましたのでそう呼ばれておったのでございますが、この桐の御殿はみかどが寝起きする清涼殿からしますと、かなり奥の部屋にございました。

このことからしても、桐壺帝の母君は、決して身分の高いおなごではなかったのでございます。

 桐壺帝には腹違いの兄君がおりまして、その兄の母君は先帝の王妃様で、今の左大臣の伯母上にあたる方でかなりの実力者ございました。

若き桐壺帝の兄君は、皇太子として、妃の六条の御息所と共に東宮殿で暮らしておられたのでございます。

 桐壺王子は幼少で世間知らずでございましたので、内裏を抜け出してはよく東宮殿へ遊びに出掛けておられました。東門から東宮殿を覗きますと、

兄君は決まって池の泉澱で、皇太子妃の六条の御息所様と共に、勉学に励まれ、書物を読んでおられることが多かったのでございます。

そこの勉強の方法というのは他の貴族の者と比べますと、かなり違おうておりました。王族と貴族が七歳になって学問を習う場所は、内裏の外にある学門院と決まっておったのですが、

皇太子夫妻はそれとは別に、付き人の女人から勉学を学ばれておられることが多かったのでございます。

そしてその勉学に励まれていた場所が、池の中にある泉殿という人のわづらわしさから隔離された建物でございして、そこは池に囲まれた中島の中にある一等地の場所でありました。

四方を遮るものがなく、正殿や築山を一望にして見渡せる、御殿でも一番眺めが良い場所でありまして、

こうした所で学ぶことができますれば、学問は苦しむどころか、むしろ楽しい遊びにさえ思えるのでしょう。

このことは桐壺王子がたびたび東宮殿へ足を運ばせ給う理由とも重なったのでございますが、その光景はまるで夢のようで、

雅楽師が池の舟の上から奏でる笛や琵琶の音色が流れる中で、あやしき女人が和歌や漢詩を詠みあげる歌声が、知恩院の御坊様のように、

厳かなお経に似た旋律となって池の周りに響き渡り、安らかなる時が流れておったのでございます。

「青に良し 奈良の都は 咲く花の 薫うが如く 今盛りなり」

 女人が和歌を詠み上げる高い響き声が聞こえました。美しい横笛のような流れです。それは雅楽の響きに合わせたかのような旋律がありましたので、

桐壺王子はそれをまねて口ずさみ、すらすら覚えたのでございます。

「青に映え 奈良の都は 桜いろ 薫うが如く なお盛りなり」

すかさず皇太子様が答えます。そこに仕えておりましたのは黄緑色の十二単を着た皇太子妃と、淡い水色の十二単をまとった付き人でした。

「まあ、皇太子様、良うゆうてくれはりました。『今盛り』と、閉じましては不吉でございますもの」

 すかさず六条の御息所が皇太子様の歌を批評します。

「そうでございますね。私めもその所が気になっておりました。さすがでございます。皇太子様。奈良の都は、この歌が詠まれた後に滅びてしまいましたもの」

 御息所の付き人はにこにこしながらはべりました。

「二人の美女に誉められおっては、わしも首筋がかゆうなるわいな」

 皇太子さまは照れくさそうに鳥帽子下の髪を掻きます。

「まあっ」 

二人の女人は扇を口に当てて笑い転げます。

「お幸せな方でございます、この方は。ほほほ・・・」

「ははは・・・」 皇太子様が余りにも照れくさそうにするものですから、二人の女人も笑っては、体を揺り動かしておられました。

「所で『青に良し』の青は、何を意味しているのでございましょうな。青い空か、深い緑の山々か」

 皇太子様が尋ねます。

「私は杉か檜の青い木立ちに囲まれた中で、ポツリと咲く山の桜は美しいと解釈しておりますの」

「そうでございますね。私もそのような情景かと」

「それでは都の松や樫に囲まれた花も、ここの築山に咲く桜も美しいということでございますな」

「まあ、分かっておいでじゃございませんか、東宮様」

「ははは・・・」

それはそれは楽しそうで、勉強の合間合間に笑い声さえ聞こえて来たのでございます。桐壺王子はそうしたお二人の勉強のようすが羨ましくてたまりません。

東宮殿の衛兵に御座をもってこさせ、泉殿の回廊の下で勉学の様子を聞いて、自分も仲間に加わったようなお幸せを感じておられたのでございます。

そこで勉学を教えて講義をしておりましたのが、何と申しましょうか、小桐という女房だったのでございます。

その当時の宮中では、王族が学問院以外の教授官はおろか、女人などから教育を受けるなどあり得ないことでございまして、皇太子様が

女房と言う使用人から教えを請うなど考えられないことでありました。女は汚れた身分の低い卑しい者、無教養な者と思われていたのでございます。 

 小桐は大納言様の北の方であられます母君から、和歌や漢詩の教育を受けておりましたので、勉学の才能に優れ、天才的な感覚を持っておりました。

そうした御殿にこっそり来た桐壺王子は、護衛兵が東宮殿の内務官に取り次いでいる間にも、学問の内容が面白くて、知らず知らずの間に盗み聞きなさりました御蔭で、学問が身についたのでございます。

 桐壺王子はそばで聞いているだけで、書物のお手本がなかったにも関わらず、内容を良く理解することができました。

そして橋の下から密かに勉強の様子を伺い、理知的で美しい小桐の女房にひそかに恋しさも感じておりました。

 でもそれはとうてい叶わぬ夢でありました。小桐様は皇太子妃の付き人であると同時に、兄君が思いを寄せている相手でもありました。

兄君は自分が帝王の位になるのを待って、この女房を王妃に次ぐ側室にするつもりだったのでございます。

しかし、そうした皇太子様の幸せは長くは続きませんでした。皇太子様の母君が急に重い病気を患いまして、この世からお亡くなりになりますと、その王子の皇太子様も、

何者かに呪われていたかのように、ひと月も経たない間に、この世からお隠れになされたのでございます。

それはそれはその時の御所内は大騒ぎで、食事を世話しておりました下家の女官達や、護衛の者の何人かは処刑されて、痛ましい悲劇があったのでございます。

そして結局は桐壺王子が御世継ぎとして皇太子様におなりにあそばしまして、右大臣の娘・春子様と共に東宮殿に住まわれることになりました。

 桐壺王子が華やかな衣装で東宮殿へ入宮する一方で、前の皇太子妃の六条の御息所様が宮中を出て行く姿は、誰もが可哀そうで涙を流したものでございます。


 さてさて、お話は大分脇道へ逸れてしまいましたが、その桐壺王子が帝王様なられましてから十年経った後の話でございます。

帝王様と妃の春子様の間にはすでに王子と王女様が、何人か誕生しておりました。

王子様は右大臣の孫に当たりますから後ろ盾も十分でございまして、次の御世継ぎとして皇太子様になることがほぼ決まっております。

ですが、なにしろ弘徽殿にお住まいの王子は、まだ幼い年齢で病弱ぎみ、まだまだ御一人で暮らせるような年齢でもありません。

ですから東宮殿で誰もお暮らしておられないということは、桐壺帝の世継ぎは正式に誰とも決まっていない・・ということになります。

 一方、次の帝王様の叔父上として権勢をふるうはずでありました左大臣は、前の皇太子がお亡くなりになられましたことで孤立感を高め、途方にくれておりました。

「せめて、先の皇太子妃の世話役ありました付き人の、小桐だけは内裏で暮らせますようお計らい下さいませ」

と、先帝に願い出たのでございます。

先帝様は左大臣の願いを聞き入れ、小桐を養女として迎え、空き部屋になった桐壺御殿に住まわることにしたのでございます。

そして世継ぎに決まった今の桐壺王子をひそかに呼び寄せ、

「そなたにくれぐれもよろしゅう御頼み申し上げるわいのう。その胸の中ほどに、良く良く刻み込んで賜もうれ。わし亡き後も桐壺の更衣である小桐が、暮しに困ることのなきよう面倒を見てやってはくれぬか」

 と、そう申されたそうでございます。

更衣とは身分の低い家柄の御側女のことで、更沙織の綿の衣や、麻の着物を着ていることが多かったのでそう呼ばれておりました。

小桐様は左大臣家の教育係、家臣の娘だったので贅沢はできません。その御両親もよみの国人となられていたので孤独な身の上だったのでございます。

「あのものは身分が低うなれど、美しゅうて繊細な心を持った女人じゃ。美貌もさることながら教養も高うて心が休まる。あのものと語り合うことがあればこそ、そなたの学識に深みが増して、人としての思いやりや、勉学に一層研きがかかるというものよ」

 先帝はそのように仰せになられまして、小桐を引き取るように御命じになられたのでございます。

「それはそれは、しかと心に命じておきまする。私ごときも、あの更衣の小桐の歌には、何かと感服いたしておりました。帝王様の口添えがありますれば、あの者の和歌の弟子として習いとうございます」

 桐壺王子は先帝に願い出ました。そしてその願いが叶えられたのでございます。

「それは良い心掛けじゃ。そなたがあのものに情けを掛けることで、宮中は大騒ぎになるであろうが、右大臣と左大臣の女御どもの、互いの争いがうまく納まるというものよ。

 小桐には苦労を掛けると思うが、この宮中の女官の泥臭いねたみや権力争いが、小桐に向けられるとなれば、女御どもの馬鹿な争いも、しばしは和らぐというものよのう」

 と、先帝様は扇で口元を隠し、不思議な言葉を言い残したのでございます。

先帝様が申します各御殿の女御とは、王妃様やそれに準ずる身分の高い側室どものことでございます


さてその先帝が亡くなられた後でございます。桐壺王子は内裏の清涼殿へお入りになり、正式にこの国の帝王として政務を果たすことになりました。

そして心の中で密かに思っていた小桐を、準王妃として迎えようとなさったのでございます。


 中略


かのように桐壺帝のかしこき御蔭をば頼りにしていると世間では聞こえながらも、落としめあら捜しを求めたまいしの策略に明け暮れる宮殿内の疵者は多く、小桐様は

「わが身は身寄りもなくか弱きはかない有様にて、帝王様の御寵愛が深ければ深いほど嫉妬やむごい仕打ちに苦しみ、なかなかなる物思いぞし給う」

 と、思いけり。

その御局は桐壺の更衣のことなり。月見の宴で失態があってからというもの、桐壺の女御様のことを、王妃様や他の女御どもは再び「更衣」と呼ぶようになりました。

それでも桐壺帝は、内裏の大奥で誰もが反感を買う中で、重臣どもが献上した側室である女御の御方々や、それよりも身分の低い生意気な更衣どもの部屋には目もくれず、

ひと時の隙なく素通りして過ぎさせたまい桐壺帝の御前渡りに、人の御心を引こうとあれこれ様々な趣向を尽くし、お立ち寄りになられるようにお願いしたのでございますが、

げにこれには目もくれず、無言の中で断っているように見えました。

ただ帝王様も人の子、そうした女御どもの誠意ある切実なお誘いを断るのに胸を痛めまして、それを見るのも

「苦しい」

と、桐壺の更衣に清涼殿へ参上させたまうことが多くなりましたが、

余りにも度重なるお誘いのおりおりに、側室どもの嫉妬は増すばかりで、建物と建物をつなぐ打橋や、清涼殿に近い屋根付きの渡り廊下(渡殿)の、

そこかしこじゅうの道々に、あやしき悪い仕掛けわざを施しつつ、小桐様が清涼殿へ行くのを阻止しようとしました。

御送りや迎えに行く人の衣の裾に釘を引っ掛けさせて服を破けさせたり、わざと裾を踏んで倒れさせたり、けがを負わせることもしばしばでございまして、

あるときは先ほどのように糞尿をまき散らすなど、耐えがたくまさに予想外のこともありました。

またある時には、えて避けて通れぬ崖道にも似た、恐ろしい馬道の女御御殿の廊下に戸を鎖し込められて、逃げ場もなくさせたり、こなたあの方多くの女御様が心を合わせ、はしたなくも悪だくみをや意地悪をして、心を煩わせ賜う時も多くありました。

事にふれて数知れず苦しきことのみ多く楽しさにまされば、いと痛々しう思われて、詫しい悲しさを桐壺帝はとても哀れと御覧あそばして、

帝王様が住まわれる清涼殿の西隣に、もとよりさぶらい住まわれたまう更衣の御曹司を他に移させたまいて、帝と共に同行する侍従の控えのお部屋を、上局である小桐の更衣にあけ渡したのでございます。

こうした更衣に対する桐壺帝の優しさに、身の程知らずも良い所だと恨みまして、反感を抱いてやらぬ方など多くございました。

小桐様は病気がちで床に伏していることが多くなりましたが、光の君が三つになりたまう年、御袴着の儀式が執り行われたのでございます。

それは一宮の朱雀皇子の奉りし行事にもにも劣らず、献上された宝物などを管理するお御役所の内蔵寮や、天皇家から代々伝わる由緒ある品々を管理する納殿の役人を呼び寄せ、

「内密の話しじゃぞ」

 と、桐壺帝は高価な物を尽くして並々ならぬ贈り物をいみじうさせたまう。

それにつけてもお世継ぎと同等に扱う帝への世の譏りのみ多かれど、この王子は知恵が賢く持ておわす御容貌でございまして、心映えなどたぐい例がないほどありがたく優れておりますれば、

珍しき天童とまで見えし給うを、誰もが憎むに憎めないほど、えそねみ、ほほえましく思いあうのでありました。

道理をわきまえ下に立つ者の心知りたまう人は、国を正しい方向へ導く王族にかかる人も、世に出て高官におわするべきものなりけりと、あさましきまでに御子の才能に目を驚かせ給いしになりました。


小桐様は御病気が重くなったので、静養のために二条の西の外れにある祖母の実家へ帰りたいとお願いしたのでございますが

「わしは、一日たりともそなたと離れとうない。光の宮の行く末も心配じゃ。これからはもっと、祈祷師に強い御祈りをさせよう」

と、申しまして、取り合っては下さいませんでした。

更衣様には宮中の堅い規則がありまして、よほどのことがない限り、外での静養は許されないのでございます。

光の宮様が三歳の暮れになられますと、小桐様の病状はますますひどくなって、今度は今にも死にそうな状態になりました。そして祈祷師によりますと、

顔に死相が現れ始めたと言うのでございます。こうなりますと、宮中の内務官も黙って見過ごすわけには参りません。

「帝王様、女御様の御臨終は間近に迫っております。人の死は最大の汚れ、宮中で死なせる訳には参りません。どうぞ小桐様を実家の祖母の元へお返しする宣旨を御出し下さいませ」

と、内務官は、帝王様にそう進言したのでございます。

帝王様は泣く泣くその御忠告を受け入れることに致しました。宮中の御決まりには逆らうことはできません。

帝王様ご自身も、何回もそのようにして、ご自分の母君や乳母、兄君とも悲しい別れをされたのでございます。

「すまぬすまぬ、そなたとだけは死ぬ時も一緒だと約束したのに、約束を果たせなくなってしもうた。この薄情なわらわを許してたもうれ。今となってはそなたを、もっと早く真家へ帰すべきであった」

と、嘆き悲しんだのでございます。

桐壺の更衣は桐壺帝に抱かれながら、建礼門の外に止めてある牛車に移されました。赤みの増した黒髪が帝王様の腕からこぼれ落ちました。

帝王様は涙を流し、小桐様にしがみついてしくしく泣いています。

「桐壺、わしはそなたを守れなんだ。許してたもうれ」

 桐壺帝は滅多に見せない涙を流しました。

「いいえ、私は短くとも幸せでございました」

「桐壺、わしに何か申し残すことはないか」

 桐壺帝は更衣の顔に耳を近付けました。

「ああああ・・・帝王様、色紙と筆を準備下さいませ。最後の歌を帝王様に贈りとうございます」

桐壺の女御は、牛車の中から帝王様にだけ聞き取れるかすれた声でそうお願いしました。そして

「何なり申してみよ」

という声に誘われて、和歌を詠みあげたのでございます。


限りとて 分かるる道の 悲しきに いかほしきは 命なりけり

今日限り 分かるる道の 悲しさに ただ欲しき物 命なりけり


と、息も絶え絶えに申し上げたのでございます。

今夜限りでお別れしなければならないと分かっているのですが、帝王様と光の宮のことを考えますれば、もう少し命が欲しゅうございました。

お別れする道の先々で、私ははかない命を嘆き悲むでしょう。光の宮の養育をお願い致します。と、そういう内容の和歌でございました。

小桐様は、夕闇が押し迫った夜になって、牛車に乗せられて宮殿を出ました。その時は息も絶え絶えで、何とか里の御婆婆様の屋敷に到着致しましたが、

まもなくその夜に亡くなったのでございます。騒ぎを聞いた桐壺御殿の女房と乳母達は、泣き崩れて大騒ぎになりました。

光の宮様は、そのような母上様の死がどのような悲しいものか分かろうはずもございません。悲しそうに泣き叫ぶ女官達の顔を、不思議そうに、口に指をくわえたまま・・・・・・


               つづく


 桐壺編の愛読ありがとうございます。この完全版につきましてはアマゾンコムより「かってに源氏物語 桐壺編(ひらがなと漢字)」として電子書籍として発売しております。そちらをご覧になって下さい。700円です。なるべく買っていただくとありがたいです。



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  かってに源氏物語 

    第七巻 紅葉賀

         原作者 紫式部

                    古語・現代語同時訳 上鑪幸雄

      

       一


 源氏の君、十八の秋のになりける。京の都は季節外れの時雨模様になりまして、木々の先々が色付き始め、東山の知恩院に於いても楓が紅葉を始めて、庶民の間では、

『見学に訪れる人々も多くなった」と噂されております。

 人々が落ち着かぬのは、ここ大内裏の宮殿においても同じでございます。そんな折、

朱雀院の行幸は、神無月の十日過ぎ余りに催されると決まりになりける。世の常ならず、面白かるべきお祭りの旅歩きなりければ、宮中の女御どもの御方々、宮中を抜け出して、物見見物ができ給わぬ事を口惜しがり、腹立たしく思い賜う。

「桐壺の帝は、金の刺繍の入った出だし衣をまとい、白い馬に乗って行幸されるとの噂ぞえ」

「うわー、それそれ、私も見物してみたい物よ」

「それに光源氏様と頭の中将様が、所々に立ち寄りて唐舞を披露仕賜うそうな」

 弘徽殿付き人女房どもが渡り廊下で噂話していますと、他の御殿の女房どもも集まって参りました。

「いやー、十年に一度の華麗な舞とぞえ。一度でいいから見てみたいものよのう」

「光源氏様の元服の賀に見せた、二人の唐舞が再び見られるとの事か」

「きっとそうぞえ」

「あれはこの世の物と思えない美しさがあった」

「これまた二度とない絶好の機会ぞえ。何とかここを抜け出せぬものか」

七・八人の上位御殿の女房が話し込んでいると、

「これこれ、そなた達、何を騒いでおる」

 と、弘徽殿の老女が、そーっと忍び寄って咎めにやって参りました。

「十月十日過ぎに行幸行事が催されるとの事、宮中ではその噂で持ち切りでございます。老中様、何とか宮殿の中から、その一行が出発する御姿を、一目だけでも見る事はできない物でしょうか」

 弘徽殿の侍女女房が皆にそそのかされて言いました。

「そうよ、そう。ほんのちょっとでも良いのです」

「何を申しておる。女御様にお仕えする女房どもが、奥御殿の外へ出られる訳がなかろう。口を慎め」

「そこを何とか」

「ならん。ならん。ならん物は出来ぬのじゃ。とっとっと各御殿へ帰りなされ。何を考えておるのじゃ、この女房どもは。うへっ」

 老女がにらみ付けると、集まった女房どもは仕方なく帰って行きました。老女房が弘徽殿の王妃様にそのことを話すと、

「それもそうよのう。若い女房どもが、我が子、朱雀院への行幸を見たい気持ちはわからないでもない。何とかしてやりたいものよのう」

「甘やかすと突け上がります。今後の示しが付きません」

「それはそうだが・・・・わしからも、右大臣に話してみるとしよう」

「そうなのですか、弘徽殿の女御様。実は私めも、少しだけでも見てみたかったのです」

「まったく」

 上の桐壺帝を世話する取り巻き、典侍も、この行幸を藤壺の準王妃が見給わざらむを、明かず不満に思さるれば、

「完璧とは行かないまでも、練習の試楽の模様を女御どもに見せてやるか」

 と桐壺帝のお計らいで、仁寿殿と綾奇殿に挟まれた中庭にて、舞の練習を帝と藤壺様の御前にてさせ賜う。集まったのは宮殿の女御と女房ども、大臣の大方の方々である。

 渡殿の仁寿電側には桐壺帝と藤壺の女御が並んで座し、その周りを大臣どもが取り囲む。反対側の綾奇殿側には弘徽殿の中宮を中心にして、各御部屋の女御が取り囲み、更にその周りを侍女女房どもが取り囲む、といった具合である。

