第71話 感謝の言葉
「大した話じゃない、なんて、思ってほしくないんだ」
僕は、そう続けた。
「大和は、僕のために、二度も命がけで動いてくれた。それだけじゃない。会社まで、守ってくれた」
大和は、視線を落としたまま、何も言わなかった。
*
「高校の時、いじめから助けてくれた。誘拐されそうになった時も、助けてくれた。そして、今回、僕の会社を、狙っていた組織から、守ってくれた」
僕は、一つ一つ、指折り数えるように、これまでの恩を、口にしていった。
「三度も、大和に、命を、そして人生を、救われてきたんだ」
*
「別に、そんな、大層なことじゃねえよ」
大和は、そう言って、視線を逸らした。
「その都度、自分がやりたくてやったことだ。お前に、恩を着せるつもりなんて、なかった」
「分かってる」
僕は、そう頷いた。
「大和が、見返りを求めてないことは、分かってる。だからこそ、僕は、ちゃんと、感謝を伝えたいんだ」
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「ありがとう」
僕は、深く、頭を下げた。
「本当に、ありがとう。大和がいなかったら、今の僕は、存在してなかった」
大和は、しばらく、何も答えなかった。
「顔上げろよ、みっともねえ」
やがて、そう呟いた大和の声は、少し震えているように聞こえた。
*
顔を上げると、大和は、複雑な表情を浮かべていた。
喜んでいるのか、それとも、居心地悪く感じているのか。その両方が、混ざり合っているような表情だった。
「そんな風に、面と向かって言われると、正直、どう反応していいか、分かんねえよ」
大和は、照れくさそうに、そう言った。
*
「それに」
大和は、少し間を置いてから、続けた。
「俺の方こそ、お前に、色々迷惑かけてきた自覚もある。結婚式にも出られなかったし、面会も、拒否し続けてたし」
「あれは、大和なりの理由があったんだろ」
僕がそう言うと、大和は、少し驚いたような顔をした。
「なんで、それを……」
「手紙で、少しだけ、分かった気がしたから」
その言葉に、大和は、気まずそうに、目を逸らした。
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「感謝してるのは、僕だけじゃないよ」
僕は、そう続けた。
「母さんも、大和のことを、ずっと恩人として、感謝してる。葵さんにも、これまでのこと、全部話した。彼女も、大和のことを、心配してる」
「お前の、奥さんが……?」
大和は、少し意外そうな顔をした。
「うん。会ったこともないのに、大和のことを、大切に思ってくれてる」
その言葉に、大和は、何か、込み上げるものを堪えるような表情を見せた。
*
「なあ、大和」
僕は、テーブルの上で、拳を握りしめながら、続けた。
「これから、僕は、大和に、恩返しをしたいと思ってる」
「恩返し……?」
大和は、怪訝そうな顔をした。
「別に、そんなの、必要ねえよ」
「必要あるんだよ、僕には」
僕は、強い口調で、そう言い返した。
「大和が、僕のために失ったものの大きさを、僕は、ずっと、正しく理解できてなかった。これからは、それを、ちゃんと、埋め合わせたいんだ」
*
大和は、しばらく、僕の顔を、じっと見つめていた。
「お前、なんか、変わったな」
やがて、そう呟いた。
「前は、もっと、おどおどしてたのに」
「大和のおかげだよ、それも」
僕がそう言うと、大和は、小さく、笑った。
その笑顔を見て、僕は、これから伝えるべき、本当の提案――総合格闘技イベントへの出場――を、切り出す決心を固めた。




