第31話 バズる
その変化は、本当に突然だった。
ある朝、いつものようにスマホでアクセス状況を確認した僕は、目を疑った。
登録者数の推移を示すグラフが、明らかにおかしな伸び方をしていた。昨日までは、百人にも満たなかった数字が、一晩で数千人規模に膨れ上がっていたのだ。
「え……何、これ」
思わず、声に出していた。
*
原因を探るのに、そう時間はかからなかった。
海外のとあるインフルエンサーが、自身のSNSで「Suki」を紹介していたのだ。「日本の一学生が個人で作った、内向的な人のための居心地のいいSNS」という切り口で、動画付きで取り上げられていた。
「Suki」は、あくまで日本語話者向けに作ったサービスで、UIも文章も、全て日本語だった。海外展開など、最初から想定していなかった。
それでも、コメント欄には、様々な言語で、驚くほど好意的な声が並んでいた。
「日本語は分からないけど、コンセプトだけで泣きそうになった」
「こういうサービスを、ずっと探してた。英語版が出たら絶対使う」
「たった一人の学生が、これを作ったなんて信じられない。早く世界中に届いてほしい」
言葉の壁を越えてでも、このサービスの理念に共感してくれている人たちがいる。その事実に、僕は驚きを通り越して、しばらく呆然としていた。
*
数日のうちに、登録者数は数万人規模にまで膨れ上がった。海外での話題が国内のニュースサイトやSNSでも取り上げられ、「日本語サイトなのに海外で話題」という、いわゆる逆輸入的な注目のされ方をしたことも大きかった。サーバーが、アクセスの急増に耐えられず、何度もダウンした。
僕は、慌ててサーバーの増強や、対応に追われることになった。研究室に泊まり込み、寝る間も惜しんで、システムの改修に没頭する日々が続いた。
「大丈夫かよ、お前」
様子を見に来た大和が、心配そうに言った。
「正直、全然大丈夫じゃない。でも、なんとかしなきゃ」
目の下に隈を作りながら、僕はそう答えた。不思議と、疲労感の中にも、確かな充実感があった。
*
「まさか、こんなことになるとはな」
落ち着いてきた頃、大和がしみじみと言った。
「僕も、正直びっくりしてる」
「お前の作ったもんが、こんなに広がるとはな。なんか、俺も嬉しいわ」
その言葉に、僕は少し驚いた。
「大和が、そんな風に言ってくれるとは思わなかった」
「なんだよ、それ。俺だって、お前の頑張り、見てきたんだから」
照れくさそうにそう言う大和を見て、僕は、あの一時的な距離が、少しずつ埋まりつつあることを感じていた。
*
母にも、この報告をした。
「すごいじゃない、晴信」
電話越しの母の声は、驚きと喜びに満ちていた。
「まだ、これからどうなるか分からないんだけどね」
「それでも、すごいことだと思うよ。母さん、誇らしい」
その言葉に、僕は胸が熱くなった。
*
急速な成長は、喜びだけでなく、様々な課題も同時に運んできた。
サーバー費用の増大、運営体制の不備、そして、これほどの規模のサービスを、一人で支えきれるはずもないという現実。
でも、その時の僕は、目の前の急激な変化に対応することに必死で、その先に待ち受ける危険については、まだ何も想像できていなかった。
小さな灯火が、あっという間に、大きな炎になっていく。
その炎が、やがて僕自身をも脅かすことになるとは、この時はまだ、知る由もなかった。