「中宮様、桐壺帝のおそばには弘徽殿の中宮様がお座りになるべきではございませぬか。帝は弘徽殿の春子様に冷めとうございます」

 と、麗景殿の側室女御様が話し掛けると、

「今宵は藤壺女御の気分がすぐれぬゆえ、それを慰めるために試楽が開催されたと聞いておる。今、桐壺帝の寵愛を受けているのは藤壺の女御なのだから、仕方あるまい」

 と、そっけなく言いました。

「それでも・・・」

 梨壺こと麗景殿の女御様が中宮様に話しかけていると、開宴の合図を知らせる太鼓の音が鳴り響きました。

「皆の者、良く聞くが良い。今宵は身重の藤壺の女御を慰める宴じゃ。ついでに朱雀院にて披露される舞の予行演習も兼ねた披露宴でもある。皆も藤壺の女御が安産できるようにご配慮下され」

 桐壺帝の大きな声が響き渡ると、

「かしこまりました」

 と各女御は返事して、一礼をしました。

 弓矢で的を射る競技が催された後、剣と鎗のけいこのようすが披露されました。次にいよいよ光源氏様と頭の中将の出番です。

 源氏の中将は雅楽の音に合わせ、孔雀の兜を頭に付けて、波千鳥文様の袍の衣服を身にまとい、腰に細い剣を身に付けて、青海波の踊りをぞ舞い賜いける。

片手相手には左大臣家大殿の頭の中将を従え、後ろの形御用意人には異なる大臣家の子息ども五人座らせて、雅楽の調べが始まるのを待ち給う。舞台に七人立ち並びては、光源氏様の他は、なお華の桜の傍らに生える深山雑木ごとくなり。

「光源氏様御一人だけ、目立ちまするな」

 と左大臣は桐壺帝に話しかけます。娘の葵の上の婿てある源氏の君が自慢のようでもあります。と同時にその事は、桐壺帝の皇子に対するお世辞でもありました。


                         つづく



          二


入り方の夕暮れ、日影さわやかに射したるに、空は晴れ渡り、夕焼けも程好く染まりたる。宴の会場に楽の声響きまさり、舞をぞ始まりたる。源氏の君は大きく身体をうねらせて壇上を片足立ちしながら歩き回り賜う。

時には岩に砕ける波しぶきのように飛び跳ねては、中国西安の西方にあるという青海の波のようすを表現し舞い賜う。大きく天に腕を伸ばす仕草は空の広さを表し、回り込むように扇を横に手を伸ばして歩くは、周りの山の姿を現すごととなるべし。

「光源氏様の袍の衣装の姿、まるで極楽浄土の空を舞う天女のようなしなやかさがありますわ」

「手先や足腰のしなやかさには見惚れてしまいます」

「本当に優美ねえ」

「いえいえ、頭の中将様の無骨な様子もなかなか男らしくて素敵でございますわ」

「そうよ、そう。ああいった男に一度抱かれてみたい」

「えっ」

 側室女御様と侍女女房達が夢中になって騒いでいると、例の弘徽殿の老中女房が、

「何をくだらない事を言っておる。ここは奥御殿なるぞ。もっと口を慎め」

と、咎めしてにらみました。すると弘徽殿の女御、春子様は、

「まあ、少々の事なら大目にみてやれ。我が右大臣家の婿殿も大した物よ。うふふふふ・・・・」

 と、うれしそうに注意しました。するとそれまでに鳴り響いていた雅楽がやみ、急な静けさがやって参りました。一同が庭の舞台を見詰めていると、一度床に膝を突いていた光源氏様が再び立ち上がり、扇を広げながら舞台の中央に進み出て、帝に挨拶すると、


 桂殿に初年を迎え  桐楼に早春を媚びたる


 花を切る梅樹の下 蝶燕画梁の辺り


 桐壺帝王様の御世は、華麗に繁栄する極楽浄土でございます。


 と、詠など仕賜えるは

『これや天国に響き渡る仏の御迦陵頻伽の澄んだ声ならむ』

と、聞こゆ。この会場に居た人々は心が清まり、欲望の荒海から解放される無欲な自分を感じ取ることができました。

 光源氏様が舞台の中央から後方へ下がり片膝をつくと、今度は頭の中将がやはり扇を広げながら舞台の中央に進み出て歌います。


 春のおー 弥生の あけぼのにー 四方のー 山辺をー 見渡せばー


 と、額に手をかざして歌い出しました。すると光源氏様も前に立ち並びて、


 花盛りもー 白雲のー


 と続いて単独で歌います。すると次は二人向き合いて、閉じた扇を前に突き出しながら、


 掛からぬー 峰こそー なかりけれー


 と二人で声を揃えて歌いました。

「わー、素敵。まるで夢のよう」

「極楽浄土の姿を見た気がしますわ」

「本当にそう」

 二人の舞を見た宮殿の人々は口々に言いました。二人が扇を広げて舞台を二分し、大きく輪を描くように舞い始めると、拍手喝采が沸き上がりましす。

 源氏の君が優雅でおもしろく哀れなるに、帝は涙を拭い賜いて感激す。周りにいた上達部、親王たちも皆感激し、泣き賜いぬ。 さらに二番、三番と歌は続き、歌が終わると、

詠唱え果てて二人そろって立ち並びて、扇と袖、衣の裾を直し賜えるに、再び雅楽の音がにぎやわ、かわしきに鳴り響いて、二人の舞の余韻を残し給う。

 光源氏様の御顔の気高き姿は、色あい勝りて常よりも神々しく見えて、宮殿に光り輝く源氏の君と見え賜う。

 

                     つづく



         三


東宮朱雀院の母君、弘徽殿の女御は、かくもめでたき我が子を祝う舞の奉納につけても、ただならず源氏の君が宮中の人々があこがれの的のように見えて、東宮を脅かす存在と思して、

「神などと称して、空に据え目出つべき強敵の容貌、形かな。何故か恐ろしく。浮立て忌々しき存在なり」

と、のたまう。弘徽殿の若き世話女房などは敵意を抱いて、

「心憂鬱し。朱雀院様より目立つとは何事ぞ。目障りでならぬ」

「そうよ、そう。見た目は立派でも。武術に優れている訳でもあるまいに。中身は空っぽと思わぬか。兵の統率においては、頭の中将様が優っておいでですもの」

 と互いにささやいて、軽蔑し合い耳に留めけり。

 藤壺は、若き王子の憧れの目に恋心を感じながら、応けなき帝の最愛の側室と言う威厳の心もの無からましかば、昔過ごした親子のような関係を許されるわけでもなく、努めてそっけなく他人行儀に振舞わねばと考える。

 まして源氏の君が

「おめでたく見えまし。世話して育てた藤壺様の手柄でございます」

 と、典侍に言われても、甥と叔母としての立場上、

『男女の色恋と誤解されては困る』と思すに、それでも源氏の君の晴れ姿は、夢の心地なむ喜びが仕賜いける

「源氏の君はなかなか立派ではないか。親身になって育てたそなたのお蔭じゃ」

 と桐壺帝に言われても、

「そうですか。私には今でも雑な子供にしかみえませぬ」

 と、そっけなくの物仕賜う。試楽の宴が終わると、

 源氏の宮はやがて、近衛府の御宿直任務として衛門部の当直になりけり。宮が退散したした後で帝王様は、清涼殿で、

「今日の試楽は青海波を披露した源氏の君に、事の関心はみな尽きぬな。あの華麗なる舞は、いかが見賜いつる」

 と、問いかける帝王様の御声聞こえ賜えば、相無う藤壺の女御は無関心を装って、御答え聞こえにくくして、

「事に特別なことではありません。あの程度の舞ならば、誰でも披露はべりつ、頭の中将様とて立派でした」

 とばかり、そっけなく聞こえ賜う。

「片手楠木も、それほど悪くないにしても『氣しう特別とはあらずにこそ』と見えつれ。舞の有様、手遣いなむ腕の先まで神経尽くし賜う舞に馴れなむ。良家の家の子は、下級武士とは異なる。源氏の君には華やかさがある。

 この世に名を得たる舞の達人、男どもも、げにいとかしこき優雅さがあるれど、神神しう自然と生まれ、なまめいたる見事な技の筋をなかなか得なむ。他の者は引き込まれるような美しさを未だに誰も見せぬ。

 だが源氏の君は、これほどの出来栄えを試みの演習日に、かくも見事に演技尽くしつれば、朱雀院も満足であろう。南大寺の紅葉の影や見物人どもは、

『次の帝は光源氏様がなるべきではなかったか』

 などと、騒々しく思えど、国家の財産としての舞の技を、広く京の人々に見せ奉らん心にて、朱雀院の御前に舞を用意施させつる」

 などと、桐壺帝の悩ましき御言葉聞こえ賜う。


 その後、努めて源氏の中将は、藤壺の女御様に関心を持たぬように努力はしてみたものの、目の前で舞いながら見た女御様の御姿が悩ましげで哀れに思いなれば、自分の踊りの批評を口実にして、

「いかに出来栄えを御覧じけむ。世に知らぬ人は無き程に、藤壺様の苦しき御心の乱れ心地、見ながら舞こそすれば。


 物思うに、立ち舞うべくも 有らぬ身の 袖打ち振りし 心知りきや

 物悲し  立ち舞うべくも 有らぬ身は 袖打ち振りて 心知りたし 


あなかしこ」とある。それに対する御返りは、

「目も彩なりし御行幸の舞に、光源氏様の御姿形に出合い、見賜いて忍ばれず、心乱れやありけむ。


 唐人の 袖ふる事は 遠けれど 立ち居につけて 哀れとは見き

 恋人の 袖ふる人は 遠けれど 立ち居につけて 哀れとぞ見る


大方はそんな所でございましょう」とあるを、

 帝の御寵愛を受ける人には限りなう冷静で珍しう、かようなる身近な甥の方でさえだどたどしからず思えて、君が立場を超えぬよう配慮し、人の噂まで気にして帝の立場まで思い欲しやられる。藤壺様はそんな心の奥深い方です。

「弘徽殿の女御様が、私と若君の思いを知ったらどうなることやら」

 と、御妃言葉の咎めを兼ねても、『怪しい素振りを見せては絶対に駄目でございます』と、微笑まれて、懐に入れた自経の経典のように、文を横に長々と広げて、いつまでも見入り賜えり。

                          つづく



           四


 神無月の十四日、朱雀院にて王子の東宮披露が大々的に催しされる。行幸には王族の親王など、世に名の残る人々は院へ駆けつけて、祝い事に駆け付けて御奉公仕う奉り賜えり。

池の前の寝殿の南廂には、東宮朱雀王子が中央におわします。陽も夕暮れなるに、いよいよ舞の宴が始まろうとす。

池には例の雅楽の竜頭の船ども漕ぎ巡りて、唐の諸々国の踊りを舞う者ども、高麗人と尽くしたる舞の者ども、装装に演目も多かり。笛や琴、七力笛などの演奏楽の声、鼓の音、離宮の世の空に音を響かす。

 南廂の東宮の両隣には、桐壺帝と弘徽殿の女御が座して、春子王妃はこの舞のひと一日にち、源氏の君の御夕影、忌々しく思されて、御誦経など所々に独唱施させ給うを、

「あの美青年ぶった甲高い声を聞くのはいやじゃ、省略できぬものか」

と願い賜うを、帝は、

「何をいうとるのじゃ。あれがこの祝い事の最大の本願ではないか」

 と、拒絶仕賜う。周りの雅楽を聞く人々も、

「光源氏様の詩吟の歌が聞きたくて、多くの人々がこうして集まっておいでなのです。今さら演目を変更できません」

「言われなう省くは、光源氏様に同情が集まり、哀れがり聞こゆるなり」

と、咎めの声聞こゆるに、東宮の母春子様は、

「あながちなり。それは一方的に源氏の君の花舞台となるだけではないか。何故に東宮に華を持たせようとせぬ」

 と、憎みの声聞こえ賜う。

 階城など、垂れ幕の前には、笛を吹き鳴らす楽人どもには四十人を集め、殿上人はもちろん、参内を許されぬ地、下人の官職や、広く一般庶民の中からも演奏に優れた者を抜き居出て、

「心大事なり。雅楽に優れたる者は、たとえ庶民であろうと登用しろ」

 と、世人に思われたる笛の師匠など、有職の限りを整えさせ、階城の演奏人として集め賜えり。

 参議の若手宰相二人式のもと、左衛門の守、右衛門の守が左右の楽団の配列、指揮のこと行う。他の舞の師匠どもなど、世に並べて自分の踊りの系統を真似させてはならぬ立場を取りつつ、おのおのの稽古場に籠り居て、伝統なる舞を習いさせける。

 小高き紅葉の蔭に四十人の楽人ども、言い知らず華やかに笛き吹き立てる。響き渡る物の音色どもに合いたる松風の音も、さわやかに夜空に響き渡りて、

『誠の御山おろしと』聞こえて吹き迷い、紅葉の葉も舞い落ちる。

 いよいよ舞が始まると、色々に散り行き交う木の葉の渦の中より、青海波を舞う光源氏様の舞の輝き、夕暮れ時の松明の明かりに見居出たる有様、いと恐ろしきまでに、神々の厳格な儀式に見ゆる。

 烏帽子に飾ざしの紅葉の葉、風に痛う散り過ぎて、神々の御姿が顔の匂いに蹴押されたる心地すれば、桐壺帝の御前なる菊を折りて、左大将の左衛門の守、光源氏様の帽子に差し替え給う。

 日暮れ、闇に掛かるほどに宴が長引けば、朱雀院の庭園の景色ばかり闇に打ちしぐれて、空の景色さえ暗くいつもの見知り顔なるに、さるいみじき絶賛の素晴らしい姿に、人々は心を奪われ賜う。

 菊の色々移ろい絵ならぬ、踊り衣装の袍の衣を取り換えて、手に持つ小道具も刀や鎗、つづみなどを次々に飾して、今日は又なき演出の手を尽くしたる入り階城の終盤の隠れ綾のほど、

 舞は背筋がそぞろ寒くなるほどにこの世の事とも覚えず、物の踊りの気高きゆかしさを見知るまじき下働きの下人など、心は脅えて木の元の岩に隠れたり、築山の木の葉、茂みに埋もれて覗きたる姿さえ神業の踊りとさえ見ゆ。

 少しもの、宮中の厳粛な舞を心知る者は、光源氏様と頭の中将に感動して涙落としけり。桐壺帝や弘徽殿の女御様、太政、左右の大臣なども、この素晴らしき舞に感動す。

 源氏の君と頭の中将の舞が終わりその余韻の治まらぬ頃、稚児ども余人が舞台へ上がり、次の雅楽の響きを待ちにける。

その中の承香殿の女御の御腹から御生まれになった四の皇子はまだ童にて、あどけなく不安に周りを見賜う姿、面白くて人々の微笑みを誘い給う。嵯峨天皇が曲作りした秋風楽が始まると、踊り舞い給えるなむ御姿、あどけなくて、

「可愛い」

 と、他の三人の踊り子と共に、青海波の差し次の余興として、中々の見物になりける。

会場の人々は光源氏様の荘厳な踊りから解放されて、笑いに包まれたり。これらに面白さの笑いが尽きければ、事ごとに目も映らず、とりこになって返りて見れば、厳格な儀式の事冷ましににや有りけむ。

 その夜、源氏の君と頭の中将は帝の御前に呼ばれて、

「源氏の中将は従三位の位に仕給う」

 と、宣旨があり。また頭の中将は、従・下の官位を取り払い、正四位の位に加階仕給う。

 上達部は皆、多少の昇進の恩恵を受けて見なさる限り大喜び仕給うも、源氏の君の昇進が並外れた特例にて、この君に心惹かれ給えるなれば、羨ましがる人々の目をも驚かし、我が事のように心をも喜ばせ給う。

 この行幸の舞の出来事は、昔の世の、ゆかしげな良き時代の恩恵なり。


                        つづく



        五


 あの朱雀院の舞の頃に於いては、源氏の宮はその頃、行幸の準備に忙しく、左大臣家の大殿へまかり出賜わぬ事が多ければ、例の葵の上は暇もや十日過ぎると、疑いが独り歩き仕給う性格にて、

『自分はつまらない女だ。この暗い性格が光源氏様を遠ざけているのだ』などと思い賜い床に臥せ賜う。

 取り巻きの侍女女房は、そんな葵様に気遣いして、

「そんなことはございません、葵の上様。葵様は気立ても良く美しい奥方様でございます。どうぞ気をしっかり持たれて、毅然と御振る舞い下さい」

 などと、共に幼いころから育った女房は慰めます。

「そうでございますとも、葵の上様。悪いのは光源氏様でございます。亭主たる者、二日に一度は葵様の大殿へ通うべきでございます。惟光を呼び寄せましょうか」

 と、他の侍女が声かけると、

「もう良い。どうせ『行幸の舞の練習に忙しい』とか、他の用事を言って言い訳をするであろう。ことわりの言い訳を聞くのも疲れる」

 と打掛で頭を隠して細々と言い給う。

「そんな気弱な御考えは御捨て下さいませ。粗暴で教養のない弘徽殿の女御様は、気が強いだけで立派に中宮王妃の役を担っているではございませんか。葵様もあのように気を強く御持ちなされませ」

「わしはそんな強い女ではない」

「ああー、老女様、姫様に何とか言ってやって下さいまし」

 と側近の女房が乳母の老女に助けを求めると、下の席にいた小袖袴姿の女が老女に近付き、

「あの若様は、子供のような娘に惚れこんでいるとの噂でございますよ」

 と耳元に告げ口しました。

するとそれまで葵の上の悲しみに同情して黙って聞いていた老女は、急に驚きの顔を見せ、姫様に気遣いながら

「誰ぞよ、その女は。けしからん。探し出すのじゃ」

などと、葵殿には内密にして取り巻きの女房どもは騒がれ給う。その疑いがあれこれ調べ上げているうちに、ますます現実味を帯びて、

「いとど、どうにもならない。胸騒ぎがする」ほど疑いが増して、かの若草燃える頃の『起りの病』に静養に出掛けられた北山のようすが思い出されて、

「そうじゃった。祈祷師の近くに尼君と、その娘が住んでおったとの話があった。その僧都の孫を光源氏様は大層気に入られたとか」

と、相手の孫をも尋ね取り賜いて、光源氏様が心奪われたと思いしを、

「その女はどのような女じゃ。若くて美しいのか」

 と、上の老女は問い質し給う。

「その女のことならば、養女として二条院へ迎えられたとの事。『二条院には若き人を迎え賜うなり』との噂は、れっきとした評判になっております。若き女とは、この若紫を言っているのでございましょう」

と、人の声聞こゆれば、

「いと心付きなし。まったく不愉快じゃ。このれっきとした妻がありながら、別邸の二条院へ愛人を迎えるなど、言語道断」と、思いたり。

 内々の葵の上の有様は知り賜わず、さもそのような重大事を夢にも思さむは、光源氏様の言い訳の断りなれど、葵の上もまた、心美しくもっと率直に例の弘徽殿の人のように、

「光源氏様、私は不安でございます。どんなに忙しくても三日に一度は顔をお見せ下さいませ。それが夫の役目でございます。日頃の行いがどうであろうと、とやかく苦情は申しません。もっと正妻の家で長く過ごさねば困ります」

 などと恨み事を素直にのたま給わば、我も裏なく葵の上の事情を打ち語りて同情し、慰めの一筆を加え聞こえてんものを。思わず、

「光源氏様は私がどうせ、御嫌いなんでしょうよ。そうよ、私も光源氏様なんか大嫌い。御会いしたくございません」

 などと心にもない言葉を発する言い訳に、葵の上の本心が何所にあるのか飲み取りにくく、心にもない意地張り賜う心付きなさに同情心を度々追い返されては、光源氏様もさもあるまじき浮気の荒び事も居出来るぞかし。

 人の御有様の片方には悪に染まる弱い部分が残されていて、その事の明かぬ不満と覚ゆる憎しみを内に秘めては、いつまで経っても治る傷もなし。

 人より先に夫の素晴らしき長所を見奉り、愛情を染めてしかば、哀れにやんごとなく評判の高い理想の女と思い聞こえゆる民衆の心をも知り賜い、思わぬ喜びのほどこそも度々あらめ。

