第4話 貧乏という罪
「オッサン」と呼ばれる人と、大和のアパートで出会ったあの日から、僕はなぜか、自分の過去を思い出すことが増えた。
父がいなくなったのは、僕が小学五年生のときだった。
不慮の病、というやつだった。ある日突然体調を崩し、検査入院になり、そのまま戻ってこなかった。子供だった僕には、何が起きたのか、正直よく分かっていなかった。ただ、葬儀の日、母が誰よりも大きな声で泣いていたことだけは、はっきりと覚えている。
それから、僕たちの生活は一変した。
母は、それまで専業主婦だった。父が遺してくれたものはわずかで、母はすぐにパートの仕事を探さなければならなかった。高卒でずっと家庭に入っていた母には、条件のいい仕事などなかなか見つからず、結局、スーパーのレジ打ちと、夜の清掃の仕事を掛け持ちすることになった。
母は毎晩遅くまで働いていた。僕が起きている時間に、家にいないことの方が多かった。
文句を言ったことはない。母がどれだけ僕のために無理をしているか、子供心にも分かっていたからだ。
でも、貧乏というのは、思っている以上に、いろんな場所に爪痕を残す。
*
中学に入った頃から、それは少しずつ、僕の日常に影を落とし始めた。
「武田の服、いつも同じじゃね?」
「靴、めっちゃボロくない?」
最初は、その程度の軽口だった。誰も本気で言っているわけじゃない。ただの話のネタ。そう思おうとしていた。
でも、軽口は次第に色を変えていった。
「片親だから金ないんだろ」
「母子家庭ってやばくね」
悪気なんてなかったのかもしれない。ただ、彼らにとって、僕という人間は、からかっていい理由を持った、都合のいい標的だった。
それが、高校に入ってさらに濃くなった。
東郷や三井――クラスの中心にいる連中に目を付けられてからは、からかいというより、はっきりと「いじめ」と呼べるものに変わっていった。
殴られたり、蹴られたりすること自体は、正直そこまで苦痛じゃなかった。数を数えていれば、時間はいつか過ぎる。
本当に苦しかったのは、教室の中で、誰も僕を見ていないふりをすることだった。見て見ぬふりをする視線の中に、僕はいつも一人だった。
母には、言えなかった。
言えば、母はきっと自分を責める。仕事のせいで、息子のことに気づけなかったと。ただでさえ無理をしているのに、これ以上、母に重荷を背負わせたくなかった。
だから僕は、笑っていた。家では、いつも通りに。
「今日は学校どうだった?」
「別に、普通だよ」
その「普通」の中に、どれだけのものを押し込めていたか。母は、知らない。
*
将来のことを、真剣に考えたことはなかった。
いや、正確には――考えないようにしていた、が正しいのかもしれない。
大学に行きたいなんて、口が裂けても言えなかった。母がどれだけ苦労して、僕を育ててくれているか、分かっていたからだ。これ以上、学費なんて負担をかけられるはずがない。
高校を出たら、すぐに働く。それでいい。それが、母への恩返しだと、僕は本気でそう思っていた。
――そんな僕の考えが、少しずつ変わっていくことになるとは、あの日、大和のアパートで航と出会うまで、想像もしていなかった。




