第32話 選んだ道
卒業を間近に控えた頃、僕は、自分の進路について、はっきりとした決断を下す必要に迫られていた。
周りの同級生たちは、すでに就職先を決め、卒業後の生活を具体的にイメージし始めていた。その一方で、僕の前には、二つの道が示されていた。
安定した企業に就職するか。あるいは、この「Suki」というサービスを、本格的な事業として続けていくか。
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答えは、もう自分の中で、ほとんど決まっていた。
それでも、母に伝えることには、勇気が要った。
大学まで出させてもらった恩を、就職という形で、早く返したい。そう思っていたはずの僕が、就職とは違う、不確かな道を選ぼうとしている。
母を、また不安にさせてしまうかもしれない。そんな迷いが、なかなか消えなかった。
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ある夜、僕は意を決して、母に切り出した。
「母さん、話したいことがあるんだ」
「あら、改まって。何かあったの」
「卒業した後のこと、なんだけど」
僕は、これまでの経緯――卒業研究で作ったサービスが、思いがけず注目を集めていること、それを本格的な事業として続けていきたいと考えていること――を、順を追って話した。
母は、黙って、最後まで聞いてくれた。
「……就職は、しないってこと?」
「うん。ごめん、母さんには、もっと早く楽させてあげたいって、ずっと思ってたのに」
僕がそう言うと、母は、少し驚いたような顔をした。
「何、謝ってるのよ」
「でも……」
「晴信」
母は、僕の目をまっすぐ見た。
「母さんが望んでたのは、あなたが安定した仕事に就くことじゃないの。あなたが、自分の人生を、後悔なく生きることだよ」
その言葉に、僕は言葉を失った。
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「正直、心配はあるよ。不安定な道だってことは、分かってる」
母は、率直にそう続けた。
「でも、晴信が、こんなに目を輝かせて話すの、久しぶりに見た気がする。航さんだって、そうだったんでしょう。選択肢は、今のうちにしか作れないって」
その言葉に、僕は、驚きを隠せなかった。
「その話、母さんにしたことあったっけ」
「前に、ちらっとね。あなたが大学に行くって決めた時の話、してくれたじゃない」
僕は、頷いた。あの日、航さんがくれた言葉が、こんな形で、母の中にも根付いていたのだと知り、胸が熱くなった。
「やってみなさい、晴信。母さんは、応援するから」
その一言に、僕は、目頭が熱くなるのを感じた。
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「大和くんにも、報告した?」
母に聞かれて、僕は頷いた。
「うん。だいぶ前に、事業として続けるかもって話はしてたから」
「そう。彼にも、感謝しないとね。あなたが今日まで頑張ってこられたのは、彼の存在も大きかったと思うから」
母の言葉に、僕は改めて、大和という存在の大きさを実感していた。
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こうして、僕は正式に、就職という選択肢を手放し、「Suki」の運営を事業として本格化させることを決意した。
まだ、この先に何が待っているのか、具体的には見えていなかった。
それでも、母の後押しと、大和の存在、そして航さんの言葉を胸に、僕は、自分で選んだこの道を、進んでいくことに決めた。
この決断が、やがて自分の人生だけでなく、大和の人生にまで、大きく影響を及ぼしていくことになるとは、この時の僕は、まだ知らなかった。