ついには葵様の生き方が、

『人生の教訓に思し直おされなむ』と評判になり、穏やかしく軽々しからぬ思慮深い御心ほども、自ずから心の安らぎを取り戻し、

「光源氏様と結婚なされて本当に良かった」

と、周りの女房どもも、御世話頼まるる方は、今の重苦しい雰囲気とは異なる事になり給いけりぞかし。


                     つづく



           六


 幼き人は、見付いたまま気ままに過ごし、光源氏様を世話し続けて来た桐壺御殿の母付きの女房や、かって夕顔を世話していた右近も、紫の上の他にお仕えする主がおらねば、何事の争いもなく二条院の館で穏やかに過ごされ賜う。

 幼くして尼君の館で共に暮らしてきた犬君も、ここ二条院へ引き取られてからは性格もおとなしく成り、今では十五の歳にて紫の上の姉君のように、古くから二条院にいた姉御どもともうまく渡り合い、取次世話を仕給う。

 紫の上の性格は、いよいよおっとりとして何事にも執着しない心様かたちにて、光源氏様とは睦まじく戯れ、互いに御近くでまとわし付きながら、楽しく過ごしておられると聞こえ賜う。

 しばし王宮殿の内の人にも、誰と親しく暮らしているか知らせじ。王族の行動に口やかましい重臣どもがこのことを知ったならば、

『王子としてあるまじきことか』

などと余計に騒がしくなると思して、なおも今だに来訪者の目にとまらないように離れたる西の対に住まわせ、新居にふさわしく御仕つらい、優雅に暮らせるよう調度品など惟光が担うして、紫の上の御機嫌を取り賜う。

我も明け暮れに新居に入りおわして、よろずの教養ある習い御事ども教え、教育熱心と聞こえ賜う。自ら和歌の御手本を書きて習わせしつつ、背後から寄り添って筆の動きを教え賜えれば、紫の上も嬉しそうに光源氏様の御顔を見上げ賜う。

二人の仲が事なう睦ましければ、ただ外なりける我が御娘を、

「事情あって外に住まわせておったのだが、ようやく引き取ることができるようになった」

などと言って、御近くへ迎え給えらむようにぞ思したる。

この紫の上に対する光源氏様の信頼は絶大で、家庭内のもめ事や財産の管理、所領の年貢の取り立てなど政所の業務、家にお仕えする奉公人や、光源氏様をお慕いして二条院へ出入りする家司人などをはじめ、家に生活物資を届ける商人の扱いまで事に分かちて、心元ならず指図仕う奉らせ賜う。

惟光より他の人は、

「このような大事な事を、誰とも分からぬ幼い娘に任せて良いものか」

などと言って、おぼつかなく、不安のみ思い溜息聞こえたり。

かの父宮、兵部卿も、娘の行方など、え知りも聞こえ給わざりけり。それとなく探していると聞こえ賜うも、熱心ではあらざれけり。

紫の姫君は、なお今だに過去の思いでを聞こえ賜う時、祖母の尼君を恋しく思い、泣き声聞こえ賜う折りも多かり。源氏の君が二条院へおわする日は気も紛らわし賜うを、夜などは時々こそ西の対に泊り、紫の上の不安を慰め賜える。

君はここかしこの宮中の用事に忙しく暇なくて、日が暮るれば外の会合に出賜うを、その時紫の上は寂しく思い、慕い泣き声聞こえ賜う折りなどあるを、家の者はいとろうたくふびんに思い、慰めの声聞こえ給えり。

二・三日内裏の帝の御近くにさぶらい、主君が大殿の宿直室にもおわする折りなどは、

「光源氏様、早く帰って来て下さい。紫は世間から見捨てられたようで、とても不安でございます」

 と嘆きながら、いと痛く床に屈しなどしておびえるなど仕賜えれば、周りの人々は心苦しうて、母なき子も同じたらむ心地して、二条院の歩きも静心に無く上の空の心地に覚え賜う。 

 僧都は姪の紫の上が、

「寂しい思いをしながらも、二条院の政所を任されております。御二人の仲はなかなかよろしいかと存じます」

 など、かくなむと犬君から聞き給いて、光源氏様が強引に奪った拉致行為を怪しき物と疑った心から、今では安心して嬉しいとなむ思い欲しる。かの尼君の御法事など仕賜う時も、

『いかめしう荘厳にとぶらいなされている』と、聞こえ給えり。


                          つづく



          七


 それから幾日か過ぎて、藤壺の女御様より真家出生まれ賜える三条の宮に、御姿の有様もゆかしうて、

「可愛くて顔立ちも大そう立派な御方でございます。あどけなくて無邪気な姿を見ていると、私共の心も癒されます。どうぞ光源氏様、藤壺の女御様も御待ち兼ねでございますので、どうか一度お会いになって下さいませ」

 などと命婦にそそのかされて、内裏の藤壺御殿へ参り賜えれば、帝を世話する命婦、側近の中納言の君、中務の女房、左大臣家からお供した老女などのような人々が光源氏様と対面したり。

 藤壺様と周りの人々が、けざやかにもよそよそしく謁見の壇上から光源氏様を見下ろせば、

「なぜこのように明白に他人行儀な態度で持て成し賜うかな。宮殿で共に暮らし育った間柄でも、藤壺の女御は帝王様の妃、昔とは違う。『身分をわきまえよ』と言うことか」

と、安らからず思えど、

「この身は帝の臣下に下った身。仕方があるまい」と、心を静めて丁寧に挨拶したれば、大方の、

『藤壺の女御と光源氏様の仲が怪しい。妙に親しすぎる。二人の仲は一線をこえているのではないか』などと余計に勘ぐりする連中の、御物語が聞こえ給えるほどに警戒して、その場を繕えば、兵部卿の宮参り賜えり。

 実はこの兵部卿の兄君、この源氏の君がおわする日時を聞き賜いて、相談したいことがあって対面し賜えり。二人が正式に顔を合わせ見知り置きしたい気持ちになったことは初めてで、

「いと良しあるさまにて理知的な顔立ちでござる。源氏の君、今後どうぞ御身知り置きのほどをよろしく頼む」

 光源氏様から見た兵部卿の宮は、年の離れた勇猛な兄上の感じで、ふっくらとした体に首と足がしなやかに伸びた好青年の感じである。

「藤壺とは先帝の側室となった母君の腹から生まれ、ここの御殿で二人して育った仲なのだ。宮殿で生まれ育ったのは源氏の君と同じ。源氏の君が幼少期を藤壺の女御と共に育ったのなら、我々は兄弟と同じではないか。何か困った事があったら互いに助け合おうぞ。源氏の君」

 と、兵部卿の宮が親しげに話し掛ければ、

「私も兵部郷の宮とは親しくなりたいと、兼ね兼ね思っておりました、こちらこそよろしゆう御頼み申す」

 などと丁寧に挨拶す。

 源氏の君が色目かしう優美になよび賜えるを、女に置き換えて見むは『これぞ絶世の美女だったに違いない』とおかしう想像するも計り兼ぬるべく、

『人知れず源氏の君と藤壺の仲を色恋ではないか』と、見立て奉り賜うにも不自然で、方々兄弟のように仲睦ましう覚え賜いて、

「実は私共の母君が亡き後、わしは九州の大宰府に赴任し、幼い藤壺は左大臣家て育てられることになったのだ。あの時の心細かったこと、母を失った源氏の君の悲しさは、よう理解できる」

 などと細やかに身の上御物語など聞こえ賜う。

 兵部卿の宮も、この源氏の御様の常より事に懐かしう打ち解け賜えて、親近感を感じ賜えるを、いとめでたしと見立て奉り賜いて、

『まさか行方不明の紫の婿などになっている』とは思し寄らで、

『女に見立てばや、妾にして別院へ囲いたい物よ』と、色めきたる御心には恥ずかしながら思欲す。

 かっての幼き頃の源氏の君は、日も暮るれば御簾の中に入り賜い、藤壺様と親しく語りあったものを、今では遠くに追いやられて、御簾の外からおぼろげにようすを知るとは悲しい身分なり。

兄妹には許される兵部卿の宮が御簾の内側で御話し出来る事がうらやましく。昔は上の帝の御持て成しに手を引かれ、藤壺の子供のようにいつも女御とは、け近くそばで眺め会話をしていたものを、

『今では二人の側近の女房を通して、人づてならで物事の良し悪し物を伝え聞こえて来賜いし立場とは腹立たしく思える持て成しぞ』


紫式部としては、光源氏様を疎み賜える藤壺の態度も気に入らぬ。藤壺の辛う光源氏様を見下す態度も不快に覚ゆるぞ。割り切れなきや。もっと親しく接しても良いものを。


「しばしばもこちらへさぶらい御伺いすべけれど、『大した用ごとぞ』と思いはべらぬ事もなき程には、己ずから厚かましく参上する訳にも参らず参内を怠りはべるを、さるべき三条の宮の御誕生の折りは、

『どうぞ宮の姿を一度見に来て下され』との仰せ言葉もお掛け下さいまして、御誘いはべらむこそ嬉しく、誠にありがたき幸せでございます」

 など、すくすくしう帝の配下として従うべく、準王妃に対する礼儀もすくよかに居出賜いぬ。

 命婦もたばかりに参内を誘ったのも、『三条の宮の父親は、実は光源氏様ではないか』との噂を打ち消す策略で、

『平然と会い、壇上の下でお祝いを申し上げなければますます疑われる』と聞こえむ方もなく、配慮したものと思われる。

 源氏の宮の御景色も、有りし子供の時よりは、いとど憂き伏しに悲しく思し置きて、藤壺様との関係も心溶けぬ立場になり、女御の余所余所しい御景色も恥ずかしう愛おしければ、遠くから心ならずお慕いするのが一番良いものと思われる。

 子供の頃誓った『共に御近くで暮らし、お互いに助け合って暮らしましょう』という約束も果たせず、藤壺様からの『身辺警護のために近くに置く』との暮らし何の印の言葉もなくて、ただ時間だけが空しく過ぎて行く。

 藤壺様のあの御言葉は、

『子供相手のはかない嘘の契りや。光源氏様は生涯孤独の身の上なのか』

と、思し乱るること多くて、語る身には同情心も尽きせず。


                         つづく



       八


 乳母の小納言は先々の不安をも覚えず、思わずおかしき平穏な世を見るかな。これも故尼上の、紫に対して先々の御事を思して、日頃の御行いにも御仏に祈り、読経聞こえ賜いし、仏の慈悲深い御印にやと覚ゆ。

 葵殿は、いとやんごとなく正妻としておわし、左大臣家の娘と言う力は、ここやそこかしこに余多影響を掛かかわしづらい給うをぞ、誠に紫の上は大人びて正妻に礼儀を尽くし賜わぬほどには、平穏な暮らしも難しき事やと覚えける。

 されど紫の上はそのような不安をよそに、かく取り分け賜える家事や習い事の御覚えのほどは、めきめき上達して頼もしげ成りける。二条院でお仕えする女房どもは、紫の上に従えば、まず食う事には困らぬと安堵致す。

 そんな紫の上の喪明けに関しては、母方の祖母が亡くなりし時、三月こそはとて喪服を着る決まりべけれど、それも忠実に守り、通常ならば喪明けのつごもりには喪服を脱がせ奉り、待ち兼ねたように派手な着物で着飾るものを、

「御婆婆の尼君は私の母親も同然、どうして三か月で喪が明けた気分になれようか。もう少し地味な服装で居させ給え」

 などと言って、なかなか尼君の死を認めたがらぬようすなり。

 今は親も無くおいで賜いしかば、遠慮がちにまばゆき色の派手な服装にはあらで、薄色の紅、紫、山吹色の無地の粗末な色を好み、それに合わせて織れる地味な御小袿など着給えるさま、いみじう遠慮がちで、短めの上着は今めかしう簡素でおかしげなり。

 男君は毎日の日課である宮殿の朝礼の礼に参り賜うとて、差しも欠かさず紫の上の西の対を覗き賜えり。

「紫の上、今朝の御気分はいかがかな。そろそろ御婆婆君の事は、忘れにならなければなりませぬぞ。ここでは頂点に立つ姫君だからこそ、今日こそは明るい色の小袿を着賜えや。今日よりは明日、明日よりは明後日と、おとなしく女房どもに従い、ここの主らしく成り賜えりや」

 とて言って、口元に扇を当てながら、打ち笑み賜える。

「いやらしい爺さまですこと。男は朝っぱらから女の部屋を覗く者ではございませんぞえ。光源氏様の鼻の下が大きく伸びて、いやらしく見えますわ」

「こんな若い美青年を捕まえて『爺様』とはひどい話でござる。爺様は姫君が元気になられたか心配でたまらぬのじゃ。何か困ったことがあったら何でも申されよ。紫の上の願いならば、何でも聞いて差し上げますぞ」

「それでしたら早くここを立ち去って下さいませ。御琴の習いの邪魔でございますわ。夕顔の右近が、先ほどからお待ちかねです。帝への朝礼の御挨拶に遅れてしまいますわ。種馬は何を考えておいでですやら」

「何」

 紫の上は、いとめでたう愛敬付き給えり。源氏の君は紫の上の意外な言葉に驚きました。どうも葵の上を取り囲む女房連中の噂を耳にしたようです。光源氏様が四人衆の若紫の女房に目を向けると、姉のような存在の犬君は自分が起られたと思いて、

「申し訳ございません」と、頭を下げました。少し狐目の犬君を見て、光源氏様は目をそらします。

 紫の上の後ろに目を向けると、雛壇の人形が幾つか倒れています。

「どうしたのじゃ、姫君。お雛様を粗末に扱うと罰が当たりますぞ」

て、光源氏様が言いますと、

「それは紫がしたのではありません。犬君がしたのです」

と言う。

「どうしたのじゃ、犬君。何があったのだ」

 とて言って光源氏様が犬君に目を向けると、

「申し訳ございません、光源氏様。姫様が今朝も雛人形に夢中で、御琴の習い事を一向に始めない物ですから、私がいらいらして倒してしまったのでございます」

「何、紫の上はまだ雛遊びに夢中なのか。困った御人だ。そろそろ大人びて、段飾りを仕舞いなされ、姫君。困った御人じゃ」

 後ろの葵の上を振り向くと、いつしか姫は倒れた妃雛を仕据えて、元の場所へ注き居給える。

三尺の御厨子ひとよろいの段の中に、様々な品々の雛人形をしつらえ据えて、また小さき小屋や舟、太鼓、琵琶、あんどんども作り集めて中に奉り給えるを、所狭きまでに入り切らず、残りを遊びながら広げ給えり。

「御琴を習いやらうと思いても、犬君がこれをこぼち落としはべりければ、元通りに繕い直しはべけるぞ。乱れたままでは落ち着いて稽古ごとに身が入らぬ」

 とて言って。いと大事に雛人形を覚い召したり。

「げに、どれほどの理由があろうとも、雛人形を倒すとは、いと心なき人の仕業にも、有りはべるかな。今元通りに小納言と右近に繕わせはべらむ。何も悲しむ事はないぞ、姫君。二条院で暮らす者は皆姫の味方じゃ。

 それにしても今日は、事忌みして祝い事の正月事始め。な・泣き居賜いそぞ、紫の上。我慢なされ。麻呂は帝の御挨拶に参る。後の事は任せたぞ、乳母の小納言殿」

 と、光源氏様が言えば、

「かしこまりました。どうぞ後の事は私どもに任せて、急いで出発なさいませ」

 と、小納言は頭を下げます。

「かたじけない」

 とて言って、内裏へ出で賜う気配の御景色にあれば、光源氏様の御近くにいた女房ども所狭きを、寝殿の庭近くの端に立ち居でて光源氏様を見立て奉れば、姫君も侍女の前に立ち居出て見送り賜いて頭を下げます。

「どうぞ気を付けて行ってらっしゃいませ」

 と、紫の上が御声を掛けますと、侍女どもも一声に、

「行ってらしやいませ」と、頭を下げました。光源氏様は、

「さらばじゃ」と言って後も振り向かず、御部屋を出て行きます。

紫の上は惟光と小君を従えて出て行く光源氏様の御姿を見送りながら、頼もしく思いました。


                      つづく



        九


 光源氏様が立ち去った後で、紫の上は雛壇飾りのひ雛の中に源氏の君に見立てた男雛を見居出して、倒れた君の人形を繕い立てて、段飾りの内裏の場所に参らせなど仕賜う。

「今年こそだに、少し大人びさせ給え。いつまでも子供のままでは困ります。十に余りぬる人は、雛遊びなどは忌み嫌いはべるべき物を、そろそろ覚悟を決めて御やめなさいませ。

かく光源氏様のような御男など設け奉り賜いては、奥方としてあるべかしうしめやかに御振る舞いしてこそ、この家の繁栄もあるべきもの。そろそろ北の方様らしく、物静かに見奉らせ賜はめ。

これから御櫛に参るほどだに、髪を整えて顔の御化粧もの美しく施させ給う」

など、小納言の嘆く言葉聞こゆ。

しかし、小納言が言うように、

『遊びのみ心入れ賜えれば、十余りの女の子として恥ずかし』と思わせ奉らむ戒めは、本当に正しいのでしょうか。『遊びが恥ずかし』とて言えば、心の中に我はまさに男を設けて『遊びなどに興味がなくなった』との意味成りけり。

 この上級貴族屋敷に於いて、光源氏様にお仕えする人々に、愛人としての男としてあるは醜くこそあれ。我はかくおかしげに若き人をも男造りに励ます習慣を、

『何故に持てはやさたりけるかな。誤った習慣ではないか』などと、今ぞ、この年になって思欲し知るける。男女の恋愛はもっと年取ってから、『遊びに飽きた年ごろから始めても良いのではないか』などと思欲しける。

 さは言えども、紫の上の御年の数、男と添い臥しる印の年齢に成めりかし。男と寝床を共にするを求められても恥ずかしい年頃ではない。しかし紫の上が、かく幼き御気配の幼稚事に触れて知るければ、可哀そうに思える。

 殿の内の人々も、光源氏様が何時までも子供扱いにし、欲望を満たす女として扱わぬ事に『怪し』と思いけれど、いとかう世間並みに世附かぬ愛人関係の御添い臥しにならむとは思わざりけり。

 光源氏様と紫の上の関係は、実の兄弟のよう、もしくは親子のような関係にあったのです。


 その翌日の朝、光源氏様は帝が住まわれる内裏より直接左大臣家の大殿にまかり出賜えれば、葵の上は例の麗しう端正で他所他所惜しき御姿さまにて、心美しき親しみの御景色もなく、ここに居ても辛くて苦しければ、

「今年よりだに、少し世附きて私に心を開き、甘えるなどの笑顔を見せて心を開き、改め給う御心見えれば、如何に嬉しからむ。葵の上も、私共の評判が良くないのは御存じのはず。人前だけでもうまく繕いましょうぞ」

 などと、聞こえ賜えど、

「あら、正月の挨拶もまだ終えてもおりませんのに、御小言を、いきなり言うのですか」

 と、葵の上は幾分暗く思える御簾の内側から言います。

「これはこれは、失礼を致した、葵の上殿。まずは新年おめでとうございます。今年も良い年でありますように祈っております。御気分はいかがでございましょうか」

 光源氏様が段下の謁見の間から深く頭を下げて申し上げますと、

「明けましておめでとうございます。光源氏様。あなた様もお元気な御様子で何よりでございます」

 と、葵の上は言いました。光源氏様が一通りの挨拶をしてホットしていると・・・・


                           つづく



             十


「所で光源氏様、私も申し上げたいことがあります。この大殿から二条院へ光源氏様の世話をする女房を何人か送り届けているはずでございますのに、

『わざと他の人を据えて、かしづき愛人をお世話を仕賜う』と聞き賜いしよりは、心が穏やかではおられません。光源氏様の事ですから、

『その女に対してはやんごとなく不備か無いように』と、思し定めたる世話事にこそは十分に心のみ置かれて、私共の事はお忘れになっていらっしゃるのでしょう。

私共に対して、いとど疎く粗末に扱うは恥ずかしく思さるべし。私は光源氏様の正妻でございますよ。毎晩のようにお訪ねしてもらわなくては困ります」

などと葵の上は言う。

「これはこれは、何もかもお見通しの御様子、参りましたな」

 光源氏様が頭に腕を回して首の後ろを掻いていると、

「しいては私共を見知らぬ他人のように持て成して、一向にくつろげぬ御様子。他人行儀で心を開かぬのは光源氏様の方でございます。ここは光源氏様の本家でございますから、もっと堂々とお過ごしなさって下さいませ」

