第74話 涙の説得
祖父母から教えてもらった住所は、隣県にある、小さなアパートだった。
バイクで、各地を転々としながら過ごしているという話だったが、ひとまずの拠点として、この部屋を借りているらしかった。
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インターホンを鳴らすと、しばらくして、大和が顔を出した。
「……なんで、ここが」
大和の顔には、明らかな驚きと、そして、苛立ちが浮かんでいた。
「話を、聞いてほしい」
僕は、深く頭を下げた。
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「帰ってくれ」
大和は、そう言って、ドアを閉めようとした。
「待って!」
僕は、咄嗟に、ドアの隙間に、体をねじ込ませた。
「頼む、少しだけでいい。話をさせてくれ」
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しばらくの押し問答の後、大和は、渋々といった様子で、僕を部屋に招き入れた。
「一分だけだからな」
大和は、そう釘を刺した。
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「大和」
僕は、まっすぐに、大和を見つめた。
「もう一度、聞いてほしい。総合格闘技の舞台に、立ってほしいんだ」
「その話は、もう、断ったはずだ」
「分かってる。それでも、諦めきれないんだ」
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「なんでだよ」
大和の声が、苛立ちで、次第に大きくなっていった。
「なんで、そこまでするんだよ。俺は、もう、いいんだよ。ボクシングも失った。人生も、めちゃくちゃになった。それで、いいんだよ」
その言葉に、僕は、抑えきれない感情が、込み上げてくるのを感じた。
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「良くないよ!」
僕は、思わず、声を荒げていた。
「大和が、それでいいなんて、僕には、絶対に受け入れられない!」
目に、涙が溢れてきた。堪えようとしても、止められなかった。
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「大和は、いつも、そうだ」
僕は、声を震わせながら、続けた。
「僕に、何も聞かずに、勝手に助けて、勝手に、全部背負い込んで。いじめの時も、誘拐の時も、会社を守った時も。僕の意思なんて、一度も、確認しなかったじゃないか」
「それは……」
「なのに、僕が、大和を助けようとしたら、それは、駄目なのかよ」
僕は、大和の胸ぐらを、思わず掴んでいた。
「お前が、勝手に僕を助けたなら、僕が、勝手に、お前を助けようとするのだって、同じだろ! なんで、それだけは、許されないんだよ!」
その声は、もう、涙で、ぐしゃぐしゃになっていた。
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大和は、その剣幕に、一瞬、たじろいだ様子を見せた。
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「大和は、覚えてるか」
僕は、涙を拭いながら、続けた。
「航さんが、最期に、僕らに言ってくれた言葉」
その名前に、大和の表情が、明らかに動いた。
「何があっても、ずっと友達でいてくれって。あの言葉、僕は、ずっと、大事に抱えてきた」
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「航さんは、大和の才能を、誰よりも信じてた。晴れ舞台に立つ大和の姿を、誰よりも見たがってた」
僕は、涙を流しながら、必死に、言葉を紡いだ。
「それなのに、大和は、その才能を、僕のために、二度も、犠牲にしてきた。僕を守るために、全部、失ってきたんだ」
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「もう、これ以上、大和が、日の当たらない場所で、燻ってるのを、僕は、見ていられない」
僕は、大和の両肩を、強く掴んだ。
「僕だけが、幸せになって、大和だけが、不幸なままなんて、そんなの、絶対におかしいんだよ」
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「正直に言うよ」
僕は、一度、深く息を吸ってから、続けた。
「これが、大和にとって、本当に正しい道なのか、僕には、分からない。他に、もっと良い方法があるのかもしれない。それでも、僕には、これしか、思いつかなかったんだ」
「……それ、我儘だって、自分でも分かってんのか」
大和が、掠れた声で、そう言った。
「分かってる」
僕は、頷いた。
「格闘技の舞台に立たせることだけが、正解だなんて、思ってない。ただ、僕が、大和にスポットライトを浴びせたいっていう、それだけの、身勝手な思いなんだ」
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「それでも」
僕は、涙を拭いながら、続けた。
「もし、大和が、また、あのリングの上で輝いてくれたら。航さんも、きっと、喜んでくれると思うんだ。大和が、大和らしく、もう一度、輝く姿を」
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大和は、しばらく、何も言わずに、僕の顔を見つめていた。
「お前、昔から、そういうとこ、変わんねえよな」
やがて、大和は、小さく、ため息をついた。
「自分でも分かってねえのに、突っ走るとこ。周りが見えなくなるとこ」
その言葉に、僕は、何も言い返せなかった。図星だったからだ。
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「でもまあ」
大和は、少し、遠くを見るような目をした。
「お前が、それだけ必死になってくれてるのを見て、断り続けるのも、なんか、違う気がしてきたよ」
「大和……」
「お前の我儘に、付き合ってやるって話だ。それが、正解かどうかなんて、俺にも分かんねえけどな」
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「……オッサンが」
大和は、絞り出すような声で、そう呟いた。
「オッサンが、俺の試合を見て、喜んでる姿……。それだけは、なんか、見てみたいと思ったんだよ」
その声は、震えていた。
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「俺、正直、もう、何のために生きればいいのか、分かんなくなってたんだ」
大和は、涙を堪えるように、目を伏せた。
「ボクシングも、失った。晴信を、幸せにできたことだけが、唯一の、誇りだった。それでいいと、思ってた」
「それだけじゃ、足りないよ」
僕は、そう言った。
「大和自身が、輝く場所も、必要なんだよ」
*
長い沈黙の後、大和は、ようやく、小さく頷いた。
「……分かったよ」
その一言に、僕は、崩れ落ちそうになった。
「やってみる。総合格闘技、挑戦してみる」
「本当に、いいの?」
僕が、そう尋ねると、大和は、涙を拭いながら、頷いた。
「正しい道かどうかは、正直、まだ分かんねえ。でも、お前と、オッサンが、それで喜んでくれるなら。それだけで、十分だよ」
*
その言葉に、僕は、これまでの全ての苦労が、報われたような気がした。
自分の我儘を、大和が、それと分かった上で、受け入れてくれた。その事実の重さを、僕は、噛み締めていた。
こうして、大和は、新たな挑戦への、第一歩を踏み出すことを、決意してくれた。
これから始まる、新しい戦いに向けて、僕らは、再び、一緒に歩み出すことになる。




