第37話 胸騒ぎ
その頃から、僕は、時々、言いようのない胸騒ぎを覚えるようになっていた。
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夜、自宅アパートへの帰り道。ふと、誰かに見られているような感覚に襲われることが、何度かあった。
振り返っても、特に不審な人影があるわけではない。それでも、背中に、じっとりとした視線のようなものを感じる瞬間があった。
「気のせいだよな……」
そう自分に言い聞かせながら、僕は、足早に家路を急いだ。
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SNSのダイレクトメッセージにも、以前より頻繁に、素性の分からない連絡が届くようになっていた。
「今度、お食事でもいかがですか」
「投資の件で、直接お話ししたいことがあります」
そんな、当たり障りのない文面の裏に、時折、妙に踏み込んだ質問が混じっていることがあった。
「普段、何時頃に帰宅されますか?」
「ご自宅の最寄り駅は、どちらですか?」
流石に、そういった質問には答えなかった。それでも、なぜこんなことを聞いてくるのか、僕は深く考えないようにしていた。
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「最近、変な胸騒ぎがするんですよね」
ある日、スタッフとのオンライン会議の合間に、僕はそう漏らした。
「大丈夫ですか? 何かあったんですか」
「いや、具体的に何かがあったわけじゃないんですけど。なんとなく、視線を感じるっていうか……」
僕がそう言うと、スタッフの一人が、心配そうな顔をした。
「気をつけた方がいいですよ。前に、コンサルタントさんも言ってたじゃないですか、危機管理の専門家に相談した方がいいって」
「うん、そうですよね。近いうちに、ちゃんと相談します」
そう答えながらも、僕は、その日もまた、目の前の業務に追われ、専門家への相談を後回しにしてしまっていた。
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母から、久しぶりに電話がかかってきたのも、この頃だった。
「晴信、最近、忙しそうね。ちゃんと寝てるの?」
「うん、まあ、なんとかやってるよ」
「無理しないでね。あと……」
母は、少し言い淀んでから、続けた。
「変なこと言うようだけど、最近、なんだか嫌な予感がするの。気をつけてね」
母のその言葉に、僕は、少し驚いた。
「どうしたの、急に」
「分からない。ただの、母親の勘よ」
その時は、笑って流してしまった。母が心配性なだけだと、そう思っていた。
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大和にも、この胸騒ぎのことを、軽く話したことがあった。
「最近、なんか、見られてる気がするんだよね」
「は? 大丈夫かよ、それ」
「いや、大したことじゃないと思うんだけど」
電話越しの大和の声には、僅かな緊張が滲んでいた。
「ちゃんと気をつけろよ。何かあったら、すぐ連絡しろ」
「うん、分かってる。心配しすぎだよ」
僕は、軽く笑ってそう答えた。この時の僕は、まだ、事の重大さを、正しく理解できていなかった。
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振り返れば、あの頃、周りの人間たちは、皆、口を揃えて僕の身を案じていた。
母の勘、大和の警戒、スタッフの助言。
それら全てが、僕に危険を知らせるサインだったのだと、今なら分かる。
それでも、当時の僕は、忙しさと、根拠のない楽観の中で、その全てを、「気にしすぎ」の一言で片付けてしまっていた。
その油断の代償を、僕は、もうすぐ、思い知ることになる。