 と言いました。

「麻呂は幼くして母を亡くしてしもうだのじゃ。人の愛情や御厚意に素直に甘える事ができぬ。人懐っこさがまるでないのだ。幼い頃自然に身に付けていない人への甘えを、今さらどう振舞えと言うのか。

 まして帝の御近くで育てられた私に対しては、誰も私の我がままを咎める者などいなかった。帝に遠慮して誰も私の行いに対して小言など言わぬ。

物事の良し悪しがわからぬ私に、今さらどう『品行正しく生きろ』と言われても無理な事だ。その中で二条院の若紫だけはお互いに心が開ける。母を失った者同士、兄妹のように助け合って生きて行けそうな気がするのだ」

「私とてそのような境遇は同じなのです。宮腹生まれの私に対しては、誰も逆らったりはしません」

 葵の上も悲しそうに言いました。

 光源氏様とて左大臣家の御持て成しを素直に受け入れられず、この御厚意の代償をどう御返し出来るのか、乱れたる御気配には、えしも心強からず、その場その場の御答え聞こえ賜えるは気の毒なばかり。

大勢の兄弟や親戚の取り巻きに囲まれて育った人間と比べれば、なお人よりは、いと異なった性格なり。

 一方の葵の上は、光源氏様と結婚して四年ばかり左大臣家に於いて子供達の上、年長者として家族を取り締まる立場におわすれば、それなりの貫禄が年と共に打ち過ぐし増して、恥ずかしげに容貌整えて見え給う。

 何事かが、この葵の上を一家の頭領らしく落ち着かせて見えさせるかは、この人の開かぬ秘密めいた所は、左大臣家と言う由緒正してい家柄の風格もの仕給う技なのかとも思える。

 我が心の趣くままに行動する余り、年長者たる者、けしからぬ荒び心に惑わされて、かくも夫に恨みられ奉るぞかし。大殿で何不自由なく育った葵の上は、人の内に秘める悩みなど、感じ取ることが出来ぬと思し知らるる。

「光源氏様がそれほど紫君をお慕いしているのなら、それを引き裂くのは無理として認めましょう。しかし私と光源氏様は夫婦なのですから、そのことを大事にしてください。

 何事も光源氏様の相談はまず私にして下さい。私も光源氏様を我が夫として、世間に恥ずかしくない風格を見に付けてもらいたいと思っておりますので」

「かしこまりました。何もかもはまず葵の上殿に相談いたしましょう。紫の事に関しましては報告が遅くなって申し訳あれませぬ」

 光源氏様が改めて一礼して誤ると。葵の上も」

「分って下さいましたらそれでよろしいのです」

 と笑顔を見せました。

「でも葵の上様」

 と取り巻きの侍女女房どもが何人か光源氏様を見詰めて何か言おうとすると、

「ここまでじゃ。そなた達は黙っておれ」

 と脇息を叩きます。

 世間では同じ大臣と聞こゆる中にも、一家の御覚えやんごとなく尊敬を集めて、平和に暮らしているようにおわするが、それぞれの家にはそれなりの悩み事があるもので、当人達か幸せかと言うとそうばかりとは言い切れぬ。

 特に葵の上は、母君が桐壺帝の姉君という宮腹に一人居付き、世間の尊敬もかしづき大事にされ賜う風潮にて、御心のおごり、いとこよなく多すぎて、少しでも無視されたり悔色されたりする愚かなる扱いをば許さず。

左大臣家が名誉を目覚ましく気に掛けると思い聞こえるを、男君の光源氏様はなどか、どうしても差しも刺されぬ二条院の家風として習わい賜う。さてもさて、まだ二条院が創建始まったばかりで安心できるが、これが世に比類なき実力を付けたならば、両家の御心の隔てどもになるばかりにあるべし。

左大臣も、かく頼もしげなき光源氏様の現状の御心を、辛しと思い聞こえ賜いながら、葵の上と共に見立て奉りくつろぎ賜う時は、娘を大事にしない恨みも忘れて、大事にかしずき、身なりを整える営みに配慮していると聞こえ賜う


                         つづく



        十一


 大臣は、努めて光源氏様が居出賜う宮中の儀式に、差しも気掛かりに覗き賜いて、婿殿が位に即した御装束仕賜うに、少しでも見劣りがしないかと、名高き牛革の黒い御帯と共に、ヒスイやの飾り玉など、御手づから重臣に持たせて、葵の上と共に過ごし賜う西の対に渡り賜いて贈り賜う。

「実は婿殿に身に付けていただこうと持って参ったものがる。京極の名高い職人に造らせた牛革の帯と玉の飾り具を持って参った。今日はこれを身に付けて紫宸殿へ登庁なさけませ。きっと帝も驚きなさいますぞ」

「これはこれは、どうしてこのような高価な物を」

「婿殿はわしの娘の大事な御方。これぐらい当然でござる」

 と、大臣が照れくさそうに苦笑いをしてうつむくと、

「まあー、立派な飾り帯でございますこと。きっと光源氏様にお似合いでございますわ。早く身に付けさせておやり」

 と、葵の上が言いました。重臣は命じられたままに、

「かしこまりました」と言って。その帯飾りを前に置いて御装束を着替えさせ始めました。

「左大臣様、これでいかがでございましょうか」

 身支度が整え終わると、重臣は光源氏様の袍の上着を整えながら言いました。

「どれどれ。うむ、飾りが正面過ぎるな。少し脇へ逸らせた方がよさそうじゃ」

 などと言って、大臣も自ら光源氏様の御近くに立ち、御衣の後ろを引き繕いなど、まるで下男になったように、御靴を取らせ履かせぬばかりに、丁寧に衣服の繕いなど仕賜う。

 大臣は、男君が娘の葵の上になかなか近づかず、夜の床も同じにしなくなったと知っているだけに、婿に必死で尽くす姿、いと哀れなり。

「これは内宴の歌会始などに着るべき、

『改まった服装』と言う事もありはべるなるを、今日の参内には勿体無さ過ぎる。さようの折りにこそ着させ給え」

 などと、遠慮の声聞こえ賜えば、

「それはまさしく源氏の君の言う通り、それに勝れる使い道も、他にないはべり。今日の所、これは目馴れる試着のみと致そう。源氏の君には落ち度無きさまに成らなければならむ。御身に当てた甲斐があった」

 とて言って、しいて源氏の君の言う通り、そのようにささせ奉り賜う。

「それでは内宴の前日の晩は、ここへお伺いして葵の上と夜を共に過ごすと致そう。葵の上、それでよろしゅうござるか」

「まあー、光源氏様ときたら、恥ずかしい事を、そのように抜け抜けと」

「二人の仲が良い事は、嬉しいことじゃ。わっはははは・・・。」

「ほほうううう・・・」

「うっふふふふ・・・」

 三人の笑い声を聞いて、御近くで三人のようすを見ていた女房連中も、嬉しそうに微笑んでおります。

 げに何もかもよろずに源氏の君を、大事にかしづき育て立てて面倒を見立て奉り賜うに、源氏の君の容姿はますます華やかになり、葵の上との仲が更に良く成れば、左大臣も生ける甲斐あり。

 たまさかにも二条院で暮らす若紫の事に係わらん人を、この場でて居出だし入れて三人の反応を見んに意地悪します事、

『誰も三人の幸せに水を差します事あらじ』と、見え給う。

「それではこれから他に、年賀の挨拶をしなければならない所が何ケ所かありますので失礼つかまります」

 光源氏様は左大臣に挨拶すると、大殿を後にしました。


 年賀の御挨拶に参座しに行くとしても、余多、多くの所をも歩き賜わず。内裏、東宮、前上皇の一院、ばかり限られた数なり。さては、それら大事な人々をよそに、藤壺の三条の宮に年賀の挨拶ぞ、参り賜える。

「今日はまた、事にも増して嬉しそうに見え賜うかな。あの喜びようは『きっと我が子であると思っているに違いない』

と、右大臣を筆頭ととする反対派連中の重臣は、ねび給う年寄りのひがみのままに咎め聞こえ給う。

また一方の、帝をお世話する命婦どもや、左大臣の息の掛かった者は、

「ゆゆしきまでに華やかに成り勝り賜う光源氏様の御有様かな。光源氏様がおいでなさっただけで宮中が、ぱっと明るくなりましたぞえ。そなた達もひと目見に行くが良い。華やかぞえ」

 と、梅壺御殿の女御が言うと、

「わー、すぐ見て参ります」

「私も行ってよろしいですか」

「止めはせぬ」

「ありがとうございます」

 などと、宮中のほとんどの女御御殿の人々が、『めでたし、めでたし』と大騒ぎの声聞こゆるを、源氏の宮、一向に気にするようす見えなかりける。

 光源氏様にとっては、几帳の隙間よりほのかに見賜う藤壺の女御の御姿が、苦しんでいるように思えて、

『女御様は根も葉もない噂を気にして、御悩みになっておられるのではないか』

 などと、思欲すこと茂かりけり。


                        つづく



         十二


 この御事の悩みの原因は、藤壺の女御様に御懐妊の兆候があったと知らされてから十か月後の師走も過ぎに成りしが、一向に出産の兆しも見えぬ心もとなきに、

「この一月の半ばまでにはさりとも出産の兆しがなくては困る」

 と、宮中人も待ち望み聞こえて、内裏の桐壺帝側近もそれに対応した御心構え設けどもあるが、腹の大きさに比べて出産の兆しはなく、一月もつれなく過ぎて穏やかに経ちぬ。

 この出産の遅れは『御物の怪の霊魂が藤壺の女御にまとわり付いているにや』

 と、弘徽殿の女御の呪詛を宮中に出這入りする世人にも聞こえ騒ぐを、出産のために御移りになられた三条宮で暮らす藤壺の女御様は、いとわびしう困惑して、

「赤ん坊が育ち過ぎて、悲惨な難産になるに違いない。この事により身の産立ちが悪く、いたずらに死になりぬべきこともあるやも」

と思し嘆くに、精神的な御心地もいと苦しくて、今後の不安に悩み賜う。

「藤壺の女御様、どうぞご安心下さい。私が北野天満宮に参拝し、安産を祈願致しましょう」

 と、中将の源氏の君はいとど女御と心を思し合わせて、御自ら修法などを仏閣寺院に悟はせ、何ら下心もなくて、

『ただ生まれて来る子供の安産だけが目的です。藤壺様と生まれて来るお子様が無事ならば私は何も望みません』と、ただひたすらに祈願を所々に施させ賜う。

 世の中の噂の定めなきに付けても、

『私と女御様の噂は、根も葉もない噂。かくはかなくてや、無責任な話しがありましょうか。悩みなむ』と、祈祷所の御札を集めて嘆き賜うに、

「二月の十四日のほどに、三条宮より男の御子生まれ賜いぬ」

 と、あっけなく知らせが光源氏様の所へ届きぬれば。君は大喜びで祈祷の御札を目の前に並べて喜び賜う。

 知らせは名残りなく桐壺帝の内裏にも届き賜いぬれば、帝も宮中人も喜び聞こえ賜う。宮中に大きな太鼓の音が響くなり。

 藤壺の女御は『この子が何時まで命長くも生きてくれるのか」と、先の事を心配して思欲すは心憂鬱しけれど、

「何、藤壺に皇子が生まれおったのか。困った事じゃ。また帝の御気持ちがそちらへ注がれぬかと心配じゃ。早よう死んでくめぬかのう」

 などと、弘徽殿などの憂け張しげに我が子を嫌って『呪詛をやれ』とのたまうと聞きしを、藤壺は、空しく言われるままに聞き慣らし給わりましかば、

「これでは弘徽殿王妃の思うつぼじゃ。母として我が子を必死で守らなくては、人に笑われにや。中宮様がその気ならばこちらも遠慮はせぬ。弘徽殿の皇子を蹴落としてでも、我が子を帝にして見せる」

 と思し、強りて生きる兆しを見せなむ。ようよう少しずつ爽やかに元気が居出賜いける。


 上の桐壺帝は、我が子に会えるのは何時しかと、ゆかしげに待ちわびて、『どのような顔立ちか』と思い示めたること限りなし。

かの人知れぬ疑いの目で見られる光源氏の御心にも、『自分の子供として見られるのではないか』と、世人のお節介な思い込みにいみじう心元なくて、帝がその事を本気にするのではないかと恐れ、人の間を避けて三条宮に参り賜いて、

「まずは清涼殿へお伺い奉り、帝に皇子をお披露目することが先決でございましょう。上の帝がおぼつかながり、

『藤壺は何故来ぬ。早く我が子に会いたいものを、何を隠しておる』と聞こえさせ賜うを、まずは帝にその子を見立て奉りて、ゆっくり観察させ奉りしが信用はべらむ。桐壺帝も邪悪な噂など気にせず、我が子として認めるはず」

 と聞こえさせ給えど、

「この子は弘徽殿の息の掛かった者に殺されるかも分からぬ。帝も悪い噂を信用して、この子を粗末に扱うかも知れぬ。いと難かしげなるほどなれば」

 とて言って、見せ奉り給わぬも、道理に合った断りなり。


                      つづく



       十三


 さる藤壺の御心の不安は、いと浅ましう珍しかなるまでに、御子が源氏の顔立ちを写し取り賜えるにそっくりなさま、

『光源氏様の御子様に違うべくもあらず』

 と、騒がれてもおかしくないほど、源氏の君に生き写しだったのでございます。

 藤壺宮の御心の底に生まれ来る鬼の排他的な心、人々が疑いの目で見られる事が、いと苦しくて、

『あの頃、源氏の君は起りの病に苦しんで、北山の仙人の館で静養しておったはず。私と源氏の君が会っても居ないのに、そのようないやらしい関係を持てるはずもない。桐壺帝もその事をよおーく承知のはず。世間の噂とは無責任なものよ。もしかしたら、弘徽殿の中宮の企みか』

 などと怨んでみても、人の見奉る感想も怪しかりつるほど、我が子は源氏の君似で、二人の関係の誤りをまさに証明しているようにも思える。人の思い込みの咎めは避けて通れぬ流れじゃ。

 さらぬ世間の噂とは、はかなき者だけを苦しめてだに、言い訳せぬ者の傷を求めて楽しむる世にある。

「いかなる我が子の名のついでに、光源氏様の名前が漏り居出つべきにか」

と、藤壺の思し悩み続くるに、帝と我が心の溝、いと如何に深刻になるやもと、心憂鬱し。

「光源氏様、私どもの生活にそう気を御使い下さいますな。藤壺様と生まれた御子の事は私供が何とかお守りします。源氏の君が藤壺殿をお訪ねして、私どもの事を心配すればするほど、世間からは疑いの目で見られます」

 などと、藤壺側近の女房も心配して申す。

「私は藤壺様の悩んでおいでの姿が気掛かりなのです。根も葉もない噂を弘徽殿の連中が流しているのを黙って見ておれません」

「私に王子が生まれたのを嫉んでおいでなのです。言わせておきましょう」

「しかし・・・・」

 藤壺の女御の言う通り、光源氏様が女御を心配すればするほど、二人の仲が疑われるのは明白でした。


 後日、光源氏様は清涼殿へ参内する途中、命婦の君にたまさかに廊下で御逢い仕賜いて、

「命婦殿、良い所で会うた。桐壺帝は御元気で御暮らしか。特に困ったようすなどなどないか。藤壺の女御が今だに御子を見せに来ぬそうではないか。それをどのように考えておいでじゃ。御機嫌はいかがじゃ」

 などと、自ら心に隠しているいみじき事どもを言い尽くし賜えど、

「桐壺帝が若宮様に早く会いたいのは確かでございますが、藤壺様の産立ちも思わしくないとの御知らせがありまして、『多少は遅れても仕方あるまい』との仰せでございますよ。私から申し上げますよりも、光源氏様から直接、藤壺の女御様のようすを知らせた方が賢明かと存じます」

 などと、命婦の言う事、何の甲斐もあるべき説明にもあらず。若宮の御事を、

「誰に似ておいでか、気にされている様子はないか。母親似か父親似か」

 などと、わりなくおぼつかながり聞こえ賜えば、

「おっほほほほ・・・。まだ生まれたばかりの皇子様でございましょう。誰に似ているかなどおかしうも、あながちに判ろうはずはございません」

などと、のたわますらむ。

「その内に自ずから親族の誰にでも似ておいでだと、見奉らせ喜ばせ賜いて来む。ほほほほ・・・せめて今は御猿さんに一番似ておいでのはず」

 と、聞こえさせながら笑い給う。

「命婦殿、猿とはひどうござるぞ。せめて帝に似ていると仰せ下され」

 光源氏様が命婦の袖を引っ張りながら仰せになられますと、

「何をむきになっておいでなのです。我が子でもあるまいに」

 と、おかしく思える景色、肩身にただならず、余計な心配が片腹痛き誤解を招くことなれば、真阿保にも冗談を、えのたまわくもあらはで、

「そうじゃった。いかならむ世の中にも、人づてならで悪い噂が広がるもの。命婦の忠告に感謝致すぞ。そのことを藤壺の女御様に聞こえさせむ」

 とて言って、泣い給うさま心苦しき、


 いかさまに 昔結べる 契りにて この世に係る 仲の隔てぞ

 ありもなき 昔結べる 契りにて この子に係る 親の隔てぞ


帝に係わることこそ、重大事と心得がたけれ。帝の名誉に係わる事ぞ」

 と、源氏の君のたまう。

命婦も『源氏の君にそっくり』と藤壺宮が思欲したるさまなどを見奉るに、宮中で姉弟のように育った間柄とは言え、今は互いに大人の分際ぞ。藤壺様は帝の側室として分別をわきまえなければ困る。いつまで源氏の君を心配しておいでなのじゃ』

 などと、えはしたないも、叱責もの御言を差し放ちも聞こえず、


 見て思う 見ぬは大過に 嘆くらむ この世の人の 惑うてふ闇

 見て安堵 見ぬは禍   招くらむ この世の人の 疑いのつね


「哀れにも、心緩みなき心配御事どもかな。知らぬ振りして笑い飛ばせば良いものを。余計な御気遣いが互いを苦しめる」

 と、忍びて話す言葉、聞こえけり。

 命婦はかくのみ言いやるしか仕方がなくて、何の気休めも残さず帰り賜うものであるから、周りの人の物言いも心に刺さり煩わしきを、源氏の君は割り切れなき事に、

「女御様は産後の病で苦しまれているそうな。生まれて来た御子の命も危ない。だれか助けてやってくれ。もしかしたら二人とも死んでしまうかもわからぬ」

 と、惟光と小君にのたまわせ、宮中の同情を得ようと画策する。

 命婦をも、光源氏様とは昔思いたりし恋仲のようにも打ち解け睦び給わず、人目に目立ちまじう、

『源氏の君と藤壺の仲を手助けしたのはこの命婦である』と、誤解されないように、なだらかに他人行儀のごとく持て成し給うものであるから、

「卑怯な。わしと藤壺の女御が恋仲ではないと知っておりながら保身に入るのか。

『二人の仲はそのようなものではありません』と、いざとなったら証言すれば良いではないか」

などと、命婦の事を心付き無しと思す時もあるべきを、世の中と言う物は、いとわびしく思いの外、困った者に冷たくなる心地すべきと察するべし。


                      つづく



        十四


 卯月に源氏の君は内裏の藤壺御殿に参り賜う。皇子は御出産後二か月ほどよりは、御良すげに大きく育ち賜いて、ようよう起き返りなど仕賜う。

「まずは順調に御育ちでございますな。安心致しました」

 と、元気な様子の皇子を眺めながら、源氏の君はのたまう。

 藤壺の女御見るに、浅ましきまでに源氏の君と似た御姿、紛れどもなき写し撮りの御顔付きを嘆き賜う。この偶然が思し寄らぬ事にして真実であれば、二人はまた、この世に於いて、並びなきどっちがどちとも言えぬ光りの君なり。

 藤壺様は光源氏が皇子に度々御会いすることで、

『どちはげに、ますます御子が源氏の君の影響を受けて、二人が似て来るのではないか』と、

「通い賜える親切にこそは好ましくあらず」と御思い保しけり。そのような源氏の君の御好意を、いみじう不吉に思保しながら、藤壺は皇子を大切に世話し、かしづく事限りなし。

 源氏の君の素質を、限りなき王に適した人物に思し召しながら、

「桐壺殿の更衣に生まれた側室の皇子など、三位以下の身分の低い王子ではないか。中宮に生まれた朱雀王子という右大臣家の後ろ盾がある後継ぎがありながら、次の帝候補にするなどもっての外」

