第38話 その夜
その夜、僕はいつもより遅くまで、オンライン会議を続けていた。
新機能のリリースを控え、最終確認をするための打ち合わせだった。全て終える頃には、日付が変わる少し前になっていた。
「今日は、ここまでにしましょう。皆さん、お疲れ様でした」
パソコンの画面を閉じ、僕は大きく伸びをした。少し疲れてはいたけれど、リリースに向けて着実に進んでいる実感があり、悪くない気分だった。
*
アパートまでの道のりは、駅から歩いて十五分ほどだった。
夜も更けた住宅街は、人通りもまばらで、静かだった。街灯の明かりが、ぽつぽつと道を照らしている。
いつもの道を、いつも通りに歩いていた。
その時だった。
背後から、車のエンジン音が近づいてくるのが聞こえた。特に気にも留めず、歩き続けていると、その車は、僕のすぐ横で、急に速度を落とした。
黒い、ワンボックスカー。
――あの車だ。
以前、アパートの近くで見かけた、あの車だと直感した瞬間、車のドアが勢いよく開いた。
*
降りてきたのは、五人の男だった。
全員が、体格のいい、素性の知れない男たちだった。反射的に、僕は後ずさろうとした。
「え……」
声を上げる間もなく、一人の男が、僕の腕を強く掴んだ。
「静かにしろ」
低く、押し殺したような声だった。
「な、なに……!」
抵抗しようとしたけれど、相手の力は、想像以上に強かった。もう一人の男が、僕の反対側の腕を掴み、車の方へと引きずろうとする。
――このまま、連れて行かれる。
その恐怖が、頭の中を真っ白にした。
*
「離せ……! 誰か……!」
声を張り上げようとしたけれど、すぐに男の一人に口元を塞がれた。
抵抗すればするほど、腕に食い込む指の力が強くなった。恐怖で、体が思うように動かなかった。
このまま、車に押し込まれる。
誰も、助けてくれない。
そう覚悟した、その時だった。
「――何やってんだ、お前ら」
聞き覚えのある声が、暗闇の向こうから響いた。
低く、静かで、でもどこか刃物のような響き。
その声を、僕は忘れたことがなかった。
高校一年生のあの日、初めて聞いた、あの声だった。




