第26話 燻る日々
東洋太平洋王座を獲得してから、大和の防衛戦は、三度を数えていた。
相手は、いずれも格下と目される選手たち。試合は、大和の圧勝という結果に終わったが、内容そのものに、以前ほどの高揚感はなくなっていた。
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「今日の試合も、危なげなかったね」
四度目の防衛戦の後、控室でそう声をかけると、大和は、疲れたような笑みを浮かべた。
「まあな。でも、正直、あんまり手応えねえよ」
「そう、なんだ」
「格下相手に勝ち続けても、ランキングはちっとも上がらねえ。何のために試合してるのか、たまに分かんなくなる」
珍しく、弱音めいた言葉だった。大和は、すぐに取り繕うように付け加えた。
「まあ、贅沢な悩みなんだろうけどな」
僕は、何と返せばいいのか分からず、ただ黙って頷いた。
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ジムに通う日々の中で、大和は、以前よりも口数が減っていった。練習には真面目に取り組んでいたけれど、その姿には、以前のような、目標に向かって突き進む勢いよりも、義務感のようなものが色濃くなっていた。
「大和、最近元気ないよな」
ある時、ジムの後輩がそう漏らしているのを、偶然耳にしたことがあった。
「まあ、あんだけ結果出してるのに、報われてねえもんな。気持ちも分かるわ」
その言葉を聞いて、僕は改めて、大和が置かれている状況の理不尽さを実感した。
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「なあ、正直に聞くけど」
ある日の帰り道、僕は思い切って尋ねてみた。
「移籍、本当にしなくていいの?」
大和は、しばらく黙ってから、ぽつりと答えた。
「……分かんねえよ、正直」
その返事は、以前のような頑なさとは、少し違っていた。
「オッサンの夢だから、って気持ちは、今でも変わんねえ。でも、このまま燻り続けるのも、それはそれで、オッサンの顔に泥塗ってるみたいな気がして」
その言葉に、大和の中にある葛藤の深さが滲んでいた。
僕は、何も言えなかった。正しい答えなんて、僕には分からなかったからだ。
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「まあ、いいよ、こんな話。愚痴っぽくて、柄でもねえ」
大和は、そう言って、話を切り上げようとした。
「愚痴くらい、言っていいと思うけどな」
「……お前には、あんま見せたくねえんだよ、こういうとこ」
その一言に、僕は少し驚いた。
「なんで?」
「知らねえよ。ただ、なんとなくだ」
それ以上、大和は多くを語らなかった。ただ、その表情には、僕にも簡単には踏み込めない、複雑な感情が浮かんでいるように見えた。
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その頃の僕は、大学の卒業研究のテーマを、まだ漠然としか考えられていなかった。
自分にしか作れないものを、形にしたい。そんな思いだけが先行して、具体的な形が、なかなか見えてこなかった。
大和の燻りを間近で見ながら、僕は、ふとこんなことを思っていた。
――結果を出しても、報われないことがある。
その理不尽さを、大和はすでに味わい始めていた。それが、いつか、もっと大きな形で、彼を追い詰めることになるとは、この時の僕は、まだ想像もしていなかった。