 などと反発する重臣や弘徽殿の女御の猛反対を、桐壺帝は世の人の、

『光る宮に対する許しなど聞こゆるまじかりし』との思い込みによりて、後継ぎ坊にも据え奉らず、臣下に下らせにしを、口も開かず口惜しう後悔して、今さらながら悩み賜うと聞く。

 源氏の君はその宣旨を素直に受け止めて、ただの凡人にてかたじけなき謙虚な御有様、朱雀皇子を補佐する容貌形も、ねび持て暮らし付いておわするを、帝は御覧ずるままに、心苦しく思し召しなる。

 そのような源氏の君の御姿を見ながら、桐壺帝は藤壺の宮腹から生まれた御子は、かうもやんごとなき先帝の御皇女腹に生まれた王子で、源氏の君と同じ光にて輝き、この世に差し居出給えれば、

「この御子の前途を遮るものは何もない。家柄に傷なき上玉と御思い保して、重臣どもも容易に後々の帝と迎えるに違いない」

などと御考えになり、世話賢付き賜うに、冷泉の宮はいかなる嵐に付けても乗り越え、胸の喜びに暇なく安らかにならずる物を御思い欲す。

「典侍、藤壺御殿へ参るぞ。案内致せ」

 帝は何を急に思い立ったのか、侍従を呼び寄せ、こう仰せになられました。

「これはまた急な、藤壺にも御都合がございましょう」

 と言ったのですが、

「かまわん」

 とて言って、典侍と命婦六人を引き連れて、急いで清涼殿を後にまかり出賜いました。藤壺御殿に着きますと、命婦は先に立ち襖を少し開けて、

「藤壺様、帝のお越しでございます」と、声を掛けました。

「これは帝王様、ようお越し下さいました。どうぞ御中へ」

 左大臣家から遣わされた老女は手際よく応対します。藤壺と全員の世話女房が出迎え、揃って頭を低くして挨拶します。

「帝王様、ようお越しくださいました。御子を早う御見せしたかったのですが、私の体調が思わしくなく、大変に失礼をば致しました」

 藤壺の女御は畳みに届くように丁寧に頭を下げて御挨拶します。例の源氏の中将の君は、こなた御部屋のの奥に居て、生まれ来た王子と御遊びなど仕賜うに、帝が御来場したようすを横目で感じ取りながら、

「ほれほれ若君様、ようよう帝のおいでましじゃぞ。ようやく父君に抱いてもらえるかな」

 とて言って、寝ていた御子を抱き居出て、桐壺帝に奉り賜いて、

「帝王様の五番目の皇子でございます」と申し上げました。

帝は差し出された皇子を抱きかかえられて、

「わしに皇子たちあまた数多くあれど、そこの源氏の君のみをなむ、掛かる幼少のほどより明け暮れに良く面倒見し。されば何事も皆、思い渡さるる昔の思い出にやあらむ。そなたもこうして。良く抱きかかえたものだ。

『そのことを、いと良く覚えたれ』

二人の間に間違いはなかったと思うが、わしも年を取って老いぼれてしもうた。末永くこの御子の面倒を見切れるとは限らぬ。源氏の君は、わしがそなたにしてやったように、藤壺の皇子の面倒を良おーく見てやってくれ。

 宮中の口うるさい連中が、何と噂しているかは知っておる。源氏の君と藤壺の皇子は共にわしの子。兄弟なら似ていても当然であろう。世間の噂など気にせずに面倒見てやってくれ。

 いと小さき子供のほどは、かくこのようにのみ、近くにある者に似て来る技にある。噂など聞き流しにすべきこそあれ」

 とて言って、我が子をこの世にないほどいみじく美しいと思い、喜びを聞こえさせ賜えり。

 源氏の中将の君、帝に二人の関係を疑われて、御顔おもて色が赤く変わり、熱っぽくなる心地して。恐ろしうも、かたじけなくも、嬉しくも、哀れにも、わなわな心が移ろう心地して、涙落ちるとも考えるべし。

 帝は源氏の君を顎で指しながら、

「この子はのう。早う母親に先立たれて、良おーくぴーぴー泣いておったわ。どこに行くにもわしの後を付け回してな。それに比べたら藤壺の皇子は幸せな物よ。藤壺の女御、この子の為にも、早う元気に成って、長生きしなければなりませぬぞ」

 と、帝は皇子をあやしながら仰せになられました。

「私とて父君も母君も、今はこの世に亡き悲しい身の上。立場は源氏の君と同じでございます。父の無い悲しみを痛いほど感じて生きて来ました」

「そなたの父、先の帝は悲しいことであった。これこれ若君、そなたの母親は泣き虫でござるな」

 と言いながら、桐壺帝は皇子を藤壺の女御に渡しました。

「はははは・・・・」

「ほほほ・・・」

 三人が物語など昔話をしていると、御子の打ち笑み賜える姿が、いと優う優う美しきに、この物語を書き続ける紫式部は安堵致します。

源氏の君の御考えすることは、我が身ながら、

『われがこれに似たらむとの御考えは、いみじう不謹慎で「痛わしう愚かな事」と覚え給ぞ。あながちなる思い込みや、光源氏様』

 などと、私は思います。

 藤壺の宮は、割り切れなく片腹痛きに、帝の疑いを気にして汗も流れてぞ、おわしける。我が子を抱きながら帝を見詰め。ただありがたき思いで微笑み賜う。

「帝王様の御顔を拝謁致しまして、私は元気が出てまいりました。これからも度々藤壺殿へお越し下さいませ。帝の慰めなしには私は生きて行けません」

 と藤壺様が言われますと

「なかなかしおらしい事を言うではないか。そなたが喜んでくれるなら、毎日でも参ろうぞ」

 と、帝は有難い御言葉を仰せになられました。

「ありがとうございます」

 源氏の中将は、なかなかなる帝と藤壺の宮が親しく語らうのを見て、これ以上ここに居ては禍を招く心地して、

御二人の御心を乱さぬように、急いで藤壺御殿をまかり居出賜いぬ。


                        つづく



       十五


 源氏の君は宮殿を後にして、我が二条院の寝殿の御方に臥し賜いて、

『あれほど藤壺様の御子が我に似て来るとは思わなんだ。帝はそれを承知しながら、快く我が子として抱いてくれた。帝の温かい配慮を生涯なりとも忘れてはならぬ』

 などと、胸のやましさがやる方なきほどと考え、長時間過ぐして、

『宮中の大殿へ文を届けねばならぬ』と、思す。

縁側御前の前栽園の何となく青み渡れる中に、常夏の華やかに咲き居出たるを折らせ賜いて、命婦の君の元に、文を書き賜うべきと考えること多かるべし。

「藤壺の女御に直接文を届けては、帝の誤解を招く」と考えた末に、

 

 他所へつつ 見るに心は  慰めまで 露けさまたる  撫子の花

 他所へつつ 見れと露だに 慰まず  如何にかすべき 撫子の花

                    (後の和歌は新古今集 恵子女王)


「他人行儀に見ても 我が子の哀れ見て 心は休まらず 如何にすべきか罪多き父は、と思す。花咲かなんと思い賜いしも、父親とも名乗れず甲斐なき世に、不謹慎な身の上にはべりければ」

 と、光源氏様の手紙にあり。

「良いか小君、この開いた文を清涼殿の命婦に渡し、承知させたうえで、別の文を藤壺の女御様に届けるようにお願いするのじゃ。そおっとじゃぞ」

「かしこまりました」

 子君は宮殿へ行くと清涼殿の取次役を呼び寄せ、

「光源氏様と親しい命婦を読んで参れ」と命じました。

「小君様、困ります。帝の警護中は持ち場を離れる事はできませぬ。典侍が許したから良かったものの、今度だけにして下さい」

 命婦は後を振り返りながら、誰かに見られていないか気にしている様子です。

「招致した。『この文を藤壺様に届けてくれ』との願いでござる。まずはこの文を読んで下され」

とて言って。例の開いた文を渡しました。添えた命婦あての文には、

「誰にも気付かれずに、この手紙を藤壺の女御様に届けて欲しい。藤壺様とは去りぬべき間柄、縁を切るべき隙にや有りけむ」

 とあり。その文を御覧ぜさせて、

「この花とこの手紙でござる。これをどうぞ、藤壺の女御様に渡して下され」

 とお願いすると、命婦は手紙をすぐに懐へ隠して、撫子の花を持ち、

「ただの塵ばかり、美しくとも何ともございませんな、小君殿。この花びらに何の美しさがありましょうか。とても御喜び下さるとは思いませんな」

 と、わざとらしく聞こゆるを、命婦は声を小さくして、

「承知致した」

 と告げて、藤壺御殿へ向かいました。

「藤壺の女御様、帝がこれを届けるように」

 と言いながら、撫子の花に隠して光源氏様の御手紙を渡しました。命婦の我が御心にも、光源氏様を恋しく思う気持ちがあり、いと哀れに思し知らさるるほどにて、光源氏様の願いを断れぬなり。

 命婦から受け取った常夏の花を床の壺に生けさせながら、女御様は縁側に立つと源氏君の手紙を読みました。手紙には逢いたくてもお会いできぬ気持ちが伝わって目頭が熱くなって参りました。

「命婦殿、ご苦労であった。すぐに返事の文を書き奉れり。しばらく待って下さらぬか」

と言いました。

「承知しました」

 

 袖濡るる 露のゆかりと 思うにも なおうとまれぬ 大和なでしこ

 悲しみの 源とさえ   思えども なおうとまれぬ 大和なでしこ


 とばかり、光源氏様に対する思いがほのかに差したるようなるを、嬉しそうに喜びながら文を奉られる。例のごとく秘密の事なれば、命婦は文を受け取った印の態度を示すにあらじ。

 藤壺御殿を急いで退散した命婦は、

「女御様からの御返りの文じゃ。急いで持って帰り給え」

 とて言って、小君に渡しました。

「かしこまりました」と頭を下げ、小君は急いで宮殿を出て行きました。

 小君から返事を受け取った光源氏様は、賢く解くづべき和歌に見惚れて眺めながら、前頭を押さえて几帳の中で伏し賜えるに、

「女御様は私を捨てたりはしない」

 などと胸打ち騒ぎて、しみじく不吉な嬉しき中にも涙落ちぬ。


                        つづく



        十六


 つくづくと悩みに心を沈めて伏したるにも、御心が休まる訳でもなく、やる方なき心地すれば、例の慰めには此処しかないとばかり西の対にぞ渡り給う。光源氏様のしどけなく乱れて打ち膨れだみ賜える髪ぐき、鏡をのぞき賜えれば、御やつれになった姿にて、

「これでは色男も台無しばかりぞ」

 とばかり整え賜う。

衣服はあざれたる平服の袿姿にて、笛を懐かしう情感的に吹きすさびつつ、のぞき賜えれば、紫の上は庭を眺めながら、横に体を伸ばして伏し賜えり。

「姫、何をぼんやり考えて居る。困った事でもあったのか。何でも相談して下され」

 と光源氏様が声を御掛けになりますと、

「光源氏様、その姫と言う呼び掛けは御止め下さい。私は十二の歳を過ぎました。もう子供ではございません」

 と言う。

 女君、ありつる花の露に濡れたる心地して、脇息に身を寄せて臥し賜えるさま、先ほどの撫子のように美しくろうたげで、子供っぽい笑みを浮かべるなり。満ち溢れる愛嬌こぼれ落ちるようにて、

「この館におわしながら、とくとも急ぎこちらへ渡り賜わぬは、なま恨めしけれ。光源氏様と口を利きとうはございません」

 と言いながら、例ならずそっぽを向いて背き賜えるしぐさ、本心とも思えぬ御心と思うべし。

「そんな意地悪をするなら源氏の君は本宅へ帰ってしまうぞ」

 と、わざと大きな足音を立てて廂へ出て行くと、

「えっ、今ののは冗談でございます。光源氏様、御待ち下さい」

 と言う葵の上の、あわてた声が響きます。

 光源氏様は、すぐに歩くのをやめて御格子の端の方に隠れ付いていると、慌てた紫の上が廊下に飛び出して来ます。

「源氏の君、御待ちを」

 と、言いかけた時、光源氏様は目の前に飛び出して。

「ばあっ、こちや」

 とのたまい、顔を近付けてびっくりさせども、紫の上は大して驚かず、またすねた素振りを見せるなり。


「潮満ちては 入りぬる磯の 草なれや 見らく少なく 恋うらく多き

 潮満ちては 入りぬる舟の 人なれや 逢うも久しき 恋うも多きに」

                           (万葉集)

 と口すさび歌いて、扇で口を覆いし給えるさま、いといみじう意地悪で美し。

「そんな子供だましの手口に乗ってたまるものですか」

 と、紫の上が言えば、

「あな憎し、掛かる御遊びの戦術の事、口慣れ給いけるな。人見る目に悪たれた言い方は、正なき事ぞ」

 とて言いながら人召して、

「御琴取り寄せて持って参れ。楽しい歌を弾かせ奉り給う」

 と言えば、夕顔の右近が二抱え持ちて運び給う。

「良いか紫の上、さうの琴は十三弦と数が多い。『中の細緒は特に強めの爪弾きに耐え難く、切れ易きこそ多し』と心せけれ。麻呂が少し御手本をお見せしよう」

 とて言って、『春の曙』の曲を平調に押し下して、静かに調べ賜う。

「はーるのお、弥生のあけぼのーに・・・・」

「まあ、静かで美しい曲でござてますこと。私もまねて弾いてもよろしゅうございますか」

「おおー、それは願ってもない事ぞ。一節一節区切って弾くよって、すぐ後に続いて弾くがよい」

「分かりました」

 掻き合わせばかり繰り返し弾きて、紫の上に目を差しやり給えれば。相手も演じては、随分と美しう引き賜う。

「なかなか良いぞ、紫の上。その調子だ」

「かしこまりました」

 女君の御手が小さき御程にて、弦に差しやりて揺らし給う御手付き、いと美しければ、愛おしく、ろうたしと思して、

「その調子じゃ。あっぱれ見事。それを繰り返し弾くのじゃぞ。今度は麻呂がそなたの演奏に合わせて笛を吹くと致そう。合奏の始まりじゃ」

「できますかしら」

「何事も辛抱強く練習じゃ。それ参るぞ」

「はい」

 光源氏様は笛吹き鳴らしつつ、教え賜う。

 紫の上は、いと聡しくて、難き調子どもの細い弦を易々と弾き給いて、ただ一渡り曲の最後まで習い取り給う。大方らうらうじく筋の良い腕前を、その筋の達人にまで上達しそうなおかしき御心映えを、光源氏様は惚れ惚れれと読み取る。

「おうおう、上達が早いじゃないか。ようやく優れた弟子に巡り合えた」

 光源氏様は『身近に演奏し合える相手が見つかった』と、重いし願いの事が叶うと思し召す。

「この曲は何と言う曲でございますか」

「ほそろぐせり。『保曾呂俱世利』という文字でな、曲と言う物は、名は憎くこっけいけれど、面白う吹き澄まし給えるに、なかなか味わいのある名曲じゃ」

「本当にその通りでございますね」

 紫の上は目を輝かせて嬉しそうに言いました。

「掻き合わせはまだ若けれど、拍子は違わず上手めきたり。ほぼ完ぺきな出来映えじゃ。感心したぞ、紫の上」

 光源氏様は満足そうに笑みを浮かべて幼き女君を見詰めておりました。


                         つづく



          十七


「光源氏様、日も大分暗くなって参りましたので、灯りをふたつほど用意させました」

 寝殿の外から小君の呼び掛ける声が聞こえて参りました。

「おう、それは気が利く。ついでに絵本も持って来てくれぬか」

「かしこまりました」

 小君が運ばせた大殿油参りて御部屋が明るくなりますと、紫の上は絵どもなど御覧ずるに、

「光源氏様、そろそろお出掛けの時間でございます、御仕度の用意をなさいませ」

という小君の耳打ちに、

主の居出賜う時間が迫ったと感じた紫の上は『広い屋敷の中で再び一人で過ごすのか』と、不安にありつれば、

「衣服は整えたが」

「はい。御履物や刀など、抜かりはございません」

 などと廂の外で慌ただしく急ぐ人々の声造り聞こえて、紫の上はますます不安に心を打たれ賜う。

「雨降りはべりぬる音がしているぞ。雨具の用意も整えるべし」

「承知摑かまつった」

 などと言うに、姫君、ついに心細くて不機嫌になり、例の顔を両手で押さえて泣きながら畳みに屈し給えり。

 絵も放り投げ見差して、うつ伏しておわすれば、いとろうたくて可哀そうに思えければ、

「紫の上、毎晩のことではないか。夜は重臣どもと語り会わねばならぬ事も多い、帝臣下の御仕事なのじゃ。あきらめて下され」

 と、慰めの言葉を投げ掛け賜う。

「今宵は雷も鳴っております。紫は恐ろしうてたまらないのです。どうぞ今宵だけは御そばに居て下さいませ」

「困った姫じゃのう」

 源氏の君は畳の上に臥した紫の上の、御櫛のめでたくこぼれ掛かりたる髪を掻きなでて、優しい言葉を掛け賜う、

「麻呂がこの家から外なる仕事に出掛けたるほどは、一人恋しく待わびて悲しうやあるか」

 とのたまえば、紫の上は素直に、

「はい」と、うなづき給う。

「我もひと日一日、満足に面倒見奉らぬは、いと心苦しうこそある。されど左大臣家へ顔出さぬは夫としての役目を果たせぬのじゃ。今の私は左大臣家の援助なしには何も出来ぬ。夜は寂しかろうが、朝方早く帰るよって、我慢してくれ」

などと、光源氏様は慰め賜う。

 されど、考え幼くおわする左大臣家の正妻の御程には困った物です。

『心安く毎晩ご機嫌伺いに参らぬはけしからん』との思いは光源氏様にとって、まず、くねくねしく恨むる人の脅しにも聞こえて、

『ここへ参るのを嫌がっておいでなのは、外に女がいるからでございましょう。誰ならむ。はっきりおっしゃいませ。ここの兵を差し向けて殺してしまいましょう』

 などと申すのです。光源氏様はその人の心破らじと思いて、

「そなただけは守らねばならぬ、葵の上に顔を出さぬのも難かしければ、しばしの間意に反してかくもこうして出歩くことに成りむぞ。しばしの間おとなしく見馴らしてば、そなたにとっても悪いようにはならぬ。

左大臣家の他へは更にも行くまじ。心配するな。人の恨みを負わじとせねばこの世では生きられぬ。『長い物には巻枯れろ』など思うも、世に永う生き延びありては、強い者を怒らせぬようにすることじゃ。姫の寂しがり屋は、我がままに見え奉つらんと思うぞ」

 など、光源氏様が細々と語らい聞こえ賜えれば、さすがに紫の上も恥ずかしうて、それ以上の口答え聞こえ給わず。

 やがて光源氏様の御膝に寄り掛かりて寝入り給いぬれば、涙流した目に、君もいと心苦しうて、

「今宵は居出ずとなりぬ。出立は取り止めじゃ」

 と、のたまえば、紫の上を取り巻く女房どもは皆立ち上がりて、夕食の御物など配膳し、今宵は東の本殿ではなく、西の対のこなた側、紫の上が御住まいのこちら側に食べ物など持って参らせたり。

「姫、起きて下され。夕食の御仕度ができましたぞ、機嫌を直して下され」

源氏の君は紫の上の肩を抱き上げ、姫君を起し奉り賜いて、

「今宵は何処へも出ずなんとなりぬ。安心して夕食を召されよ。二人で楽しく過ごそうではないか」

 などとささやく声聞こえ賜えば、姫も慰みて起き上がり給えり。


 もろともに 哀れと思え 山桜  花より他に 知る人もなし

 二人して  哀れと思え 源氏殿 君より他に 知る人もなし

                      (行尊 百人一首)

 などと言う。

 細々と御食事終われば、塩漬けの山桃など、果物など持ちて参る。

「これも食べや」

 光源氏様が勧めしますと、姫はいとはかなげにすさびで一言、

「いらぬ。今宵は食べとうない。さらば早めに寝給いねかし」と、あやふやげに思い賜えれば、付き人の犬君が立ち上がり、

「姫様、どうぞこちらへ。今宵は気分がすぐれぬ御様子、その内に雷も治まりましょう。ゆっくりと御休み下さいまし」

 とて言いながら、御寝所へ案内致す。

光源氏様は、掛かる不安そうな姫を見捨てて外出するは、いといみじき薄情な道なりとも思えて、外出は趣き難く取りやめにに覚え賜う。


 かう、このように、空蝉や軒端の荻、夕顔や紫の上、藤壺の女御、六条の御息所など、他にも隠れて留められ給う人ども、折々の通り掛かりなど、その場限りが多かるを、自ずから漏り出ずる噂聞く人々の声、大殿に聞こえければ、

