第73話 拒絶
大和が、喫茶店を後にしてから、僕は、何度も、連絡を試みた。
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『この前は、ごめん。もう一度、ちゃんと話がしたい』
そう、LINEを送った。
既読は、なかなかつかなかった。
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数日後、ようやく、返信が来た。
『悪いけど、あの話は、なかったことにしてくれ』
その一言だけの返信に、僕は、胸が締め付けられる思いがした。
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『でも、諦めきれないんだ。もう一度、話を聞いてくれないか』
僕は、そう返信した。
でも、それ以降、大和からの返信は、途絶えてしまった。
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電話をかけても、繋がらなかった。教習所にも、足を運んでみたけれど、大和の姿は、もう、見当たらなかった。
「教習、卒業されましたよ」
受付の職員に、そう教えられた。
大和は、免許を取得すると同時に、僕から、身を隠すように、姿を消してしまったのだった。
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「どうしよう……」
僕は、途方に暮れていた。
あれだけの覚悟を持って、団体との契約まで結んだのに、肝心の本人が、これ以上、話を聞いてくれない。
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「無理に、押し付けるのは、良くないんじゃないかな」
葵さんが、そう言ってくれたことがあった。
「大和さんにも、大和さんなりの、生き方があるんだと思う。それを、尊重してあげることも、大切なんじゃない?」
「でも、このまま、何もしないなんて、僕にはできない」
僕は、思わず、強い口調で、そう言い返していた。
「大和は、僕のために、全てを犠牲にしてきたんだ。それなのに、彼が拒否したからって、はい分かりましたって、簡単に諦められるわけないだろ」
「拒否してるのに、追いかけ続けることが、本当に、彼のためになるのかな」
葵さんの声も、少し強張っていた。
「晴信さんは、『恩返しがしたい』って言うけど、それって、本当に、大和さんのためなの? それとも、晴信さんが、自分の罪悪感を、軽くしたいだけなんじゃない?」
「それに」
葵さんは、少し、言葉を選ぶように、続けた。
「なんで、総合格闘技じゃなきゃ、駄目なの? 恩返しの方法なんて、他にも、色々あるはずでしょう。なのに、晴信さんは、もう、その一つの案しか、見えてないみたいに見える」
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その言葉に、僕は、思わず、言葉を失った。
「それは……」
「ごめん、言い過ぎた」
葵さんは、少し慌てたように、そう続けた。
「でも、私、心配なの。晴信さんが、大和さんのためって言いながら、実は、自分を納得させるために、必死になってるように見えて。それに、一度こうだって決めたら、他の可能性が、見えなくなっちゃうところ、あるでしょう」
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「違う」
僕は、首を横に振った。
「僕は、本当に、大和のことを……」
そこまで言って、僕は、言葉に詰まった。
葵さんの指摘が、的外れだとは、言い切れなかったからだ。
大和のためだと、思っていた。でも、その中に、自分自身の罪悪感を軽くしたいという気持ちが、全くなかったと、言い切れるだろうか。
そして、「総合格闘技」という、たった一つの案に、こだわり続けていることも。他に、もっと良い方法があるかもしれないのに、それを、真剣に考えようとしなかったことも。
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しばらく、重い沈黙が流れた。
「ごめん、ちょっと、頭を整理させて」
僕は、そう言って、一人、部屋に籠った。
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一人になって、僕は、改めて、自分の気持ちと向き合った。
確かに、罪悪感は、あるかもしれない。そして、視野が狭くなっていることも、認めざるを得なかった。
でも、それだけじゃない。
大和が、あの日、教習所で見せた、あの疲れた表情。「誰かの期待に応えられる自信が、ねえんだよ」という、あの言葉。
あれは、単なる遠慮や強がりではなく、本当に、彼が、生きる目標を見失っているように、僕には見えた。
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だとしたら、僕がすべきことは、罪悪感の解消のためではなく、本当に、大和の人生に、もう一度、光を灯すことなんじゃないか。
その方法が、本当に、総合格闘技という一択しかないのかは、正直、僕にも、分からない。
それでも、あの動画で見た光景が、頭から離れなかった。大和が、あの舞台で輝く姿を、どうしても、諦めきれなかった。
それが、視野狭窄と呼ばれるものだとしても、今の僕には、それしか、見えていなかった。
その自覚だけは、はっきりと持った上で、僕は、もう一度、大和に向き合おうと決めた。
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数時間後、僕は、葵さんの元へ戻った。
「さっきは、ごめん」
僕が、そう切り出すと、葵さんも、頷いた。
「ううん、私も、言い方、きつかったと思う」
「葵さんの言う通り、僕の中に、罪悪感を軽くしたい気持ちが、全くないとは言えない。それは、認める」
僕は、正直に、そう伝えた。
「総合格闘技しか、見えなくなってることも、多分、その通りなんだと思う。他に、もっと良い方法があるのかもしれない」
僕は、そこで、一度、言葉を切った。
「でも、それだけじゃないんだ。大和は、本当に、生きる目標を見失ってる。僕は、それを、放っておけない」
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「無理に、押し付けることになるかもしれない。それでも、僕は、もう一度だけ、ちゃんと向き合いたい。彼が、それでも嫌だって言うなら、その時は、ちゃんと、身を引く」
僕は、そう約束した。
「その代わり、今回だけは、僕のわがままに、付き合ってほしい」
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葵さんは、しばらく、僕の顔を、じっと見つめていた。
「分かった」
やがて、そう頷いてくれた。
「ただし、本当に、これで最後にしてね。大和さんの気持ちも、ちゃんと、尊重してあげて」
「うん、約束する」
その言葉に、僕は、深く頷いた。
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「本当に、これしか、方法はないんだろうか」
僕は、一人、そう自問し続けた。
大和が、これほど頑なに拒否している以上、無理にこの計画を押し通すことだけが、正しい恩返しの形なのだろうか。
資金面での援助でも、他の形での支援でも、彼の人生を支える方法は、他にもあるのかもしれない。
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下柳の祖父母にも、相談してみた。
「大和のことは、私たちも、心配しています」
祖父は、そう言って、続けた。
「ただ、本人が、頑なに拒否している以上、無理に押し通すのも、難しいですよね」
その言葉にも、僕は、頷くしかなかった。
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それでも、僕は、諦める決断が、どうしてもできなかった。
航さんが、あの日、僕らに伝えてくれた言葉を、思い出していた。
「何があっても、ずっと友達でいてくれ」
その約束を、僕は、ここで、簡単に手放すわけにはいかなかった。
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「もう一度だけ、会いに行かせてほしい」
僕は、下柳の祖父母に、そう頼み込んだ。
「大和の、今の連絡先か、居場所を、教えてもらえませんか」
祖父母は、少し迷った様子を見せた。
「実は……大和からは、『晴信には、絶対に居場所を教えないでくれ』と、頼まれていまして」
祖父は、申し訳なさそうに、そう明かした。
「あいつなりに、何か、思うところがあるんでしょう。私たちも、板挟みで、正直、困っていたんです」
「それでも」
僕は、頭を下げた。
「お願いします。これで最後にしますから」
祖父母は、しばらく、顔を見合わせていた。
「……分かりました。大和には、絶対に内緒ですよ」
祖母が、そう言って、静かに頷いた。
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その情報を頼りに、僕は、最後の説得を試みることを決意した。
これで、駄目だったら、諦めるしかない。
そんな覚悟を胸に、僕は、次の一歩を、踏み出そうとしていた。




