第35話 噛み合わない会話
久しぶりに、大和と食事に行く約束ができたのは、それから一ヶ月ほど後のことだった。
お互いのスケジュールを、何度もメッセージでやり取りしながら、ようやく合わせた日程だった。以前なら、こんな調整は必要なかったはずなのに。
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「久しぶりだな」
待ち合わせの店で、大和はそう言って、軽く手を上げた。
「うん、本当に。忙しくてごめんね」
「別に、いいよ。お互い様だろ」
その言葉には、社交辞令のような響きが、僅かに混じっていた気がした。
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正直に言えば、この頃の僕は、心のどこかで、密かな手応えを感じていた。
高校時代からずっと、大和は、僕にとって眩しい存在だった。拳一つで結果を出し、自分の力で道を切り開いていく彼を、僕はどこか、憧れの対象として見ていたところがあった。
でも、今の自分は、どうだろう。テレビに出て、投資家たちの前で堂々と話し、事業を着実に成長させている。
――僕もようやく、大和と並べる場所まで来られたんじゃないか。
そんな、驕りにも似た感覚が、この頃の僕の中には、確かにあった。今思えば、その感覚こそが、大和の心境から、僕を遠ざけていたのかもしれない。
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食事が始まると、僕は、ここ最近の出来事を、次々と話してしまっていた。
「この前、テレビの企画で、投資家の人たちの前でプレゼンする機会があってさ」
「へえ」
「緊張したけど、なんとかうまくいって。おかげで、また新しい提携の話も進みそうなんだ」
自分でも気づかないうちに、僕は饒舌になっていた。事業の話をするのが、単純に楽しかったのだと思う。
大和は、相槌を打ちながら、黙って聞いていた。
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「大和の方は、最近どう?」
ようやく、僕はそう尋ねた。
「……まあ、相変わらずだよ」
「試合は?」
「次、また防衛戦。相手は、そんなに強くない」
その返事は、いつもより短かった。
「そっか。また見に行くよ」
「別に、無理しなくていいぞ。忙しいんだろ」
その言葉に、僕は少し引っかかりを覚えたけれど、深くは考えなかった。
「無理なんてしてないよ。大和の試合、ちゃんと見に行きたいから」
その返事に、大和は、小さく頷いただけだった。
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「にしても、お前、変わったよな」
しばらくして、大和がぽつりと言った。
「そうかな」
「なんか、話す内容が、俺の知らない世界の話ばっかりだ。投資家とか、提携とか」
その言葉に、僕は、少し気まずさを覚えた。
「ごめん、自分の話ばっかりして」
「いや、別に責めてるわけじゃねえよ」
大和は、そう言いながらも、視線を少し逸らしていた。
「ただ、なんつうか……お前がどんどん、遠くの人間になってく感じがしてさ」
その言葉は、冗談めかしていたけれど、その奥に、本音が滲んでいるように聞こえた。
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「そんなことないよ」
僕は、慌ててそう言った。
「大和は、僕にとって、一番大事な友達だから」
「……分かってるよ、そんなこと」
大和は、苦笑しながら、話を切り上げるように言った。
「まあ、いいよ、こんな話。湿っぽいのは柄じゃねえ」
その話題は、そこで終わった。それからは、当たり障りのない世間話が続いたけれど、どこか、以前のような自然な流れを取り戻せないまま、その日の食事は終わった。
*
これも、ずっと後になって、大和自身の口から聞いた話だ。
あの頃の大和は、防衛戦をこなしながらも、ランキングは一向に上がらず、世界への扉が閉ざされたままの状態が続いていた。そんな中で、僕の話を聞くのは、正直、苦しいものがあったのだという。
「お前は、どんどん高いところに昇ってくのに、俺は同じ場所で足踏みしてる」
後年、大和はそう振り返った。
「テレビとか投資家とか、俺には縁のない世界の話を、楽しそうにするお前を見ながら、俺、心のどっかで思ってたんだよ。……なんで、俺だけ、こんな場所で燻ってんだろうなって」
僕がようやく大和に並んだと感じていたその瞬間、当の大和は、正反対の感覚――取り残されていくような焦燥感を抱えていたのだ。
同じ食卓を囲みながら、僕らの中では、まるで逆方向を向いた感情が、静かにすれ違っていた。
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帰り道、僕は、その日の会話を、何度も反芻していた。
「お前がどんどん、遠くの人間になってく感じがしてさ」
その一言が、ずっと胸に引っかかっていた。
悪気があったわけではない。ただ、事業の話に夢中になるあまり、大和の近況に、僕は十分に耳を傾けられていなかったのかもしれない。
この時の僕は、その違和感を、深く追及することをしなかった。
目の前の忙しさに、かまけてしまっていたからだ。
その選択が、後にどれほどの後悔を生むことになるのか、当時の僕は、まだ知らなかった。