「誰ならむその女、けしからん話ではないか。いと目覚ましき不謹慎な事にもあるかな。今までその者どもいるとも聞こえず世話して来たらむ物を、左様にまつはし、じゃれて遊び戯れするはけしからむ。

人当てやかに、左大臣家の姫君に見せ付けとも思えるかし。心憎き人には罰を与えずに居られようか。許すにあらじ」

と、左大臣も不機嫌になり賜う。

 その声は大殿の内裏渡りなどにも響き聞こえて、葵の上を気遣う侍女女房どもにもはかなく聞こえ給いて、主を世話見賜いけむ人を、

「大事ぞ。葵の姫君を悲しませてはならん。幼い妾が居ては人や咎めむ」

 などと物目かし給いて葵の上に隠すなり。

「光源氏様の心無しげに自由奔放な御振る舞いは、いわけなく子供じみて思いやりに乏しく聞こゆるは許し難し。葵の姫君を悲しませてはならむ」

 など、左大臣家で葵の上を世話さぶらう人々をも、光源氏様に対して反感の声、聞こえ合えり。

 

                            つづく



      十八


その声は桐壺帝が御住まう宮殿にも届き渡りて、奥の内裏にも、

「二条院に妾にも係る人あり。得体の知れぬ若い女御じゃそうだ。光源氏様はその女を大切にし、べた惚れだとか」

 などと聞こえ召して、

「あのわっぱにも困ったものよ。愛おしく大姑殿、左大臣の思い嘆かるに成る事も良う分かる。げに後見人として尽くしたあげく、見返りの物気も無かりしほどを、左大臣が気の毒じゃ。 御誉な御褒なとおだてて源氏の君を大切にし、

『娘と仲良く暮らしたるならは何も望まぬ』

と願う心を、かくもこのように裏切る物したる心を許せん。さばかりにその程度の事が分らず、正しい道をたどらぬほど幼い年齢にもあらじ。

 正妻を大事にせぬは、などか情けなく、かくはこのような薄情に持て成す気持ちに成るらん」

 と、帝はのたまわすれど、

「葵の上は私を嫌っておいでなのです。あの見下した様な物の言い方には我慢できません。どうぞ御見逃しくださりませ」

 などと、このようにかしこまりの有様にて、従う御答えも聞こえ給わねば、帝も、

「思い通りに心行かぬ源氏の君なめり。困ったものじゃ」

 と、愛おしく苦しく思し召す。

「さる気持ちは分からぬでもないが、好き好きしう色恋に打ち乱れて、この内裏に見ゆる女房どもとも恋にまみれ、また三条より近くのこなた、遠くかなたの人々など愛人も多いと聞く。

 押しなべて、ならず者などとも見え聞こえざるを、如何なる者の情報屋が都の隅々成るべくくまに隠れ有りきて、左大臣家へ不始末を告げ口しないとも限らぬ。『かくもこのように、左大臣家の人々にも恨みらるる事に成りらむ』

 と、のたまわす。


 時は弥生の菜の花が咲き乱れる頃、帝の御年、かなり御高齢でねびさせ給いぬれど、かうこのような美しき側室女御どもの方へは御足をお運びにならず、

『夜の御相手も相当の間、共に過ぐさせ給わず』と、噂に聞く。

 お食事の配膳や御手洗の水を運ぶうねべ女、奥で裁縫を預かる女蔵人など下級女官をも、帝に形にも『抱かれたい』との下心あるをば、まして側室としては事にも帝の御子を産まねばならず、親族に、

『早く帝を誘惑し、御子を授かるのじゃ』

と親族にもてはやし催促召したれば。良しある高官の宮仕え人の女御ども、そろそろ男女の色恋に目覚めるも多かる頃なり。

「そろそろ我が壺殿に、御足をお運び下さいませ」

と、はかなき事を言い触れ賜うには随分と勇気がいる事で、それでも持てはやしなるる訪問でもあれば有難きに、この頃の帝は到底、どの女御殿に対しても御無沙汰にて、夜の御遊びも目馴れるるにやあらむ。

げにぞ怪しう好い賜わざるめる桐壺帝の性欲を、

『帝も年老いて弱くなられた。まったくその気がないらしい。それならば源氏の君に側室の御相手をさせても良かろうに。世継ぎの朱雀皇太子ならともかく、臣下に下った源氏の君ならば誰も咎めることはあるまい』

などと、試みに戯れ言を聞こえ係わりなどする者も居て、

「そのようなはしたない事が出来る訳がなかろうに。側室に手を出したならば源氏の君とて打ち首じゃぞ」

など折々のささやきあれど、

『側室の相手はつかれてしもうた。好きなようにさせてやれ』と情け無からぬほどに帝は答えて、誠に奥御殿は乱れ給わぬを、

「それでは困ります。誰が帝直系の皇子か分からなくなります。過ちを犯した側室は即刻打ち首と致します」

 などと、真面目やかに騒々しいと思い聞こゆる弘徽殿の女御のような人もあり。


                        つづく



        十九


 歳痛々しう老いたる典侍、人柄もやんごとなくおだやかで、教養の深さは天下一と評判を集めるほど心張せ有りて、

「帝の世話係として最もふさわしい」と当てに尊敬を集めて、身分も侍従次官という女官の最高位と御覚え高くは有りながら、いみじうあだめいたる浮気癖の心ざまにては、陰口を叩かれる事も多い。

そなた様には帝をお守りする任務が重からぬあるを、分からないでもないが、かう人生の盛りを過ぐるまで、うっぷん晴らしの色恋などに『差しも刺されぬまで乱るらむ』と、いぶかしく覚え賜いければ、

「私とて生身の女。目の前で帝が色恋に戯れる姿を見せ付けられては、性欲の発散し所がございません。立場上御近くに居て、二人を御守りする役目とは承知しておりましても、非番の時ぐらい好きにさせていただきます。 今宵は二人の男を相手に寝ようかしら」

 など戯れ事言い触れて、近衛府の若い武官を相手に試み給うに、あの知性溢れた高位女官の発言としては、似げなく思はざりける。

 御自分自身の当て付けな御言を、浅ましと思しながら、

「そこの若い二人、今宵は非番じゃろ。鴨川の船宿にて酒を飲み交わすそうではないか。私がおごるゆえ」

 と呼び掛けると、

「本当でございますか。喜んでお供します」

 と喜びて、にやにや笑う二人を見詰めながら考えてみても、さすがに五十を過ぎた己の歳を考えてみれば、二十歳そこそこの二人に係る色恋もをおかしうて、

「何を笑っておる。帝に礼儀を尽くすそなた達の作法を、酒など飲みながら教育するためじゃ」

 と、言い訳ものなどのたまいけれど、そばで聞いていた侍従に、人の話し声漏り聞かむなどして、咎め古めかしきほどの規則違反なれば、侍従頭の、

「ごほん」という咳払いも聞こえて、

「今ののは冗談じゃ。典侍と言う高官が、規則に背いて男を誘惑する訳がなかろう。からかったまでじゃ」

 などとつれなく持て成し給えるを、女は男のように浮気ができぬのは、いと辛しと思えり。


 上の帝、御頭を御削り櫛に立ち寄り髪型を整えさぶらいけるを、一時間ほどに果て終わりにければ、上の帝は御袿姿の着替え係人召して、帝の元へ居出させ賜いけるを、まだ人出もなくて、この袿姿の女官と二人過でごし賜いけり。

 この内侍女官、宮中の常より行き交う女どもに比べれば、特別に清げにて立ざま姿、頭付き首長で美しければ、異様になまめきて情欲をそそり、薄着装束姿の有様、いと華やかに好ましげに見ゆる。

 帝はその下級女官の色仕掛けを不愉快に見ゆるに、さも振り捨て難うもと、心付き無く不愉快に見賜う物であるから、

「帝王の権威をいかが思すらん。身分不相違の態度ではないか。不愉快じゃ」

と、さすがに二人でいる事が過ぐし難くて、女官の太もも、喪の裾を引きずり落とし驚かし賜えれば、皮ほりというコウモリの絵ならず描きたる扇を前にかざして、顔を隠して見返りたる目突き眞眼、

痛う見延べて顔を張り目鼻を引き離したれど、眼の皮や目尻ら痛く黒ずみ、目も窪み落ち入りて、いみじう薄汚く、肌は毛羽毛羽しくはつれ、そそげ削り落ちたり。

「下女にしては似つかわしからぬ扇の扱いさまではないか。そなたは何者ぞ」

と御袿女を見賜いて、女の扇を我が手に差し替えて持ち交換して見賜えば、赤き紙の光、御手に映り返るばかり色深きに、小高き森の山かたちを重ねて塗り返し描きたり。

女は帝の扇を取り返し、絵柄の空白になった片つ方、もう一方に、手はいと定め過ぎたる年齢を過ぎて老いたれど、良しなからず軽やかに、


大荒木の  森の下草 老いぬれば 駒もすさめず 刈る人もなし

大荒木の  森の下草 老いぬれば 子馬も食せず 刈る人もなし

                      (古今集)


 などと、手早に書きすさびたるを、帝は、

「事しうもあれ。何故かうたて、気味悪いほどの上出来、心映えや」と、微笑まれながら、


 ほととぎす 木鳴くを聞けば 大荒木の 森こそ夏の 宿りなるらん

 ほととぎす 木鳴くを聞けば 枯れ枝の 森こそ夏の 止り木なるらん


と和歌を詠み返し、

「今宵は帝に来て欲しいと見ゆる。年老いてもなかなか盛んじゃのう」

 とて言って、何くれと嫌みをのたまうも、女は逃げなく追いすがり、帝の付き人見付けんと心苦しきを、女は必至で、さも自分の命など思い足らず、今生の願いを叶えて欲しいと願う。


                          つづく



       二十


下級女官が

 君し来ば 手慣れの駒に  刈り飼わむ 盛り過ぎたる 下葉なりとも

 君来れば 手慣れの子馬に 飼い慣らす 盛り過ぎたる 下女なりとも


と言う有様、こよなく色めきたり


 笹分けば 人や咎めむ 何時となく 駒なつくめる  森の木隠れ

 裾分けば 人や咎めむ 何時の世も 子馬求める   桃の木隠れ


「宮中の女官どもに陰口叩かれるも、わずらわしきに」

 とて言って、立ち去り賜う帝を御控えさせて、袿女は、

「黒髪に 白髪混じり 老ゆるまで 係る恋には 未だ会わなくに

                        (万葉集)

まだ恋に係る物をこそ、知らぬと思い配慮はべらめ。今さらなる身の、何の恥にならむ」

 とて言って泣く有様。いと可哀そうでいみじ。

「今聞こえむ。そなたの苦労も良く分る。

 限りなく 思いながらの 橋柱 君恋すれど 中ば朽ち果て 

 限りなく 思いながらの 橋柱 君恋すれど 年に朽ち果て

                       (一条摂政御集) 

私が月のかぐや姫に恋した所でどうにもならぬ。それと同じ事ぞ。そなたは天の神に恋したのじゃ。とうてい叶わぬ願いとあきらめて、思いを断ち切ることじゃ。悲しくなるだけぞ」

とて言って、帝は引き放ちて去り居出賜うを、髪削り櫛女官は、

「せめてもう少し御待ち下され。今に及びて恥も罰も承知の上、橋柱は辛うございます」

と、恨み掻くくるを、上の帝は女官を振り払い棄て果てて、御部屋から居出賜うに、『髪削り櫛の、柄の針先にて首を突きさすのではないか』と気掛かりで、御障子の穴より中をのぞき賜いけり。

「似付交わしからぬ片思いかな。欲も下心もなく、奉仕するだけが当然の役目と心得て、帝の世話ができればそれだけで満足じゃと思っていたのが誤りであった。

『淡い出会いの思いでかな』などと、心に留め置きねば」

 と、いとおかしう思されて、更に、

『好き心、なしにせよ』と常に言い聞かせども、人の恋心、下級女官とて持て余し悩めるを、仕方のないこととあきらめるべきか。さわ言えど、宮中の乱れを放置して過ぐしさせ、見逃し施ざりけるは如何にならむ」

 とて言って笑い給えば、侍従内侍の守は『なまゆるい』と思いけれど

『憎からぬ人思いゆえんは、帝に恋心を抱くなど、濡れ衣をだに、着ま欲しがるたぐいの計り事にも有成ればにや』と思い直して、痛うも厳罰にあらがい問い質すも聞こえさせず。

 侍従庁の人々も『思いの外笑い話になる事かなあ』

と扱いめるを頭の中将楠木が聞き付けて、

「ならんならん。そのような事を放置しては宮中の乱れになります」

 と、至らぬ隈なき厳格心にて、

「そのような好き心の女、放置しては性癖が治りません。まだまだこれからも、帝に思い寄らざりけるよ。再び過ちを犯すとも限らん。私がその御削り櫛女に逢うて確かめてまいりましょう」

 と思うに、

「そういう頭の中将様こそ、鼻の下を長く伸ばしておいでですよ。ミイラ捕りがミイラ捕りにならなければ良いのですが」

 と言う声聞こえて、

「その女、どのような女人なのじゃ。興味が湧くなあ」

と、尽きせぬ好み心も見ませ欲しう成りにければ、内侍所の女どもと語らい給うこと、尽きせぬに成りけり。


この中将の君も人よりは性欲相手がいと異なるを、かのつれなき右大臣家の姫と言う人の妻がありながら、欲望を満たされぬ御慰めにと思いつれど、宮中の女官を見ま欲しきに犯すには、武官として規則の限りが有りけるとや。

「光源氏殿がうらやましい。あいつは桐壺帝の王子と言う身分で、どの女官に手出ししても咎められることは無きに、皇族以外のわしには何もできぬ。それにしても女官庁次官の典侍と、源氏の君との仲が怪しいとは困ったことよ。

うたての気味の悪い好みや。六条の御息所、空蝉、典侍など年増な女を相手にするなど困った性格や」

 などと源氏の君を痛う忍ぶれば、

「そのような事があるはずも無かろう。典侍とは帝の用件を取り次ぐ、仕事仲間じゃ。帝の要請をいち早く大臣に伝えるには、男のわしが動かなければならん事もある。怪しい事などない」

 とて言って、源氏の君は頭の中将の推測など何事も知り賜わず、相手にもせず。


                        つづく



         二十一


 頃は初夏の暑き季節にになりにける。源氏の君が帝に呼ばれ清涼殿を尋ねようとすると、典侍の見付け聞こえては、

「源氏の君、ちょうど良い所で会うた。今宵は私が桐壺帝の相手をする御役目じゃゆえ、よろしう頼む。夜更けに内輪だけの歌会を催したいとの意向じゃ。頭の中将にも参内するように使いを出しておる。源氏の君の恋歌を楽しみにしておりますぞえ」

 とて言って呼び止められる。

「典侍殿、勘弁して下だされ。年増な女を相手に恋歌もなかろう。もっと若い女官が相手なら別じゃがな。それならば麻呂の歌も冴えると言う物ぞ」

 など言う光源氏様の恨み言、聞こゆるを、

「わらわとて好きで年取ったのではない。可哀そうな年寄りを馬鹿にしていると罰が当たりますぞえ。光源氏様とてもうすぐ二十歳、二十を超えたら五十の御年までは『アッ』と言う間ですぞ」

典侍の齢のほど愛おしく痛々しければ、帝を必死でお守りする苦労の数々を慰めむと思せど、白髪混じりのしわの多い顔立ちに、尊敬の意志叶わぬ物憂さに、いと逃げ出したく成りにけるを、外は突然夕立して、

「光源氏様、雨でございますよ。日照りの庭もこれでようやく生き返ります」

 と、典侍の喜びの声聞こえて、春の名残り涼しき宵の紛れに、渡り廊下居出賜えれば、

「ものすごい雨でございますわ。きっと光源氏様が年老いた私を馬鹿にしたのを天の神が怒っておいでですわ」

 と言う中庭の雨粒をながめたる女の声聞こえて、温明殿渡りをたたずみ歩き賜えば、

「典侍、大変じゃぞ。この大雨ならば賢所に雨漏りがしておるとも限らぬ。三種の神器、八たの鏡を濡らしでもしたら大変じゃぞ。天照大御神の怒りじゃ。お守りの巫女は二人待機していたのか」

「それが今日に限って一人でごさざいます」

「大変じゃ、急ぐのだ」

「はい」

 内侍所を通り過ぎて鏡の間の扉を開けると、巫女が一人静かに座っております。

「良かった。雨漏りなどしておらぬか」

 という源氏の君の心配した声に、巫女は大して驚きのようすも見せず、

「大丈夫でございます。外は大雨のようでございますね。この程度の雨ならば大丈夫かと」

 という巫女の静かな声聞こえて、光源氏様が胸を撫で下ろしていると、

「そうなのじゃ、ものすごい雨。巫女をもう一人寄越すゆえ、鏡のお守り、宜しゅう頼む」

 と言う遅れて来た典侍の声聞こえて、源氏の君も安心しました。

「かしこまりました。典侍、少しの間お願いできますが。お腹が冷えて、用足しに参ります」

「わかった」

 と言う二人の声を聞きながら再び外の渡り廊下に居出賜えれば、雨も落ち着いて光源氏様は清涼殿へ、典侍は内侍所に立ち寄り同じ所へ向かいます。この内侍、琵琶をいとおかしう弾いて帝の御住まいに居出たり。

 清涼殿の帝の御前、太政大臣、左右各大臣、内大臣、光源氏様と頭の中将など、上を前にしても少しも怖じ気ず、男方の御遊びに混じりなどして、和歌や雅楽の演奏など、事に勝る人無きほどに上手なれば、

「典侍がそのように何事も上手なれば、男どものわしらの立つ手がないわ」

 などと、物恨めしう覚えける右大臣の不機嫌を思わせる折から、帝の前の御偉ら方から嫌われて、いと哀れに聞こゆ。

「山城の 小間の渡りの 瓜作り 我欲しと言う 如何にせむなり

なりやまし。

『わざと下手に弾き給え』と言われても。私にはそれはできません」

 と、声はいとおかしう澄まして歌うぞ、女にしては少し生意気で『心付きなき』と覚えたり。

「典侍の和歌は、唐のがく州、白楽天の詩にありけむ。満月の月の下、江上で舟遊びを白楽天か楽しんでいると、隣舟から美しい女の歌声が流れて来る。聞くと悲哀に満ちた歌声が泣き声に変わり、すすり泣きに変る。

 近付くと十七・八の高貴な美少女が、真珠の涙を落とすばかりで、尋ねても何も語らない。大方そんな所じゃろう、典侍。

じゃが少し歌の意味が違うぞ。白楽天は若い少女を相手に歌ったが、典侍は年増な女じゃ。成り澄まして歌おうとしても、そうは行かぬ」

 と左大臣が言えば、残りの御前の人達は、

「ははは・・・」と笑い、

「昔の人も、かくこのようにや、おかしけむと、笑ったのでしょうか。典侍殿が少しまね事でも涙を流したならばね我らの同情もありけむ」

と、源氏の君が言えば、帝の耳にも留まりて聞き賜う。

「あほらしい。やってられませんわ」

と典侍、琵琶を弾き止みて、いと痛う思い乱れたる気配なり。

「典侍、何もそう嘆くことはありませぬぞ。そなたは芸達者じゃ。左大臣も右大臣もひがんでおいでなのじゃ。太政大臣のようにおとなしく黙って聞いておれば良いものをのう。困った人たちじゃ」

