第27話 比較という毒
大学四年に上がる頃、僕は少しずつ、将来の方向性が見え始めていた。
卒業研究のテーマとして、自分と同じような趣味を持つ人間同士が交流できる、小さなSNSを作ってみようと思い立ったのだ。まだ形になるかどうかも分からない、ただの思いつきに近いものだったけれど、それを大和に話したときのことを、僕はよく覚えている。
「へえ、そんなの作ってんの」
「うん。まだ全然、形になってないんだけどね」
「なんか、お前らしいっちゃらしいな。オタクなSNS作るとか」
からかうような口調だったけれど、そこに悪意はなかった。むしろ、応援してくれているのが伝わってきた。
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それから、僕は、大学の研究室に泊まり込むほど、この開発に没頭するようになった。誰に頼まれたわけでもないのに、寝る間も惜しんで、コードを書き続けた。
そんな日々の中で、大和と会う頻度は、また少しずつ減っていった。
「最近、忙しそうだな」
久しぶりに顔を合わせたとき、大和がそう言った。
「うん、ちょっとね。研究、思ったより面白くて」
「そっか」
その「そっか」には、以前とは少し違う、平坦な響きがあった。当時の僕は、それに気づきながらも、深く考えることはなかった。
*
これは、ずっと後になって、大和自身の口から聞いた話だ。
あの頃の大和は、僕の話を聞きながら、複雑な感情を抱えていたのだという。
防衛戦を重ねても、一向に開けない世界への扉。その一方で、僕は、大学という場所で、自分の好きなことに没頭し、何か新しいものを生み出そうとしていた。
「お前は、自分の力で、前に進めてるように見えたんだよ」
後年、大和はそう語った。
「俺は、ずっと同じ場所で足踏みしてるみたいでさ。お前のそういう話聞くたびに、なんか、置いていかれてるような気がしてた」
僻みの感情ではなかったのだと、大和は言う。ただ、比較してしまう自分が、嫌だったのだと。
*
当時の僕は、そんな大和の内面に、気づく余裕がなかった。
自分の研究に夢中で、大和と会う時間を作る優先順位が、以前より下がっていたことにも、はっきりとは自覚できていなかった。
「今度、SNSの試験運用始めるんだ」
ある日、興奮気味にそう報告したとき、大和は、少し間を置いてから言った。
「そうか。頑張れよ」
その言葉に、僕は素直に喜んでいた。応援してくれている。そう受け取っていた。
でも、その裏側にあった複雑な感情までは、想像が及んでいなかった。
*
「お互いの道を、応援してるはずなんだけどな」
これも、後年の大和の言葉だ。
「なのに、なんでか、こう、心のどっかに、モヤモヤしたもんが溜まってくんだよ。お前が悪いわけじゃねえのは分かってる。ただ、比較しちまう自分がいた」
その告白を聞いたとき、僕は、当時の自分の鈍感さを、心の底から悔やんだ。
互いに悪意はなかった。それでも、比較という毒は、静かに、二人の間に染み込んでいっていた。
その毒が、後にどれほど大きな悲劇へと繋がっていくのか、当時の僕らは、まだ何も知らなかった。




