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何があっても、友でいてくれ  作者: 中原九尾
第5部 その後編

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第91話 名前という祈り

 息子が生まれてから、僕らは、名前をどうするか、何日も、話し合いを重ねていた。


     *


「晴信さんの名前って、確か、武田信玄からとったんだよね」


 ある夜、葵さんが、そう尋ねてきた。


「うん。父さんが、つけてくれたらしい」


 僕は、少し苦笑しながら、答えた。


「戦国最強の武将と同じ名前を、貧乏で、いじめられっ子だった僕が、名乗ってたんだから。名前負けも、いいところだよ」


     *


「そんなことないと思うけどな」


 葵さんは、そう言って、微笑んだ。


「今の晴信さん、十分、強いと思うよ。事業を成功させて、大和さんを、あそこまで支えて」


 その言葉に、僕は、少し照れくさくなった。


     *


「息子には、どんな名前を、つけたい?」


 葵さんに、そう聞かれて、僕は、しばらく、考え込んだ。


 偉大な名前を、つけることも、考えなかったわけではない。


 でも、あの、名前負けし続けた日々を思い出すと、あまりに大きすぎる名前を背負わせることに、少し、躊躇いがあった。


     *


「大きすぎる名前じゃなくて」


 僕は、そう切り出した。


「もっと、素直な祈りみたいなものを、込めたいんだ」


「祈り?」


「うん」


     *


「僕の人生、振り返ってみると、いつも、誰かに、支えられてきた。航さんに、そして、大和に」


 僕は、そう続けた。


「航さんの『航』の字と、大和の『大』の字。この二人から、一文字ずつ、もらいたいと思ってる」


     *


「大航……?」


 葵さんが、そう呟くと、僕は、首を横に振った。


「読み方は、もう少し、柔らかくしたい。『大翔』って書いて、『ひろと』って読ませようと思う」


「大翔……。ひろと」


 葵さんは、その響きを、確かめるように、口にした。


     *


「大和のように、大きな心を持って。航さんのように、自由に、羽ばたいてほしい」


 僕は、そう説明した。


「そして、何より」


 僕は、少し、声を落とした。


「名前に、追いつこうと、必死にならなくていい。自分らしく、生きてくれたら、それでいい。そう、思ってるんだ」


     *


 その言葉に、葵さんは、しばらく、何も言わずに、僕を見つめていた。


「いい名前だと思う」


 やがて、そう言って、頷いてくれた。


「晴信さんらしい、優しい名前だね」


     *


 こうして、僕らの息子は、「大翔」と名付けられることになった。


     *


「お前の名前は、名前負けだった」


 息子を抱きながら、僕は、心の中で、そう語りかけた。


「でも、それでよかったのかもしれない。名前に追いつこうと、必死にもがいたからこそ、今の僕がいる」


     *


「大翔、お前には、そんな苦労を、させたくない」


 僕は、小さな寝顔を見つめながら、続けた。


「ただ、大和のように、大きな心で。航さんのように、自由に。そして、何より、お前らしく」


     *


 武田信玄という、歴史上の英雄と同じ名を持ちながら、机の下で震えていた、あの日の自分。


 そこから、多くの人に支えられ、ようやく、自分の足で立てるようになった、今の自分。


 その全ての道のりを、僕は、この息子の名前に、静かに、刻み込んでいた。


     *


 名前とは、時に、重荷になる。


 それでも、その重荷を、いつか、自分の力で、乗り越えられる日が来る。


 そのことを、僕は、誰よりも、よく知っていた。


 だからこそ、この名前は、重荷ではなく、祈りとして、息子に、贈りたいと思った。

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