 中宮様は盛んに典侍をかばい同情したり。


 東屋の 真夜の余りの 雨注ぎ 我立ち濡れぬ 殿戸開かせ

 東屋の 真夜に激しき 雨注ぎ 我立ち濡れぬ 引戸開かせ 


と、源氏の君が詩を忍びやかに詠いて寄り添い 賜えるに、


 かすがいも 閉ざしも有らば その殿戸  開いて来ませ 我や人妻

 かすがいも 鎖も有らば   噛み千切り 開いて来ませ 我や人妻


と、典侍が打ち添えて返歌したるも、例に違わず、好色びたる心地ぞする。


                         つづく



             二十二


 光源氏様と典侍の和歌のやり取りを聞き、東屋の議題が出たことに頭の中将は疑問を抱き、

『二人の関係が怪しい。実行されるなら今夜だ』と確信する。


 立ち濡るる 人しもあらじ 東屋に 歌ても掛かる  雨注きかな

 立ち濡れる 人影あらじ  東屋に 腹も立ちぬる  雨注ぎかな


「阿保らしい。誰も来ぬ東屋に、雨に濡れて待つ人は馬鹿ぞ」

と、中宮春子様が打ち嘆くを、桐壺帝は、我一人しも聞き負うまじき冷たさを責めたく思いけれど、

「疎ましや。これ以上中宮の機嫌を損ねては、この歌会が気まずくなる」

と思い賜いて、


 人妻は あな煩わし 東屋の 真夜の余りも 馴れじとぞ思う

 人妻は あな煩わし 東屋の 夜の遊びも  馴れじとぞ思う


 とて言って、打ち過ぎたる男女の色恋を、『なま欲しくみっともない』と思いける妻の姿を、桐壺帝は哀れに思いけれど、

『これも自分の責任』と思い返して、

「厳格な春子の性格ならば中宮の座は安泰であろう。一時の恋心に目がくらみ、東屋で逢瀬を繰り返したあげく、宮殿を追われた女官は余多数知れずおる。典侍、そなたは良く良く考えることじゃ」

 と、少し早り過なる戯れ事を言い交わしてむきに怒る。

これも珍しき心地ぞする。頭の中将は帝の怒りをこれを絶好の機会と受け止め、今夜は必ず源氏の君と典侍の密会を暴こうと考える。

「帝王様、春子の事は、どうぞ心配なさいますな。中宮であるからには軽はずみな事は致しません。そこの所は子供の頃から、良おーく言い聞かせております」

 右大臣はしきりに帝をなだめようとする。

「帝王様、心配なのは源氏の君でございます。源氏の君は自由気ままに町の女人に手を出しております」

と、頭の中将は姑の右大臣に味方して、この源氏の君の痛う真面目立ち過ごし、常に目の前の女に手当たりしだい言い寄る女癖を、非難もどきに言い給うが、ねたみ心も隠せず。

「そのことは我とて聞いておるぞ、愛人や人妻にも手をだしておるとか。今のうちに良く良くお仕置きいたしませんと、東宮朱雀皇子の妻にも手を出さないとも限りません」

 と、太政大臣が言えば、

「源氏の君は、内裏のさる御方の御殿にも度々立ち寄るとか。ご機嫌伺いも良いが度を過ぎると『怪し』とも疑われますぞ」

 とて言って、左大臣の姑も光源氏様を非難する。

「藤壺は源氏の君が幼少より、母君と称してお慕いした身内だ。母君を御訪ねずるのになんとも文句があるまい」

 と、帝が重臣を咎めると、

「御親しくなさるのにも限度があります」

 と、太政大臣が言う。

 朝廷の重臣どもは源氏の君につれなくて、内内疑念を打ち忍び賜う方々多かめるを、頭の中将は、

「如何で現場を見現わさむ。源氏君の君の不謹慎なる行いは、ここにいる重臣さえ承知しておるぞ」

とのみ思い渡るに、重臣の揃いに揃って非難する姿、これを見付けたる心地して、いとうれし。

 係る重臣どもが集まったこの折りに『源氏の不貞を暴こう』と少し脅し聞こえて、夜の密会待ち続ける。

「懲りぬや、これで浮気心も終わりぞ。これからは葵の上を大事にすることじゃ。夫婦は仲睦まじくならなくては困る」

と、言わむと思いて、

「今夜はそろそろ御開きに致しましょうぞ。中宮様も眠たそうでございます。私は宮殿の警護がございますので先に失礼致します」

と、頭の中将のたゆめ聞こゆ。

「そうなのじゃ。こんな夜更けに戯れ事も馬鹿馬鹿しい。眠たくてかなわぬ。わらわは先に弘徽殿へ帰るゆえ、重臣どもも大殿へ帰って休め。さらばじゃ」

 とて言って中宮様が退散しますと、重臣どもも帰って行きました。


 それからしばらく過ぎて、東屋に風冷ややかに打ち吹きて、夜もやや更け行くほどに、宮殿も少しまどろむ頃にやと見ゆる景色なれば、

「そろそろ二人の密会が始まる頃・・・・」

 と、頭の中将は思いて、やをらそっと入り来るに、源氏の君は闇に溶けしも寝賜わぬ心なれば、ふと物音聞き付けて、この頭の中将とは思い寄らず、

『なお忘れ難くするなる密会の相手、恋敵の修理の守にこそあらめ』と思すに、

「大人大人しき分別のある年配者に、かく似げなき裸の振る舞いを見せるなどして見付けられん事は恥ずかし」

 と思いければ

「あら煩わし。御邪魔虫が居出なむよ。わしが蜘蛛の巣を張り巡らし、曲者を捕えようと待ち構えているとも知らないで。女郎蜘蛛の振る舞いは、これこれに知るかりつらむ物を」

『間抜けな男が蜘蛛の巣に係る驚きの姿を見せるは楽しみだわい』

とばかり心浮く心地して、

「相手の振る舞いなどは見透かし給いけるよ」

 と言いながら源氏の君は直衣ばかりを取りて典侍を残し、屏風の後ろに入り賜いぬ。


                     つづく



        二十三


 頭の中将は、

「源氏の君、お楽しみの真っ最中かな。屏風の内側に人の気配あるぞ。驚かすには絶好の機会だわい。ひひひひ・・・・嬉しや嬉しや、波阿弥陀仏、波阿弥陀仏」

 などとおかしな言葉を念じて、二人が引き広げ立て給える屏風の右下に寄りて、がたがたごぼごぼと、奥へたたみ寄せて、

「こら、てめえら何をやっている。宮殿に於いて色恋の真っ最中とは何事ぞ。裸のまま縛り上げて、宮殿を引き擦り回してやろうか」

 などと驚ろ驚ろしう騒がすに、内侍の顔立ちは老けてねびれたれど、痛うおっとりと良しばみ、

「これはこれは修理の守殿、待っておりましたぞえ。そなたが私を好いておるのは日頃の態度から良おーく良く承知の上ですぞえ。早ようここに来て抱いて給もうれ。早く早く修理の守殿」

 と、侵入者の名前呼びたる人の過去の先々にも、かようにて現場を繕う機転の良さが折々ありければ、過去の経験に習ういて、いみじく厄介心あわただしき言い訳にも真実味が増して、

『この修理の守をいかに説き伏せて我が心の意のままにし、源氏の君との恋仲などなかったように聞こえさせぬるにか』と、どうにか脅しを代わしたものの、わびしき恐怖に、心は震え振るう振るう。

「修理の守殿、このように年老いた老婆など誰も相手にしてはくれぬ。歌会のわしの流し目をよう理解してくれた。二匹の中で釣れたのはそなただけじゃ。早く抱いて給うれ」

 と修理の守の袖を引けば、近衛府の大将は大きな腕で払いのけて、

「何をする冗談はよせ」

と、大きな若い力で典侍を振り払い、背中を足で押さえ付ける。

「そなたはもしや・・・近衛府の大将殿」

「決まったことだわい。頭の中将であるぞよ」

 と、わざと声を振り上げる。

「頭の中将ならなおさら良い。わしは若い人が好きぞえ」

 と、典侍は頭の中将の足に抱き付けば。若者は逃れようと必死で払い除けます。


源氏の君は、

「近衛府の大将殿、典侍との密会をしかと見届けたぞ。修理の守が『そなたと典侍の仲が怪しい』と告げ口したのは本当であった」

と言わむと思いて、

『誰と知られで、頭の中将の背後から居出ばや』と思せど、

しどけなき裸姿にて、冠など打ち歪めて遠くへ走らむ罪人の、後ろ手に縛られる立場思うに、この自分の図々しい考えも『いと奥こがましき愚かなる策略になるべし』と思し、心を押さえて安らう。

 頭の中将は

「いかで我と知らせじ、天下の頭の中将と知っての事か。甘く見下すは我慢ならん、首を切り落とされたいか」

 と、思いて物も言わず、ただいみじう怒れる殺意の景色に持て成して太刀を引き抜けば、女、

「あが君、あが君、頭の中将殿、どうぞ御気持ちを静めて下され。私は頭の中将様を尊敬しておりまぞえ」

 と、向かいて手を合わするに、ほとほと典侍の振る舞いも、笑いぬべしほど深刻なり。

 この典侍が好ましう若柳て純情に持て成したる上辺こその振る舞いは、さても度々有りければ、、五十七・八の老け人の、打ち溶けて子供のように甘える物思い、辺りを気にすることなく騒げる気配、

 え、ならぬ二十歳の若人達の御中に混じりても、物怖じしたる素振りもない態度は、傍から見ていても、笑えて楽しめたる事、いと尽きなし。

 かうあらぬ誤解のさまに持てひがめても、典侍は恐ろしげ成る気配を見せすれど、中々いたずら印く見付け給いて、

『我と知りてことさらに、言い訳け上手に成りけり』と、愚こがましき御心になりぬ。


 源氏の君は二人が馬鹿げた争いに気を取られている間に衣服を整えて御格子の入り口に近付きて、戸をガタガタと大きく開き、わざと大きな音がするように、

『ドスン』と押しやれば、

「騒ぎを聞き付けて東屋に来てみれば、修理の守と典侍の争いではなく頭の中将ではないか。近衛府の大将、そこで何をしている。東屋の宮中の噂は、頭の中将と典侍の逢引きであったか。しかと見届けたぞ」

 と、わざと外へ聞こえるように大声を響かす。

「頭の中将殿、とうするべきかえ。二人の逢引を光源氏様に見られてしもうたぞ。恐ろしや、恐ろしや」

 と言いながら、典侍は頭の中将の胸に抱き付きます。

「よせ、寄さぬか典侍。誤解されるではないか」

「わらわは頭の中将と一緒なら死んでもかまわぬぞえ」

 と更に強く抱きしめれば、

「よせ、寄さぬか」

 と言って、頭の中将は典侍を引き離します。

「それでは愛人に冷たすぎるではないか。頭の中将」


                         つづく



        二十四


 源氏の君は、ここに現れたのは頭の中将、その人なめりと見賜うに、典侍との争いが、いとおかしければ、笑いながら太刀抜きたる階な腕を捕えて、

「愛人に刀とは物騒ぞ。よほど好き合った仲と見える。別れ話に刀を抜くとは、頭の中将にとっては、よほど深刻な事情があると見える。さてもさて、右大臣の四の姫に見破られてしもうたか」

源氏の君がからかいながら腕を摘まみひねり給えれば、典侍との逢引を咎められる妬たましき物心から、相手を問い詰められる喜びに立場は逆転して、

「痛てでて、痛いぞ中将。わしがこんな年増な女を相手にする訳がなかろう。はめやがったな」

 と、頭の中将のむきに怒る姿は、え、こらえきれぬほど耐えで、腹をかかえて笑いぬ。

「誠は頭の中将も典侍に惚れた美しき心があったかとよ。四の姫と言う立派な妻が右大臣家にありながら、浮気とは戯れ憎しや。いでこの直衣着、帯がほどけて乱れておるぞ。よほど取り込みの最中であったらしいな。この直衣、如何に着む」

 とのたまえど、

「俺はな、王族の人間ではないのだぞ。通常、俺は東屋に出入りできる身分ではない。俺がここに来たのは罪人を捕えるためだ。典侍と源氏の中将が逢引きしているとの通報があった。俺はてめえらを捕まえるために来たのだ」

 とて言って、頭の中将は努めて二人の言い訳を捕えて、さらに五分五分の勝敗を認めず、二人を放つ許し聞こえず。

「さらば、諸々共にこそ、頭の中将がやりたかったことを手助けしようではないか。わしが来なければ腰ひもを緩めて指し貫き袴を下ろす、そのつもりであったのだろう。遠慮はいらぬ。わしと典侍が手助けしてやろう」

 とて言って、頭の中将の帯を引き解きて袴を脱がせ賜えば、男は脱がせじとすまう直衣の奪い合いを、とかく双方が強く引こしろうほどに、指し衣の割れ目はほろほろと千切れて耐えぬほどになりぬ。源氏の中将は、


 包むめる 名や漏り居出ん 引き交わし かくほころぶる 中の衣に

 隠しめる 玉や漏り出ん  恥ずかしさ かくほころぶる 衣の中に


 紅の 濃染の衣 下に着て 上に取り着ば 知るからむかも

 紅の 下着の衣 上に着て 直衣隠せば  知るからむかも


と言う。それに返事する頭の中将君は、


 隠れなき 物と知る知る 夏衣 着たるを薄き 心とぞ見る

 隠れべき 物と知る知る 褌衣 着たるを薄き 心とぞ見る

 

「着替えの直衣を届けさせよ、源氏の君」

 と請願する。

「それでは浮気の証拠にならぬではないか、大将殿。浮気男は肌着姿が良く似合うぞ、宮殿の人々に見せようではないか」

「覚えておけ」

などと言い交して、裏や実りなきだらしない姿に引き直されて、明白なしどけなき浮気の証拠と、見せしめに引き回されて、皆そこを居出賜いぬ。


清涼殿の北廂にたどり着いた源氏の君は、いと口惜しく頭の中将に見付けられぬる逢引の事を思い、憂鬱で欄干に臥し賜えり。内侍はその事を浅ましく覚えければ、あの現場に落ち留まれる御差し衣と帯など、努めて丁寧に取り扱い、源氏の君に奉りれり。


 恨みても 言う甲斐ぞなき 立ち重ね 引きて帰りし 波の名残りに

 恨みても 言う甲斐ぞなき 落とし物 証拠に残す  恋の名残りに


 別れての 後ぞ悲しき 涙川 底も露わに なりぬと思え

 別れての 後ぞ悲しき 涙川 性も露わに なりぬと思え


「昨夜のことは忘れて、これからも度々逢ってくだされ」と添え書きにあり。

源氏の君は『面馴れるの有様や、図々し』と見賜うも憎けれど、

『割り切れ無し』と思えりしも、さすがに心の余裕がありて、


 荒立ちし 波に心は 騒がねど 寄せけむ磯を いかが恨みぬ 

 後追いの 波に心は 騒がねど 寄せけむ人を いかが恨みぬ


とのみあり。返歌は簡単になむ。いい訳てありける。


                        つづく



        二十五


 帯は中将の物になりけり。我が御直衣よりは、色深し身分の低い物と見賜うに、服は破れて袖端も無かりけり。

「怪しの事どもや。さぞ取り込み中の真っ最中であったのだろう。降り立ちて欲望に乱るる人は、無辺に愚こがましき事も多からむ。女は袖が破けるほどに相手を振り払い、抵抗したのであろう」

 と、いとど、頭の中将を悪者に見立てて、我が御心の愚かさをなお一層醒められ賜う。

 頭の中将、宿直所より居出給いて、

「これはまず、閉じ付けさせ賜え。このまま濡れ衣を着せられたままでは黙っておれぬ。決着を付けようではないか」

 と、押し包みて帝に上訴起こせたるを源氏の君は、

「如何で取り繕いつらむ。自分の過ちを隠すために、頭の中将と典侍との逢引をでっち上げたのであったが、上訴されては帝も黙っておらぬであろう。事が大事になってからでは遅すぎる。今の内になんとかせねば」

 と、心やまし。

『万が一の場合、この帯を人前に、え晒し、証拠としましかば』と、思す。その帯と同じ色の紙に包みて、


 仲断えば かごとや負うと 危うさに 花だの帯は 取りてだに見ず

 友断てば 恨みや負うと  危うさに 露草帯は  取りてさえ見ず


とて言って、頭の中将にやり返し、反応を見賜うに、楠木は立ち返りにらみ賜うに、


 君にかく 引き取られぬる 帯なれば かくて絶えぬる 中と過去たむ

 君にかく 悪用される   帯なれば かくして絶える 仲と過去だに


「源氏の君の不倫は明白なり。王の女に手を出すとは、打ち首にしてくれようぞ。罪を、え逃れさせ給はじ」

 と、返事あり。


 二人の争いは終わる気配もなく、日猛けて明るさが増すほどに、おのおの太政大臣を始めとする殿上人の朝の集会に二人は参り賜えり。紫宸殿の奥に居ては帝と重臣が、いと厳粛にやり取りするを、物遠きに冷まして見賜うに、この会合は静かに御言葉交わして穏便に進めておわする。

 この静かな殿上人の会合を見給うに、頭の中将君も、いとおかしく意切り立って上訴しようとした熱意はありけれど、この日は公け事多く奏し、宣旨を下す日にて忙しければ、個人的な争いなど申し上げられず。

 帝と重臣も、いと麗しく健よかなる景色にて、笑い声さえ漏り居出むを、見るも恥ずかしくて、源氏の君と頭の中将は肩身を上げて両手を上に振るわせ、

『どうにもならん』と肩透かし食わされた格好で、

「これでは我々の出る幕ではないぞ。国家の一大事を前に、我々の色事の争いなど小さすぎる」

「そうとも、そうとも。ここは何事も無かったことにするのが一番良さそうだぞ。

ようやく分かってくれたな、頭の中将」

 とて言いながら、二人は微笑まるる。

 頭の中将は源氏の君を一間に差し押し寄りて、

「物隠しは懲りぬると見えらむかし。宮廷の女に手出しするのはいい加減にせよ」

 とて言って、妬ましげなる尻目にて光源氏様の耳を引き上げるなり。

「などて、どうしてそう強気になれる。そなたの帯を隠し通すは貸しもあらむ。上訴をできず、立ちながら帰りけむ人こそ愛おしく哀れなりけれ。誠に世の中は思い通りにならず、憂鬱しやと思える世の中よ」

 と言い合わせて、


 犬山の 床の山なる 名取川 異さと答えよ 我が名残すな

 東屋の 床の遊びに 名取川 違うと答えよ 我が名残すな


と、互いが、かたみに口固めせむ。


                            つづく



          二十六


 さてその後は、途もすれば事のついでごとに言い争い向かいうる火種、くさ合い事となるを、頭の中将楠木はいとど物難しき厳格な人ゆえと、源氏の君も思い知るべし。中将の正義感はこの世の果てまでも逃れられぬ。

 女は尚も咎めに懲りず、いと妖艶に光源氏様に迫りて、冷たく振舞う君に恨み掻き狂うを、侘しと思い、なお君を求めて歩りき給う。

「源氏の君、何をためらっておる。男と女の色恋は神の力の及ばぬ所ぞ。まして光源氏様より身分の低い頭の中将の咎めなど気にするでない」

 と迫られても、一度熱の醒めた年上の女との色恋は馬鹿馬鹿しく思われて、今さらその気にもなれず。

 頭の中将は、光源氏様の浮気を妹の葵の上に告げ口するなど、言い聞こえ居出させ給わず。ただ万が一の、さるべき折りの、『脅しぐさ、切り札にせむ』とぞ思いける。

 頭の中将と葵の上は、やんごとなき皇族腹の御子達だに、光源氏様が更衣と言う身分の低い側室の生まれなる事を軽蔑している節もあって、上の帝の源氏に対する御持て成しのことを、わずらわしがりて快く思わぬ。

「源氏の君はわしの直接の王子ぞ。左大臣の生まれの楠木とは格が違う。礼儀をわきまえよ」

と言う帝の御言葉が、いと事に当然、詐理のごとく聞こえ賜えるを、この中将は理不尽に思いて、

 「私の母君は桐壺帝の姉君、その母は帝の皇女ぞ。桐壺帝の母君よりは王族の血筋が濃い。源氏の君に劣りはせぬ。大宮という先帝の第一子ながら、左大臣の妻として臣下に下った母君が気の毒じゃ」

 などと不満に思い、この上さらに権力に押し消され聞こえじと、

「帝の光源氏様に対する特別扱いはえこ引いきじゃ。認めてやるものか」

と、世の中のはかなき宿命の不当事に付けても、思い挑み聞こえ給う。

父と母が正当な王族の血を引く御子は、この頭の中将君一人ぞ、先帝の姫君の御一つ腹になりける。

『側室から生まれた子供の父親は帝とは限らぬ。光源氏殿の母親とて、何処の馬の骨とも分からぬ相手と関係を持ったかも分からぬ。しかし俺は、母親が帝の皇女という明からなる王族であることは間違いない』

「源氏の君が帝の御子と言うばかりに特別扱いされるは不愉快にこそあれ。俺が源氏の君よりも身分が上であっても良いではないか。『我も将来は、同じ左大臣ぞ』と聞こゆれど、その程度では我慢できぬ。何とならぬものか」

