第25話 マッチメイクという壁
大和のジムでの日々が、そんな停滞感に包まれ始めていた頃、僕の方も、大学三年生になり、少しずつ将来について考え始める時期に差し掛かっていた。
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「そろそろ、就職活動とか、意識し始めた?」
ゼミの教授に、そう聞かれたことがあった。
「まだ、あまり……」
正直に答えると、教授は苦笑した。
「まあ、情報学部は、選択肢が広い分、逆に迷うんだよな」
その言葉通り、僕は、自分が将来何をしたいのか、まだはっきりとした答えを持てずにいた。
プログラミングの授業は好きだった。特に、個人でちょっとしたウェブサービスを作る課題は、他の誰よりも熱心に取り組んでいた自覚があった。
それが、将来の仕事に繋がるかどうかは、まだ分からなかったけれど。
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同じ頃、大和のジムでは、会長が、思い切った提案を持ちかけていた。
「大和、そろそろ真剣に考えろ。都会の大手ジムに移籍する話、悪い話じゃねえと思うぞ」
その話を、僕は後になって、大和自身の口から聞いた。
「大手なら、マッチメイクの力も、コネも段違いだ。お前の実力なら、移籍すれば、すぐにでも世界ランカーとやれるチャンスが巡ってくるかもしれない」
会長の言葉には、大和の将来を思う本気が滲んでいたという。
「それで、なんて答えたの?」
僕がそう聞くと、大和は、少し苦い顔をした。
「断った」
「なんで?」
「オッサンが通ってたジムだからだよ」
その答えに、僕は少し驚いた。
「ここで世界獲るのが、オッサンの夢だったんだ。今更、別のジムに移って結果出しても、なんか違う気がする」
その頑なさは、大和らしいと言えば、大和らしかった。でも、僕には、それが正しい選択なのかどうか、判断がつかなかった。
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僕自身も、その頃、自分の将来に対して、うまく言葉にできない葛藤を抱えていた。
周りの同級生たちは、次々と就職活動を始め、大手企業のインターンシップに参加したり、業界研究を進めたりしていた。
母のことを考えれば、本当は、僕も早く就職して、少しでも楽をさせてあげたい気持ちが強かった。大学まで出させてもらった恩を、一日でも早く返したい。それは、噓偽りのない本音だった。
それでも、心のどこかに、小さな引っかかりがあった。
大和は、航さんの夢を継いで、世界という大きな目標に向かって、自分の力で道を切り開こうとしている。それを間近で見ているうちに、僕の中にも、漠然とした思いが芽生え始めていた。
――僕も、何か、自分にしか作れないものを、この手で形にしてみたい。
就職して、堅実に母を支える。それは、正しい道のはずだった。でも、その道を選ぶ前に、自分の力で何かを成し遂げてみたいという願望が、拭いきれずに残っていた。
それが具体的に何なのか、まだ僕自身、はっきりとした答えを持てていなかった。ただ、大和の背中を見るたびに、その漠然とした思いだけが、少しずつ大きくなっていった。
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「なあ、お前は、卒業したらどうすんの?」
あるとき、大和にそう聞かれた。
「まだ、決めてない」
「珍しいな、お前がそういうの、はっきりしないの」
「大和だって、ジムのこと、頑固に断ってるじゃん」
僕がそう言うと、大和は、少し不服そうな顔をした。
「あれは、別だろ」
「同じだと思うけどな。自分の中で、これだけは譲れないっていうものが、僕にもあるんだと思う。まだ、それが何か、はっきり言葉にできてないだけで」
その言葉に、大和は、少し意外そうな顔をした。
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それぞれが、それぞれの理由で、周囲からの提案や勧めを拒みながら、自分なりの道を模索していた。
大和は、航さんの夢を継ぐために、今のジムに留まり続けることを選んだ。
僕は、まだ形になっていない何かを探して、就職活動という当たり前の道から、少し外れた場所を彷徨っていた。
二人とも、周りから見れば、少し不器用な選択をしていたのかもしれない。
それでも、その不器用さこそが、僕らしさであり、大和らしさでもあったのだと、今なら思う。




