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何があっても、友でいてくれ  作者: 中原九尾
第2部 それぞれの飛躍と挫折編

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第37話 胸騒ぎ

 その頃から、僕は、時々、言いようのない胸騒ぎを覚えるようになっていた。


     *


 夜、自宅アパートへの帰り道。ふと、誰かに見られているような感覚に襲われることが、何度かあった。


 振り返っても、特に不審な人影があるわけではない。それでも、背中に、じっとりとした視線のようなものを感じる瞬間があった。


「気のせいだよな……」


 そう自分に言い聞かせながら、僕は、足早に家路を急いだ。


     *


 SNSのダイレクトメッセージにも、以前より頻繁に、素性の分からない連絡が届くようになっていた。


「今度、お食事でもいかがですか」


「投資の件で、直接お話ししたいことがあります」


 そんな、当たり障りのない文面の裏に、時折、妙に踏み込んだ質問が混じっていることがあった。


「普段、何時頃に帰宅されますか?」


「ご自宅の最寄り駅は、どちらですか?」


 流石に、そういった質問には答えなかった。それでも、なぜこんなことを聞いてくるのか、僕は深く考えないようにしていた。


     *


「最近、変な胸騒ぎがするんですよね」


 ある日、スタッフとのオンライン会議の合間に、僕はそう漏らした。


「大丈夫ですか? 何かあったんですか」


「いや、具体的に何かがあったわけじゃないんですけど。なんとなく、視線を感じるっていうか……」


 僕がそう言うと、スタッフの一人が、心配そうな顔をした。


「気をつけた方がいいですよ。前に、コンサルタントさんも言ってたじゃないですか、危機管理の専門家に相談した方がいいって」


「うん、そうですよね。近いうちに、ちゃんと相談します」


 そう答えながらも、僕は、その日もまた、目の前の業務に追われ、専門家への相談を後回しにしてしまっていた。


     *


 母から、久しぶりに電話がかかってきたのも、この頃だった。


「晴信、最近、忙しそうね。ちゃんと寝てるの?」


「うん、まあ、なんとかやってるよ」


「無理しないでね。あと……」


 母は、少し言い淀んでから、続けた。


「変なこと言うようだけど、最近、なんだか嫌な予感がするの。気をつけてね」


 母のその言葉に、僕は、少し驚いた。


「どうしたの、急に」


「分からない。ただの、母親の勘よ」


 その時は、笑って流してしまった。母が心配性なだけだと、そう思っていた。


     *


 大和にも、この胸騒ぎのことを、軽く話したことがあった。


「最近、なんか、見られてる気がするんだよね」


「は? 大丈夫かよ、それ」


「いや、大したことじゃないと思うんだけど」


 電話越しの大和の声には、僅かな緊張が滲んでいた。


「ちゃんと気をつけろよ。何かあったら、すぐ連絡しろ」


「うん、分かってる。心配しすぎだよ」


 僕は、軽く笑ってそう答えた。この時の僕は、まだ、事の重大さを、正しく理解できていなかった。


     *


 振り返れば、あの頃、周りの人間たちは、皆、口を揃えて僕の身を案じていた。


 母の勘、大和の警戒、スタッフの助言。


 それら全てが、僕に危険を知らせるサインだったのだと、今なら分かる。


 それでも、当時の僕は、忙しさと、根拠のない楽観の中で、その全てを、「気にしすぎ」の一言で片付けてしまっていた。


 その油断の代償を、僕は、もうすぐ、思い知ることになる。

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