「しかとそなたは左大臣家の跡取りぞ。そこを十分に心得て帝をお守りせねばならぬ」

という母君から教えられた御覚え事になるが、頭の中将にすれば煩わしくて、

「皇女腹にて生まれたからには、又なくかしづかれ、もっと王族として大事にされなければならぬ」

と思いたるは、光源氏様と比べても、何ばかり劣るべき極と覚え賜わぬ事として、かなり不満を持っていなさると考えるべき。

 人柄も腕力もあるべき限り整いて、学門や教養も有らま欲しく足りてぞ、何不足なき者と仕給いける。この頭の中将の御仲間同士どもの争い、挑みこそ怪しかりし宿敵として表れしか、それも仕方のない事と思えりし。

 されど紫式部にしてみれば『身分がどうのこうの』うるさくてかなわぬなむ。男ならば家柄や身分に囚われず、実力で栄華を築くもの。互いに友情を高めて助け合っこそ、男同士の美しき光景なれ。


 文月にぞ、奥の宮殿に於いては中宮となるべき御妃様が、近々居賜うべき気配になりぬめりし。

「誰ぞその女御は。今さら弘徽殿の女御という皇后の代理が有りながら、妃選びとはおかしいではないか」

「それよ、それ。それに合わせて源氏の君は宰相、参議とあい成り給いぬ」

「なぬ。突然におかしいではないか」

「それはこういう事であるらしい。帝は位を降り居させ賜わむの御心遣いが近こうなりて、この藤壺の若宮を東宮坊・皇太子にとの思いが強まり、重臣どもにその事を聞こえさせ賜うようだ。

それに合わせ、宰相以上の御後見人仕賜うべき藤壺筋の人物が朝廷におわせず、光源氏様をそれに仕立てられたと思われる。

藤壺様を中宮に仕立てるのは幼い東宮をお守りするためじゃ。藤壺様の母方は皆男親王達にて参議に加われず、源氏君のように公け事を知り賜う政治筋の後見人がおらねば、母宮だに皇子をお守りできまい。

皇后として動きなき権力の有様に仕置き奉りて、幼い東宮様を強りにお守りすると思すになむ。そうした考えが帝にはありける」

「なるほどのう」


                         つづく



     二十七


このことを知って激怒したのは弘徽殿の女御、春子様です。弘徽殿の女御様は正式に桐壺帝の妃と決まったわけではなかったのですが、この突然の中宮の決定に、いとど心動き賜う。断じて受け入れられぬ、拒絶すべきことわりなり。

「帝王様、何ゆえに私を皇后の座から引き下ろすのですか。それでは皇太子の母として、王子をお守りできませぬ」

 と言って、例のすごい剣幕で帝に迫り、清涼殿の外まで聞こえるように大声でわめき散らす。

「されど、これからは東宮、朱雀皇子の御世ぞ。わしは帝を退く事に決めたのじゃ。朱雀皇子の帝がごく近う成りぬれば、そなたが生んだ御子は、疑いなきこの国の最高の御位なり。

 そなたは帝の皇太后ぞ。帝の母親がその御妃とはおかしいではないか。東宮にはまだ御子がおらぬ。その後々の事を考えてみよ。朱雀皇子に御子が出来なかった後の事を考えて、次の後継ぎを考えねばならぬ。

 わしは藤壺の御子を次の東宮に決めたのじゃ。そのための中宮藤壺の誕生ぞ。朱雀皇子の次の帝は誰にするか。東宮がいない今の内に決めねばならぬ。放って於いては争いの火種じゃ」

「しかし、東宮には御子が出来る可能性は十分にございます。次の東宮を早々と決めるのは承服仕兼ねます。」

「それも考えた。もしできたとしても、朱雀皇子の御子が成長するのは随分と先々の事じゃ。それまでの繋ぎとして、どうしても次の帝となるべく御人を決めねばならぬ。わしの見た限りでは、東宮に御子は産まれぬと思うがどうじゃ」

「私にも分かりませぬ」

「そうれみよ。楠木が『我が子を次の帝に』と騒ぎ始めたら大騒ぎぞ。光源氏と中将の争い、左大臣と右大臣の争いに成り兼ねぬ。二人が争わぬように、今、次の世継ぎを決めておく必要があるのじゃ」

「それでも・・・・」

「この話はここまでとする。気持ちを静めて思ほしのどめよ。これっきりじゃ」

とぞ、桐壺帝は弘徽殿の女御様に、聞こえさせ賜いける。

げに、春宮、朱雀皇子の御母にて、御子が御生まれてから二十四年の歳月になり賜える女御を、長年に渡って奥の宮殿に皇后代理と置き奉りて暮らしければ、

『今さら中宮の御部屋を引き越し奉り賜いけるも、求め難き事になりにしか』

 と、例の宮庭女官や下級文官は、安からず世人の評判を考えて、『部屋替えはせぬ』と聞こえけり。


 天照大神を奉る神殿の鏡の間に、参り賜う夜の御供は少人数に限られて、宰相の源氏の君も参内仕う奉り賜う。この夜は天皇家の御先祖に、新しき御后と皇太子をを報告する神聖な儀式なり。

 桐壺帝と並んで列席した藤壺の女御様は、これまでにここを訪れた同じ御后と聞こゆる中にも特別で、妃腹の御子冷泉王子は玉のごとく光り輝きて、この上たぐいなき神としての御覚えにさえ物を仕賜えば、人々もいと事に於いて大事に思い、賢付き聞こえたり。

 この新しき東宮の誕生を快く思わぬ頭の中将は、桐壺帝の姉腹に生まれた自分が粗末に扱われたように思われて、

『まして母君が女帝であったならば、今頃わしは皇太子ぞ』

と、割り切れなき御心の中には、新しき皇太子の誕生を、御輿の内にも担ぎ出されたように思われて、いとど及びなき納得できぬ心地仕給う。神殿の陰ですずろはしきにまで涙流して、耐えて悲しむなむ


尽きもせぬ 心の闇に くくるかな 雲居に人を  見るにつけても

 尽きもせぬ 心の闇に 耐えるかな 世継ぎの人を 見るにつけても


とのみ独り言垂れつつ、遠くから眺める頭の中将の気持ちの物、いと哀れなれ。


 皇子はおよすげに成長仕賜う月日に従いて、光源氏様の幼き頃の御姿に良く似ておわしまして、いと見奉りても、どちらがどっちとも見分き難げなるを、源氏の君は鏡をのぞきながら、

「これではわしの顔立ちにそっくりぞ。ますます我が子と誤解されても仕方があるまい。皇太子の後見人と決まったが、父親としても疑われる。しかしそれでも他人のごとく振舞いて、冷泉の宮が成長するまではお守りせねばなるまい」

 などと、宮の事を思えば苦しと思せど、光源氏様の他には東宮を真剣に思い寄り、お守りする人無きになめりかし。

 げに、如何なる有様に造り変えてかは、冷泉王子が実際に桐壺帝の御子であったとしても、二人が互いに光り輝く王子として、どちらがどちらにも劣らぬ御有様は、世に居出て語り草にもの仕賜わりましかし。

 月日の流れと共に、二人の成長は光の空に通いたる仙人のようにぞ思えて、この日本国の未来が洋々たる明るい未来へ発展するかのように、

「次の世は光源氏様と冷泉王子の時代ぞ」

 と、世人にも思える。


                     つづく



       二十八


 さてさて、この紅葉賀の巻は終わりでございますが、最後にもう一度、この巻の最大のクライマックスでございます、光源氏様と頭の中将の舞を再度披露して終わりにしたいと存じます。

 長い間の愛読、誠にありがとうございました。


十月十日過ぎに行幸行事が催されるとの事、宮中ではその噂で持ち切りでございます。老中様、何とか宮殿の中から、その一行が出発する御姿を、一目だけでも見る事はできない物でしょうか」

 弘徽殿の侍女女房が皆にそそのかされて言いました。

「そうよ、そう。ほんのちょっとでも良いのです」

「何を申しておる。女御様にお仕えする女房どもが、奥御殿の外へ出られる訳がなかろう。口を慎め」

「そこを何とか」

「ならん。ならん。ならん物は出来ぬのじゃ。とっとっと各御殿へ帰りなされ。何を考えておるのじゃ、この女房どもは。うへっ」

 老女がにらみ付けると、集まった女房どもは仕方なく各御殿へ帰って行きました。老女房が弘徽殿の王妃様にそのことを話すと、

「それもそうよのう。若い女房どもが、我が子、朱雀院への行幸を見たい気持ちはわからないでもない。何とかしてやりたいものよのう」

「甘やかすと突け上がります。今後の示しが付きません」

「それはそうだが・・・・わしからも、右大臣に話してみるとしよう」

「そうなのですか、弘徽殿の女御様。実は私めも、少しだけでも見てみたかったのでございます」

「まったく」

 上の桐壺帝を世話する取り巻き、典侍も、この行幸を藤壺の準王妃が見給わざらむを、明かず不満に思さるれば、

「完璧とは行かないまでも、練習の試楽の模様を女御どもに見せてやるか」

 と桐壺帝のお計らいで、仁寿殿と綾奇殿に挟まれた中庭にて、舞の練習を帝と藤壺様の御前にてさせ賜う。集まったのは宮殿の女御と女房ども、大臣の大方の方々である。

 渡殿の仁寿電側には桐壺帝と藤壺の女御が並んで座し、その周りを大臣どもが取り囲む。反対側の綾奇殿側には弘徽殿の中宮を中心にして、各御部屋の女御が取り囲み、更にその周りを侍女女房どもが取り囲む、といった具合である。

「中宮様、桐壺帝のおそばには弘徽殿の中宮様がお座りになるべきではございませぬか。帝は弘徽殿の春子様に冷めとうございます」

 と、麗景殿の側室女御様が話し掛けると、

「今宵は藤壺女御の気分がすぐれぬゆえ、それを慰めるために試楽が開催されたとの事じゃ。今、桐壺帝の寵愛を受けているのは藤壺の女御なのだから仕方あるまい」

 と、そっけなく言いました。

「それでも・・・」

 梨壺こと麗景殿の女御様が中宮様に話しかけていると、開宴の合図を知らせる太鼓の音が鳴り響きました。

「皆の者、良く聞くが良い。今宵は身重の藤壺の女御を慰める宴じゃ。ついでに朱雀院にて披露される舞の予行演習も兼ねた披露宴でもある。皆も藤壺の女御が安産できるようにご配慮下され」

 桐壺帝の大きな声が響き渡ると、

「かしこまりました」

 と各女御は返事して、一礼をしました。

 弓矢で的を射る競技が催された後、剣と鎗のけいこのようすが披露されました。次にいよいよ光源氏様と頭の中将の出番です。

 源氏の中将は雅楽の音に合わせ、孔雀の兜を頭に付けて、波千鳥文様の袍の衣服を身にまとい、腰に細い剣を身に付けて、青海波の踊りをぞ舞い賜いける。

片手相手には左大臣家大殿の頭の中将を従え、後ろの形御用意人には異なる大臣家の子息ども五人座らせて、雅楽の調べが始まるのを待ち給う。舞台に七人立ち並びては、光源氏様の他は、なお華の桜の傍らに生える深山雑木ごとくなり。

「光源氏様御一人だけ、目立ちまするな」

 と左大臣は桐壺帝に話しかけます。娘の葵の上の婿てある源氏の君が自慢のようでもあります。と同時にその事は、桐壺帝の皇子に対するお世辞でもありました。


入り方の夕暮れ、日影さわやかに射したるに、空は晴れ渡り、夕焼けも程好く染まりたる。宴の会場に楽の声響きまさり、舞をぞ始まりたる。源氏の君は大きく身体をうねらせて壇上を片足立ちしながら歩き回り賜う。

時には岩に砕ける波しぶきのように飛び跳ねては、中国西安の西方にあるという青海の波のようすを表現し賜う。大きく天に腕を伸ばす仕草は空の広さを表し、回り込むように扇を横に手を伸ばして歩くは、周りの山の姿を現すごとし。

「光源氏様の袍の衣装の姿、まるで極楽浄土の空を舞う天女のようなしなやかさがありますわ」

「手先や足腰のしなやかさには見惚れてしまいます」

「本当に優美ねえ」

「いえいえ、頭の中将様の無骨な様子もなかなか男らしくて素敵でございますわ」

「そうよ、そう。ああいった男に一度抱かれてみたい」

「えっ」

 側室女御様と侍女女房達が夢中になって騒いでいると、例の弘徽殿の老中女房が、

「何をくだらない事を言っておる。ここは奥御殿なるぞ。もっと口を慎め」

と、咎めしてにらみました。すると弘徽殿の女御、春子様は、

「まあ、少々の事なら大目にみてやれ。我が右大臣家の婿殿も大した物よ。うふふふふ・・・・」

 と、うれしそうに注意しました。するとそれまでに鳴り響いていた雅楽がやみ、急な静けさがやって参りました。一同が庭の舞台を見詰めていると、一度床に膝を突いていた光源氏様が再び立ち上がり、扇を広げながら舞台の中央に進み出て、帝に挨拶すると、


 桂殿に初年を迎え  桐楼に早春を媚びたる

 花を切る梅樹の下 蝶燕画梁の辺り

 桐壺帝王様の世は、華麗に繁栄する極楽浄土でございます。


 と、詠など仕賜えるは

『これや天国に響き渡る仏の御迦陵頻伽の澄んだ声ならむ』

と、聞こゆ。この会場に居た人々は心が清まり、欲望の荒海から解放される無欲な自分を感じ取ることができました。

 光源氏様が舞台の中央から後方へ下がり片膝をつくと、今度は頭の中将がやはり扇を広げながら舞台の中央に進み出て歌います。


 春のおー 弥生の あけぼのにー 四方のー 山辺をー 見渡せばー

 と、額に手をかざして歌い出しました。すると光源氏様も前に立ち並びて、

 花盛りもー 白雲のー


 と続いて単独で歌います。すると次は二人向き合いて、閉じた扇を前に突き出しながら、


 掛からぬー 峰こそー なかりけれー


 と二人で声を揃えて歌いました。

「わー、素敵。まるで夢のよう」

「極楽浄土の姿を見た気がしますわ」

「本当にそう」

 二人の舞を見た宮殿の人々は口々に言いました。二人が扇を広げて舞台を二分し、大きく輪を描くように舞い始めると、拍手喝采が沸き上がりました。

 源氏の君が優雅でおもしろく哀れなるに、帝は涙を拭い賜いて感激す。周りにいた上達部、親王たちも皆感激し、泣き賜いぬ。 さらに二番、三番と歌は続き、歌が終わると、

詠唱え果てて二人そろって立ち並びて、扇と袖、衣の裾を直し賜えるに、再び雅楽の音がにぎやわか わしきに鳴り響いて、二人の舞の余韻を残し給う。

 光源氏様の御顔の気高き姿は、色あい勝りて常よりも神々しく見えて、宮殿に光り輝く源氏の君と見え賜う。

 

  神無月の十四日、朱雀院にて王子の東宮披露宴が大々的に催しされる。行幸には王族の親王など、世に名の残る人々は院へ駆けつけて、祝い事に御奉公仕う奉り賜えり。

池の前の寝殿の南廂には、東宮朱雀王子が中央におわします。陽も夕暮れなるに、いよいよ舞の宴が始まろうとす。

池には例の雅楽の竜頭の船ども漕ぎ巡りて、唐の諸々国の踊りを舞う者ども、高麗人と尽くしたる舞の者ども、装装に演目も多かり。笛や琴、七力笛などの演奏楽の声、鼓の音、離宮の世の空に音を響かす。

 南廂の東宮の両隣には、桐壺帝と弘徽殿の女御が座して、春子王妃はこの舞のひと一日にち、源氏の君の御夕影、忌々しく思されて、御誦経など所々に独唱施させ給うを、

「あの美青年ぶった甲高い声を聞くのはいやじゃ、省略できぬものか」

と願い賜うを、帝は、

「何をいうとるのじゃ。あれがこの祝い事の最大の本願ではないか」

 と、拒絶仕賜う。周りの雅楽を聞く人々も、

「光源氏様の詩吟の歌が聞きたくて、多くの人々がこうして集まっておいでなのです。今さら演目を変更できません」

「言われなう省くは、光源氏様に同情が集まり、哀れがり聞こゆるなり」

と、咎めの声聞こゆるに、東宮の母春子様は、

「あながちなり。それは一方的に源氏の君の花舞台となるだけではないか。何故に東宮に華を持たせようとせぬ」

 と、憎みの声聞こえ賜う。

 階城など、垂れ幕の前には笛を吹き鳴らす楽人どもには四十人を集め、殿上人はもちろん、参内を許されぬ地、下人の官職や、広く一般庶民の中からも演奏に優れた者を抜き居出て、

「心大ごとなり。雅楽に優れたる者は、たとえ庶民であろうと登用しろ」

 と、世人に思われたる笛の師匠など、有職の限りを整えさせ、階城の演奏人として集め賜えり。参議の若手宰相二人が左衛門の守、右衛門の守を従えて、左右の楽団の配列、指揮のこと行う。

他の舞の師匠どもなど、世に並べて自分の踊りの系統を真似させてはならぬ立場を取りつつ、おのおのの稽古場に籠り居て、伝統なる舞を習いける。その師匠どもの指導が整いかけた頃、紅葉賀の宴が始まる。


 小高き紅葉の蔭に四十人の楽人ども、言い知らず華やかに笛き吹き立てて、響き渡る物の音色どもに合いたる松風の音も、さわやかに夜空に響き渡りて、誠の御山おろしと聞こえて楽器の音が吹き迷い、紅葉の葉も舞い落ちる。

 色々に散り行き交う木の葉の渦の中より、青海波を舞う光源氏様の舞の輝き、夕暮れ時の松明の明かりに見居出たる有様、いと恐ろしきまでに、神々の厳格な儀式に見ゆる。

 舞の御姿は奥御殿で披露した藤壺女御御前と同じなり。頭の中将と、各大臣の子息が背後にて出番を待ちわびております。

 烏帽子に飾ざしの紅葉の葉、風に痛う散り過ぎて、神々の御姿が顔の匂いに蹴押されたる心地すれば、桐壺帝の御前なる菊を折りて、左大将の左衛門の守、光源氏様の帽子に差し替え給う。

 日暮れ、闇に掛かるほどに宴が長引けば、朱雀院の庭園の景色ばかり闇に打ちしぐれて音が響き渡り、空の景色さえ暗くいつもの見知り顔なるに、さるいみじき絶賛の素晴らしい姿に、人々は心を奪われ賜う。

 菊の色々移ろい絵ならぬ、踊り衣装の袍の衣を取り換えて、手に持つ小道具も刀や鎗、つづみなどを次々に飾して、今日は又なき演出の手を尽くしたる入り階城の終盤の隠れ綾のほど、頭の中将と共に舞いたる。

 舞は背筋がそぞろ寒くなるほどにこの世の事とも覚えず、物の踊りの気高きゆかしさを見知るまじき官職の下人など心は脅えて、木の元の岩に隠れたり、築山の木の葉、茂みに埋もれて覗きたる姿さえ神業の踊りとさえ見ゆ。

 少しもの、宮中の厳粛な舞を心知る者は、光源氏様と頭の中将の舞にに感動して涙落としけり。桐壺帝や弘徽殿の女御様、太政、左右の大臣なども、この素晴らしき舞に感動す。

 源氏の君と頭の中将の舞が終わりその余韻の治まらぬ頃、稚児ども余人が舞台へ上がり、次の雅楽の響きを待ちにける。

その中の承香殿の女御の御腹から御生まれになった四の皇子はまだ童にて、あどけなく不安に周りを見賜う姿、面白くて人々の微笑みを誘い給う。嵯峨天皇が曲作りした秋風楽が始まると、踊り舞い給えるなむ御姿、あどけなくて、

「可愛い」

 と、他の三人の踊り子と共に、青海波の差し次の余興として、中々の見物になりける。

会場の人々は光源氏様の荘厳な踊りから解放されて、微笑みにも包まれたり。これらに面白さの笑いが尽きければ、事ごとに目も映らず、とりこになって返りて見れば、厳格な儀式の事冷ましににや有りけむ。

 その夜、源氏の君と頭の中将は帝の御前に呼ばれて、

「源氏の中将は従三位の位に仕給う」

 と、宣旨があり。また頭の中将は、従・下の官位を取り払い、正四位の位に加階仕給う。


                    紅葉賀おわり


夜は眠いし疲れるし、金にはならないし・・・・私馬鹿よね、

アマゾンで販売されている電子書籍、桐壺編 夕顔編を買っていただけると元気も出るのですが・・・・ 

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                  上鑪幸雄

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