第76話 組み技の壁
練習が本格化するにつれ、大和の課題は、より明確になっていった。
*
「今のままだと、試合になんねえよ」
ある日、トレーナーが、そう厳しく指摘した。
「打撃は、文句なしに強い。でも、相手が組み付いてきたら、一瞬で終わっちまう。総合格闘技は、打撃だけの競技じゃないんだ」
その言葉に、大和は、悔しそうな表情を浮かべながらも、深く頷いた。
*
「じゃあ、寝技とか、投げ技を、一から覚えろってことっすか」
大和が、そう尋ねると、トレーナーは、首を横に振った。
「いや、正直、今から寝技を極める時間はない。デビュー戦まで、そう長くはないからな」
「じゃあ、何を……」
*
「テイクダウンディフェンスに、絞る」
トレーナーは、そう言った。
「相手に組み付かれても、倒されないための技術だけを、徹底的に叩き込む。攻めの寝技は、後回しでいい。まずは、倒されなければ、お前の得意な打撃の距離で、戦い続けられる」
その方針に、大和は、少し考えてから、頷いた。
「分かりました。それで、いきましょう」
*
そこからの練習は、まさに、地獄のようなものだったという。
「毎日、何十回も、タックルされ続けるんだよ」
大和は、疲れ切った様子で、そう語った。
「腰の落とし方、重心の置き方、スプロールっていう、タックルを潰す動き。基本の基本から、繰り返し、叩き込まれた」
*
最初のうちは、ほとんど、太刀打ちできなかった。
「簡単に、転がされるんだよ、毎回」
大和は、自嘲気味に、そう言った。
「体格も、力も、負けてないはずなのに、技術の差で、あっさり倒される。屈辱的だったよ、正直」
*
それでも、大和は、諦めなかった。
毎日、同じ動きを、何百回も繰り返し、体に染み込ませていった。
「大和、今日も、遅くまで練習してたんだって?」
僕が、そう尋ねると、大和は、疲れた様子で頷いた。
「うん。トレーナーが帰った後も、一人で、動きの確認、繰り返してた」
*
一ヶ月ほど経った頃、少しずつ、変化が見え始めた。
「今日、初めて、タックル、防げたんだよ」
大和が、興奮した様子で、そう報告してきた。
「腰を落として、しっかり重心を残せば、簡単には、崩されない。ようやく、コツが、掴めてきた気がする」
*
「良かったな」
僕が、そう言うと、大和は、少し誇らしげな顔をした。
「まだ、完璧には程遠いけどな。でも、少しずつ、前に進んでる実感はある」
*
トレーナーも、その成長を、評価していた。
「元々、身体能力が高いし、何より、練習に対する姿勢が、真面目すぎるくらい真面目だ。この調子なら、デビュー戦までに、最低限の防御は、身につけられるだろう」
その言葉に、僕は、安堵を覚えた。
*
畑違いの世界で、大和は、慣れない技術と、必死に格闘していた。
その姿は、決して、順風満帆なものではなかった。それでも、一歩一歩、確実に、前へと進んでいた。
その積み重ねが、やがて、デビュー戦という大舞台へと、繋がっていくことになる。




