第87話 無敗のまま
王座を獲得してから、大和は、二年ほどの間、防衛戦を、着実にこなしていった。
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どの試合も、危なげなく、勝利を重ねていった。ボクシング時代から数えても、大和は、未だに、一度も、黒星をつけられていなかった。
「無敗記録、更新中だな」
試合後、僕が、そう声をかけると、大和は、少し苦笑した。
「まあ、そのうち、負ける日も、来るとは思うけどな」
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三十四歳を迎えた頃から、大和の口から、体力の衰えについての話が、時折、出るようになっていった。
「正直、リカバリーの速度が、明らかに、落ちてきてる」
電話越しに、大和は、そう漏らしたことがあった。
「若い頃みたいに、無理が利かなくなってきたよ」
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「もう少し、休みながらやったら?」
僕が、そう提案すると、大和は、少し考え込むように、黙った。
「それも、考えてはいるんだけどな」
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三十五歳になった年、大和は、久しぶりに、日本へ一時帰国した。
その際、僕らは、久しぶりに、直接顔を合わせて、話をする機会を持った。
「なあ、晴信」
大和は、少し改まった様子で、切り出した。
「そろそろ、潮時かもしれねえと、思ってる」
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その言葉に、僕は、少し驚きながらも、大和の目を、まっすぐに見つめた。
「引退、ってこと?」
「ああ」
大和は、静かに頷いた。
「体力的な限界も、正直、感じてる。それに」
大和は、少し間を置いてから、続けた。
「無敗のまま、終わりたいっていう、俺なりの、こだわりもあるんだよ」
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「今まで、ボクシングも、総合格闘技も、一度も、負けたことがない」
大和は、そう続けた。
「これは、俺にとって、唯一無二の誇りなんだ。だから、無理を重ねて、勝てなくなる前に、綺麗に、終わりにしたい」
その言葉に、僕は、深く頷いた。
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「大和が、そう決めたなら、僕は、その決断を、尊重するよ」
僕が、そう言うと、大和は、少し安堵したような表情を見せた。
「ありがとうな」
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「後悔は、ないの?」
僕が、そう尋ねると、大和は、少し考えてから、答えた。
「正直、まだやれるって気持ちも、ある。でも、それ以上に、ここまで来られたことへの、満足感の方が、大きいかもしれない」
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「ボクシングで、日本チャンピオンになった。東洋太平洋も、獲った。そこで、一度、全部、失った」
大和は、これまでの道のりを、振り返るように、続けた。
「それでも、また、こうして、世界の頂点まで、辿り着けた。上出来だろ、俺にしては」
その言葉に、僕は、涙が込み上げるのを、堪えられなかった。
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「大和は、本当に、よく頑張ったよ」
僕が、そう言うと、大和は、照れくさそうに、笑った。
「お前が、隣にいてくれたから、頑張れたんだよ」
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こうして、大和は、無敗のまま、引退という選択を、静かに、固めていった。
その決断が、これから、新たな人生の、始まりへと、繋がっていくことになる。




