第5話 もう一人の孤独
これから書くことは、当時の僕が知っていたことではない。
ずっと後になって、大和自身の口から、あるいは航から、少しずつ聞かされた話だ。今だから書けることとして、あの頃の大和が何を抱えていたのか、ここで記しておこうと思う。
*
大和が両親を亡くしたのは、小学六年生のときだった。
事故だったという。詳しい状況を、大和は多くを語らない。ただ、ある日突然、両親という存在が、彼の人生から消えた。
僕と同じだ。片方だけを失った僕とは違う。大和は、一度に両方を失っている。
引き取り先は、母方の祖父母――下柳家だった。歳の離れた祖父母に、思春期の少年を育てる余力は少なかったのだろう。悪いのは誰でもない。ただ、大和という少年の中にある喪失が、行き場を失っていっただけだ。
中学に入った頃から、大和は荒れ始めた。
喧嘩は日常茶飯事だったという。相手が誰であろうと、些細なことで手が出た。学校からの呼び出しは絶えず、祖父母はそのたびに頭を下げに行っていた。
――なんで自分だけ、こんな目に遭うんだ。
当時の大和の中に、そういう感情があったのだろうと、僕は今なら想像がつく。両親がいないという事実そのものよりも、「なぜ自分だけが」という理不尽さへの怒りが、彼を荒れさせていたのかもしれない。
手に負えなくなった祖父母が頼ったのが、下柳家の息子――航だった。
航は当時、フリーランスとして働き始めたばかりで、比較的時間の融通が利いた。祖父母に頼まれ、大和を自分の家に呼び寄せることになった。
最初、大和は航にも反抗的だったという。
「オッサンなんかに、俺の何が分かるんだよ」
そう言い返しては、部屋にこもる日々。
けれど、元プロボクサーだった航には、力でも敵わない。何より、厳しいことを言いながらも、決して大和を見放さず、根気強く向き合い続ける航の態度に、大和は少しずつ心を許していったらしい。
*
「学力とは、読んで字のごとく学ぶ力のことだ。この力が無いと、どんな道に進んだとしても、人生は詰む」
これは航の口癖で、僕自身も、後にさんざん聞かされることになる言葉だ。大和は最初、この言葉を嫌々聞いていたという。
それでも、勉強からは逃げなかった。荒れた生活を送りながらも、成績だけは学年の上位をキープし続けていたというのだから、僕からすれば、それだけで十分すごいことだと思う。
中学三年になる頃、航は大和にボクシングを本格的に勧めた。
ストレス発散のために自宅に設置したサンドバッグを、大和が思いのほか強く打ち込んでいることに、航は気づいていたのだという。ミット打ちをさせてみて、その反射神経とパンチ力に、元プロボクサーである航自身が驚いたらしい。
大和は、すぐに頷いた。
拳を握ることで、行き場のなかった感情を、初めて正しく――少なくとも、彼にとっては正しい形で――発散できる場所を見つけたのだろう。
*
高校進学にあたり、航が通っていたジムのある地域へ転校する話が進んでいた。ただ、その話が本格化するのは、大和が地元の高校に入学し、少し落ち着いてからだった。
そして、高校一年の冬。
大和は、僕たちのクラスに転校してきた。
誰もが眩しいと感じる見た目と、そこそこ社交的な性格もあって、転校初日から彼は、クラスの中心にいる連中に囲まれていた。東郷や三井も、その中にいた。
けれど、その一週間後――大和は、僕がいじめられている現場を目にすることになる。
片親であることを理由に僕を見下す東郷たちの姿に、大和は何を見たのだろう。
両親のどちらも失った自分と、片親を理由に嘲笑われる僕。境遇は違えど、そこにあった「理不尽さ」は、彼にとって、あまりに見覚えのあるものだったのかもしれない。
あの日の、燃えるような目の理由を、僕はようやく理解した。
あれは、僕のための怒りではなかった。
あれは――かつての自分自身に向けられた、怒りだったのだ。




