第42話 遠くなる背中
執行猶予がつき、大和が留置場から出てきたのは、それから間もなくのことだった。
けれど、以前のような生活が戻ってくるわけではなかった。ライセンス停止、王座剥奪という現実は、そのまま重くのしかかっていた。
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「ジムの会長から、話があるんだけど」
大和からそう連絡が来たのは、釈放されて数日後のことだった。
「大手ジムへの移籍、また勧められてるんだ」
「今度は、どうするの?」
僕がそう尋ねると、大和は、少し疲れたような声で答えた。
「今回ばかりは、断れそうにない」
その声には、以前の頑なさは、もう残っていなかった。
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「うちみたいな小さいジムだと、今回みたいな不祥事があった後、あいつを立て直してやれる体力がない」
後日、僕は、会長からも直接、話を聞く機会があった。
「向こうの大手ジムなら、こういう時のフォロー体制も、しっかりしてる。あいつの才能を腐らせないためには、これが最善の選択なんだ」
その言葉に、僕は、頷くしかなかった。会長の言葉は、大和の将来を思う、切実な本気だった。
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「オッサンが通ってたジムを離れることになるなんてな」
大和は、自嘲気味に、そう呟いた。
「あそこで世界獲るのが、あいつの夢だったのにな」
その言葉に、僕は、何も返せなかった。航さんが繋いでくれた場所を、大和は、自分の起こした事件によって、離れなければならなくなっていた。
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移籍先は、僕の住む街から、電車で二時間以上離れた都会のジムだった。
引っ越しの日、僕は、大和のアパートの片付けを手伝いに行った。
これまでの思い出が詰まった部屋が、少しずつ、空っぽになっていく。サンドバッグ用のスタンドも、荷物としてまとめられていた。
「思ったより、荷物少ないんだな、俺」
大和は、そう言って、力なく笑った。
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「なあ、大和」
最後の荷物を運び終えた後、僕は、思い切って切り出した。
「僕、何もできなくて、ごめん」
「またそれか」
大和は、少し呆れたように言った。
「お前が謝ることじゃねえって、何度も言ってるだろ」
「でも……」
「いいから」
大和は、僕の言葉を遮ると、荷物を積んだトラックの方へと歩き出した。
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「向こう行っても、ちゃんと連絡しろよ」
僕がそう言うと、大和は、振り返らずに答えた。
「ああ、まあ、落ち着いたらな」
その返事は、以前よりも、どこか他人行儀に聞こえた。
トラックに乗り込む直前、大和は、一度だけ振り返った。
「じゃあな」
それだけ言うと、大和は、トラックの中へと消えていった。
*
走り去っていくトラックを、僕は、いつまでも見送っていた。
物理的な距離だけではない。事件をきっかけに、僕らの間には、以前にはなかった、目に見えない壁のようなものが、確かに生まれてしまっていた。
僕を助けたことで、大和は、全てを失った。
その事実に対する、僕自身の負い目。そして、大和が、その負い目を、僕に見せまいとする不器用な優しさ。
その両方が絡み合って、僕らの間に、埋めがたい距離を作り出していた。
――何か、僕にできることはないのか。
その答えを、僕は、まだ見つけられずにいた。
この距離が、この先、どれほど深くなっていくのか。
そして、それがどんな形で、僕らの人生を大きく揺さぶることになるのか。
この時の僕は、まだ、何も知らなかった。




